02:誤算
Czech Republic VCSO Czech Republic branch office
チェコ支部にてお菓子を抱え込んで監視カメラを見ているリル。そして、編み物をしているユスティティア。
二人はチェコ支部の護衛を行っている。久延毘古以外の神選10階も支部の護衛。久延毘古は本部で情報収集をしている。
二人がここに来てから早2日、未だに漆黒の邪神が現れたという情報はなく、時間だけが無情に過ぎて行く。
ユスティティアは既にセーターが一つ完成している。リルは飽きやすく、1時間前はダーツ、昨日はテレビゲームに一人オセロ。
時間だけが無情に過ぎて行く、待つだけの単調な任務。しかし、リルには救いもあった。リルにとってユスティティアは一番の友達であり、このような任務なら最高の相手だ。
「ユスティティア、この任務あとどんくらいで終わるのかな?もう飽きちゃったよ」
ユスティティアは編み物を中断し、リルに目を向ける。
「漆黒の邪神が出てくるまでは待機なの」
「でも楽しみだな!殺しちゃって良いんだよね!?出て来たらボッコボコにしてやる!」
立ち上がって拳を突き出すリル。ユスティティアは苦笑いを浮かべながらリルを見上げる。
「でも強いんだよね?」
「大丈夫!リル達なら絶対に倒せるって!」
リルはゆっくりと座る。そして腰を椅子に落としたその瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。
リルとユスティティアが監視モニターを見ると、そこには漆黒のローブを羽織り、純白の剣を携えたホーリナーがいた。
「出たぁ!」
リルは勢いよく立ち上がる。モニターに映る漆黒の邪神は凄まじい邪気を放っている。モニター越しにでも分かるその殺気、ユスティティアは怯んでしまった。
「行くよユスティティア!」
「うん!」
ユスティティアが立ち上がると、リルは窓を開けてそのまま飛び降りた。
「リルちゃん!?」
そこは3階、ユスティティアが下を見ると既にリルは着地していた。ユスティティアは目を瞑り、片目だけ開くと飛び降りる。
着地するのと同時にユスティティアは得物を顕現する。剣と盾、名はスケルグとフレッグ。リルも既に得物を顕現していた。得物は双剣、名はマクリル。
「残念でしたぁ!漆黒の邪神でも神選10階が2人もいたら無理だよね!」
「カミゥムマーンの名の下に、漆黒の邪神、貴方を討たせてもらいます」
二人は構えた。しかし、漆黒の邪神は全く構えずに二人に歩み寄る。
二人は同時に地面を蹴り、挟み撃ちにする。同時に切りかかると、お互い凄まじい連撃を浴びせる。しかし、漆黒の邪神は一瞬でそこから消え、いつの間にかリルの後ろにいた。
「リルちゃん!」
「はいよ!」
ユスティティアの合図でリルはしゃがむ。
「ミーティア!」
ユスティティアがスケルグを振るうと、そこから光の斬撃が飛ぶ。漆黒の邪神はそれを純白の剣で打ち消す。しかし、既にリルが振り向いていて、漆黒の邪神を斬っていた。
「キャハハハ!油断大敵!早く血を出せ!」
歓喜に溺れるリルは、急に吹っ飛んだ。ユスティティアが斬り伏せたはずの漆黒の邪神を見る。漆黒の邪神は揺らいで消え、リルがいた所に現れた。
「う、嘘?」
ユスティティアは驚きのあまり一歩退く。
「………負けない!」
ユスティティアはそのまま飛びかかる。剣と盾を使った連撃。その手数は神技抜きならばホーリナー一とも言われている。
しかし、漆黒の邪神はそれを軽々と避ける。時に剣でいなし、時によけながら防いだ。
漆黒の邪神は防御から転じて純白の剣を振り上げた。
「リフレクト!」
盾が薄い光を放ち、漆黒の邪神の斬撃を受けると、漆黒の邪神の腕を大きく弾き飛ばした。
ユスティティアはそのまま漆黒の邪神は貫こうとする。
「インフェルノ」
初めて、過去に一度も神技を発動しなかった漆黒の邪神が発動した神技、それは“純白の炎”だった。
漆黒の邪神は一瞬で炎に包まれ、そのままユスティティアを飲み込んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
一瞬で炎は消えたが、その威力は神選10階であるユスティティアの意識を奪うには充分だった。
漆黒の邪神はリルが倒れているのを確認すると、ユスティティアを担いでその場から消えた。
Vatican VCSO headquarters
再び神選10階全員が召集された。この短い期間で2度も全員が召集されるのは異例。
全員から焦りが見える。それも、ユスティティアの敗退、そして拉致された事にある。
ユスティティアは神選10階の中でも強い方である。そのユスティティアのみならず、リルがいたにも関わらず完敗。それは漆黒の邪神と圧倒的な力の差がある、という事を如実に語っている。
「久延毘古、漆黒の邪神ってもしかしたら太陽神のヘリオスじゃないの?」
オルクスが頬杖をつきながら言った。
「それはあり得ない、漆黒の邪神の得物とヘリオスの得物は明らかに違う。仮にそうだとしても、ここまで強いのが納得出来ない。
それよりも、今は何故ユスティティアを拉致したのかが問題だよ」
「あれだ!身の代金ってヤツじゃねぇの!?」
ヴァーユは全員に睨まれて、一言謝り目を逸らす。
「何か穏やかじゃなくなってきたよね?面倒な事にならなきゃ良いんだけど」
オメテクトリはタバコをふかしながら言う。
「どうしようかな、何かだんだん動き辛くなってるような気がするんだよね」
こちらも緊張感がない元帥。
「久延毘古、どうかな?」
毎度のごとく諦めると久延毘古に振る元帥。久延毘古は難しい顔をして考える。その間は全員が沈黙を守り、久延毘古の思考を邪魔しないようにする。
「少し考えておくよ。まだ分からないとしか言えない」
「じゃあとりあえず解散だね」
元帥のその一言でほぼ全員がエレベーターに乗り込んだ。ほぼというのは久延毘古とヴァーユのみが残っている。
久延毘古はヴァーユを無視しようとするが、その刺さるような視線により、集中が出来ないでいる。
「今度は何を覚えるつもりなんだ?“語り継ぐ者”」
その一言によりヴァーユはふざけた笑顔から真剣な顔になる。
「その呼び方は好きじゃねぇんだよ」
「なら、クロス一族頭首殿、とでも呼べば良いかい?」
ヴァーユは自傷気味に笑う。
クロス一族とは、ホーリナーが生まれてから今までの事を語り継いでいる一族。頭首は特殊な能力があり、前頭首の記憶を引き継ぐ力がある。それにより、代々クロス一族は世界の裏側を客観的に見続けてきた。
「何故常に客観視しているクロス一族の頭首が神選10階にいるのかは分からないけど、何か面白い事はあったかい?」
「別に、ただオイラは人から聞いた話が信じられないだけ。自分の目で見なきゃ信じらんないっしょ?」
天竜生まれの久延毘古、クロス生まれのヴァーユ、今までではこの様な一族の人間が神選10階にいる事などあり得ない。しかし、今はVCSOとの癒着を気にしないと言わんばかりの状態である。
「ならわざと答えを教えるのは楽しいからかい?」
「やっぱりバレてた?」
ヴァーユはいつものようにおどけてみせる。
「何か久延毘古が認めたくないのがバレバレだからオイラが代弁してる、ってわけよ!」
「余計なお節介だよ」
「下手なプライドは持たないに越した事はないっしょ」
「それは“語り継ぐ者”としての経験談かい?」
「そんなとこじゃないの?」
ヴァーユは立ち上がりエレベーターに向かう。
「気負いすんなって。久延毘古はダグザじゃないんだから」
ヴァーユはそのままエレベーターに乗り込んだ。久延毘古はエレベーターの扉が閉まると同時に、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
前作の最後に出てきたクロス一族の頭首が出て来ました。
まだまだ謎が残っていますが、彼が今回のストーリーに大きく関係してきます。楽しみにしていて下さい。