21:母親
Unkown
阿修羅の手には身の丈程の刀、夜叉光が握られている。阿修羅の手にも装飾は違うものの、同じ刀の夜叉丸が握られている。
そして、二人は同時に‘紅蓮の剣’の力を発動した。全く同じ人間が対峙しているようにしか見えないが、娘の阿修羅の方が若干身長が高いために見下ろすようになってしまう。
「阿修羅、コレで対等に戦えるだろう」
帝釈天は得物であるクレイモア、髭切を取り出した。阿修羅も何がしたいのか分かり、夜叉丸を突き出す。
「エクスプローション」
「アブソルペーション」
帝釈天が夜叉丸を殴ると、本来ならば凄まじい爆発が起こるはずだが、何も起こらずに消えてしまった。
阿修羅はゆっくりと目を瞑ると、今の“爆発”という概念を探る。そして今までとは違う感覚を探し、それが夜叉丸に引き付けられるように震えているのに気付いた。
「はぁ、簡単じゃない」
「まだあるぞ」
帝釈天は夜叉丸を握った。
「コラプス」
今度は“崩壊”の概念を吸い込む。それを見ていた迦楼羅は羨ましそうに腕輪に触れた。
「僕のも出来るかな?―――透遁・具」
鎖鎌の首切の姿が見えなくなった。そして、それを夜叉丸に当てると首切が姿を現した。つまり、首切の“透過”の概念をも吸収したのだ。
「ちょっと迦楼羅!あんたあたしの時はそれくれなかったじゃないの!」
「だって阿修羅にあげたら冗談抜きで闇討ちとかしそうじゃないか?」
「あのアウストラロピテクス(毘沙門天)にしかしないわよ!」
迦楼羅も何度か阿修羅の逆鱗に触れて殺されかけた事がある。小さい事だと阿修羅が楽しみにしてたケーキを知らずに食べ、2日間寝込んだらしい。
それ以来、この力を与えたら確実に殺られると思い、頑なに拒み続けた。
「何かみんなでズルいぞ!アタシも何か阿修羅にあげるぞ!うん!」
「摩和羅女の神技は概念的じゃなくて物理的だから無理よ」
「なんか凄い悔しいぞ」
迦楼羅は親の見せ場と摩和羅女の頭に手を置こうとするが、摩和羅女はそれよりも早く迦楼羅の首に針鬼を突き付けた。目で気安く触るなと迦楼羅に訴える。迦楼羅はがっつり落ち込むが、それが父親の悲しいところ。
「大丈夫だ迦楼羅、あたしなんかコレから娘に殺されるのよ?しかも最初は一応社会的に夫だった原始人、次は腹を痛めて必死こいて産んだ娘に」
全員絶句した。実は阿修羅は物凄い不幸な人間なんじゃないのかと。
確かに1回夫に殺され、娘に2回目として殺されようとしている。それだけ聞いたら夫の浮気や、子供の素行不良などによる家庭崩壊などまだかわいいものだ。
「あたしも本気出すからそんな簡単には死なないけどね」
「はぁ、ダークロードに殺されるなんて、元神選10階の名折れね」
「そこいらのダークロードと同じにしないでほしいわね」
二人はゆっくりと構えた。阿修羅は切っ先を下に向けた下段の構え。阿修羅は全く構えず、ただ垂らした腕で夜叉丸を握る無の構え。
「極夜叉光・貫」
「極夜叉丸・爆」
二人同時に‘紅蓮の剣’の真の力を発動した。阿修羅は阿修羅がたった一度でコレを使えた事に驚くが、すぐに目の前にいる阿修羅に集中した。
先に動き出したのは阿修羅。倒れるように地面を蹴ると、技名破棄のベロシティで一気に間合いを詰める。阿修羅は下段からそのまま突きを放つが、軽々と避けられてしまう。しかし、そんな事は計算内である。
阿修羅は夜叉丸を地面に叩き付け、爆発させるとその勢いを利用して阿修羅に斬りかかる。軽々と防がれてしまうが、そこで再び爆発が起こり、更にスピードが上がり弾かれるように反対から斬りかかる。
阿修羅の連撃はいつの間にか凄まじいスピードになり、阿修羅も防ぎきれなくなったその時。
「極夜叉光・縛」
阿修羅が受け太刀すると、阿修羅の夜叉丸は全く動かなくなってしまった。
「一回ね」
夜叉光は阿修羅の首に突き付けられている。そしてそのまま阿修羅を蹴り飛ばすと、再び構える。
阿修羅もゆっくり立ち上がると構え、目を瞑った。
「極夜叉丸・崩」
そして再び走り出すが、今度は阿修羅から仕掛ける。今の夜叉光を受けようものなら、今度は確実に殺される。本来なら避けてからのカウンターを狙うはずだが、阿修羅は普通に夜叉光を受け太刀した。
阿修羅を含め全員驚くが、阿修羅は妖しい笑みを浮かべて夜叉光の刃を掴み、阿修羅の首に夜叉丸を突き付けた。
「コレでおあいこね」
夜叉光を握っている阿修羅の手は全く傷付いていない。本来ならば切り落とされてもおかしくないはずだ。阿修羅が夜叉光に付加したはずの概念も発動されていない。
しかし、それだけで充分だった。阿修羅も馬鹿ではないために阿修羅が何をしたのか一発で分かった。
「あんた、概念自体を壊したのね?」
「当然、得物自体を破壊する事も出来るけど、こっちの方が効果的でしょ?」
「まさに天才ね」
二人は再び間合いを取り、相手の出方を窺う。同じ手は2度と通用しない。
阿修羅は確信していた。自分の娘は確実にこの戦いで自分を越えると。ブランクや現役というのを差し引いても、阿修羅の成長力と戦闘においての発想力は目を見張るものがあった。
「極夜叉光・幻」
夜叉光を含めて阿修羅すらも揺らいで見えてきた。明らかに視覚に作用する概念なのは分かるが、効果はわからない。
阿修羅は警戒しながら構えると、後ろから殺気を感じた。本能で危険と感じ、前に転がるように避けるが、背中を浅く斬り裂かれてしまった。
慌てて後ろを見ると、当然そこには阿修羅がいる。しかし、阿修羅はあの概念を発動してから全く動いていない。少なくとも阿修羅にはそう見えた。そう、阿修羅にはそう見えただけだ。
「はぁ、本当に厄介ね」
「ここで死ぬならその程度って事よ」
阿修羅は薄く笑う。今の阿修羅に阿修羅に対抗出来る数の概念はない。そして、経験も力の使い方も阿修羅の方が上だ。
しかし、阿修羅は全く負ける気がしなかった。既に相手の力を見破り、攻略の糸口すらも見付けているからだ。
「それ、ただたんに幻影を見せる力でしょ」
「さすがあたしの娘だ」
今目の前にいる阿修羅とは別の方向から聞こえる声。常に喋っていてくれれば苦はないが、そんな馬鹿がいればの話だが。
「なら、これならどう?――――極夜叉丸・透」
夜叉丸は透明になり、今阿修羅に接近戦に持ち込まれたら阿修羅に勝ち目はないだろう。しかし、この概念では阿修羅の幻影は打ち崩せない。
阿修羅はそんな事はお構いなしに、右足を軸にしてその場で一回転した。阿修羅を中心として波紋のように漆黒の刃が放たれ、完全に死角を無くした。
「本当に悪知恵ばっかり付けてるのね?」
しかし、漆黒の刃は何にも当たらずに雲散してしまった。だが阿修羅にはそれだけで充分。阿修羅は何もない空間に向かって不可視の夜叉丸を突き出す。夜叉丸の刀身の半分には血が付着している。
「極夜叉丸・崩」
そして、破壊の概念を発動させると脇腹に夜叉丸の刺さった阿修羅が現れた。
「何したのよ?」
「あの攻撃が避けられるのなんて最初から承知済みよ。私が望んでたのは避けた時に出る僅かな変化」
「―――グフッ!」
阿修羅は腹に夜叉丸を差したまま吐血した。今から足掻いても戦えるが、既に戦意は削がれていた。本気を出したつもりだったが、天才はその上を行っていた。
天才との唯一にして最大の違い。それは戦いにおいて自分のスタイルを貫くか、力に頼りきるかの差だ。前者は天才であり、後者はただの驕りにしかすぎない。
阿修羅は2度目の決定的な敗北により、やっと自分の力に対して驕っていた事に気付いた。
「あんたみたいのがいるなら、コレからは安泰ね」
阿修羅はゆっくりと夜叉丸を引き抜いた。阿修羅をこれ以上傷付けないように、せめてもの優しさを見せて。
「私なんてまだまだよ。力が無ければ大した力もないただの凡人」
「なら、あたしは凡人以下になるのね?娘にここまで言われるなんて、良い冥土の土産よ」
「すぐに愛しの旦那様も連れて行ってあげる」
その瞬間、阿修羅の顔は今までに見たことのない程に、絶望という感情に歪む。掴めない、感情が極端に乏しい阿修羅が取り乱すなどほぼ皆無。
その阿修羅が毘沙門天の名前を出した瞬間、この世の終わりのような表情を浮かべた。
「嫌よあんなUMAとあの世でまで顔を合わせるなんて!頼むからしっかり地獄に送りなさいよ!?コレは母親としての命令よ!」
「両親には幸せであってほしいと思うのが子供よ?」
阿修羅はゆっくりと夜叉丸を振り上げた。阿修羅は死に対する恐れというよりは、毘沙門天という存在に恐れを抱いていた。
「呪うわよ!絶対にあんたの事呪うわよ!」
「お幸せに」
阿修羅はにこりと笑うと、夜叉丸を振り下ろす。阿修羅は体を斬られると、傷口から粒子化していく。
先程までの喚いていた阿修羅とは違い、穏やかな表情で阿修羅と帝釈天を見た。それは初めて見せた母親としての顔。
これにて第一次ホーリナーラグナロクのお話は終了です!
次回から物語が動き出します!と言いたいところですが、次回は番外編をかましたいと思います。
番外編と言うからには、本編には何ら関係ないお話です。作者が書きたいから書いた自己満足の1話ですのであしからず。