20:結末
Itary unknown
そこは修羅場と化していた。阿修羅達の周りにはソルジャーや悪魔、そして神選10階‘だったモノ’が転がっている。
カリルドールや天竜の中でも頭首に付き従って悪魔となったホーリナーは皆死んだ。毘沙門天達の仲間である神選10階も毘沙門天、ミトラ、ランギを残して死んだ。
残った阿修羅とルシファー。確かにイリーガルな力を持っている二人だが、この3人は完全に規格外の強さがある。
阿修羅の髪は真っ赤に染まり、深紅の瞳孔は猫のように縦に割れている。ルシファーの周りには黒い球体が浮遊している。
どちらも臨戦態勢である。ただ、ルシファーと阿修羅からは緊張が、ミトラ達からは不気味な余裕が感じられる。
「久しぶりに燃える戦いだなぁ。何か凄い楽しいよ」
「同感」
その狂気に満ちたような笑みで、ミトラは阿修羅達に殺気を送る。
「お前ら諦めろ!俺達が本気出したら死ぬだけだ!」
「諦めてあんたらの思い通りになるくらいなら、死んだ方がマシよ」
阿修羅はタバコに火を付け、目からは今までとは比にならない程の殺気が放たれる。
それが合図となり、全員が一斉に動き出す。
「アレスト」
ルシファーと阿修羅は一瞬で動けなくなった。それはミトラの相手を捕縛する神技からだ。
しかしそれも一瞬で、あっという間に阿修羅は毘沙門天との距離を詰める。だが、阿修羅の後ろにはランギが迫っていた。
「邪魔よ」
阿修羅が夜叉光を振るうと、透明の斬撃が放たれる。ランギはそれを紐、アヌで防ぐが動けなくなってしまった。それは先ほどのアレストを吸収し、斬撃として放ったからだ。
「油断大敵」
自分に皮肉を言った頃には遅かった。目の前にはルシファーがクレイモア、バレスを振り上げている。しかし振り下ろすその瞬間、ランギは明らかに何かに‘吹っ飛ばされた’。
ルシファーがミトラを見ると、笑顔で得物であるムチ、ヴァルナを握っている。そう、ミトラは動けないランギを攻撃したのだ。
アレストは使用者の任意か、ダメージを受ける事でしか解除出来ない。無理矢理解除するにはこれしかなかったが、仲間に平気攻撃するミトラの事が正常とは思えなかった。
ルシファーが一瞬思考に意識を取られたその瞬間、目の前にドサッという重量のある‘何か’が落ちる音がした。
そこには傷付いた阿修羅が倒れている。戦っていた毘沙門天は狂気の目で二人を見る。
「く、狂ってる」
この3人には敵も味方も、友人や恋人も関係ない。勝利のためならなんでもやる。ルシファーは一瞬で直感した。
「なに情けない顔をしてるのよ?」
阿修羅は幸い軽傷らしく、軽々と立ち上がるとタバコに火を付けた。
「奴らにとって邪魔者は誰であれ邪魔者でしかないのよ。あの3人は仲間じゃない、目的が同じただの集まりよ」
阿修羅は煙を吐き出しながら構えた。着物姿でタバコをくわえ、身の丈程の日本刀を構える。まさに破天荒の代名詞である。
阿修羅は走り出そうとしたが、その場で体をつんのめるように止めた。そして、ルシファーに笑みを浮かべながら顔を向ける。ルシファーも同じような笑みで阿修羅を見た。
「あのジジイ、洒落た登場してくれるじゃない」
「コレで勝負は五分だ」
二人は同時にミトラに向かって走り出した。まずは阿修羅が斬りかかる。振り下ろすその瞬間に闇色の球体が夜叉光に触れる。
ミトラは軽々と受け太刀して、そのまま反撃に転じようとしたが、夜叉光はヴァルナに当たると爆発した。
夜叉光の‘斬る’という概念を‘爆発’という概念に変えたからだ。
3人は慌てて間合いを空けた。阿修羅は紅蓮の剣の力は使っていない。いや、ルシファーの闇の隷属の力というのは分かっている。
しかし、付け焼き刃の連携にしては完璧すぎる。まるで長年共闘していると思わせる程のタイミング。
「要注意」
「コルトヴィレツィアの代表様がどこかにいるよ」
「なら先にそっちを殺しちまえば早い話じゃねぇか!」
すかさず阿修羅が漆黒の刃を放つ。毘沙門天は反応が遅れてしまったが、ギリギリのところでランギが打ち消して事なきを得た。
「毘沙門天は死にたいの?このフィールドは既に代表様に支配されてるんだから」
「本気。余裕放棄」
「どちらにしろ全員死ぬんだから関係ねぇんだけどな!」
毘沙門天とランギは走り出した。
「ウイング」
ランギの背中には羽が生え、空を飛び始めた。
「ピアス!」
毘沙門天は突きの構えを取った。それを迎え撃つように阿修羅も構える。
「極夜叉光・貫!」
お互いの突きが交わると、二人の強力な貫通という概念が相殺された。
その間にもランギが上空から間合いを詰める。しかし、闇色の球体がランギと2人の間に溶け込む。
「アレスト」
ランギは凄まじい速度で滑空していたにも関わらず、ミトラの神技で一瞬で停止した。そして解除されるのと同時に、両翼を羽ばたかせると、そこから大量の羽が射出された。
羽は闇色の球体が溶け込んだ空間に入ると、凄まじい爆発と共に燃え尽きた。
そう、ルシファーは空気中の‘透過’という概念を‘爆発’という概念に変えていた。あのままランギが突っ込んでいたら、ミトラが止めなかったらランギは死んでいた。
その間も阿修羅と毘沙門天は斬り結んでいる、ように見えるだけだ。毘沙門天が必死に阿修羅の斬撃を避けようとするが、阿修羅はわざと岩貫に夜叉光を叩き付けている。
「テメェだけは敵にまわしたくなかったのによぉ!」
「あんたらがふざけた事を考えるからいけないんでしょ?」
阿修羅は必死に‘衝撃’という概念を溜めている。仮にコレが放たれたら阿修羅の腕と共に、全てが吹っ飛んでしまう程の衝撃を。
阿修羅の戦闘スタイルは一撃必殺。出来る限りの概念を溜めて、それを全て一気に放出して殺す。相手の戦闘スタイルなど関係なく、ただ全ての概念を吸収する事だけを目的としている。
「さぁて、誰から殺そうかしら?」
阿修羅の目からは凄まじい殺気が放たれる。自分を利用した3人に対する怒りと、神選10階一の戦闘狂と言われた狂気から、毘沙門天ですら冷や汗が出る程の殺気。
阿修羅はミトラを見た。ミトラは苦笑いを浮かべ、構えた瞬間だった。凄まじい早さで放たれた漆黒の刃は、ランギに向かっている。ランギは反応するも、アヌを翼に巻き付けて防ぐ事しかできなかった。
ランギは派手に吹っ飛ぶと、地面に叩き付けられ一瞬で意識を手放してしまう。
そして、ルシファーと阿修羅は迷わずにミトラに向かった。
「毘沙門天!僕が時間を稼ぐからあれを使って!」
「しょうがねぇな!30秒だ!」
毘沙門天は経のような言葉をつらつらと紡ぎだした。それを聞いて阿修羅の顔は絶望に染まる。
「毘沙門天にあれを止めさせて!コルトヴィレツィアのおっさんも死にたくなかったら早く毘沙門天を止めなさい!」
阿修羅は冷静さを失い、毘沙門天に向かって漆黒の刃を連発する。しかし、全てヴァルナに打ち消されてしまった。
コルトヴィレツィアの代表は短刀を持って無防備な毘沙門天に突っ込むが、コレもヴァルナに阻まれてしまった。それどころか、戦い慣れしてないせいか気絶してしまう。
「本当に役立たずね」
阿修羅は苛つきながら走り出す。口にタバコをくわえ、火をつけながら毘沙門天に特攻した。
それにあわして、ルシファーはミトラを止めにかかる。
「ベロシティ」
ミトラは一瞬でその場から消え、次に現れた時には夜叉光に体を貫かれていた。ルシファーはそこまでするか、と思ったが、阿修羅の絶望に染まった表情を見ると、ただ事ではないのは一目瞭然だった。
「もう、………OK、かな?」
「あぁ!」
毘沙門天は首に岩貫を突き付けた。
「シンクロ!」
その瞬間、ルシファーと阿修羅は真っ白な空間に連れて来られていた。ゆっくりと後ろを向くと、そこにはまがまがしい装飾が施された大きな門がある。
これが毘沙門天のシンクロ。阿修羅はこの力の能力を知っていたが、受けるのは初めてだった。
中途半端なところで現実に戻された阿修羅と帝釈天。阿修羅はタバコを吸いながら、膝に手を置き、肩で息をする二人を見下ろす。
阿修羅と帝釈天は目で訴える、なぜ途中で終わった、と。それを阿修羅も感じ取ったらしく、煙を一気に吐き出した。
「面倒だからちゃっちゃといくけど、あたしあそこまでしか記憶がないのよ。その後体がどうなったのかも、あいつらがどうなったのかも分からない。
次に意識が覚醒したのはこの墓に名前が書かれた後の事よ。これ見てやっと死んだ事を理解したくらいなんだから」
淡々と自分の最期を話す阿修羅。もう死んだものに対して未練がないのか、絶望からの虚無感かは分からない。
「あのシンクロは何だ?俺達が知っているシンクロは使用者の身体に影響を及ぼすものだが、毘沙門天のシンクロは完全に神技の範囲を逸脱してる」
「よくは知らないけど、あれを喰らったら二度と帰って来れないわよ。発動にも時間が掛かるし、毘沙門天自身にも相当な負担が掛かるから最後の砦として使ってるわね」
恐らくコレから自分達が倒さなくてはいけない相手、それがあの3人だ。しかし、今の阿修羅よりも強い阿修羅ですら太刀打ちが出来なかった相手。毘沙門天のシンクロを使われたら確実に勝機はない。
「あたしの娘なのに絶望してるんじゃないわよ」
「はぁ、貴女は外野だから良いわよね?」
「そんな暇があるならとっととあたしの事殺しなさいよ。これでも一応ダークロードなのよ?」
確かに阿修羅はダークロードだが、ここまで死にたがりのダークロードなどいないであろう。
そして、阿修羅は腕輪に触れた。得物は身の丈程の刀、名は夜叉光。
「ココであたしより強くなれば良いじゃない」
阿修羅はため息を吐きながら腕輪に触れた。
とりあえずは年を跨いで何とか第一次ホーリナーラグナロクは終わりました!
と言ってもまだ親子の感動(?)の対面自体は完結していないのですが。
そして次回が終わりましたらまた新しい展開です!とりあえず次回で一区切り、という予定ですね。