17:誤解
Unkown
迦楼羅と乾闥婆は何も持たずに森の中にいる。日本支部から出る事には成功した。自分達の車は遥か昔に捨て、今は出来るだけ日本支部から離れている。
後はこの日本から出る事だけだ。それさえ出来れば今回の作戦は成功。仮に神選10階に見付かったとしても、この二人なら切り抜けられる程の戦力はある。
金色孔雀からもらったプランを見る。とりあえずコレから神選10階の手が伸びないインドへ行き、2年以上経ったら日本へ戻る。そして、金色孔雀が支部長になったら本当の意味で成功だ。
長い時間がかかるが、二人なら乗り切れる自信があった。戦力的にも、精神的にも二人ならばいける、という自信が。
二人は夜が明けるまで休憩していた。もちろん睡眠など取れない。ただ二人で肩を寄せ合い、ここまでの疲れと押し潰されそうなプレッシャーを癒やすだけしか。
そして、急に化け物のような気配が現れた。二人は臨戦態勢に入る。
「合図したら逃げて目的地に向かって。ここは僕がどうにかするから」
「でも━━━」
「行って!」
乾闥婆は涙を浮かべながら走った。そう、これは神選10階のそれを遥かに越えている。恐らく、二人でも逃げ切れるかどうかは分からない。
迦楼羅は腕輪に触れた。得物は鎖鎌、名は首切。
そして、迦楼羅が首切を振るうと何かを弾いた。分銅を投げると何かに絡まり、一気に引き込むとそこには神選10階のランギがいる。
「やっぱり君達か」
「脱走者排除」
そのまま凄まじい肉弾戦が始まる。ランギだけなら力は五分。しかし━━
「チェストォォォォォォォ!」
上空から降って来る毘沙門天、迦楼羅とランギが避けると、地面が深くえぐれ砂塵が舞い上がる。
本来ならここで逃げられるのだが、迦楼羅が飛び上がると今まで迦楼羅が立っていた所がえぐれた。
「クソ、ミトラまで?」
「バレちゃったね」
砂塵が晴れると、そこにはホーリナーラグナロクの生き残りであり、神選10階とは格が違う化け物が3人。1対1でも勝てるかどうか分からない相手が、3人もいれば逃げ切る事すら困難となる。
「逃がしちゃくれないよね?」
「当たり前だよ」
笑顔を作る迦楼羅とミトラは凄まじい殺気を放っている。ただ、こうやっている間でも時間は稼げる。少しでも乾闥婆が遠くへ行けば、それで良い。
「離反者一名逃走中」
「んなもん迦楼羅殺しゃあ怒り狂って出てくるだろ!?」
「それは名案だね」
本当にこの3人は狂っている。しかし、これからのVCSOはこの3人が牛耳る事になるであろう。そうなれば、VCSOは世界を食いにかかる。裏も、表も全てが壊れてしまう。それが簡単に想像出来た。
「どうしたもんかね」
迦楼羅は緊張感の欠片もなく、頭を掻きながら考える。恐らく自分は殺されるであろう。ただ犬死にだけはしたくない、この3人の首を取るまでは死ねないという意地があった。
「しょうがない、本気出すか」
迦楼羅は左右の指を絡め、胸の前まで持っていく。
「透遁・体」
その瞬間迦楼羅が消えた。ベロシティなどの素早い動きではなく、まさに迦楼羅自体が透明と化す。
これは日本特有の神技であり、歴史では忍術として語り継がれている、迦楼羅の忍術は対象の物体を透明に出来る。
「足元注意」
3人が下を見ると、確かに迦楼羅がいる辺りは窪んでいる。確かに体は透明になるが、質量ばかりは変わらないらしい。
そして抉れるように大地が窪むと、まず最初に毘沙門天が派手に吹き飛ばされる。ミトラは得物である鞭のヴァルナを振るうが、手応えが全くない。気付いた時にはミトラも吹き飛ばされていた。
ランギはそのまま迷わず走り出すと、姿が見えない迦楼羅と激しい拳の乱打戦を繰り広げる。
迦楼羅の足運び、僅かな風切り音、それだけでランギは迦楼羅の動きを予測し、応戦する。
「隠遁・具」
その瞬間迦楼羅が姿を現した。そして迦楼羅が腕を振ると、こちらに向かって来ているミトラの体から自由が奪われた。
「え?」
そのまま宙に浮くと、ミトラは毘沙門天に突っ込んだ。
「得物透過、要注意」
迦楼羅は今、手に首切を持っているが、それは不可視となりミトラと毘沙門天に猛威を奮った。
神選10階トップレベルの力を有するこの3人ですら手こずる迦楼羅。1対1よりも相手が多数の方が迦楼羅の力は発揮される。
ランギも同じタイプなために、3人は甘く見ていた。だが、迦楼羅が3人を見ると、傷一つない体で余裕すら伺える。
「ちょっと痛かったな」
「油断大敵。獅子兎狩本気」
「やられっぱなしは性にあわねぇな!」
毘沙門天が走り出すと、迦楼羅は不可視の首切を振るう。しかし、分銅にはランギの紐、アヌが絡まり易々と毘沙門天に距離を詰められてしまった。
迦楼羅は何とか受け太刀すると、そのまま後ろに飛び退く。迦楼羅がいた所はヴァルナのせいで抉れていた。
そして、避けた先にはランギがいた。ランギは迦楼羅を殴り飛ばすと、その先には毘沙門天が槍、岩貫を振り上げていた。迦楼羅は何とか体勢を立て直し、岩貫を防いだが、防御もろとも叩きつけられた。
「━━━━クッ!」
たった一瞬、たった一瞬で迦楼羅は立ち上がる事すら出来なくなった。地にひれ伏し、指一本すら動かせない程の痛みの前に抗う事ができない。
これが神選10階と支部員との圧倒的な差。いや、この3人は確実に規格外の強さ。
「さて、どうしよっか?」
「死罪確定。離反者抹消」
「んなのつまんねぇじゃねぇか!乾闥婆を誘き出す餌で良いんじゃねぇ!?」
3人共どうでも良いと言わんばかりに適当。そう、神選10階はどんな事があろうと任務がない限り動かない。日本支部が気付くには早すぎる。
残るはスパイ。そう内偵がいた。そして、それが考えられるのは金色孔雀。迦楼羅は薄々そう思ってはいたが、信頼していたために考えないようにしていた。
「あと、コレは金色孔雀の密告じゃないよ」
ミトラは気付いていたかのように、笑顔で言い放った。
「支部長に聞かれちゃったらしいね。内緒話はもっと慎重にやらなきゃ」
そう、疑うだけ無駄だった。ただのミス。自分達の注意力不足。しかし一つおかしい事がある。それは神選10階まで使う必要があるのか?という事。
「なぜ、君達が?」
「それは簡単だよ。あの支部長君達3人、迦楼羅、乾闥婆、金色孔雀があんまり好きじゃなかったらしいね。
変な支部長を持つと君達も苦労するね。君達が今の支部長に反感を持ってるってのを知ってたからさ」
「違う。僕達はVCSO自体に不信感を持ってた」
「あらら、じゃあ支部長さんの勘違い?」
ミトラは特に興味がない、と言わんばかりに適当な笑みを浮かべる。
「でもまぁ、離反は離反だからね。とりあえずは日本支部に戻ってもらおうか」
そこから迦楼羅は支部長に記憶を消され、ただの従順な駒として扱われた。乾闥婆の事も、もちろん子供の事も忘れ、金色孔雀の知っている迦楼羅ではなかった。
金色孔雀は迦楼羅の離反から5年後に、24歳という若さで支部長となった。そこからの日本支部は表向きでは戦死者が出ているが、実際は金色孔雀が逃がしていて死者はゼロ。
金色孔雀は支部長の仕事と平行して乾闥婆を探していたが、全くと言っていい程情報が入らない。
そしてあの事件から10年以上が過ぎたある日。協力者から新たなホーリナーを見つけたとの連絡があり、今日はそのホーリナーが来る日。
まだ12歳、こんなに幼い子供ですら戦いに巻き込まなくてはならないと思うと、辛さ以外の何も残らなかった。
そして、協力者に連れられて一人の女の子が入って来た。まだまだ子供。金色孔雀がホーリナーになったのは15歳。しかしそれよりも幼い。金色孔雀が入った時は恐怖しかなかったが、この子供はしっかりとした目つきで金色孔雀を見る。
「かかさまがコレを」
少女は金色孔雀に手紙を差し出した。色んな疑問があったが、とりあえず手紙を読めば分かると思い、文面に目をやる。
「…………乾闥婆」
それは乾闥婆からの手紙。そしてこの少女は迦楼羅と乾闥婆の子供。そう、摩和羅女だ。
乾闥婆の手紙には未来への希望として、自分の命をかけて金色孔雀に摩和羅女を預ける事。そして迦楼羅が死んだと思っている事が書いてあった。
そう、乾闥婆はずっと迦楼羅は死んだと思って摩和羅女と生きて来た。金色孔雀の心が酷く痛むが、失うモノは迦楼羅と乾闥婆の離反の時に全て失った。その時の覚悟と共に、金色孔雀は支部長としての力を手に入れた。
金色孔雀は立ち上がると、しゃがんで摩和羅女の頭に手を置く。摩和羅女が見た金色孔雀は笑顔で涙を流していた。
「おかえりなさい」
ネタバレになるので前書きには書けませんでしたが、ミトラとは元帥の事です。
色々とシリアスな展開ですね。何も知らないのが良いことか悪い事かは分かりませんが、摩和羅女が色んな人から望まれて産まれて来たのは確かです。
後は激闘編で少し触れたんですが、乾闥婆は当時の遠距離型最強のホーリナーになります。