12 ブルーノとミューズ、淡い恋の始まり
ミューズとの楽しい食事から、二か月ほどが過ぎた。楽しいことをしようと考え、街の劇場や大通りの繁華街にちょくちょく身分を隠して現れるようになった第二王子ブルーノは、カサンドラへの思いがようやく落ち着きそうに思えた。
そして、心の重さを拭ってくれたミューズに対して、淡い気持ちがほんのすこし増えてもいた。
ミューズは美しい。カサンドラは毅然とした態度の大輪のバラといった美しさだったが、ミューズはどこにでも咲いて、人の心を温めるタンポポのようだ。吟遊詩人という仕事柄、幾多の知り合いもいるだろうし、そのなかのひとりでしかないかもしれないが、ブルーノは彼女との再会を心から待ち望んでいた。
「ブルーノさま。あの『青い鳥羽根飾り』がお目通りを願っていますよ」
城で、第二王子としての執務をこなしていたブルーノのもとに、待望の知らせが届いた。
「本当か! すぐに通してくれ」
ブルーノはミューズの来訪を聞いて浮足立つ。そして、ついに彼女が現れると、彼の心は途方もないうれしさを感じた。
「お久しぶりです、ブルーノさま」
「ミューズ!」
「差出人の無いお手紙を、お預かりしてきましたよ」
「あ……うん、ありがとう」
差出人とは、カサンドラのことだ。開けてみると、そこにはブルーノへの感謝と、心からの謝罪の気持ちが丁寧につづられていた。
あのカサンドラが、謝罪!? 変わったものだ、とブルーノは驚いた。
「この手紙は、秘密に、大切にするよ」
「はい」
もう、会うことは叶わぬ令嬢へのほのかな思慕を断ち切り、ブルーノは目の前の女性をまじまじと見つめた。
「ミューズ」
「なんですか? ブルーノさま」
「よく、俺のために働いてくれたね。カサンドラのことがあってから、俺にはもう味方はいないかもしれないと思っていたよ」
「そんな! ブルーノさまは、もっとしあわせになっていいんです!」
ミューズが幼子のように声をあげる。
「その……こんな俺で良ければ、これからも旅の空からゾンネンブルーメに来たら、会ってくれないか」
「もちろんです」
「あ、いや、歌を聞きたいということはもちろんなんだが。……その、大切な友だちとして」
友だち、と自分の口から言葉を告げると、若干のせつなさがこもる。しかし、自由を愛するミューズを前に、城と街から出られない第二王子ブルーノとしては、それが最大限の愛情の示し方だった。
「……はい。旅先で見たこと、聞いたことをおみやげにしますね、ブルーノさま」
ミューズの答えにも、何かすこしせつなさを秘めたものを感じた。
「それではこれから街へ出よう、ミューズ。あの野菜と肉の串焼きのレストランへまた行かないか?」
「……ふふ、また、かぶりつくんですか?」
「ああ。たまにはそんな野性味もいいものさ」
「分かりました、喜んでお伴いたします」
ブルーノとミューズは、ふたり連れだって街のレストランへ出かけた。
女吟遊詩人ミューズの歌のレパートリーに、せつなく淡い遠距離恋愛もののメロディが増えたのは、まだすこし先のことである。




