11 ブルーノ、愛した令嬢への思いをミューズに託す
「無理にカサンドラさまを忘れようとしておられますね、ブルーノさま」
「そんなことはない。この国を混乱に陥れた一味のひとりでもあるんだ。……忘れるようにするよ」
「いいえ。好きな人はお互いの立場がどうあろうと、好きと思っておいて良いのです。そのお気持ちを無理に塞ぎますと、余計に苦しくなりますよ」
「……そうか」
ブルーノは深くため息をついた。
「ミューズ。君は自由で良いな」
「ふふ、さすがに空は飛べませんけど」
「宮廷の暮らしが、本当に窮屈に思えるよ。カサンドラも、きっとそうした宮廷社会の魑魅魍魎に揉まれて、あんなふうになってしまったんだ。平民として新たな人生があるのなら、それは幸せなことなのかもしれないな。おかしなプライドさえ捨ててしまえば」
「言伝をお受けしましょうか、ブルーノさま?」
「……出来るのか!?」
「はい。ちょうどカサンドラさまのおられる町へ、旅に出ようと思っていたところですから。手紙では、誰かにブルーノさまが書いたと知られて困ることになりかねませんので、わたしが直接お言葉をお預かりしましょう」
「……ありがとう。ぜひお願いするよ」
ブルーノは、そっと小声でミューズにかつて愛していた、そしてまだ慕情の残るカサンドラへの言葉を託した。
しばらくして、店のおばちゃんが料理を綺麗な装飾の皿に乗せて持ってきた。
「はいよ! 野菜と肉の串焼き、お待ちどう!」
「わあ! 来ましたよ、ブルーノさま」
「かぶりつくのがいいと言っていたな。やってみるか、ミューズ?」
「ナイフとフォーク、頼んじゃいましたよ」
「それを使わない、というのも一興だ。やってみよう」
「……分かりました」
ふたりは、熱々の串焼きを勢いよく頬張った。
「はふはふ、おいしいですね、ブルーノさま」
「ああ。……ミューズ。旅の空からゾンネンブルーメに戻ってきたら、また歌と話を俺に聞かせてくれないか」
「いいですよ、喜んで」
「あ……いや、仕事としてもちろんそうしてくれるとありがたいんだが、その……これからは友だちというか」
城にいて、憂鬱な毎日を過ごしていたブルーノは、こうした気分転換を計ってくれたミューズをそのまま手放したくないという気持ちが芽生えていた。それは恋とも言えぬ、一方的でとても淡い気持ちだ。
「……分かりました、ブルーノさま。そうですね、これからは大切なお友だちとして」
その思いを知ってか知らずか、ミューズはブルーノに優しく微笑んだ。彼女の口から、友だちとして、と言われると、ブルーノはなんとも言えないもどかしさを感じた。しかし、王子の立場を利用して彼女を口説くというのはみっともないと思うし、第一、自由を愛するミューズと、第一王子フォルクハルトのスペアとして城の宮廷生活から出られない第二王子のブルーノとは、あり方が違い過ぎる。
「ああ、ミューズ。君が旅先で見聞きしたことを、いつでもこのゾンネンブルーメに戻ってきたなら教えてくれ」
ブルーノはミューズを見つめ、わずかに切なさを秘めた瞳で微笑んだ。




