10 ブルーノ、愛した令嬢の消息を聞く
王都ゾンネンブルーメの、大通りからすこしそれた路地の一角に、その新しく出来たレストラン「こもれびの庭」はあった。
「……腕に手を、ミューズ」
「いいのですか?」
「女性に手を添えてもらうことなど、久しく無かったからな。ミューズが良ければ頼むよ」
「はい、ブルーノさま」
ミューズがそっとブルーノの腕に手を添えた。二人はレストランへと入っていく。カランカラン、と店のドアに付いたベルが響いた。
「いらっしゃい」
快活なおばちゃんが、ふたりを出迎えた。
「ふたりですが、頼めますか?」とミューズ。
「あいよ。おふたりさんね!」
レストランはそれほど広いところでは無かった。それなりに人が入っていて、ブルーノとミューズが目立つ、ということは無さそうだ。清潔な白のクロスがかかったテーブルに、ふたりは通された。
「うちのおすすめは、野菜と肉の串焼きだよ! あのイルザさまも食べたっていう評判の一品さ」とおばちゃんが言う。
「ブルーノさま、それで良いですか?」
「ああ。おすすめと言われれば、試してみよう」
「あいよ! 本当は豪快にパクッとかぶりついてほしい一品だけどね、貴族の方々も食べられるようにナイフとフォークも付けられるよ!」
「ふふっ、楽しみ! では、ナイフとフォークをふたりぶん、お願いします」
ミューズは笑顔でおばちゃんに注文し、ふたりになったところでブルーノにこっそりと言った。
「カサンドラさまは、遠方の国でお元気に暮らしておられるそうですよ」
「本当か!?」
ブルーノは腰を浮き立たせた。会いたい。焦がれるような気持ちが胸に溢れた。
「はい」
「俺は……彼女をそれでも愛していたんだ。追放になったからといって、忘れることなど出来るか」
「そうですよね」
「本当に病気やけがはないのか。今は何をしているんだ!?」
「……お元気ですよ。平民として、パン屋で働いているそうです」
「パン屋!?」
「はい」
あの、毅然として大貴族のふるまいが似合っていた大公令嬢カサンドラが、パン屋。彼女がエプロン姿で店に立つ姿を想像して、ブルーノはすこし笑ってしまった。人を使って殺人という罪を犯したとは言え、そして、そのことと彼女の行いがアードラーからの王都侵攻を招いたとはいえ、それでも彼女が遠方で元気に暮らしているという知らせに喜ぶ自分を、抑えることは出来なかった。
「ありがとう、ミューズ。それが聞けただけでも、俺は幸せだ」
「そんな……ブルーノさまは、優しいお方です。これから先は、もっともっと楽しいことを重ねていっていいんですよ」
「そうか……ミューズ、君が見てもそう思うくらい、俺は暗かったか?」
「はい」
「すまなかったね。だが、知らせを聞いてようやく俺もカサンドラを忘れる決意が出来そうだ」
ブルーノはすこし寂しそうに愛した女性の名を口にした。




