1 エレオノーラの帰還
王都ゾンネンブルーメの、中央に建てられた立派な城に、謁見室がある。そこに、ひとりの青年が先ほどからそわそわと落ち着かないそぶりで人を待っていた。さらりとした髪をマッシュルーム風に切り揃え、小動物のような優しく愛らしい瞳をしている。王子の証である、最高級の布で仕立てられた服に、いささか小太りの体が詰まっている。第三王子のアーベルだった。
「姫さま、お着きでございます……!」
伝令の者が来訪者の到来を告げた。来訪者、とは言え、正確に言えば、もともとは第三王子の婚約者である隣国ハーズの姫エレオノーラの帰還だ。彼女の大切な友人となった、カミーレの地の変わり者エルフと、その地の辺境伯の息女の結婚式から王城に帰ってきたのである。
第三王子のアーベルはとてもそわそわしていた。というのは、以前第二王子の婚約者であったカサンドラが、第一王子フォルクハルトの婚約者の暗殺事件と、現婚約者ディートリンデの殺人未遂を計画したことによって失脚し……。
カサンドラが故郷であるアードラーへ逃げ帰った際に、好戦的で名の知れたアードラーの動きを封じるために、ハーズの助力を乞う目的で、一旦エレオノーラがハーズへ帰ってからというもの、こうして今、事態が落ち着くまで一度も会えていないからだった。
時は過ぎ、一時ゾンネンブルーメとハーズを支配下に落としていたアードラーの兵士たちも、第一王子フォルクハルトとその配下のイルザたちの働きによって、アードラー王が敗死したことで引いた。ゾンネンブルーメにもハーズにも、平和が戻ってきた。
対アードラー戦で一番の功労者となったカミーレ辺境伯の息女イルザと、その婚約者であったエルフの少年ナックの結婚式は、カミーレの地の森の中で盛大に行われた。実家のハーズでのんびりと休みを取っていたエレオノーラは、その足で結婚式に参加し、今日になってようやくゾンネンブルーメに戻ってきたのだった。
「エリィ! 大丈夫だった? 大丈夫だった? ケガしてない?」
アーベルがおどおどした様子でエレオノーラを迎える。
「アーヴィさま……落ち着いてくださいな。わたしは元気です! なかなか帰れなかった故郷ハーズで、のんびりとさせてくださってありがとうございました」
エレオノーラは深々と品の良いお辞儀をした。アーベルが駆け寄り、その手を取る。
「ごめんね! 僕のところのゴタゴタで迷惑をかけたね。アードラーが攻めてきたときは、どうなっちゃうかと思ったよ! 無事で何より」
アーベルが真摯に謝った。
エレオノーラは、アーベルのそんなところが大好きだ。彼女は、風格を持つ第一王子フォルクハルトと幼いころから比べられ、きりっとした佇まいも、明晰な頭脳も持っていそうに見えないアーベルのことを、心無い者たちが陰では、弱気な用なし王子と呼んでいることを知っている。
だからこそ、わたしがお守りしなくては! アーベルさまは、とてもお優しい方だもの。
エレオノーラの決意は固かった。
ゾンネンブルーメの街は、知略で前アードラー王を倒した女剣士イルザと、それに協力したエルフたちの話で持ちきりだ。
わたしも、イルザさまのように、アーベルさまを助けられるようになるの!
エレオノーラは、取られた手で、アーベルの手を握り返した。




