茶の味
(1)
クラウスは末吉を後ろに乗せて、バイクを走らせていた。
「こんな山の中で合ってるのか?」
「あってるあってる。もうすぐ着くからね」
先程の電話の内容は町外れに住む魔女の家へホールケーキを届けるという依頼であった。その魔女はお得意様のようなもので、よく宅配をしているそうだ。バイクが走っているのは森の中で、一本道が長く続いている。ずっと同じ景色が続いており、本当に目的地にたどり着くのか怪しくも感じた。そもそも、末吉のことは胡散臭く思っているため、いまいち信憑性が湧かないのだ。そんな末吉が指を指す。
「あぁ、あれだよ。あの小屋さね」
少し向こうに木造の小屋が見えた。それほど大きなものではなく、慎ましさが感じられる。小屋の周りには小さな畑があり、野菜を自家栽培しているようであった。バイクを停め、末吉がドアをノックすると、間もなくして扉が開いた。現れたのは日光にあたって光る金髪の女性であった。
「こんにちはぁ、お電話頂きました佐伯ですぅ」
「こんな所までわざわざありがとうございます。お待ちしておりました。えっと……」
女性はクラウスの方を遠慮がちに見た。見慣れない男に対して僅かばかり警戒をしているようである。末吉はそうだそうだと言ってクラウスの肩に腕を回した。
「新入りだよ。昨日入ったんだ。ほら、挨拶しんしゃい」
「く、クラウス・プラウドウッドで、す」
「まぁそうだったんですか。良かったらお茶でもどうぞ」
「それはありがたい。もう喉がカラカラなんだ」
末吉はそのままクラウスを連れて家の中へと足を踏み入れた。案内された木製の机を囲み、出された紅茶を口につける。ラベンダーの香りが漂い、暖かい紅茶が喉を潤した。
「うちの子が、誕生日にはケーキが食べたいって聞かなくって」
「あぁ、そういえばもうじき誕生日だったかぁ。今はお出かけかい?」
「いえ、今は本を読んでいます。佐伯さんから頂いた本を、気に入ったみたいで」
「それはそれは嬉しいことで」
女性と末吉が他愛のない会話を続ける中、クラウスは茶を少し口にして、その光景を眺めるだけであった。彼女はただの1人の女性に見える。クラウスが聞いていたような悪徳な存在には到底見えなかった。ただ、今の幸せを噛み締めていたいという彼女の姿がクラウスの目には美しく映っていた。なんと都合のいい、と言われるかもしれない。けれど、クラウスの立場は穏やかに、しかし確かに彼女らの方へと傾いていた。
※※※※※※※※※※
「紅茶、美味しかっただろう?」
バイクの走行中、信号待ちをしていると末吉は不意にそんな声をクラウスに投げかけた。突然なんだとも思ったが、素直に縦に首を振った。
「……美味かった。あぁ、美味かったさ」
あの紅茶の美味さが舌から離れない。彼女らの入れた紅茶は人間が入れるものと同じように香ばしく、美味であった。
魔女の中でも派閥はあり、街中に潜む魔女と、人の暮らしから離れて暮らす魔女がいる。彼女らは後者であった。街に住んで危険と隣り合わせになりながらも人並みの楽しみを享受するよりも、人並みの楽しみはなくとも、確実に穏やかな日々を送る暮らしを選んでるのだ。ケーキを買うことでさえ、他人に頼まなければ危険である彼女らは、その驚異であったはずの自分へと知らず知らずのうちに紅茶を振舞った。そんな紅茶は彼にはとても美味に感じた。クラウスの握る手には力が入っていった。
それから数日間、クラウスは基本的に末吉と行動することが多かった。別段、理由はなかったが、末吉は何かとクラウスに声をかけ、依頼をこなしに行くのだ。他のレジスタンスの仲間とも会うことはあったが、彼の立場上ゆえか、目を逸らされることも少なくなかった。その度に気まずさが彼を襲ったが、仕方ないのだと諦めていた。今日もまた、末吉と行動していた。今日は魔法使いの男性の送迎であった。今は既に夕方で、男性の家に帰宅していた。
「いやぁ、助かったよ。ありがとう」
「いやいや、大したことはしてないさ」
いつものように依頼人からの礼を受けていた時であった。末吉のスマートフォンが鳴り響いた。ちょっと失礼、と末吉はスマートフォンを手に取り、電話に出た。暫くなにかを話したあと、電話を切り、クラウスに向き直した。
「ちょいと急いで帰らなきゃあならなくなったよクラ坊」
「クラ……?あぁいや、どうしかしたのか」
「街中で魔女狩りさね」




