煌めく宝石
(1)
雪乃たちが立ち去ってすぐ、末吉はさて、と手を鳴らしクラウスに笑顔で向き合った。
「さてさて、改めてようこそレジスタンスへ!このおじさんが1番偉い人だからね」
末吉は大歓迎、といったような明るく、賑やかな様子だった。先程まで渋い顔をしていたオスカルは腹を括ったようで、クラウスに向き合う。
「……まぁ、これも何かの縁ってことにしとくさ。よろしく」
「あ、あぁ」
歯切れの悪い返事をして、クラウスは目線をそらした。それから、彼は改めて傷の手当を受け、末吉の部屋着を借りた。騎士団の制服はゴミ袋へ放り投げてしまった。制服を破棄する際、自身は反旗を翻したのだと再認識したのだった。そんな彼の手は僅かに震えていた。夕飯時にはレジスタンスの話を耳にした。オスカルからなにか指示あるまでは各々自由に行動しており、堅苦しい集団ではない印象が見受けられる。アパート、つまりレジスタンスの基地はここ以外にも少し離れたところにも幾つかあるようで、それぞれでオスカルのような代表者がいるらしい。ここの住人に挨拶すべきかとも考えたが、オスカルの提案でそれは無くなった。オスカルからまた伝えておくと言われたのは、クラウスの立場はここでは歓迎されるべきではないからである。事前の説明がなければクラウスは間違いなく不信感を向けられることだろう。もっとも、事前の説明があろうがなかろうか、どのみち向けりる感情は同じなのであるが。騎士団をぬけ、レジスタンスに入ったことは大きな一歩となるのは確かなのだが、彼の立場はあまりにも脆く、不安定であった。
就寝時、末吉は宣言通り襖の中に布団を敷き、眠りについてしまった。クラウスは予備の敷布団を用いて、横になる。クラウスは頭の中で思い悩んでいた。騎士団に対する復讐心、自身の正義感は間違いなく存在しているが、自身がこれまでしてきた行いと信じて生きてきた考えとのギャップ、周囲からの目、何より友に対する複雑な思いが彼の眠りを妨げていた。
「何か考え事でも?」
思わず飛び上がり、周囲を見渡した。なぜなら、その声には聞き覚えがあったからだ。不意に肩に手が置かれる。今度は確かに耳元で囁かれた。
「体の調子はどうかしら」
ぞわっとした感覚が背筋を襲った。耳元に吐きかけられた吐息は冷たく、生命を感じられない。まるで霊に取りつかれたような感覚。体をビクリとさせて、後ろを見るとセレスティアがそこにいた。クラウスの反応を見てくすくすと笑っている。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」
「セレスティア……どうしてここに」
「貴方の装いを用意してあげたのよ」
セレスティアが指さした先には畳まれた服が置かれていた。わざわざ用意するとは、余程の物好きなのだろうかとクラウスは考える。セレスティアは相も変わらず読むことが出来ない表情である。
「嬉しくないの?せっかくあなたに似合うものを見繕ってきたのに」
「あ、あぁ……、ありがとう」
「浮かない顔をしてるわ。どうしたの」
セレスティアはクラウスの頬に手を添えた。その手も吐息と同様冷たく、人間の体温ではない。そんな彼女の赤い瞳は宝石のように美しく、固唾を飲んだ。
「……お前なら分かってそうだけどな」
「たとえ悪魔でも、言葉にしなければ分からないわ」
「……踏ん切りが付かなくてな」
「あらそうなの」
セレスティアは特に何かを気にするわけでもなくクラウスの隣に座った。窓から差し込む月の光がセレスティアを照らし、美しさを際立たせた。白い肌はその白さを更に引き出し、金色の髪は煌めきさえ感じさせた。
「あなたって、案外優柔不断なのね。いや、義理堅いからこそのものなのかもしれないけれど。……けど、ひとつ言ってしまうと、あなたには神を殺す以外、救いの道はない」
酷く冷たい声だった。体中に鳥肌が立ち、身震いしてしまうほどの恐怖がそこにはあった。ちらりとセレスティアを見れば、先程とは変わらない彼女がそこにいる。
「大変ね。でも、あなたが選んだことなのよ。そう、他の誰でもないあなた自身」
クラウスの顎に手を添え、軽くあげてやる。先程よりもセレスティアの瞳が間近にあり、呪いをかけられているような気さえもする。
「あなたがもし、本当に素敵な人になったら、その時はサービスしてあげる」
セレスティアは立ち上がり、ベランダに出る。月を見上げ、目を細めてから、またクラウスの方へ体を向けた。
「それじゃあ、また気が向いた時に」
そのままセレスティアは下へと落ちていった。クラウスは慌ててベランダに出て、下を見る。大した高さではないが、人間が落ちれば大怪我は避けられない。しかし、セレスティアはどこにも見当たらなかった。さすが悪魔、と言ったところか。クラウスは部屋の中に戻り、再び布団に潜り込んだ。
神を殺すしか、救いの道はない。
その言葉だけが彼の頭の中で何回も浮いては消え、浮いては消え、そのうち、クラウスを眠りへと誘った。
結局、朝になって枕元を見ればセレスティアが持ってきた服が置いてあったことが、夢ではなかったと物語っていた。白のワイシャツに、ベスト、上着とズボンは黒に包まれており、真新しいブーツもまた黒いものだった。見に纏えば、普段白いあの服を来ていたせいか、それはさらに際立った。悪魔なりの皮肉だろうかとも思えるものだ。突然新しい服装でいるので、問い詰められるものだと思っていたが、オスカルも、末吉も、玲も気にする様子はなかった。クラウスに興味が無いのか、はたまた、もう事情が分かっているのか、それは分からなかったが、彼にとっては都合がいいものであった。朝食を終えて、クラウスは末吉からレジスタンスについての話を聞いた。普段は魔女等の弾圧の対象者の支援をしながら、騎士団に関わる基地を攻め入るための作戦をオスカルらによる上層部が練っているという。
「マァ、君の仕事は今のところないかもねぇ。昨日、君の知っている情報はあらかたオスカルが聞いてしまっているから」
末吉は茶をすすり、椅子にもたれ掛かった。そうすると、自分はどうしようかとクラウスは考えた。下手に外に出るわけにも行かず、かといってここで何もせずにいるのも違うような気がした。セレスティアならば、何かいい提案をくれるのだろうかとも思ったが、そんな都合のいい話があるはずもない。しばらく末吉の他愛もない話を聞いていたが、突然電話が鳴り響いた。末吉は立ち上がって電話に出る。何かをメモにとりながら、会話をした後、電話を切った。
「早速仕事さね、クラウス君」




