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美シキ世界ノ鎮魂歌  作者: まめぐされ
1章
7/11

古いアパートにて座談会

(1)


先程まで寒気に包まれた部屋は5つのマグカップに注がれたコーヒーやホットミルクによって、すっかり温まっていた。元々2人で暮らしていた部屋にある小さなテーブルは5人が囲うには少し頼りない。更には椅子が足りなくて、男がたっている状態だ。少しの窮屈感はあったが、クラウスには十分な開放感があった。そんな彼に先程まで圧をかけていた男は苦笑を浮かべる。


「まさかこんなお嬢ちゃんと面識があったとはなぁ」

「別に、顔を合わせたのは1度きりだ」

「たった一度でも、私にとっては命の恩人さんなんです」


雪乃は身を乗り出し大きな声で主張した。この彼女の熱烈な説得によりクラウスは高速から解放されたのだった。彼女はずっとこの人はいい人だ、命の恩人だ、酷いことをするな等最初の儚いイメージとは打って変わって激しく声を出していた。出会ったのは1度きりなのによくここまで情熱的になれるものだと感心できる。この場でテーブルを囲っているのはクラウスと元々居たこの部屋にいた2人、そして雪乃とその付き添いであろう少女である。雪乃の付き添いである少女がよし、と話題を切りかえた。


「なんかお互い知らない人とかいる訳だし、自己紹介しとこうよ」

「おいおい、あんな殺伐とした雰囲気だったのに、よくそんな話題を出せるなぁ」

「それはそれ、これはこれ!あんた達の間で何があったか知らないけどさ、いつまでも引きずるのは良くないし」


ちらり、と雪乃の方を見る。彼女が気まずいだろう、ということを伝えたかったのだろう。それをきっかけにほかの3人も雪乃の方に目を向けた。ちびちびとコーヒーを飲んでいた雪乃はそれに気づき、あわあわと慌てだした。


「あっ、えっと、お構いなく!全然!大丈夫!です!」

「そうだな、初対面にしてはなかなかに最悪な形だったから、自己紹介で挽回するしかないな」


大人らしい笑みを浮かべて男は膝に手を置いた。話慣れているのだろう、その場にいる人間それぞれと目を合わせて自己紹介を始めた。


「俺はオスカル・ダル・カント。ここら辺のレジスタンスの1人だ。趣味は珈琲を入れること。こっちはレイ。俺の相棒さ」


オスカルが仮面の女、レイに挨拶を促すと軽く会釈した。それに間髪入れず発案者は声を上げた。


「ハイハイハイ!次私ね!私宮崎 瑞樹!趣味は食べ歩き!よろしくね!」


瑞樹は全体に、というよりはクラウスに対して自己紹介をした。彼以外の人間とは面識があるらしい。彼女の声は誰よりも大きく、部屋中に響き渡っていた。。制服を着ているということは彼女は学生である。雪乃と同じ制服を来ているため、同じ学校で、友人なのかもしれない。そんな彼女は雪乃に自己紹介をせがんだ。


「あっ、えっと、私、矢野 雪乃っていいます。趣味……趣味は、読書、です。よろしくお願いします」


雪乃は瑞樹とは正反対に目を泳がせながらおどおどと自己紹介を終えた。彼女の手は意味もなく動いていて、落ち着かないといった様子だ。雪乃の自己紹介が終わると、全員の視線がクラウスに集まる。この場で残っているのはクラウスのみだ。


「クラウス・プラウドウッド。……」


そこで言葉が詰まる。今思えばこの場における彼の立場はあまり良くないものであった。先程までオスカルに尋問されていて、あまり歓迎されていないことは明らかだ。さらに、自己紹介といっても、自分は言ってしまえば無職で、元々属していた騎士団も、ここでは地雷に等しいだろう。彼らのように明るい自己紹介が出来るはずがなかった。きまずい沈黙が走る。さすがに瑞樹も明るくするのは苦しかったらしい。各々俯いていたり、視線を泳がせたり、お世辞にもいい空気とは言えない。そんな時であった。扉が開かれる音がした。ちらりと各々が閉じられた扉を見つめる。足音が近づき、その扉が開かれた。そこに立っていたのはスーパーの袋を持った男だった。小さな丸いサングラスをかけ、よれよれの長く、薄い上着を羽織り、くせっ毛であまり整えられていない髪の毛等と、だらしないと言えるような男である。1つ異様なものをあげるならば、黒いハットだろうか。


「おお、おお。今日はお客さんが多いじゃないか」

「やけに遅かったな。また寄り道か?」

「いいじゃないの。会える時に会っとかなきゃね」


男はスーパーの袋を部屋の隅に置き、オスカルを押しやって机を囲む1人になった。先程の空気とは打って変わって何ともゆるい空気になっていた。


「何話してたの?」

「まぁ、話すと長くなるんだが、さっきまでは自己紹介をな」

「なるほどなるほど。確かに見ない顔が2つあるねぇ。あ、瑞樹ちゃん。会うと思ってたよぉ。彼から話は聞いてたから」

「末吉さん事務所来てたんだ」


この男は末吉と言うらしい。彼が来た途端に皆口々に彼と言葉を交わし始めた。瑞樹とはまた違って、ゆったりとした朗らかで明るい空気を作るのが得意なのだろう。末吉はもっともらしく、上着をビシッとして、ようやく自己紹介を始めた。


「さてさて、ワタクシ、佐伯 末吉っていいますぅ。薬師やってますんで、ヨロシク。キミが噂の隊長クン?」


相も変わらず、飄々とクラウスに話を振った。恐らくオスカルから事前に話は聞いていたのだろう。クラウスは気まずそうに頷いた。末吉はそれから空気を読まず、またデリカシーの欠片すら感じさせず、尋問の話をオスカルに尋ねた。さすがに今は話せない、とオスカルは返事をしたが、いやいや、と末吉は下がる様子がなかった。仕方なく、オスカルは手元のスマートフォンで彼にメッセージを送った。オスカルが文章を打っている間も末吉はコロコロと話題を変えながら口を飛ばすことは無かった。しばらくして末吉はスマートフォンに目を落としながら会話を続け、キリのいいところで彼は話題を切りかえた。


「いやぁ、彼、すごい面倒くさい男だったろう?大変だったねぇ」

「いや、別に……」

「気遣いが出来るなんて、いい子じゃないか」


末吉はオスカルのコーヒーカップを勝手に手に取り、コーヒーを口にした。オスカルはすっかり慣れている様子でそれを眺めている。


「それで、キミはこれからどうするの?寝泊まりとか大変でしょ?」

「まぁ……」


正直いえばアテなどない。目的こそあれど、達成するための手段も拠点もないのだ。路頭に迷うとはこのことである。末吉はふぅむ、と顎に手をやった。


「実はね、ワタクシ襖で寝てみようかなと思っていたりする訳なんだよ。あの密閉された空間での睡眠は、きっといい効果が出るに違いない」

「はぁ」

「簡単に言えば、ワタクシの部屋を拠点にすればいいのさ」


人差し指を立ててニッコリと提案する末吉を止めたのはオスカルであった。それも当然。末吉の部屋に住む、すなわちこの場所、オスカル達が住むアパートに住むという事だ。この場にいる人間は末吉の提案に呆気に取られた。


「待て待て待て、末吉、お前はまたとんでもないことを言い出すな。そもそも布団はお前の分しかないだろ?」

「買い足すさ」

「そもそも、こいつがどういうやつかわかった上での提案か?」

「分かってるとも。経緯は違えど彼らに対する対抗心は同じだろう?それともキミは、彼をここで殺す気だったのかい?」


渋い顔をしてオスカルは頭をかいた。雪乃と瑞樹は口を挟む隙がなく、レイは二人の会話をずっと聞いている。当人であるクラウスもどう話に入ればいいのかわからずにいた。


「この子は良い奴さ。なんと言っても気遣いが出来るからね。気遣いが出来る奴に悪いやつなんていないよ」

「だが」

「彼の悪事は教育の賜さ。彼の人間性や本質とはまた違うものだよ」


ね?と末吉はクラウスを見つめた。クラウスは意外にも真っ直ぐな瞳に臆した。


「いいじゃないか、ここの住人達と彼の目的は同じなんだ。手を組んだ方が円滑だろうさ」

「それは……そうかもしれないが……」

「わ、私からもお願いします!」


雪乃が突然立ち上がり声を上げた。隣にいる瑞樹は雪乃をぽかんと見上げている。雪乃の表情は真剣そのもので、声を震わせていた。


「も、もし駄目なら、私の家に来てもらいますし、あの、何度も言ってますが、この人は私の命の恩人で、絶対、絶対いい人なんです。だから」

「あぁあぁ、わかったわかった。わかったよ」


降参、と言ったようにオスカルは、両手を上げてため息をつく。


「確かに、こいつがいれば戦力にはなるだろうし、目的が同じだから、レジスタンスに入れる理由には十分だ。そこは認めよう。許可するよ。けどな、俺はお前のしたことを許すことは無いだろうさ」


オスカルはクラウスを見やった。クラウスにはその事は十分理解していた。オスカルがここでの寝泊まり、レジスタンスへの加入を許可したこと自体、奇跡と言うべきだろう。


「レイ、お前はどうだ?」

「別に構わない」


あっさりと返事をしたレイに、やっぱりそう返すか、とオスカルは再びため息をついた。クラウスは一言礼や謝罪を言おうとしたが、雪乃に遮られてしまう。


「あ、ありがとうございます!」

「なんで、嬢ちゃんが喜ぶんだ。言うべきなのはこいつだよ」

「あ、あぁ。ありがとう……」


よろしく、と付け加えてクラウスは頭を下げた。関係の無いなずである雪乃が1番喜んでいるのが奇妙に感じられる。少ししてから雪乃と瑞樹はアパートを出ることになった。彼女たちとオスカル達との関係性はクラウスは聞けず終いであったが、それ以上にクラウスは雪乃に伝えなければならないことがあった。


「ありがとう、色々と助かった」

「え?あ、いえ、クラウスさんは命の恩人さんですし、いい人だから……」


彼女は少し頬を赤らめながら返した。彼女はクラウスについて何も知らない。知らないからこそ、ここまで好意的なのだろうと、クラウスは感じた。きっと、自分の悪行を知れば彼女はきっと、恐れ、離れていくのだろう。彼女の無知に哀れさを感じながらも、感謝をせざるを得なかった。

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