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美シキ世界ノ鎮魂歌  作者: まめぐされ
プロローグ
3/11

輝ける栄光2

三時、この時間はクラウスが楽しみにしている時間だ。

いきつけのカフェでクラウスはモンブランと紅茶を嗜んでいる。3時に任務のない日はこうして一人でカフェでくつろぐことが彼の日課である。常連となった彼にカフェのマスターが声をかける。


「いやぁ、毎日毎日御苦労さん」

「ありがとう」

「あんたらがいてくれるおかげで安心して店が開けるから嬉しいもんだよ」


マスターは決まってクラウスにそういう。マスターなりの感謝の伝え方なのだろう。言っても言っても言いきれないとマスターは言っている。そんなマスターの言葉とお気に入りのモンブラン、3個の砂糖が入ったミルクティはクラウスの疲れ切った体によく効く。栗をどけて先にケーキを食べる。最後に栗を食べるのが彼のこだわりだった。待ちに待った栗を口に放り込み、咀嚼する。至福の時間を過ごすクラウスの耳にはジャズの音楽が流れ込んでいた。しかし、少しもしない内に別の音が入り込んでくる。



遠くの方から何か大きいものが爆発したような音が響き渡り、眩しい光が店内まで入り込んできた。店内の人間は皆、窓の外から様子をうかがう。かくいうクラウスもその中に混じって外を見る。天を見れば蜘蛛を大きい何かが貫いたように、丸い隙間が出来ていた。何かの異常事態だと彼は即座に判断し、ポシェットから財布を取り、釣りはいらないと言って札を置いた。

外に止めてあった大型の黒いバイクにまたがり、走った。緊急事態であるため、速度を守ると言う事は彼には必要なかった。道には爆音を聞きつけて出てきたであろう人々が不安そうにしている。場合によっては救援を呼ばねばならない、クラウスは固唾をのみこんだ。

次の瞬間、また別の方向から爆音と閃光が降りかかる。その頻度は時間が経つにつれて多くなっていった。クラウスはそれに急かされている気もしている。


――――――急がねば、何かとてつもないことが起こっている。


クラウスがアクセルを緩めることは一度もなかった。



現場にたどり着いたと気付いた頃には10分経っていた。ここが現場であるとクラウスが判断できたのは、この場にあるはずの建物や人の姿が跡形もなかったからである。まるでそこには元から何もなかったかのような静けさで、バイクのエンジン音だけが聞こえる。否、それだけではなかった。今でも連続して爆発音が聞こえる。クラウスは走行中に気付いていた。この爆音と閃光は天空から降り注いだ光の者であると。

飛行艇からの攻撃か?それとも怪物か何かのものか?魔法なのか?

様々な可能性を頭の中で巡らせるが、今この状況では無意味であった。クラウスは懐からスマートフォンを取り出し、父に、団長に電話をかける。これは、自分ひとりで解決できるものではないと判断したからであった。すぐにネストルは通話に応じた。


「クラウス・プラウドウッドです。緊急事態です、各地で空からの謎の光による被害が出ています。指示をお願いします」

「……そうか。それでいい」

「え?」


まさかの返答にクラウスは困惑が隠せなかった。救援や、住民の避難、光の出どころの調査など、そういった指示を予想していたし、期待していた彼にはわけがわからなかった。そんな彼に構わず、ネストルは話を続ける。


「今すぐ、基地へ戻れ。私からの指示はそれだけだ」

「な、何を言うのです!多くの人々が犠牲になっているんです!我々が動かずして、誰が動くのです!」

「戻らなければお前は死ぬ」


従わなかった場合の死の宣告を突如され、さらにクラウスは混乱した。

基地が安全だとでもいうのか?もしかすると、もう既に住民の避難は基地でなされているのか?

混乱した頭を必死に回転させ、クラウスは状況を整理する。気付いた頃には通話は切られており、機械音のみが耳に入っていた。いつものように彼は迅速に行動する事が出来ない。相変わらず連続した爆発音と閃光の中、呆然とする彼のもとに安心できる声が聞こえた。


「こんなところにいたんだね、クラウス」

「……!ノア!」


まさに救世主だった。ノアなら自分を導いてくれる、そんな信頼をクラウスは寄せていた。


「よくここが分かったな」

「うん、神様に教えてもらった」


普段なら聞き流す所だが、今のクラウスにはそうか、そうかと真摯に返すことしかできなかった。ノアはそんなクラウスをなだめるように両肩に手を置く。


「クラウス、基地に戻ろう」

「そうだ、そこに住民たちは避難しているのか?だから俺たちは基地に戻るのか?」


必死だった。この状況を知ることにクラウスは必死だった。自分だけが取り残されているような感覚を覚え、今まで以上に焦っていた。どんな事件もクラウスは理解していた。こんな理解しがたいことは彼にとって初めてだったのだ。ノアは優しく微笑み、答える。


「いいや、騎士団だけだよ」


その時、クラウスの思考は止まった。一瞬止まって、疑問符が頭の中を満たす。

何故?何故自分達だけなんだ?


「何故だ、何故俺達だけなんだ」


頭に思い浮かんだことがそのまま口に出る。口に出すときは行ったん考えてからにしましょうという道徳派今の彼には一切通用しない。


「僕たちは新しい世界を神様と一緒に作るんだ」

「新しい世界……?」


さぁ、行こうとクラウスの手をノアは引くが、それをクラウスは許さなかった。


「ちょっと待ってくれ!なら、他の人達はどうなるんだ。あんな光に呑まれたら、ひとたまりもない!」

「今は神様が掃除してる最中だから」


掃除、掃除、掃除……

クラウスは一つ一つの事実確認を突然冷静におこなう事が出来た。


「……掃除は不要な物やゴミを捨てることだよな」

「うん」

「今起こっている事が掃除と言うならば……」


その先の言葉を言っていいものか、クラウスは躊躇した。この先を言う事ははたして許されるのだろうか、彼は覚悟が決まらない。そんな彼をよそにノアはクラウスの腕を掴んだまま言葉の続きを待っている。爆発音が木霊する、閃光が破裂する、その最中、静かに深呼吸をして言葉を紡ぐ。



「……俺たち以外は神にとって不要だと言う事なのか……?」



クラウスの手は汗でびっしょりだ。指抜き手袋がその汗を吸収し、少しばかり重くなっている。額や、背中も汗があふれ出ていた。ドラマやアニメでよく、心臓の音を使った演出がある。それが似合うのは今この時ではないかとクラウスは頭の片隅で思う。ノアは無邪気に笑う。



「あぁ、そうだよ」



正に引き金だった。クラウスはノアの手を振り払い、胸倉をつかんだ。その目は血走り、見開いていて、とても美しいものとは言い難い。


「ふざけるな!!他の人達が不要だと!?ふざけるのも大概にしろ!!!」

「僕がクラウスに嘘ついたことある?」

「ない、ないから俺はこうしてお前の胸倉をつかんでいるんだ!」


自分が尊敬を抱いた人間が、親友がこんな暴論を言うはずがない。自分達だけが特別な存在なはずがない、彼自身の正義感と怒りが混ざり合って爆発した。


「神様は言ってたよ。この世界はあまりに汚い。他の世界もそうだって。だから作り直したい、自分を一番信仰する僕達と多くの世界を作り直したい。そう言ってた」


ノアは昔から神様がこう言っていた、とよく言う少年だった。罰あたりだと思う所だが、クラウスはそれを彼の愛嬌だと受け入れていた。しかし、今この場でのノアの言葉は絶望に充ち溢れている。しかし、クラウスにはまだ希望が残っていた。


「そ、そんなこと団長が、父さんが許すはずがない!あり得ないんだ!」


もはや懇願だった。頼む、頼むからこの希望だけは断ち切らないでくれ、そんな心の叫びが痛々しく響く。ノアは少し憐れむような瞳をクラウスに向けた。


「クラウス以外の上層部は皆知ってたよ。神様の計画も、今日この時間に天の裁きが下る事も全部。団長も勿論、ね」

「……嘘、だ」


力なく胸倉を掴んでいた手が離れる。嘘だと信じたい。しかし、先程の通話の内容を思い出せば、ノアの話と辻褄が合う。残酷な辻褄の合い方だった。


「ね、きっと新しい世界は綺麗だよ。僕、クラウスと一緒に作りたいな」


笑顔で話すノアの右頬に激痛が走るのに時間はかからなかった。初めて殴る親友の頬。親友を殴る事に今では迷いはない。


「俺は認めない。お前を殺してでも、そんなくだらないこと、やめさせてやる」


クラウスの瞳は正義に充ち溢れていた。漫画に出てくる主人公のような輝きさえ感じさせる。すぐさま剣を出現させ、ノアに突きつける。口内できったことによって出てきた血液を吐き出し、ノアは心底落ち込んだ表情を見せた。


「嗚呼、君は可哀想だね」


その言葉の後にクラウスの体は後ろに倒れこんだ。クラウスの胸に穴があいている。それは、ノアが槍を出現させ、それで貫いたものだった。その槍の輝きは今現在でも下される神の裁きの光とよく似ている。ノアは倒れたクラウスに合わせてしゃがみこんだ。


「クラウス、やっぱり君は優しいね。優しいから一緒に来てくれないんだ」

「あ……ぐ……」

「いっそのこと、貪欲な人ならよかったのに。……ああ、でもそれじゃあきっと、僕は君を友と呼ばなかった」


ノアは一人で言葉を紡ぐ。それを睨み、うめくことがクラウスにとって精いっぱいの反応だった。


「……さようならクラウス。君は本当に誇り高い人だったよ」


憐れむような、そんな表情でノアはその場を立ち去って行った。



この胸の穴から滴る血液は、赤く、赤く、熱い。それは彼が己の人生において持っていた情熱のようにも思えた。だが今、ふつふつと湧き上がる熱は情熱ではなく、己を裏切った人間に対する怒りであった。


もう自分は死ぬ。男は大きい怒りを抱きながらも冷静にそれを悟っていた。だからこそ



「愚鈍で汚らわしい騎士!!傲慢で汚らわしい邪神!!お前達を殺してやる!!今!!俺のこの手で、必ず!!」



だからこそ叫ぶのだ。己の誇りのために、己の怒りを伝えるために。



「殺してやる!!殺してやる!!」



そんなこと出来るはずもないのに。そんなことはとうに分かっている。しかし、叫ばねばならないのだ。この怒りを、決意を。



「世界が滅ぶ前に、お前を殺す!!」



世界を救うなど綺麗なものではなくて、そこにあるものはただ、自己を満たすだけの怒りであった。



滅びゆく世界で、青年は叫ぶ。


建物が倒壊し、焼け野原になった街中で、美しく広がる青い空を見上げて叫ぶ。





そして、世界は終焉を迎えた。

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