咆哮
――――――嗚呼、神よ、どうして我々にこのような試練をお与えになるのか。
私は生まれてこの方、御身に絶対の忠誠を誓い、献身に励んでまいりました。
ミサや祭りなど、行事ごとは一度も休まず、全て参列いたしました。
貴方に歯向かう者は発見し次第すぐに粛清しましたし、そのような者を出さぬよう努めてまいりました。
薄れゆく意識の中、男は自分がこれまでいかに主に対して奉仕してきたかを青く広がる空を見つめて事細かやに説明していた。それは日頃の報告と言うよりは、懇願に近いものである。顧客に自分の仕事ぶりを必死に主張し、報酬をなんとしてでも受け取ろうとする業者のようにも見えた。口から紡がれる言葉は忠誠心や彼の清らかさがよく現れてはいるが、当の本人の心情はそこまで美しいものではなかった。死に際した死刑囚が処刑当日に周囲に懇願することと全く同じで、貪欲に生に執着していた。しかし、その執着心には彼の生き様が垣間見えた。
何故、裏切ったのか、私の人生を貴方はご覧になられていなかったのか!
それは懇願でもあり、怒りでもあった。その怒りは男の主のみならず、己の周囲にいた人間に対しても向けられている。互いに神への仲裁を誓い、苦楽を共にした仲間、己を導いてくれた上官、今まで産み、育ててくれた親、そして、1番の信頼を置いていた優秀な親友、これら全てに彼は失望と怒りを抱き、死に瀕している。この心の臓にポッカリと空いた穴は他の誰でもない親友に穿たれた。
「嗚呼、君は可哀想だね」
そう言って、男の心の臓を手に持った槍で穿った。親友の目はなんとも哀れなものを見るもので、自分がとても惨めに感じた。
この胸の穴から滴る血液は、赤く、赤く、熱い。それは彼が己の人生において持っていた情熱のようにも思えた。だが今、ふつふつと湧き上がる熱は情熱ではなく、己を裏切った人間に対する怒りであった。
もう自分は死ぬ。男は大きい怒りを抱きながらも冷静にそれを悟っていた。だからこそ
「愚鈍で汚らわしい騎士!!傲慢で汚らわしい邪神!!お前達を殺してやる!!今!!俺のこの手で、必ず!!」
だからこそ叫ぶのだ。己の誇りのために、己の怒りを伝えるために。
「殺してやる!!殺してやる!!」
そんなこと出来るはずもないのに。そんなことはとうに分かっている。しかし、叫ばねばならないのだ。この怒りを、決意を。
「世界が滅ぶ前に、お前を殺す!!」
世界を救うなど綺麗なものではなくて、そこにあるものはただ、自己を満たすだけの怒りであった。
滅びゆく世界で、青年は叫ぶ。
建物が倒壊し、焼け野原になった街中で、美しく広がる青い空を見上げて叫ぶ。
そして、世界は終焉を迎えた。




