大人の入口
一週間後、俺は我有さんに都心に呼び出された。そして喫茶店で長身で髭を格好よく生やしたワイルドな男性と向き合い俺は困っていた。
カジュアルジャケットにジーンズにシンプルなTシャツとかなりラフな格好なのだが、それがチャラくもなくカッコイイ。
髭も不精ではなく手入れをしているようで粋は感じ。ますますその男性に野性味を与えて強いインパクトを人に与えている。
「で、コイツか? ウチの会社に興味があると言うのは……」
名刺を見ると【Joy Walker】という会社の副編集長の田邊さんとある。そんな人物が俺に向かってそんな謎の言葉を投げかけてきた。
「え? あの」
俺は我有さんを縋るように見ると、脳天気なニッコリとした笑みを返してくるだけ。
「このヤクザな顔のオッサンはね、怖そうだけどカタギだから安心して!
ナベちゃん、乕尾くんはね、今どき珍しい程良い子よ!
原稿のやり取りする時の受け応えも学生とは思えない程シッカリしていて良かったし、機械とかパソコンも強い! お買い得よ!」
「我有お前な……。
乕尾くん。 君の本を読ませて貰ったよ。面白かった。写真もわるくはない。ちゃんと何を撮りたいかを理解している。そして見せる構図というのを抑えて撮っていた」
そのように言われたので、俺はお礼を言い頭を下げた。
「君は、ウチにインターンシップを求めていると聞いたが……こういう業界に興味あるのか?
男の子で珍しいな」
俺は田邊さんがどう言う仕事をしている会社か分からないので答えようがない。副編集長ということから出版社なのだとは分かるが……。
「あの……この様な事を今ここで言うのは大変申し訳ないのですが……。御社はどのような会社なのでしょうか?
先日我有さんにインターンシップのご相談を少しした事あり。その流れで呼び出されて、この状況だとは今察しました。
しかし私は今日我有さんに、『ちょっときて!』とだけ言われた状態でして……」
正直に今の俺の状況を話すことにする。田邊さんは我有さんを睨む。
「ナベちゃん弟子欲しがってたでしょ? 気を使わず遠慮なくガシガシこき使えるような!
それにインターンシップという形でするとお試しできるじゃない! 使えるようなら唾つけておけば良いし、使えなければそのままバイバイすれば良い。
悪い話ではないでしょ?」
エラい事を言われているような気がする。
「我有……」
田邊さんは俺に視線を戻し、申し訳なさそうな顔をする。
「乕尾くん。俺の務めている出版社は、君が本を出した日本同弦社の系列会社にあたる。
日本同弦社の一部門が独立して作られた。
そしてJoy Walkerの主の業務内容は地域情報雑誌の発行。
各私鉄沿線でフリーで配布している『ヒダマリSANポ♪』って知っているかな。アレもウチの仕事だ」
それは俺の部屋にもよく転がっているフリーペーパで愛読書である。沿線のオトク情報からオシャレだったり面白いスポットの紹介をしているのでデートの参考にさせてもらっている。
「あの本を出している会社だったのですね! いつも読んでいます! 大ファンですよ!
アレは最高ですよ。今月号の冷やし麺特集、作ってみたのですが、最高でした。旨かったですし!
単なる素麺がご馳走になり感動しましたよ。そしてインドの人やタイの人にも好評で皆喜んで食べていました!」
俺がそう言うと、田邊さんは苦笑する。
「そう言って貰えると嬉しいな。ありがとう。
まぁそのページはウチの企画ではなく他誌の企画を借りて載せてもらったもの。
そういったモノと、ウチの仕事は社内の者が企画、交渉、取材して記事にしたページ。
スポンサーとのコラボ記事、広告等を地域毎に編集して一つの本にする。簡単にいうとそういう仕事だ」
「え! 地域毎に内容違うのですか?」
俺の質問に田邊さんは頷く。
「私鉄路線で配って居ることもあり、分かりやすく路線名が表紙についているけど、基本は地域で別れている。
よりピンポイントに利用してくれそうなお客様に届くように配布場所を最初から限定する。その方が結果もわかりやすく反応も期待出来る。
また、最近はWeb版もあり、そちらでは見逃したバックナンバーの情報を置いてあったり、お店が動画で楽しめたりするようになっている」
自分のいつも読んでいる雑誌がどのようにつくられているか? という話は面白かった。
また、俺がこの業界について殆ど何もしらず素人丸出しな質問にも、丁寧に答えてくれる。
田邊さんの落ち着いた低い声で話される言葉が分かりやすかった。
「出版業界というのも一見オシャレで華やかに見えるかもしれないが、気力体力勝負のドタバタな世界だ。
しかもウチは企画・取材交渉・取材・記事の執筆全てしないといけない」
面倒臭いとか、大変だといいつつ、田邊さんの口から語られる編集社の仕事は聞いていて楽しそうに見える。
ジローさんとか、タマさん、シマさん、田尾さん同様、楽しんで真っ向から向き合って自分の仕事をしている男性の格好良さがあった。
田邊さんの語るJoy Walkerという会社がとても面白い会社に感じた。
「どうやっていつも素敵なお店見つけられてくるんですか? 何かの情報がありそこから選ばれるのか、記者さんが探されてるのですか?」
田邊さんは目を見開き俺をみたが、何故かフッと笑う。
「まぁ基本自分で探す、それか知り合いに紹介してもらったり。あとは企画がイベントだったりするとその開催者自ら提供してくれる事もある。
社員は皆行った店や場所の情報を常に記録して蓄積しているようだ━━」
やはり、知り合いのよしみで緩く紹介しているだけの【ねこやまもり】とは違って、お店を見つけることから始まり、交渉をしてからやっと取材と、その流れと、難易度が全く違う。
話が面白くて、気が付くと俺から色々質問を投げかけて聞き込んでいた。後から冷静になって考えると、何故面接受けにきた側が、こんなに質問しまくっているのか? とおかしなやり取りだった気もする。
しかし田邊さんはそんな俺に不快そうな顔をする事もなく、丁寧に色々答えてくれた。こういっては失礼だが、楽しいひとときを過させてもらった。
我有さんは後日、この時の俺はサッカー少年がプロ選手に会った時のようなキラキラとした表情で質問しまくっていたとからかわれた。そこまで恥ずかしい表情はしてはいないと思う。
そして乗せられたのか、自分で飛び込んでしまったのか分からないが、この話し合いで、俺のインターンシップ先は無事決まった。




