任せなさい
イマイチ水分の足りない梅雨になるとニュースは伝えている。ジメジメしていない分、洗濯物も渇くので助かってはいるがダムの貯水率には不安が残るとか言われている。ダムの方俺にはどうしようもないから、天気の良い日が続く恩恵だけ楽しでいた。
俺はというと猫のお世話をして、アパートの皆と他愛ない会話を楽しみ、大学生活をして、柑子さんとマッタリ。そういった相変わらずの毎日を送っている。
シングや柑子さんは希望の会社にいくつかにエントリーして、二次までいった! 最終で落ちたとか大騒ぎしながらも頑張っている。
そんな六月、編集部の我有さんが部屋にやってきた。
「え! 再販!」
近くまでくる用事があったからと我有さんはアパートにまできてくれて、モノを愛でている。
我有さんはモノの熱烈なファン。
モノも猫のご飯やオヤツの試供品をもってきてくれる良いファンである我有さんを大事な顧客と考えているようだ。いつもの小憎たらしい様子はうそのように猫を被って可愛く対応している。膝の上にのってお強請りモードである。
結構このようなチャッカリした所がある。そしてなかなかの役者である。野良時代からファンには対応が良い。それ以外は塩対応だったが、モノファンは誰にも媚びを売らない態度がツボだったようだ。
我有さんもそういう性格を知っているだけに、自分に可愛く接するモノが可愛くて堪らないという。
お茶と茶菓子として、スアさんの手作りクッキーがのった卓袱台越しに俺は我有さんを見つめ返す。サバは俺の横に座り一緒に何故か卓袱台を囲んでいる。
オレのマネージャー的なその応対は何なのだろか?
「評判良いのよ! テレビや新聞でもチョイチョイ取り上げられたのも大きいけどね。何? うれしくないの?」
「いえ!……嬉しいです! ただ実感がなくて。俺の本がそんなに人に読んで貰えたということに。
それに驚愕していると言いますか」
お金がまた入る事はもちろんだが、それだけ読んでくれた人がいだ事が嬉しい。ジワジワと喜びが込み上げてくる。
我有さんは楽しそうに目を細めコチラを見ている。
「乕尾くんは面白い子よね。
結構ね、一冊本出すと性格変わるって人も多いのよ。良い意味でも悪い意味でも。大先生気取りになり態度デカくなったりしたり、編集という存在をあからさまに下にみたり」
「そんな人が……」
我有さんはニヤニヤと笑う。
「また猫の飼い主さんは、元々ウチの子が最高! って人多いから、口煩い猫マネージャーと化して激しく出版社に売り込みかけてきたり。舞い上がってしまう人も多いのよ。まぁそれだけ嬉しい事ではあるでしょうから」
「はぁ」
俺は差し出された契約書にサインをする。
「でも、まったく変わらない乕尾くんは面白いなと……のんびりとしている」
俺は初めての作業ばかりで混乱し色々パニクっていたと思う。
しかも俺の応対が面白いって。どういう態度を返せば正解だったのだろうか?
そう悩んでいるといきなり玄関のドアが開く。
「トラ! エントリーシート添削してくれぬか……。
邪魔したな……またくる。あっ醤油借りるぞ!
客人、ようお出でなすった。ゆるりと遊ばされい」
シングは言いたい事だけを言って、醤油の大ボトル持って出ていった。使い方間違えた日本語にツッコム暇もなかった。
以前も打ち合わせの時、似たような事があったので我有さんは慌てることも無く面白そうにみている。
この卓袱台の上のクッキーも、さっき隣のスアさんが出勤前に俺の部屋にお客様がいると気がついて持ってきてくれたもの。このアパートの住民は隣人というより家族のようなものだから、部屋にいたら姉や兄のようなものが挨拶してきたりするのは普通のこと。
「彼、四年なんだ! 就活も大変ね~」
「色々頑張っていますよ~。
という俺も他人事でもなくて。
インターンシップとかどうするか俺も今悩んでいて」
「どちら方面を目指しているの?」
契約書類をクリアファイルに入れながら我有さんは聞いてくる。もう契約は終わったから、フリートークタイムへと突入していたようだ。
「それがまだ定まっていないから、悩んでいるんですよね……。
理工系を募集をしている方面の会社を受けようかとは思っているのですが」
我有さんはフンフンと頷き楽しそうに人の話を聞く。人を相手にする仕事のためだろう。こういう雑談の仕方も上手い。さりげなく自分の、体験を話す事で俺の話しを引き出してくる。
我有さんは実は新聞記者を目指していたという。全て落ちて雑誌記者になり……色々あって今編集者としてバリバリ働いているという。バイタリティ溢れる生き様が素敵である。
「そう言えばさ、乕尾くんはあの商店街のYouTube番組の取材や撮影や編集もやっているのよね?
そっち方面も結構強いの? 撮影とか、機械扱いとか」
俺は首を傾げる。
「強いというか……まぁ好きです。
今どき誰もがYouTuberになれる時代なので、大した事でもないですが」
「すごいわよね~最近の若い子は何でも使いこなせて……っ! ちょっと失礼しますね」
と言いながら、スマフォを手に弄っている。どこからか連絡が来てそれに対応しているようだ。
流石編集者というべきだろう。こういう所のフットワークが軽く、改稿作業で俺が質問の連絡入れても、直ぐに返事がきていた。
ジローさんもそうで、こういうレスポンスが本当に早い。仕事をするにおいてこういった事がいかに大切で、その積み重ねがしっかりした信頼関係を作るものなのだと学ばせてくれる。
最近世界の見方が変わってしまい、働いている人が気になって仕方がない。様々な仕事をしている人を見てはそれを自分に置き換えシミュレーションという謎の妄想をする癖がついた。
我有さんは今度は電話がかかってきたようで少し離れて受けている。
「ナベちゃ~ん、良い子見つけたわよ! 可愛いし性格も良くて! 貴方も気に入ると思うよ。
ずっと弟子欲しいと言ってたじゃない! 本社が回してくるのはゴミばかりと言ってたじゃない! だったら自分で捕まえにいかないと!」
電話で話す我有さんをみて、サービスタイムは終了とばかりにモノは離れ涼しい台所の板間にいき寝転がる。
サバは俺の腕に手を絡ませ遊べと請求してくる。俺はまだ接客中だと目で語りかけるが通じてないのか、目があったからスタートとばかりに俺の腕に抱きつき甘え出す。
「まぁ他所から引き抜くのも手だけどね、でも一から自分で育てるのも楽しいのでは?
めんどくさい? ってあんたハゲ長と違って愛嬌ないんだから人を口説く力もないでしょう。となると自分で育ててつくるしかないでしょ! 人材を」
そんな人の仲介とかの仕事もするなんて、編集者というのも大変そうだ。
俺の本を出版する時も装丁デザイナー、校正の人など関係者と俺の間を走り回っていた。人と人を結んでモノを作り上げていくのが我有さんの仕事の在り方。
「その子の資料送っておくから、検討して!」
そういう言葉で我有さんは締めくくり電話を切る。
「ごめんね。
ということだからこの後の事は私に任せて!」
俺は頷き「よろしくお願いします」と返す。それが再販作業の事だと思ったから、もう俺のする作業もないから全面お任せするしかない。
我有さんはニッカリと明るく笑い元気に部屋から去っていった。




