この、泥棒猫!
ネットで色々みた飼い主と猫の関係は様々な形がある。猫の下僕という人。嫁、恋人とする人。娘、息子、爺様とか家族付き合いしている人。
確かに共に暮らせば種族は違っても家族になっていく。俺は二匹いることもあるが、妹というより世話のかかる娘のような存在になっている。
色々お世話をして可愛がり、時には叱る。そんな流れが子供を相手にしているように感じるからだと思う。
そして最近困ったことにその娘が反抗期になっている。特に最近サバが可笑しい。
一年共に過ごし良い関係になっていたと思うのだが、最近俺にやたら絡んでくる。まず寝ていていたら俺の身体の上で寝て、朝は爪を出して叩いて起こしてくる。
餌を食べる時もやたらブミャブミャと文句いいながら食べる。
トイレに入っていたりとかシャワーを浴びていたりすると、ドアの前でブミャーブミャーと呼んでくる。慌てて出ていくと、俺の顔をブミッと鳴いてシラッと和室の方へと歩いていってしまう。
トイレの砂が汚いのかとチェックするがそういう訳でもない。別に用事とか訴えていた訳ではないのかと自分の事をしているとまた鳴いてくる。
「どうしたんだ? サバ」
話しかけるとニャーと鳴く。怒っている訳では無いようだが、機嫌が良いわけでもない。目付きが悪いのは元々の顔立ちだが、睨んでいるようにしか見えない。
「お前また毛並が乱れているぞ。女の子なんだからキレイにしないとダメだろ」
俺はブラシを取り出して整えてやることにした。
サバは左後足が無い為に左側の側面がややおろそかになる。だからブラッシングしてあげる時は左を念入りにしてあげる必要がある。
ブラシをしている手に纏わりつきスリスリと甘えの行動示すようになり、しまいにはじゃれる事に夢中になっている。機嫌も治ってきたようだ、良かった。
その事に安心して大学の課題をすることにした。モノは爪研ぎの所で丸くなって寝ているのを確認してノートパソコンを開く。
サバは俺の膝に乗ってきてパソコン画面を見つめている。そして時々手を伸ばしキーボードを叩き邪魔する。怒ると、何故か怒り返してきて、撫でると止めてくれる。
何故いたずらに怒っている俺が怒られるのか? 解せない。
お陰でサバを膝の上に乗せて左手で、撫でながら右だけでパソコンを使い作業せざる得なくなる。何故こんなに構ってちゃんになったのか分からない。
前はもう少しクールな距離感で付き合っていたはずなのに……。
そんな事を考えていたら玄関をノックする音がする。このアパートでノックして訪ねてくる人は一人しかいない。ドアを開けると案の定ジローさんだった。
「夜分遅くゴメンね。」
「いえいえ、どうぞ」
俺はまだ夜は寒いので部屋に招き入れると、ジローさんは二匹にも挨拶して入ってくる。
時計を見ると十時過ぎ。ここまで夜分・夜半を理解し使い分けている外人はいないのではないかと感心する。シングなど変な単語は知っているのに使い方はメチャクチャである。
この違いを逆に教えられた日本人である俺もどうかとは思う。
「どうかされたんですか? コーヒー飲みますか?」
モノの頭を撫でながらジローさんは頷く。サバは俺の足下に纏わりつくように歩いている。
「また乕尾くんの力お借りしたくてね」
その感じで何となく察する。
「なんですか? さくら猫の方ですか」
広報に使う写真を借りたいと言うものだろう。ジローさんはニコリと笑いうなずく。
「そうなんだ。君の体験談を広報誌に寄稿して欲しいんだ。
お小遣い程度にしか原稿料は払えないけど」
ジローさんはすまなさそうに言うが、謝礼の事よりその前の言葉で俺はビビる!
「イヤイヤイヤ、俺なんか! もっと適材の人いるでしょう! 文章も上手くて猫の事を理解した」
「君だから依頼したんだ」
大真面目な顔でジローさんはそうキッパリと返してくる。
「え、あの」
「君のブログ。写真もだけど文章もスゴく良いと、常々思っていたんだ。
言葉の中に優しさと愛がある――」
まさかの褒め殺しに俺は慌てる。
「イヤイヤ、そんな」
「それにね! 猫の保護活動は慈愛と動物愛に満ち御仏のような人へ向けて発信している訳ではない。
特別な人が特別な猫を飼うという事ではなくて、様々な形で縁をもった人と猫が共に暮らし始める。それを一般の人に向けて発信するもの。
その一つの良いパターンとして君たちの話を書いて欲しい」
ジローさんはそんな事を言ってきた。
「ブログで既に発信している内容をベースにしたもので良いから
飼う時に何が必要なのか? どういう事に気を付けなければならないのかも君のブログって分かりやすく紹介しているから」
つまり凡人であることに意味があるという事なようだ。俺が猫素人に関わらず猫を飼い始めた体験というのが趣旨にあっているという事。そう理解し少し納得する。
「分かりました。俺達の話でよければ……」
そう答えるとジローさんは、嬉しそうに微笑んだ。
原稿依頼と聞くから大層な事のように感じるのだろう。
人を感動させるとか、感心される為ではなく、俺達のなれそめから今の生活の雰囲気を伝えるというだけでいいんだと思うと樂になった。
俺達の話を聞いて自分も地域猫さんを家に迎えたいと思う人が出てくれたら嬉しい。
そんな俺達が話している時も、サバが俺の腕に巻き付いてくる。
猫の手って本当に器用でこのように抱きつく事も出来る事を、猫を飼い始めて初めて知った。
「あっそうだ。ジローさん相談が……」
卓袱台の反対側に座るジローさんは首を傾ける。
「最近サバがなんかおかしくて。俺にやたら絡んで、こうして離れない事が多いんですよ」
俺は最近のサバの様子を説明する。
「それは……惚気? サバが乕尾を大好きなだけでは」
「サバってそういうキャラクターじゃないですよね」
斜に構えていて、俺が遊ぼうと玩具を出しても『フン』と冷めた顔をしている猫。それがサバである。
「人間でもそうだよね。人見知りが激しい人程、好きになった人には別人のようになる。それだけ乕尾が好きなんだよ」
そう言われ嬉しくて少し照れる。そんな俺を見てジローさんが青い目を細める。
ん? その表情が珍しくニヤニヤという感じの人の悪い笑みとなっている。
「あとね…猫は飼い主に恋人が出来るとね……ジェラシーから色々行動を起こすというから。
こないだ柑子ちゃんが部屋に来たと聞いているけど大丈夫だった?」
俺はそんな馬鹿な! と思って……ふと柑子さんが先日部屋に来た時の事を思い出す。サバがいつになく不機嫌だった。
「サバは柑子ちゃんに『この泥棒猫!』とか言ってなかった?」
【泥棒猫】って……。猫が人間に言う言葉なのだろうか?
シャーと威嚇をしまくってエキサイトして大変ではあった。初対面ではない筈なのに。
柑子さんはそんなサバに怒る事はなく、ずっと色々話しかけてくれたが、機嫌が直る事はなかった。
二人でいてもすぐ側にいて尻尾をパタンパタンと振って存在感を出し邪魔しつづけていた。
なんか柑子さんはとんだ小姑のいる男と付き合うという面倒くさい事になって、少し申し訳ない気持ちになる。
次の日の朝、柑子さんと通学しながら歩いている時にそんな話をすると大笑いされた。
「相手にとって不足なし! サバちゃんと恋のバトルすることにするわ!」
「恋のバトルって……」
柑子さんはニッコリ笑う。
「本気でぶつかりバトルしたら、友情でも生まれるかもしれないじゃない? 漫画みたいに」
「それって、少年漫画の話だろ?
きっとチュールでなんとかなるよ」
俺がそういうと柑子さんはウーンと悩んだ顔をする。
「そんな単純な状況かしら?」
柑子さんは首を傾げる。俺はチュールをで、二匹の機嫌取りは大概成功してきていたので力強く頷いた。
結果をいうとそんなに簡単な事でもなかったようだ。一月超えた後もサバの柑子さんに対する態度は悪いままだった。
しかし柑子さんはそんなサバに怒る事もなく、楽しそうに接しているのでなりゆきに任せることにした。




