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俺の部屋はニャンDK  作者: 白い黒猫
俺の俺の部屋はニャンDK
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優しいお姉さん

 手摺にいた猫は近所に住み着いている野良猫の内の一匹。耳に切り込みがあり桜の花びらのようにカットされている。それは地域猫として子孫を残さない代わりに、一代限りこの辺りに住む事を許された猫の証。


 その事は俺が調べて分かった事ではなく、隣の部屋のタイ人のオカマのスアさんから教えてもらった事。

 スアというのはニックネーム。

「雄々しくセクシーだから、この私にピッタリでしょ?」

 ニッコリ笑顔でそう紹介された。本名はというと良く分からない。

 男の名前である本名を言いたくないのではない。タイの名前は一般的に長い傾向にあるらしい。呼ぶのも、呼ばれるのも面倒という事のようで、タイ人同士でも本名で呼び合う事が殆どないという。

 一度だけ本名を教えて貰ったのだが聞きなれない感じの響き。一回聞いただけではとても覚えきれるものではなかった。まともに発音出来る気もしなかったので、彼女が望むようにスアさんと呼ばせて頂いている。


 窓の外にハーブを植えていたのはこのスアさん。スーパーで買うとハーブが高いからだとかで家庭菜園を作ったらしい。

 細身ではあるものの、俺より背が高く頬骨も出たガッシリとした顔立ち。残念ながら女性には見えないし声も低い。最初は戸惑ったものの、話しているうちに慣れてきて違和感も直ぐになくなった。もう普通に近所のお姉さんという感覚。むしろおおらかでオープンな性格の為に変に緊張せずに付き合える良いご近所さん。


 商店街の端にある雑貨屋さんの前だと地元農家から直に持ち込まれた形は悪いけど美味しい野菜が安く買える。水曜日の夕方スーパータナセにいくと肉全て半額シールを貼られるので買うならこの時。そういった商店街の情報を色々教えてくれたのもスアさん。やはり女性の為か、そういう情報を仕入れてくるのが上手いようだ。


 スアさんは菜園の世話をしながら、俺は部屋から洗濯物を干してという状態で今日も他愛ないお話を楽しむ。今は顔半分が白くて半分が黒いネコが、一番奥のスアさんの部屋の手摺に嵌っている。そこが今一番日当たりの良い手摺だからだ。


「ここはね、実は猫には大人気スポットなのよ~! ほら! 猫って身体が包まれると、安心できるというでしょ~? また程よく風通しもあって気持ちよいみたいよ~」

 そう言いながらスアさんは手摺からはみ出したネコの肉をつつく。しかし猫は気にせずあくびをしていた。


 スアさんの言う通り、このアパートの手摺は確かに近所の猫のトレンディースポットだったようだ。嵌りにくるのはあのヤクザネコだけでなく他の猫もくる。しかしココを楽しめる時はヤクザネコが留守の時だけ。こないだ、ふと窓の外を見ると可愛い白猫が嵌っていた。あのヤクザネコと異なり猫本来の可憐さがあり青い目がまた神秘的。可愛いというより綺麗な猫。その可愛さに見蕩れていたらヤクザネコが戻ってくる。凄まじく凶悪な声と形相で迫ってきて、執拗に可憐な白猫を追いかけ回し、追い出してしまった。他の猫も嵌りにきていたが、同様な状況になるのを何度も見た。

 唯一、今嵌っている猫だけは別。顔の半分は白くて半分は黒いという、某ミュージカルの怪人のような模様の猫。コイツだけは手摺を利用する事は許されているようだ。

 またこの猫も()相が悪く可愛くない。この近所でフザイク双璧な猫二匹だけが、このアパートの手摺に誰に邪魔されることもなく嵌る事ができる。とはいえ二匹は仲良くしている訳でもなく違う手摺に嵌っているだけ。よく分からない交友関係が猫界にも存在するようだ。

 アパートの一階には部屋が四室あるので各手摺に一匹ずつ嵌れば、四匹まで楽しめる。どころか一つの手摺に二匹は入れるので仲良くしたら八匹の猫が一緒に手摺に嵌って楽しめる筈。仲良く暮らせば良いのに……とも思う。

 とはいえナワバリは仁義なき世界の問題。人間には計り知れない厳しいところがあるようだ。またそんなにタップリと猫が手摺にハマっていても困るだけ。二匹で済んでいることは良かったと言うべきかもしれない。


 一方このアパートの住民はというと、猫らに寛容だった。積極的にコチラから構う事はしないが来たら挨拶をする、そんな自然な関係が出来上がっている。あのヤクザ猫はサバ。怪人顔の猫はモノ。白猫はシロ。黒猫はクロ。ハチワレはハチ。トラネコはトラと皆名前もついていた。名前と言うか見たまんま直球のネーミング。柄が被るとチビ〇〇とか〇〇モドキとかになっている。よく似た猫については本当に見分けがついているのかも怪しい。


 スアさんは猫に菜園を荒らされないように木の板で手摺にスロープを付けている。そうして畑を踏まずに手摺に行けるようにしている。手摺を利用する分には構わないけど、菜園に踏み入るなという協定を猫と結んでいるらしい。

「トラオくんも早くこの子らと話し合いをして、折り合い付けで良い関係築きなさいよ~」

 スアさんはそんな事を言う。ここに住むには、それが前提条件となっていたらしい。おかしい賃貸契約にはそんな項目は無かった。『猫と折り合いをつけて生活しろ!』なんて言葉も見当たらない。

 俺はこの猫らと、どう良い関係を築いていけばよいのだろうか? そもそも俺の言葉を聞いてくれる気がまったくしない。気がつくとサバがやってきていて俺の部屋の手摺に嵌っていた。

 改めてコイツと向き合ってみる。『ここにいる事になんか文句あるのか? オラ!』と一方的に言っているようにしか見えない。

 俺の食事の時もやってきて、威圧的な視線で親の愛の贈り物とも言える干物を巻き上げていく。俺はそれを受け入れ従い続けるしかないのだろうか? そこも正直面倒くさいし、悩ましい。

 目付き悪くコチラを見ている猫と、しばらく無言で見つめあってしまう。


 ブニャ~


 サバが俺に何か言ったようだが、何を言っているのか全く分からなかった。

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