路の上で……
暴力的な暑い夏の後、夏の名残を残し半袖でも過ごせた秋を一月ほど続いていた。しかしその後にいきなり身体を震わせる凍える冬がきた。
バイトを終え寒さに身体を震わせながら早足で帰る。そして俺はアパート前の道で蹲っている猫の姿に気が付いた。
丁度街灯も灯ってない場所でその猫が誰か分からない。何か黒っぽいものの横に蹲っている。顔を何かに埋めるように動かしている。
ゴミを漁っているのだろうか? おかしな物を食べてお腹を壊したら大変である。
「モノ?」
疑問形になったのはモノっぽいが、少し柄が違って見えたから。前足やお尻の部分など黒い部分が多い。アパートの外で、しかも路の真ん中で座り込む事があまりないから。サバ程でなくても、モノも警戒心は強い猫。
その猫は俺の声に顔を上げ俺を見て、小さくウニャ~ンと鳴く。声の感じもモノだ。しかし顔も何かで汚れているようで口の周りも黒く見えた。
「モノ、またそんなに汚して何しているんだよ」
話しかけて近付き、俺はモノを抱き上げると、何とも言えない不快な感触がする。モノは酷く汚れていたようで、手についたベッタリとした液体に顔を思わず顰めた。そして下を見てモノが擦り寄っていた黒い物体の正体に気がつき、俺の身体中の血が凍りつく。
身体も思考も凍結したように固まっているのに、吹き上がってくる強すぎる感情が対処出来きない。ソレを悲鳴として口から放出するしかなかった。
「ウヮァァァァォア」
それは自ら流した血の水溜まりの中にいるサバだった。暗くて状況はハッキリとは見えないが、足が有り得ない方向に曲がっているのは分かる。
「サ、サバ? な、なんで? どうしたの? 何があったの?」
意味の無いことを、話しかけながらモノを抱きしめたまま身体を屈め、サバに恐る恐る触る。身体はまだ温かかった。その身体が上下している。とは言え、まだ生きてい事に喜べる状況ではとてもない。意識もなくグッタリとして触っても反応もない。しかも片方の後ろ足は捩れ異様に長くなっている。
「トラ! どうした! ウッ」
俺のあげた悲鳴を聞き飛び出してきてくれたシングが近付いてきて、サバを見て同じように声をあげる。後から出てきたスアさんが慌てて階段をあがり二階のジローさんを呼びにいった。その音でタマさんとシマさんも出てくる。
スアさんが持ってきてくれたタオルに二匹を包みそれぞれダンボールにそっと入れる。ジローさんが連絡した知り合いの動物病院に運ぶ為に。心配する住人に見送られながら、ジローさんと二匹を病院に連れていった。
血まみれに見えたモノだったが、怪我はまったくなかった。サバを舐めて手当することで血で汚れただけという。しかしサバは重体だった。車か何かに轢かれたようだ。左後ろ足の骨は折れて、骨の一部が皮膚を突き破り外に飛びだしていた。どのくらいあの状況でいたのか分からないが出血がひどいため意識が混沌としている。あの太々しい生意気さは影もなく、サバがグッタリとして台に横たわる姿に言葉もない。
医者というより大工の棟梁と言った方がシックリくる、ガッシリした体格と厳つい顔の医者は大きく息を吐く。優しさ柔らかさが一切ない表情で俺とジローさんをジロリと睨むように視線を向けてきた。
「で、治療するのか?
それとも安楽死させるのか?」
詳細を聞き呆然としていた俺達に医者は衝撃的な質問を投げかけてきた。
「は?」
医者の言っている言葉が理解出来ず、思わず聞き返す。
治療しに貰いに来て、何故殺す相談をしてくるのか。俺は医者を思わず睨んでしまったのは仕方がないと思う。
「この猫は地域猫だよな? それにお前らは安くはない治療費を払って治療をする気か? この猫は助けると言っても断脚することになる。
そんな状況でまた野良生活に戻すのか? もし自己満足な人間のエゴだけで助けるというのならやめろ」
医者の言葉にガツンと後頭部を激しく殴られたような衝撃をうける。助ける事がエゴなのか? 身体から力が抜けるのを感じた。




