顔見知りから知人に
YouTuberチャンネル【ねこやまもり】は週一の間隔で公開されていっている。
ノラーマンの二人がお笑いの仕事だけでなく土方の仕事がある為に暇でもないためにスケジュールをみて一日に纏めて三回分くらいを撮影する感じで制作している。
今日は商店街にある昔ながらの喫茶店【縁側】に来ていた。
俺は入った事なかったが初老の夫婦が切り盛りしている小さなお店。喫茶店だが和を感じる内装で、落ち着いた雰囲気がある。
珈琲とあんみつなど和菓子が楽しめるという事だが、その和菓子やあんみつは近所の和菓子屋の【満月庵】のもの。
そしてもう一つの売りは『かき氷』。と言っても別に天然氷を使っているとか拘りのシロップを使ったとかいうのではなく、実は一年中かき氷を楽しめるというだけ。
最近は暑い時期が長い為に結構好評だとマスターは笑う。
取材中喫茶店のドアが開き扉についた鐘の音が響く。そちらを見ると女性が二人汗を拭きながら入ってくるところだった。
丸顔に丸い目で共によく似ているが年齢の異なる二人は母娘のようだ。こちらをみて、ニコりとそっくりな微笑みを浮かべ頭を下げる。若い女性は前に通学路で会った女の子だった。
この女の子はあれからも時々見掛ける。通学していると横を自転車で通り過ぎていったり、商店街を歩いていたり。
その前から実はすれ違っていたのだと思うが、あんな事があった為に顔も覚えて意識するようになってしまい、見かけると楽しい意味ではなくドキリとしてしまう。
知り合いとも言えないので、目が会ったらお辞儀にすらならない程度に頭を下げてすれ違うそんな関係。
そして今、俺にその子が笑顔で挨拶したのではなくジローさんと町内会長に対してのようだ。
「あら、【ねこやまもり】の撮影?」
四人で親しげにしている所をみると、やはり商店街関係者だったようだ。
ジローさんや町内会長と楽しそうに話をしている。
「そんなんだよ~。
そうだ! 折角だから藪さんも出演してみる? こういうスィーツはムクつけき男が食べているより可愛い女性の方が美味しそうに見えるものだろ?」
町内会長さんが二人にそう誘いの言葉をかける。
「あら~こんなオバサンが入っても大丈夫?」
多分俺の母親と変わらない年齢だと思うのだが、お母さんの方の藪さんは丸顔で丸い目と幼な顔のせいもあるのかオバサンって感じでもない。
娘さんと仲良くニコニコしているせいか若く可愛いらしく見える。
「俺らはこんなオッサンなのにやってますよ~」
シマさんがのんびりとした口調で参加する。
「しかも、コチラは可愛げもないし、花もないときている。お二人が入ってくださると助かります」
タマさんもそう声を掛けて誘う。
皆の乗せ方がうまかったのか、元々物怖じしない明るい人だったのか二人のゲスト出演が決まった。
簡単なインタビューというか会話をしながら食べる様子を撮影、という流れで進む事になった。
「あっ、お二人と彼は初対面ですよね?
彼は俺と同じアパートに住んでいる学生さんで、カメラマンをやってもらっている乕雄くん。
乕尾、この子はマシロがお世話になっている藪動物病院の奥様とお嬢さん」
ジローさんがそう簡単に紹介してくれた。奥様は俺をみて丸い目を細めて微笑む。
「私は薮竹子で、コチラは娘の柑子。
よろしく~」
「乕尾夏梅です」
俺はそう自己紹介して頭を下げた。顔をあげると、よく似たまあるい顔がニコニコと俺を見つめていた。
なんかその様子が微笑ましくてとてつもなく素敵な光景に見えた。
カメラを構えるのもおかしいので、心のフィルムにこの風景を焼き付ける。
ノラーマンと共に同じテーブルに藪母娘が座る。女性二人が座った場所は窓から光が良く当たる方。
女性二人がいる方に二人にカメラを合わせるとノラーマンが影に沈み、ノラーマンに合わせると女性二人がハレーション気味になる。
かと言ってライトがここにあったとしてノラーマンを照らしたとしても、その光が店の雰囲気を台無しにしそうである。
改めて室内での撮影の難しさを感じる。
しかも外からの硝子ごしの陽光が二人を良い感じに照らしていて、二人の暖かく柔らかいその感じを際立たせている。この雰囲気は是非残したい。
仕方がないので女性二人をメインに撮り、ノラーマンの二人には会話してもらい声で映像に入って貰うことにした。
シマさんは『え~! トラのいけず!』と唇を尖らせたが、『オッサンがかきを氷食べている姿映しても、寒いだけやからな~』とタマさんが続ける。
『涼しい映像を届けられて、それはそれでええやん』
シマさんが返して皆で笑う。
ノラーマンの二人はどこにいてもこういうのんびりとした楽しい空気を作るのが上手い。
だからこそ今までもカメラを向けられて話す事に慣れていない商店街の人との撮影も良い雰囲気で撮れていた。
そんな所にいつも感心してしまう。
藪母娘も寛いだ様子で撮影出来ている。俺は柑子さんがかき氷をスプーンで掬って、パクリと食べてニコニコと笑みを浮かべるのをディスプレイで確認しながら、良い感じの映像が撮れた事に満足していた。
俺の視線に気がついたのか、柑子さんは俺に視線をむけてくる。
「冷たくて最高に美味しいですよ! 外が地獄だっただけに生き返る♪」
満面なその笑みに俺は一瞬見蕩れた。
その笑顔につられるように笑い返してしまう。 きっとこの映像を観た人は、この店の素朴なかき氷が、都心で人気を博しているスィーツよりも素敵で美味しい食べ物に見えただろう。
藪動物医院の奥さんとはその後商店街ですれ違うと、挨拶など会話を交わすようになった。
柑子さんとは話込むことはしないが、目を合わせ少し頭を下げて挨拶する程度の関係となった。
互いの世界において通行人Aだった存在に名前という個性がついたことで少しその距離は縮まる。
この【ねこやまもり】の撮影の仕事はこうして俺の交友関係を一気に広げてくれた。
アパートの部屋だけでなく、この街が自分の居場所になってきた気がした。猫で言う匂い付けしてナワバリが増えるように、俺の名前の認識の広がりが俺の居場所を広げて行った。




