裸の付き合い
テレビでは猛暑がニュースの話題になっているが、この辺りは雑木林等の緑も程よくある為か、根子川が流れている為かは分からないが暑いが耐えきれない程ではない。
昼間は殺人的に暑いが、夜は玄関側と庭側の窓を開けると以外に良い風も吹きクーラなしでもやって行ける日も結構ある。そこは経済的な意味で助かる。
夏で開放的になったわけではないが、シャワーを浴びる時は部屋の中を裸で歩くようになった。一人暮らしで他に気を使う人もいない。俺は和室で真っ裸になり台所にある籠に脱いだ服を放り込みつつ玄関に向かいシャワー浴びるのが習慣になっていた。
夜は玄関の鍵は閉めているし、玄関方面の窓は人が通る可能性があるのでシャワーを浴びる時は閉めておくが、庭に向かう窓はカーテンもないが全開。
夜に庭を誰かが横切るということも無く、来ても猫くらい。
窓の向こうにある大家さんのお家も見えている方が北側という事があり窓も少なくこちらを見ることもないので寝るまでは風を入れるために開けっ放しにしている。
シャワーを浴びてサッパリして玄関に置いた珪藻土の板の上で身体を吹きタオルを肩に掛けて冷蔵庫からお茶を出し飲んでプパ~とご機嫌の息を吐く。
そして和室に視線を向けて俺は首をかしげる。庭を誰かが歩いていているのが見えたからだ。
相手はコチラに気がついていないようなので俺はそっと近づき目を凝らす。
短髪の体格の良い男が歩いている。黒いポロシャツを着ており肌も焼けているのか黒く、闇に紛れやすそうだが、俺の部屋の窓が空きっぱなしで光が煌々としているために男の姿はバッチリ見える。
丸顔で見た感じ人は良さそうに見えるが、人相より問題なのは見たこともない男が庭にいるという事。
相手は手ぶら。リュックといったカバンも持っていない。
隣のシングもスアさんも家に居るようで気配はさっきから感じている。
三人いればなんとかなる? 俺は覚悟を決めて窓に近付く。
「何されているんですか?」
こういう時意外と威勢よく声はかけられないものなようだ。
出てきたのはえらく丁寧な言葉。その男はコチラを見て何故か微笑んでくるが、俺の姿を見て目を丸くしている。そこで俺は自分の姿を思い出し慌ててタオルを腰に巻く。
流石の泥棒も全裸の男性に声かけられたらビックリするだろう。
「乕尾くんだよね? やっと逢えたね」
男はニコニコと近づいてきて挨拶をして爽やかに握手を求めてくる。しかも俺の名前を知っている?
誰だろう? 俺は首を傾げる。商店街の人だろうか? でも何故夜中にアパートの庭に? 俺は窓越しでタオル腰に巻いただけの状態で見知らぬ男性と握手をした。
左の部屋のカーテンの開く音がする。
「あら~! ミケさん~おかえり~」
スアさんの嬉しそうな声が響いた。
スアさんの部屋で改めてミケさんこと三宅さんと向き合う。
彼は一〇一号室の留守がちな住民。スアさんの話を聞くと爽やかな細マッチョはイケメンだと思っていたのだが、顔は普通だった。
田舎の野球部員がそのまま大人になった感じで健康的な爽やかだけど朴訥な感じ。
ポロシャツごしでも靱やかで引き締まったいい感じの筋肉をもっているのが分かるだけに、貧相な裸を見られたのが恥ずかしい。
もう服をを着ていて裸ではないのだが、まだ恥ずかしくて、モジモジしながら挨拶をする。
「乕尾です、お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません」
「気にしないで、男同士だし。あんな時間に、あそこを通った俺が悪いから」
スアさんは俺には冷たいお茶を、ミケさんにはビールを手渡し興味ありげに俺達をみてくる。
「いや、俺シャワーの後だったんで……服着てなくて……」
「台所の戸の蝶番が、緩んでいたから工具を物置に取りにいっていたんだ。そして声かけられたら、そんな状態で」
スアさんの眼が輝く!
「え~! 見たかったアタシも!」
「止めてください! スアさんにも見られたら俺はもう立ち直れませんよ」
「え~ジローやシングとは、時々銭湯とか行って裸の付き合いしているじゃない~」
俺は溜息をつく。
「それは男同士だから!!」
スアさんは俺の言葉に何故かニコッとした笑顔を返す。
「そういう意味では、俺とも早速裸の付き合いをしただけだな」
三宅さんの言葉に苦笑するしかない。
「俺も部屋でいつも真っ裸な訳では無いですよ。
シャワー浴びて着替え取りにいっただけですから」
「まぁ、ここの部屋の構造だとそうなるよな~何処で脱ぐかが悩ましい」
「皆結構ガサツなのね」
流石にスアさんはそんなみっともない事はしていないらしい。
スアさんはクスクス笑いながら、おつまみになりそうなオカズを冷蔵庫から出しミケさんにふるまっている。
お礼を言うミケさんの言葉に嬉しそうに笑う。俺に対してのオカンな態度とはちがって、なんと言うか女らしい。
まあこうして話していても温かい感じの人で良い人そうだ。そう言う意味で好きになるのも分かる気がする。それにスアさんは頑張っている人を応援したくなる人だけに夢に向かって頑張るミケさんに惹かれてしまうのかもしれない。
嬉しそうに頷きミケさんの話を聞くスアさんは恋する乙女の顔。
俺は照れ臭さを覚えながらそんな二人を見守った。
ミケさんはその後二日程アパートで色々な事をしていた。他の住民とも仲良く話をしていたりしたが、またトラックの仕事があるとかで姿が見えなくなった。
出かける時にスアさんはミケさんにお弁当まで渡しているのを見た。
嬉しそうに受け取るミケさんと、幸せそうなスアさんの姿を見て俺は少しホッコリした気持ちになる。
弟分としては姉のそういう幸せそな姿は擽ったいもののなんか嬉しい。
後日、部屋でご飯をご馳走になっている時に、その事に触れたらスアさんに何故か哀しそうな顔された。
「アタシみたいな人には、恋愛はなかなか難しいのよ」
俺は仲良さそうにも見えただけに首をかしげる。
「でもミケさんは、偏見とかはない人ですよね?」
身体は男性であるスアさんにひいている様子も、嫌がっている様子もなかった。
仲良く会話しているように見えた。
「アタシみたいなオカマを友達として見てくれる人にも二種類の人がいてね、アタシを女友達として接してくれている人と、男友達として接してくる人。
ミケさんにとってアタシは女性の恰好をした男の友達なの。だから恋愛以前の話なのよ」
俺はそう言われてしまうと、どう返して良いか分からない。
ミケさんとスアさんの関係も良く知らないし、二人の方が付き合いも長い。
『そんな事はない』といいかげんな事も言えない。
しかし現に、このアパートの他の住民は皆スアさんを女性とは見ていないように見える。
あの紳士なジローさんすらスアさんを女性としては扱ってない。
「トラは面白いわよね。アタシを結構最初から女性として扱ってくれる。だからアタシは貴方の前だと、普通にお姉さんでいられる」
そう言ってスアさんは俺の頭を、子供に対してするように優しく撫でる。
「……スアさんは、俺の大事な姉貴ですよ。俺男兄弟しかいなかったから。こういう感じなんか楽しいし」
スアさんはフワリ優しく笑った。
「アタシにとっても最高にカワイイ弟よ!」
少し照れくさくなって、二人でフフっと笑いあってしまった。
ガタッと窓の所で音がして俺はビクっとする。
揺れるカーテンの向こうに何故か鬼の形相をしたサバがコチラを見ているのが見えた。
オヤツの請求かと思ったが、何故かフーと怒った様子でうめき、近づくとプイッと顔を逸らしどこかに行ってしまった。




