この街で
今時はリノベーションとかされた昭和レトロな雰囲気のアパートが流行っているという。
建物そのものは古いが、色々オシャレにリフォームした物件。玄関にオシャレにタイルが敷き詰め、玄関のドアにステンドグラスみたいな硝子が嵌まっている。元々床の間だった所は良い感じな棚となり、シャワー室などの設備は完備。なんとハンモックまで付いている所があった。
そんな昭和モダンという感じで古さを味わいとして売りにした物件は主に女子をターゲットにしたもの。
『わ~カワイイ♥』『インスタ映えしそう♪』というお洒落感覚は、イマイチ男の俺には分からない。まぁ、お洒落だなとは思う。物件により家具もついていてという所もあり惹かれた事もあった。しかし通う大学からも遠く駅からも離れていたり、予定予算よりも一万程高かったりという事で諦めた。
毎月確実に一万オーバーのお金がかかったり、交通費がよりかかったりするのは貧乏大学生には痛いのだ。学費の高めの私立の理工学部に行き、ただでさえ親に負担をかけている。だからこそ、贅沢なんて言っていられない。
そこで俺が決めた所は各駅停車しか止まらないが駅まで五分の場所にある木造二階建ての壽樂荘。【昭和モダン】と言うか【昭和の遺物】という感じ。細い金属の手摺のついた階段と外廊下が貼り付いている。いかにもガタッガタッと音のしそうな雨戸のついた窓。スマフォで撮影しても建物だけがセピアに表現されているように感じた。
そんなアパートの一階の一〇三号室が俺の部屋。
男だから洗濯物が盗まれるなんて事がある筈もないから気にしない。また、このアパートは縦に長方形の土地の真ん中に建てられていた。しかも土地自体がチョットした門戸とフェンスで区切られている。
道路を背に左側は玄関のある面、部屋の窓はフェンスに守られた庭側にある。
不動産屋さんは自慢げに語る。まずアパートのある土地に入るのに門扉やフェンスという一手間がある。庭や窓側が道路から見える状態。これらは泥棒が好まぬ構造だから良いですよという。とはいえ建物自体がボロなのでどこまでセキュリティーが万全かというのは悩ましい所。
部屋の中はというとシャワー室の入口が、唐突に玄関にはいった正面にある。
扉は三和土に直面しており、靴を脱いだらそのままシャワー室に入れる。便利なのか不便なのか分からない位置にあった。そのような状態なので脱衣所なんてスペースがある訳がない。シャワー室の扉にタオル掛けが付いているので玄関で身体を拭けという事なのだろう。
シャワー室は狭いが俺は小柄だから問題はない。恐らくはここにあった納戸をシャワー室にしたと思われる。
シャワー室と壁隔ててあるのがトイレで、今時は珍しい和式。昭和だ! と感動すらした。
玄関に入りシャワー室にぶつかる前に横を見ると広がるのは六畳くらいのキッチン。いや台所という表現がピッタリの雰囲気の空間。それがアパートの正面の窓向きにある。キッチン台のトップや水周りはステンレスで覆われており二口コンロが乗っている。
シンクの下と吊り下げ収納の扉は引き戸。映画の中でしか見たことない、押してカチカチ言わせてからお湯を沸かすという古めかしい給湯器。
キッチン台に向かって右の木の壁の上部には、DIY感のある棚が三段縦に付けられていた。大家さんの言うことには前の住民が勝手に付けたもので、便利そうなのでそのまま残してあるという。
台所を通り奥にあるのは六畳の和室。半畳の床の間と押入れがある。床の間には前の住民が置いていったと思われる突っ張り棒が付いたまま。どうやらクローゼットとして利用されていたようだ。
窓の外にはベランダ等はない。見取り図ではフラワーボックスという名になっていた金属性の少し飛び出した柵があるのみ。花というより枕とか嵌めて干すには良さそうだ。窓から外をみると紫陽花や躑躅などの木とかが植えられた庭。大家さんは、通り道を邪魔しない程度なら窓の前を菜園にしても良いと言う。
隣の部屋の下を見るとハーブっぽい草等がオシャレな感じに色々植えられている。もしかしてお隣さんは料理が得意な女の子? なんて少し楽しい期待も膨らむ。
アパートにひっつくように作られたトタン屋根の建物は共有のランドリールーム。住民は自由に使ってよい。庭の隅に物置があり、共有で使う物が置かれている。外回り用の掃除道具や工具。他にここを出ていった人が置いていった家具も少しあり使えるならば部屋に持ち込んでも良いらしい。昭和の雰囲気だけでなく、昭和のノリの大家さんまで付いていた。
大学の最寄り駅まで二駅だが、東京の駅間は地方にきた俺からしてみたら、その距離は驚く程短い。電車に乗る必要もなく、歩いて二十分もかからず大学に辿りつけそうだ。となると交通費も浮いたも同然。駅周辺には賑やかな商店街があるので、バイトも見つけるのに苦労はしないだろう。
下宿自体は商店街と一本外れた所にあり、前の道も広くないので車通りもなく静か。なかなか悪くない環境に思えた。まあ、渋谷とか新宿とかに出るのは少し面倒な場所だが、そういう所に頻繁に行くとも思えない。問題はないだろう。
これで予定予算よりも一万円も安い四万五千円の家賃は有難かった。引っ越す前に地元の友達にこの家賃を言うと、『東京でその値段って事故物件じゃね? 部屋の中に御札とか貼ってない?』とかいった言葉を言われた。
一応気にはなり色々壁とかを調べてみたが、貼ってあるのは。古ぼけた観光地のペナントくらい。ネットで調べられる事故物件情報にもその建物どころか、近所にも怪しい情報はない。そういう意味では怪しい物件ではなかったようだ。曰くのありそうなものといったらちょっとした古墳があるくらい。墓というより市民の憩いの小山となっているらしい。
建物自体がかなり古い事もあり、設備も最低限という感じで妥当というべき価格なのだろう。要は利便性の高さ。人気エリア。ユニットバスがついている。オール電化。温水シャワートイレ。そういった今時なオプションを求めなければ東京でもこれくらいで住める。シャワーがなければ三万円代だって実は多い。しかし流石にないとツライ。それに四万円代にしては、この部屋は広い。俺にとっては最高の条件だった。
時々する軋む音もラップ音ではなく、単に古いから。それも味わいと思おう。しかしこのアパートには、不動産屋さんの物件情報にはまったく書いてなかったモノがついていた。