02:中学校入学直前
「ナっちゃん、4月から中学生だねぇ」
まだ寒い季節だというのに半そでの少年、田井中翔は感慨深そうに夏樹に話しかけている。
だが夏樹は知っていた彼が何も考えていないことを、頭の中には常に蝶々が飛んでいることを。
感慨なんて言う情緒とは程遠い少年であるということを。
結局のところ翔のぽわぽわ加減は夏樹と出会った6歳のときから、現在まで変わることはなかった。
逆に悪化しているのではと夏樹は不安視したほどだ。
友が言うにはこいつのぽわぽわはもはや宇宙だ一度引き込まれたら二度と帰れなくなるぞと真顔で夏樹に言ってきた、友は何かを悟ったのだろう、彼の眼は達観した老人のような瞳をしていた。
話しは戻って中学校のことだ、ここから夏樹たちの人生は分岐点に入る、つまりは夏樹たちが住んでいるこの施設から出て外の中学校に通ってもいいし、ここに残り小学教育と同じように中学教育を続けて受けてもいい。
さてこいつはどう考えているのだろうか、夏樹は翔を見るが変わらずニコニコしている表情からは考えは読み取ることはできない。
「…翔はどうすんだ」
くせっ毛の多い髪の毛を指で伸ばしながら翔は悩むように眉を上げる。
「うーん、できればナっちゃんとユウちゃん3人で一緒にいたいなぁ」
すると飲み物を取ってきた友がいつの間にやら翔の後ろでため息をつく。
「翔、これは大事なことなんだぞ、他人…とまでは言わないが僕と夏樹のことは考えないで自分で悩んだほうがいいと思うぞ」
翔は小さいころからしっかりものだと思っていたが最近はさらに磨きがかかっており、施設みんなのお兄ちゃん的な存在となっていた、山本によく色々相談に行っているという話もよく夏樹の耳に入ってくる。
「むー、そういうユウちゃんは決まったの」
「あぁ、だが言わないぞ、お前は僕か夏樹についてくるつもりだろ」
そう、友が少し冷たく突き放すと、翔はうつむき肩を震わせ始める。
ここ最近夏樹たち3人は遊んでいなかった、夏樹はとっくの昔にどうするか決めていたため2人の様子をみていた、友は真面目に自分が将来何になりたいかを考えこみ、その姿をみた夏樹は2人の迷惑にならないように図書室に通い詰めていたのだ。
夏樹は思い返してみるといくら2人のためだと思いながらも、翔に一切かまっていなかったことに気が付く。
翔はぽわぽわだが友情に熱く、みんなと仲良くを地で行う奴だ。
つまりそんな翔はとっくに限界が来ていたのだ。
「友達と一緒にいて何が悪いんだよぉ」
そういうと翔は拳を握りしめる。あぁこりゃヤバイやつだと夏樹は思い少し身をひく。
そう思ったのもつかの間、友は翔に投げ飛ばされていた。
「ちょ、ちょっと待て、僕はだな、真面目に翔のこともだな」
そういいながら翔の拳を必死に受け流す友。
翔はぽわぽわでそうは見えないが体育は優秀だということを改めて夏樹は確認する、このあいだも柔道の授業で川西ぶん投げてたな、と転がされる友を見ている夏樹。
川西さんが細いし子供相手で油断していたってのもあるけどあれはビックリしたな。
激しさが増していく翔の攻撃、翔も急所は狙ってないため放っておこうと夏樹は思い本を読むために鞄を漁る。
と、思っていたら夏樹は肩を叩かれる。
「ん、なんだ…俺関係なくね?」
そこにはいい笑顔の翔がいた。
「夏樹、残念だがもはや翔は人語を理解していない、ただのバーサーカーだ大人しくやられろ」
見れば友はすでに息絶え絶えで地面に仰向けで倒れている、おかしい友も体育はそれなりによかったはずだ、夏樹は自分よりも背が低いはずの翔に肩をつかまれたまま固まっている。
「ふ、成長期というのは怖いものだな、翔と僕は競い合うライバルだと思っていたのだがいつの間にか僕は負けていたらしい…さらばだ」
友が「ぐふっ」と言い動かなくなると夏樹はこの後の展開を想像し冷や汗が背中に走る。
「ちょっと、ユウくん、いやユウさん、そんな王道少女漫画のライバルの最後みたいなセリフはいてないで、ちょっと聞いてる?」
た。助けてぇぇぇぇあぁぁぁぁ
夏樹の情けない悲鳴が施設に響き渡ったのはそれから一瞬の出来事だった。
「ほう、それで3人とも一緒に外の中学校に通うと…」
夏樹たちの目の前には座ってお茶を飲んでいるのは山本がいる、夏樹たちは考えが決まったために彼に報告しに来たのだが、何故自分で用務員と名乗っていた山本なのかというと、この施設の施設長、つまりはトップだったためである、まあ貫禄的にも彼が下っ端だったら逆に驚きなのだが。
実はこの報告なのだが面接的な要素も含んでいる、山本がダメだといえばこの話は潰れる、つまり施設で中学教育も受けることになるのだ。
それもそうだ施設内で問題ありだった子供を外に出すなんて真似は現代じゃあまず出来ないことだろう。
そのストッパーが彼の重要な仕事となっている。
「うーん、3人のことは正直心配していない…といったら嘘になるな、やはり息子同然の子供たちが外に行くのは怖いしさみしいものがある」
山本はお茶をすすると手元の資料に目を通す。
「そうだな、友くんは問題ないな、だが少し現実を見ていないときがある、難しい言葉だがキミならば意味が分かるだろ、何事もチャレンジするのは良いが理想ばっかりじゃなく周りもちゃんと見るように」
まあ、そのあおたんを見るに翔くんとは仲直りしたみたいだがね、そういうと次の紙を取り出す。
「翔くん、キミはそうだなぽわぽわしているが正直一番しっかりしているとも言える、友くんはしっかりしているがそれは大人目線で考えればだ、子供はやはり正直な部分が必要なのだよ、特に友達作りの部分で君は誰よりも早く周りと打ち解けるだろう」
よって心配無しと言い切る山本、まあぽわぽわ部分も成長すればなくなっていくはず、なくなって…欲しいなぁ。
夏樹は切に願っているが、次の資料を取り出した山本だが少し困ったように眉間をしかめる。
「問題は…」
そういうと山本は夏樹のことを見ている、おかしい特に問題も起こさず子供らしく遊び過ごしてきたはずだ、なぜ?
夏樹は今までの行動を振り返るが欠点という欠点は思いつかず、自らも顔をしかめることとなる。
「こういういい方は俺は問題があると思うんだが、夏樹くん、キミが何を見ているのか俺たちには全く理解できなかった」
そういうと山本は川西の人物評価を夏樹見せる、白紙…何度かペンを走らせようとした後はあるのだが、そこには何も書かれていなかった。
「川西くんは間違いなく優秀だ、最初は川西くんが書けないって言ったとき俺もぽかーんとしちまったもんだ、だが無理もない」
苦々しい表情をする山本を見て夏樹はいつかは忘れたが昔のことを思い出す。
夏樹くん、キミはどこを見ているんだい、そうだ前に川西さんに直接言われたことがある、
あの時は俺の視線の方向的に玩具箱のことかと思ったが、そうか。
「例えばだが、目の前にお飯事の玩具、鉄砲の玩具2つあれば、翔くんなら鉄砲友くんならお飯事って予想ができるんだが、夏樹くんキミのことは最近までわからなかった」
夏樹は山本の言っている意味が理解できた、そうだ同じ年の子供を良く見ている彼らからすれば俺は異端だろう。好きな玩具も特にない、喧嘩もしない迷惑をかけないように動いていたつもりだが、かえって先生方にはどうやら気苦労かけていたらしい、
「夏樹くんは周りに合わせているね、友達が少ない子供に声をかけ1人にならないように気を遣う、喧嘩が始まれば本気で嫌い合う前に2人に声をかける」
そういって夏樹の目の前には悲しそうな表情の山本がいた。
ただただ悲しそうな表情だった、その顔を見た夏樹は黙ることしかできなかった、夏樹は間違いに気が付き、少しばかりの罪悪感を抱く、だがこれはどうしようもないことだった早熟した精神を持つ夏樹が子供の中に紛れる、他の子供が喧嘩をすれば仲裁するし玩具を取り合うなんてことは起きるわけがない。
「大人の仕事を奪わないでくれよ夏樹くん、夏樹くんがそういう子なのは6年間見ててわかった、キミがとてもいい子なのは俺たち全員が知ってる、ただそうだな少しは甘えてほしかったな」
だが、山本は性分や異常性を認知していながらも、子供は子供らしくいてほしかったのだろう、どこか夏樹が無理をしているのではないか。
泣かないということは我慢をしてしまっているのではないか。
山本は夏樹を見るたびに心配になっていた。
だが山本も自身が夏樹にこうあってほしいという押し付けなことは分かっていた、だからこそ最後まで口を出せなかった。
言い終わると山本は夏樹に笑いかける。
「まぁ、だけど、それも夏樹くんの成長が早かったってだけだ、今言ったのは俺たちの我儘だ、もちろん3人が中学校に行きたいってんなら許可する、問題点ってもんは特に無いんだこれから頑張れよ」
そうして夏樹たち3人の中学校入学は決まった。
最後はシリアスに決まったかと思ったのだが翔の腹の音が響き渡り落ちが付いた、ちなみに問題の音を盛大に響かせた本人の顔は真っ赤に染まっていた、ぽわぽわと言えど羞恥心はあったようだ。
まあ、大人の感性を持つ子供がいたら教育をずっとしている先生が見たらおかしいのはバレるよね。
ってお話し、なんていうか小学生にこういうことを言う大人がいるかって話しだけど、まあ3人とも中学直前だし少し大人扱いしてもいいよね