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無限モラトリアム

作者: 黒七味

  西暦20180年、人類は危機に瀕していた。

と言っても、核戦争や、食糧難で人類が滅亡に瀕しているわけではない。長きにわたる社会科学と自然科学の探求から、それらの問題は解消されたのだ。言語は1つに統一され、平和的に世界国家が樹立されたので、人々は何不自由なく文明の甘い汁を啜ることができた。勿論、自治的な警察組織も存在したが、中央政府に逆らおうという勢力は無かった。行き届いた教育と福祉の成果だ。



  では、何が問題か?

その「教育」が問題なのである。

人類は高度に発達させてきた知識体系を、洗練された教育システムに基づいて、万人に植え込んで行く。分け隔てなく、かつ、誰にでも確実に理解できるように構築された教育は、世界政府が安定的に成立するための必要十分条件である。当然、個人によって得意不得意があるわけだが、その場合も、各個人の長所に沿ったカリキュラムが整えられ、その分野に長けた教師が就いて、教育が施される。これまでの歴史の中で、人類はありとあらゆる分野の知識体系を高度に複雑化させてきたので、たとえ100年に一人の逸材がいたとして、彼に教育に特化した教師(それも100年に一人の逸材)がついて勉強を教えても、彼はどの分野でも今までの人類が残してきた功績を超えることはできないのだ。

そう、そこが危機たる所以である。



  誰もが、自分の得意分野で思う存分に学び、自己を磨いて聞くことのできる社会。でも、それに終わりがないとしたら?どんなに突き詰めて頑張っても、自分の人生の中では全く不十分にしか、世の中を理解できないとしたら?

当然、逃げ出したくなる。

しかし、この社会にそのような選択肢は用意されていないのだ。

どこを見渡しても、あるのは学校だけである。もし誰かがアパシーに陥り学校生活を放棄したとしても、自治組織が必ずそのような人を発見し、通常の教育プロセスに復帰させるための教育プロセスに投入する。娯楽や社交の場は、それ自体徹底的に削られるか、或いは「教養を深める」という目的を達成するために最適化されたコンテンツのみで構成される。全人類は、人類である限り、何かを学び、何かを教えていかなければならないのだ。科学技術の進歩と世界政府の成立により、資本主義経済に頼らなくても、人々は不自由なく暮らしていけたが、この教育システムはその代償である。数学の教師は、「いかに生徒によりよく数学を教えられるか?」ということを「教師の教師」に習わなくてはならない。無限に続くモラトリアムの中で、人々はいつだって勉強するしかないのだ。



  人類は危機に瀕している。

誰もが高い教養を身につけ、争いや貧しさがなくなった世界でも。

何か新しいことを打ち立てるには、人類は賢くなりすぎたのだ。

端的に言えば、知り過ぎたのだ。

教えられないことがない世界で、あなたならどう生きるか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 未知がない、ところ。 [気になる点] だが全知であれば解決策も存在するという矛盾。 [一言] 昔の決定論で支配されていると考えられていた時のような厭世的な感じでしょうか。
[良い点] 恐らく未知が存在しない世界。それが人の世界の限界であり、終末なのでしょうか。 [気になる点] このような世界では百人に一人の天才なんて、天才といえるくらい希少価値が出ないほどにあふれている…
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