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ダンスをしながらの考え事は危険です

「ダンスがお上手ですね」


 ルドラ様も上手いと思って見ていたけれど、殿下のダンスは更に上手だった。

 私はあまり背が高い方では無いのに対し、殿下は見上げる程の長身、二人の身長差はかなりあるというのに殿下の流れる様な動きと自然なリードでとても踊りやすかった。


「初めて聞く曲だから緊張しているのだが、そう感じてくれるなら良かった」


 初めて会った時とは打って変わって柔らかい笑顔で話す殿下に緊張の色は見られないけれど、本人が言うのだから少しは緊張しているのかもしれない。


「初めて、そうでしたか。とてもその様には思えませんが」


 ダンスのステップは先程の曲とそう変わらないけれど、この曲は独特な節回しがあるから慣れない者には難しい。

 幼い頃からこの曲を使って練習してきた私でも、うっかりするとステップを間違いそうになるものだけど、初めてで会話をしながらこれだけ踊れるなら十分上級者だ。


「疲れているのか。先程少し顔色が悪いように見えたが」

「少し緊張していましたの。突然ダンスを踊るよう言われたものですがら、ダンスはあまり得意ではないもので」


 顔色が悪かったのは、踊る二人を見ていたせいだ。

 理由も分からず苛ついて、落ち込んでしまった。


「それならばいいが。昨日妹に振り回されていた様だから、疲れてしまったのかと心配だった」

「そんなことありませんわ。私達お友達になりましたのよ」

「妹もその様には言っていたが、何分あれは思い込みが激しくて」


 困ったものだと眉をひそめる顔が可笑しくて、つい笑ってしまった。


「何か可笑しかったかな」

「ふふ、王女様が幼い子供の様な言い方をされるから可笑しくて、ルドラ様は気遣いが出来る優しい方だと思いますわ。お兄様はご心配なのかもしれませんが」


 恥ずかしい記憶でしかない例のあれも、ルドラ様が教えてくれなければ他の人に同じ失敗をしてしまう可能性だってあったのだ。先日は相手がクヴァイシュ殿下だったからあれで済んだけれど、全く違う相手だったら大きな問題になるだろう。きっとルドラ様はそれを見越して教えて下さったのだ。


「年が離れているからね、末の妹だし心配の種なんだよ」

「殿下はお幾つですか」

「私はさんひ、失礼三十を越えたばかりだ。あなたとは大分離れているね」


 私が十七になったばかりだから、確かに離れている。

 今三十歳なら、クヴァイシュ殿下が今のセヴィオリ殿下位の時に、私が生まれたという事になる。それでも政略結婚では年が離れている事も多いから、珍しい話ではない。


「私は子供っぽく見えますか」


 はっきりした説明は聞いていないけれど、私はこの人の何番目の妻になるのだろうとふと思った。何人の妻、何人の子供がいるのだろう。貴族どころか王族に嫁ぐのだから、複数の妻は当たり前だと割りきるしかない。

 そもそもこの年まで独身というのは考えにくいし、もしかするとクヴァイシュ殿下のお子さんと私の方が殿下よりも年が近いかもしれない。もしもそうだとしたら、少しどころかだいぶ複雑な気持ちになってしまいそうだ。


「あなたは私がおじさんに見えるかな」

「え、おじ。いいえ、そんな風には」


 慌てて否定し笑顔を作る。

 遠目でも綺麗だと感じた殿下の顔は、近くで良く見ると見ている私が恥ずかしくなる程に綺麗だ。

 鱗と同じで瞳も翡翠色、綺麗な二重の切れ長の目だ。長い髪は黒では無い、濃紺、緑がかった青? 一言では言い表せない色だ。年上なのは一目瞭然、でも年を聞かなければ三十代だとは思わない。若くて綺麗で、この国の人とは全く違う顔立ちをしている。

 物語で、吸い込まれそうな程に美しい瞳と書かれている物を読んだことがあるけれど、殿下の瞳は本当に吸い込まれそうな程、綺麗だ。


「それなら良かった。妻となる人に老けて見られるのは悲しいからね」

「そんな風に見る者はいないと思います」


 何となく気持ちを探られている様な気持ちになって、落ち着かない。この翡翠色の瞳は何でも見透かしてしまいそうな気がする。

 私がさっきのダンスを見ていて落ち込んでいた事も、苛々していたことも。婚約を投げやりな気持ちで受け入れた事も、何もかも。


「私も夫となる方に子供っぽいとは思われたくありません」


 本当はどうでもいい。どう思われていても、もう断るなんて出来ないのだから。

 例え何人もの妻がいたとしても、例え私と年の変わらない子供がいたとしても。

 政略結婚なんてそんなものだと最初から諦めていれば、失望しなくて済む。

 まだ曲が終わらない。良く知らない相手と長い時間踊っているのは、体よりも気持ちの方が疲れてくる。

 用心しながらの会話は辛いし、私達を見ている視線が辛い。

 学生なのを良いことに、年齢層が高い夜会にあまり出席してこなかったのが仇になっている。


「明日、良かったら一緒に昼食をいかがですか」

「ええ、喜んで」


 私が笑顔を作る度に、周囲がなにか言っている気がするのは自意識過剰だろうか。

 露骨に指を指す人はさすがにいないけれど、今まで国交が無かった東の国の龍人の女性が、この国の第一王子とダンスを踊ったかと思えば、今度は王弟の娘と龍人の男性が踊り始めたのだから興味を引かない筈はない。

 これに王妃様の情報操作が加わったら、噂話を聞いただけで私は具合が悪くなりそうだ。あの人はお父様よりも情報操作に長けている上、国の不利益を考える事無く、私の評判を落とす事だけに心血を注ぐから始末が悪い。


「お誘い頂けて嬉し、あ。申し訳ありません」


 憂鬱な事を考えていたら、ステップを踏み間違えて殿下の足を踏んでしまった。


「気にしなくていい。これくらい何でも無い」

「そう言って頂けると助かります」


 殿下はそう言ってくださったけれど、今のは多分かなり痛かっただろう。思い切り踏んでしまった気がする。


「あ、曲が終わりますね」

「ああ」


 最後は大きくターンして、そして礼をして終わる。ああ、長かった。やっと終わった。なんて考えていたのが悪かったのだろう。


「あっ」


 最後のターンでヒールをドレスの裾に引っかけて、あろうことか殿下の方へ倒れ込んでしまったのだ。


「し、失礼しました」

「いや。足をくじいたりしていないか」

「はい」


 殿下がとっさに支えてくれたから、くじいたりはしていないけれど。

 倒れ込んで、支えられて、そして大広間に歓声がわいた。

 つまずいたのだと誰もが分っただろう、でも、これは恥ずかしい。殿下に今も支えられているのも、いたたまれない。こんな失対デビューしてから


「申し訳ありません。殿下に恥ずかしい思いをさせてしまいました」


 何事も無かった様な顔を無理矢理に作り、礼をして壁際に逃げる。


「いや、私が気をつけていなかったのが悪いのだ。申し訳ない」

「そんな事は」


 恥ずかしいよりも、自分自身への怒りが勝る。どうして自分から王妃様に嫌がらせの切っ掛けを提供していまうのだろう。自分が情けなかった。

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