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こういう誤解は恥ずかしいだけですが

「やはり取れませんね」


 恥ずかしい思いに一晩ベッドの中でのたうち回っても、ハナハナビバに襲われる夢を見て魘されても、それでも朝は変わりなくやってくる物らしい。

 思い出したくもない謁見の間での出来事から二日目、今日はクヴァイシュ殿下とルドラ様の歓迎の夜会がある。

 昨日はルドラ様と二人だけのお茶会以外は他の方々に会うことも無く、平和に一日が過ぎた。

 アザレリアからは伝言も無く、こちらからも何も送っていない。

 王妃様の宮に何か送ったとしても、まともに相手に届くわけが無いしそれどころか何か細工をされてしまうのがせいぜいだ。そんな恐ろしい材料になる為に自ら罠に飛び込むのは恐ろしすぎる。


「そうね。どうしたらいいかしら」


 昨日はルドラ様だけだったから問題は無かったけれど、今日は大勢の目がある場所に出るのだから困る。いや、エスコート頂かなくてもダンスを一回踊る位はするかもしれないから、問題無いのかもしれない。

 ぐるぐると考えながら良い案は何も浮かばないのに、時間だけが過ぎていき疲れて来てしまった。


「これだけ色々しても取れないのですから、諦めるしか無いかと」

「そうね。なるべく袖口の狭い服を着て誤魔化すしかないわね」


 湯浴みをするわけでもないのに、アリアと二人朝から浴室に籠もっていた。

 幸い私に今付いている侍女はアリアだけで、王城のメイドは呼ばなければ部屋には入ってこないけれどまさかと言う事もあるから、用心の為の策だった。


「これをつけて頂いた時には大きそうに見えたのに、何が悪いのかしら」


 昨日から、いいや一昨日の夜からの悩みの原因をじぃっと見つめる、というよりも睨み付ける。

 悩みの元はクヴァイシュ殿下から頂いた翡翠の腕輪だった。

 濃い翡翠色の、とても美しい腕輪。つけて頂いた時は動揺のあまり気が付かなかったけれど、二匹の龍の模様が掘られている凝ったデザインの物だった。

 恥ずかしい気持ちを腕輪を見る度に思い出してしまいそうで、案内された部屋に入るなり外そうとしたのだけれど、何をやっても外れなかった。

 昨日も今日も、香油を手首に塗りつけてみたり、石けん水を付けてみたり、色々試しはするのだけれど何をやっても無駄だった。香油を塗りすぎた左手がいつも以上にしっとりとして、艶のある肌になっている事に気がついた時は思わずため息まで出てしまった。


「手首に対しては余裕がありますので、外せない筈がないのですが」


 アリアは真剣に悩んでいる。私だって悩んでいる。

 貧乏な貴族の娘なら毎日同じ装飾品を身に付けるという事もあるだろうが、私は公爵家の長女だお義母様との仲はあまり良いとは言えないが装飾品はそれなりに持っているし、今回ドレスに合わせて誂えた物もある。急ぎで注文したわりに丁寧に作られて、ドレスとの釣り合いも取れたお気に入りの品なのだ。それなのに、この腕輪と持参した装飾品はどう見ても合わないし、毎日毎日この腕輪を付けていたら嫌でも悪目立ちするだろう。


「本日お召し頂くドレスは袖口が広い物ですし、この腕輪の大きさでは手袋で誤魔化す事も出来ないでしょう」

「そうよね」


 ため息が出てしまうけれど、こうなったら仕方ない。


「外せないし壊すわけにもいかないし、諦めてつけているしかないわね」


 婚約者となる方からの初めての贈り物だから、毎日身に付けているのだ。

 王妃様辺りに気がつかれたら、これに悪意ある言葉付きで王城中に広められてしまうだろうけれど、取れなくなったと言うわけにはいかないのだから仕方ない。


「どうして外せないのかしら」

「分りません。何か魔力の様なものは感じますか?」

「普通の魔道具なら使っている時に魔力を感じるものだけど、これにはそういう物は感じないわ」


 呪いの類いを贈ってくる方とも思えないし、この腕輪から嫌な感じも受けないから常に付けていて嫌な物ではないのだけれど。でも、人目は気になってしまう。


「王妃様の嫌がらせでこの宮に移されたのだし、もう開き直るしかないわね。もうすぐお昼ね。食事をしたら、夜会に向けて準備を始めないといけないわね」

「はい。昼食の後少し休憩頂いてから湯浴み、その後お肌の手入れの為ルドラ様付きのメイドが数名来て下さると先程伝言がありました。お断り出来ないかと思いお受けしましたが」

「ルドラ様のメイド」

「はい。東の国からお連れになった方々の様です」

「そう。お断りは出来ないわね。まあいいわ。有り難く受けましょう。今日の夜会はお爺様と大叔父様も出席なさるのよね。久しぶりにゆっくりお話が出来るといいのだけど」


 考えるのも面倒になって、安易に頷きながら。浴室を出るとぐったりとソファーに座り込んだ。

 私は浴室にある椅子に座っていただけで、試行錯誤していたのはアリアだったけれどそれでも十分過ぎる程に疲れていた。これでコルセットをぎゅうぎゅうに締め、夜会に出る等したら倒れてしまいそうだ。


「私は昼食まで少しここで休んでいるから、アリアも休んでいていいわ。今日は夜遅くなるし、アリアも疲れるでしょう」


 王城の夜会なので侍女は連れていけないから、アリアは夜会が開かれる大広間の側にある侍女の控え室で待っている事になる。何をするでもなく長時間、良く知っているわけでもない他貴族の侍女達と過ごすのは大変だろうが、アリアはいつも上手く情報収集しつつ時間を過ごしている様だから実はいい気晴らしになっているのかもしれない。


「ありがとうございます。夜会でお召し頂くドレス等は準備整っていますので、お茶をお入れしたら少し下がらせて頂きますね」

「そうして。ああ、お茶は疲れが取れる薬草茶にして貰えるかしら」

「畏まりました」


 アリアがお茶の準備に行く間、少しだけ目を閉じていよう。

 ここ数日の気疲れのせいなのか、なんだかとても眠かった。


※※※※※※※※※※


「お姉様っ。良かったお会いできて」

「お会いできるもなにも、今日夜会に出ることは知っていたでしょう。大げさね」


 準備を済ませ大広間に向かう広い廊下を歩いていると、アザレリアが急ぎ足で近づいてきた。

 愛らしいピアチ色のドレスを着ているアザレリアは本当に愛らしくて、私の妹はなんて可愛いのだろうと嬉しくなってくる。

 対する私は濃い青のドレスだ。髪型は肌の手入れをしてくれたルドラ様のメイド達が細い三つ編みを上手に薔薇の形に整えてくれ、用意していた真珠の飾り櫛も付けてくれた。

 手首の腕輪はやはり外すことが出来ずそのままだ。


「腕輪付けていらっしゃるのね」

「殿下に頂いたものだし、その方がいいかと思ってね」


 さっそくアザレリアに見つかってしまったということは、他の人の目にも付くという事だろう。

 今回の夜会は兎も角、これを毎日付けていると気がつかれたら憶測が飛び交うかもしれないし、そもそもこれを頂いた時の状況を思い出すのが恥ずかしい。

 この国の人間は私の失態にそもそも気がつく筈が無いのだが、自分自身は分っているし東の国の方々はそういう風に誤解しているのかもしれないと考えるだけで、羞恥心で熱が出そうだった。


「そうね、殿下自ら付けて下さったのだもの。外して夜会に出る方が不自然ね」

「理解してくれて助かるわ」


 アザレリアは素直に頷いて、好意的に納得してくれた様だから何か噂を聞いても否定してくれるだろう。

 この子は私の不利益になる事はしないし、頼りになるのだ。


「お父様達が向こうの部屋で待っているわ、行きましょう」

「ええ」


 頷いて並んで歩き出す。大広間に向かう廊下は着飾った貴族達であふれている。

 ちらちらとこちらを見ながら会話する貴族の姿が視界に入るだけで、気が滅入る。

 今夜は長い夜になりそうだった。


※※※※※※※※※※


「シヴァジェイル殿下のダンスは見事ね。王女殿下もとても上手だわ」

「そうね」


 夜会が始まり、東の国のお二人の紹介が終わった後の最初のダンスはシヴァジェイル殿下とルドラ様のダンスだった。王家主催の夜会では、まず主催者である陛下と王妃様のダンスから始まるのが常だけれど、今回は東の国の方々への気配りなのかもしれない。

 コルセットで締め腰の細さを強調するこの国のドレスと異なり、ルドラ様のドレスは胸のすぐ下をリボンで締めそこから下は長いスカート部分になる。特にひだをを取りスカートを膨らませたわけでもないけれど、元々が華奢な体つきをしているせいなのか、柔らかい薄絹の効果なのか腰も肩もほっそりとして見える。


「王女殿下はとても綺麗な方ね。お姉様もうお話されたの」

「ええ、昨日王女殿下に招かれてお茶を一緒に頂いたわ」


 公の場ではそれなりに言葉使いを直されるみたいだけれど、私的な場では一昨日の夜の様な話し方になる。話してみると分るが、王女という身分を考えるとだいぶ気さくな方だった。


「そうなの。私も一度ご一緒したいわ」

「そうね、あなたはこれからの事もあるし、私から話してみるわ。王女殿下は優しい方だからきっとあなたと仲良くなれると思うわ」


 アザレリア自身が優しい良い子だからこちらは心配ないけれど、問題は王妃様だ。

 多分というか、絶対にこの二人は合わないだろう。


「龍人は怖いと思っていたけれど、こうして見ると私達と変わらないのね。シヴァジェイル殿下ともお似合いに見えるわ」

「そうね。きっとそうなんだわ」


 どうしてだろう。シヴァジェイル殿下を男性として思った事など一度も無かったはずなのに、仲睦まじくダンスをしている二人を見ているとなんだか、心が痛くなる。

 シヴァジェイル殿下には政略結婚でもルドラ様は殿下の絵姿に一目惚れしてこの国にやってきたのだ。

 知り合いの一人も居ないこの国に、殿下の妻になるために。


「お似合いの二人ね。本当に」


 私は王妃様に嫌われているから、シヴァジェイル殿下の隣に立つ日など来るはずも無かった。

 話し相手として選ばれたのは、殿下の婚約者候補としてでは無く他の貴族への牽制だったことはつい先日お父様から伺ったばかり、陛下もお父様も私を殿下の婚約者にするつもりは元々なかったのだ。

 だから、この心の痛みは私の勝手な思い込みが崩されたから。

 殿下は従兄で、兄のいない私にとっては優しい兄の様な存在だった。ただそれだけだったのだ。


「馬鹿ね。私」


 自分の愚かさに気が付いてそう呟きながらも、楽しそうにダンスを踊る二人を見ているのは少し辛かった。この感情は恋とかそういうのではないと思うのに、ただ辛かった。


「トリテア様、アザレリア様、殿下のダンスが終わったら次はお二人がクヴァイシュ殿下、セヴィオリ殿下とのダンスをと」


 感傷に浸る私にそっと近づいてきた男性がそう告げて、私とアザレリアは思わず顔を見合わせた。


「私達ですか?」

「はい。陛下が是非にとの事です」

「そう。わかりました」


 今日は歓迎の夜会の筈だったけれど、これでは三組の婚約の発表と同じだ。

 まだそういった情報の開示はしていなかった筈なのに、いいのだろうか。


「お父様は離れていらっしゃるからお伝えするのは無理ね」

「お母様と挨拶に行かれてしまったもの。私達も一緒にいるべきだったわね」


 これが王妃様の新たな嫌がらせの可能性がないわけではないけれど、陛下のお言葉を無視して逃げるわけにもいかない。


「仕方ないわ。見世物になりましょう」


 シヴァジェイル殿下のダンスが終わりかけ、私達の元に二人の殿下がやってくるのが見えた。

 

「よろしければ、私と一曲いかがでしょうか」


 今日は長い髪を緩く三つ編みにしたクヴァイシュ殿下は、にこやかにそう告げると右手を差し出した。


「私で良ければ喜んで」


 今日はしっかり手袋をしているし、クヴァイシュ殿下の鱗も手袋に隠れて見えない。

 手袋越しにでも鱗の感触は伝わるのだろうか、そんな場合ではないというのにつまらない事を考えるものだと自分自身を笑いながら、クヴァイシュ殿下の手を取り広間の中央へ歩き始めた。

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