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習慣の違いは勘違いのもと

「先程は確かにこちらの宮にお部屋をご準備頂いていると伺いました。もう一度ご確認頂けませんか」


 冷静にと自分に言い聞かせているのだろう、アリアの口調は冷ややかだ。

 アリアは王妃様の宮の門を守る騎士に頼み込んでいるが、相手は不機嫌そうに首を振るだけだ。


「何か手違いがあるのかしら、アザレリアはこちらに来ているでしょう? 彼女の侍女を呼んできて頂ける?」

「申し訳ございませんが、すでに皆様お休みになっております」


 公爵家の娘相手には流石に無礼な態度は出来ないのか、今度はきちんと理由を述べ断ってきた。


「そう、困ったわね」


 王家の方々と東の国のお二人、そしてターナマー公爵家の四人での晩餐が済んだ後、先に宮に戻ったアザレリアと第二王子を除いて今後の日程に付いての打ち合わせがあった。

 晩餐中に話してくれたら簡単に済んだのにと、怠慢な事を考えながら帰路に就く両親を見送り、王妃様の宮にやって来たまでは良かったのだが、門を入ろうとして騎士に止められたのだった。


「こちらの宮では無いことは理解致しました、ではトリテア様のお部屋はどちらにご準備頂いているのでしょう。場所をご存知なければどちらに問い合わせたらいいのか教えて頂けますか」

「申し訳ありませんが、私はそういったことは分かりません。今の時間は詳しいものもおりませんから、そうですね、困りましたね」


 この騎士は本当に何も知らないのだろう。

 これが王妃様の細やかな意地悪だというのは、すぐに理解出来た。

 暫く王城に伺う事が無かったから忘れていたけれど、あの方はこういう嫌がらせをする方だったのだ。

 まさか今夜仕掛けてくるとは考えもせず、呑気にしていた自分が馬鹿だったと、内心悔やみ始めたところで馬車の止まる気配がし、高らかな笑い声と共に聞きたくない声が背後から聞こえてきた。


「あらあら、どんな礼儀しらずが私の宮の門前で騒いでいるのかと思ったら、今日の主役がこんなところでどうしたの。夜も遅いのよ早くお休みなさい」

「王妃様、先程はありがとうございました。夜分に申し訳ありません。連絡の手違いがあったらしく、私がお借りするお部屋がどちらか分からず難儀しておりました」


 綺麗な人程意地の悪い顔は怖い。私が余程困っている様に見えたのだろう、王妃様は満面の笑みで大げさに声を上げた。


「まあ、そうだったの。あなたは東の国の殿下とすぐに仲良くなった様だから、あちらの皆さんが滞在する宮に荷物を移したのよ。こちらに居るよりもその方があなたも気楽でしょう。メイドに伝える様言いつけていたのだけど、行き違いになったのかしら」


 ふふふと笑い声を上げながら、王妃様の瞳は私を探る様に見ていた。

 こんな目で今まで何度見られた事だろう。王妃様の意地の悪さを考えたら、先程受けた威圧など可愛いものだった。少なくともあれは不愉快では無かった。


「そうでしたか、では申し訳ございませんがどちらの宮に伺えばいいか教えて頂けますか」


 怒っても問題にされるだろうし、悲しんでも喜んでも同じだろうが、もう仕方が無い。

 客人を滞在させるなら夕陽の宮になるだろうが、こちらから余計なことは言わない方がいいだろう。


「あら、親しくお話をしていたようだけど、聞いていないのかしら?」

「伺っておりません」

「そう、西の端にある夕陽の宮よ。客人が長期滞在される時はあそこを使って頂くの。あなたはシヴァジェイルの話し相手とて何年も過ごしていたというのに、何も学んでいないのね」

「私めは無能ゆえ、考えが及ばす申し訳ございません」

「あなたの恥は、私の妹と可愛い姪の恥にもなるのよ。言動には重々気をつける事ね」

「王妃様のご指導深く心に刻みます」


 こういう時は嵐が過ぎ去るのを平身低頭して待つしか無い。

 何を言っても淡々と返す私に面倒になったのか、王妃様は「早く休んで明日に備えなさい」と言い捨て門の中に入っていった。


「申し訳ございません。宮が変わったと聞いた時にどちらに移動されたのか確認しておくべきでした」


 王妃様の言葉に思う事があったのだろう。先程対応してくれた騎士が謝罪して、夕陽の宮までの付添いを申し出てきた。


「あなたの気持ちはありがたいけれど、持ち場を離れてはいけないわ。庭にも見回りの騎士がいるのだし、今日は綺麗な月も出ているからゆっくり歩いて行きます」

「ですが、いいえありがとうございます」

「では」


 さすがに今日はこれ以上の嫌がらせは無いと思いたいけれど、門を守る騎士を勝手に付添いにしたと王妃様に知られたら大事になってしまう。

 角が立たない様に断り、アリアを伴って門を離れた。


「お嬢様、夕陽の宮はここからですとかなり歩く事になります。馬車を用意して頂いた方がよろしいのでは」

「王妃様がそう思うなら、自分の馬車を使うか馬車を用意させろと言うはずよ。だからその案は却下ね。幸い月も出ていて明るいし、散歩のつもりでのんびり歩いて行きましょう。晩餐で色々な物を頂いたから丁度いいわ。あ、アリアはまだ夕食は」

「晩餐会の前に軽食を頂きました。奥様がお気遣い下さった様です」

「お義母様が? あなた達今日は忙しかったものね。晩餐会の後の打ち合わせも長く時間が掛かったし」


 色々な事がありすぎて疲れ切ってしまった。

 王妃様の宮は王城の敷地の中でも少し離れた所にある。晩餐会で使った部屋からなら、夕陽の宮の方が近い。その時点で宮の変更を伝えられていたら今頃はゆっくり湯浴みを楽しんでいただろう。


「王妃様は馬車をお使いになるから、この距離の移動も苦ではないのでしょうね」

「そうね。アリアもう少し声を落としてね」


 人影は無いが、誰に聞かれるか分らない。最初からこれではこれからの一ヶ月が恐ろしく感じてしまう。


「申し訳ありません。お嬢様」

「いいのよ。これから一ヶ月気をつけてね。私は嫁いでしまうからいいけれど、あなたはこの国に残るのだから不興かえば大変な事になるわ」


 些細な事で王妃様は機嫌を損ねてしまう。うっかり王妃様の機嫌を損ねた使用人は必ず災いが起きるというのだから始末が悪い。

 その話は直接誰かに聞いたわけでは無いが、殿下について王城内を歩いていると様々な噂が耳に入ってくるのだ。

 曰く、王妃様から指導の為罰を与えられた侍女が今度は盗みの罪を着せられて牢屋に入れられた。王妃様の前で仕草が可憐だと陛下が褒めていた侍女が不慮の事故で顔に火傷してしまった等、こうなると死者が出ていないだけマシという気がしてきてしまう。


「お嬢様、私は今朝旦那様にお嬢様に付き添って東の国に行く事をお許し頂きました」

「なんですって」

「私は身よりも無い平民ですのに、ずっとお嬢様付きの侍女としてお側に置いて下さいました。身分も無い私が居てもお役に立てる事は少ないと存じますが、ご迷惑で無ければどうかこれから先もお嬢様に仕えさせて頂けないでしょうか」


 アリアの思いがけない言葉に歩みが止まる。

 陛下から好きなだけ侍女でも騎士でも選ぶといいという話は先程有ったばかりだったけれど、私は曖昧に頷くだけだったし、本心では可能であれば誰も連れて行かないつもりだった。

 東の国の事は誰も詳しく知らないのだ。未知の国に連れて行って気候に合わないからと気楽に帰らせる事が出来る距離でもない。だから甘いと言われても私から進んで選ぶ事はしたくなかったし、情報を探りたい陛下の息の掛かった者を側に置くのも嫌だった。


「お嬢様はお優しい方ですがら、いくら仕事とは言え戻って来られる可能性の少ない場所に誰かを連れて行きたいとお考えにはならないでしょう。先程少し東の国の侍従の方とお話する機会がありました、噂に聞いていた様な恐ろしさもなく、気さくに声を掛けて下さいました。すべての方がそうだとは思いませんが、ああいう方もいると分っていれば知らない国でも私は平気です」

「確かに怖い方々ではないと思うけど。でも、私と違って選べるのだから、生まれ育った国を離れる必要はないのよ」


 怖い方々では無い、そう言った瞬間頭の中に浮かんできたのは私に腕輪を付けて下さった時の殿下のお顔だった。

 冷や汗が出る程の威圧が突然無くなって、息をするのが楽になったと感じた途端目の前に立っていた殿下のお姿。私の失態をにこやかに笑って受け流し、そして。


「きっと優しい方だと思うのよ」

「お嬢様?」

「あ、ううん。まだ一ヶ月あるわ。本当に東の国に行っても後悔しないか良く考えてね。さあ頑張って歩きましょう早くしないと門が閉まってしまうわ」


 うっかり出てしまった心の声に、自分でも驚きながらそう言うと少し歩調を早めた。

 怖い人では無いと思う。優しい人かどうかは分らない。それでも、嫌な人ではないと思う。

 ほんの少しの時間話ただけで、分る事など限られているけれど時間はあるのだからゆっくり知っていけばいい。考えながら歩く夜道は、嫌になるほど長かった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「そこを歩いているのは、姉様では?」


 漸く夕陽の宮にたどり着き、心配そうにしていた当直の騎士に門の扉を開けて貰い中に入ってホッとした時だった。

 暗がりから聞き慣れない声がして辺りを見回すと、夜目にも鮮やかなドレスを着たルドラザーデ王女が侍女も無く一人で立っていた。


「ルドラザーデ王女殿下」

「堅苦しい挨拶はいらぬ。随分遅くに戻ってきたものだな」

「少し話し込んでいたもので、ルドラザーデ王女」

「ルドラでいい王女殿下など面倒なものもいらない。妾は姉様とお呼びしたいがいいか」

「ええ、光栄です。ではルドラ様とお呼びしても?」

「そうそう、その位が丁度いい。兄様の妻となる方なのだから、妾とも気楽にして貰いたいもの」


 楚々とした見た目とはかけ離れた物言いに少し驚きながら、そざつとも取れる言葉使いも悪くないと感じてしまう。アザレリアとはまた違った華やかさを持つ姫の様だ。


「ルドラ様はどうしてこちらに」

「侍女とはぐれてしまって灯りのある方へ歩いていたら、いつの間にか門の側まで来てしまった。慣れない場所ではすぐに迷ってしまうので、侍女から離れるなと兄様にキツく注意を受けたばかりなのだが」

「それは大変でしたね。今案内の者が来てくれますから、一緒にこちらで待っていましょう」


 ルドラ様のお年はいくつ位なのか、クヴァイシュ殿下がかなりの年上と伺っていたけれど詳しい年までは知らない。この感じからすると私よりも少し下なのかもしれない。


「その腕輪、ちゃんと身に付けているのだな」

「え、はい。こんな素敵な腕輪を頂いて申し訳なく思っております」

「あんな大胆な事をしていて何を言う」


 カラカラと笑いながら、ルドラ様は急に私に近づきとんでもない事を言い始めた。


「知らずにしていたのか、意図的なのか。鱗を見せた状態の龍人の男に手袋もせず左手を差し出すのは、求愛の行動よ」

「え、きゅ、きゅ、きゅうっ」


 ルドラ様の言葉は、驚く私に更に追い打ちを掛ける。


「おやおや、知らぬ方だったか。この国にはそういう習慣はないのだな」

「ある筈が、あの。意図的だなんてとんでもないっ」

「ふむ。まあ、兄様はへたれだから誤魔化してしまったようだがな。しかと手を取り口づけねば女に恥をかかせるなど、言語道断。しかと母様に叱って貰わねばなるまいよ」

「く、口っ」

「それで成立となるのだ」

「こ、この国では挨拶です。本来であれば手袋をして行うものですが陛下の前でしたから手袋を外して、でも決してそんなつもりでは」


 だからあの時笑っていたのか。「衆人環視の場で出来る事ではない」というのはそう言う意味だったのか。ああ、なんて恥ずかしい。


「で、殿下はまさか誤解を」

「兄様は分っておいでだったろう。色々と姉様を試していた様だが、難無く受けてしまった様だしのう」

「それはどういう」

「内緒じゃ。気になるなら兄様に聞いてみるといい。それにしてもこの国の女性にしては珍しい剛胆な女人よのう。兄様の鱗を綺麗など、他の者なら決して言わぬだろうに」

「そうでしょうか。私はお世辞を言ったわけではありませんが」

「ちなみに、婚約者の鱗と同じ色の装飾品を貰い、喜び目の前で撫でるのも求愛行動の一つ」

「え、あの。そんな事私知らなかった、え。ま、待って下さい」


 相手は他国の王女という事などすっかり忘れ、私は動揺のあまり礼儀など抜け落ちていた。


「まさか、私は他の龍人も居る場所で、初対面の殿下に」


 知らなかった。求愛行動なんてこの国には無いし。だけど。


「ああ、ハナハナビバに攫われたい」

「なんじゃと、何を言う。妾がからかったのがいけなかったのか? 姉様そこまで悲観なさらずに」

「え、あの悲観とは」

「ハナハナビバに攫われたい等言うから、恥ずかしさのあまり世を儚んであやつの餌食になりたいのかと。違うのかえ」


 きょとんと私を見つめるルドラ様は、愛らしい瞳を大きく見開き小首を傾げている。

 あれ、誤解? 意味が通じていなかったのかと私も首を傾げながら説明した。


「ハナハナビバはご存知ですか」

「勿論。大きな大きな体の間抜けな鳥じゃ」

「間抜けかどうかは分りかねますが、この国では恥をかいて身の置き所が無くなった時に、ハナハナビバに攫われたいというのです。大きな鳥に攫われてどこかに消えてしまいたい位恥ずかしいという意味ですね」

「なるほど。じゃが実際に攫われたら、ひ弱な人間では本当に餌食にされるが」

「ですから、たとえ話です。本当に攫われたいと思ってはおりません」

「そうか、それなら良かった。でも妾は姉様を辱めるつもりは無かったのだからな、これから僅かな期間ではあるが仲良くして欲しいものじゃ」


 なんだかこの王女様は見た目以上に中身が愛らしい様だ。


「ええ、よろしくお願いします。東の国のお話を沢山聞かせて頂けたら嬉しいです」

「そうかそうか。では是非明日時間がある時にでも」

「はい」


 王妃様の嫌がらせで散々な目にあったけれど、そのお陰でルドラ様とお話することが出来たのだから、よしとしよう。殿下とも気安くお話出来る様になるといいのだけれど。


「ハナハナビバか、所変わればじゃな」

「そうですね」


 求愛行動。そんな事があるなんて、思い出すだけで顔が赤くなってくる。

 私今晩眠ることが出来るだろうか。ああ、本当にハナハナビバに攫われてしまいたい。

 漸く来た案内の人に先導され、宮の中を歩きながら私は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら、ハナハナビバに攫われてる自分を想像したのだった。

 


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