馬車の中で
今回は説明回です。
「お姉様どうしてお話を受けてしまったの。東の国に嫁いでしまえば二度と戻ってくることは出来ないわ。お姉様はそれでも良いと言うの?」
まだ用事が残っているというお父様を残し、二人で馬車に乗り込んだ途端、愛らしい大きな瞳に涙を溜めながらアザレリアは私に詰め寄ると先程の話を蒸し返した。
「良いとは言えないけれど仕方の無いことよ。そんな事よりアザレリア、私を思っての事とはいえ陛下に対してあのような事をしてはいけないわ。もう二度としないと私と約束して頂戴」
普段であれば、アザレリアの行動は牢に入れられてもおかしくない。
今回許されたのは、関係者以外誰もいない陛下の私室での出来事だった事と私の婚約の件、それに何よりアザレリアの伯母である王妃様が同席していたお陰だろう。
この国の貴族は一夫多妻が当たり前、当然陛下も王妃様を始め何人もの側妃がいるけれどその中でも寵愛されているのが王妃様だ。陛下の寵愛は天井知らず、王妃様の望みはどんな事でも叶えられるとの噂もある程なのだから、王妃様が可愛がっている姪の失態程度なら、笑って許せる話なのかもしれない。
「だってお姉様は悲しくないの? シヴァジェイル殿下は東の国の姫と婚約してお姉様は向こうに嫁ぐなんて、そんな人質の様な事」
「人質の様ではなくこれはまさしく人質の交換よ。だから互いの王家にとって人質になりうる者でなければならない。そういう理由から東の国からはたった一人の王女が来るのだし、こちらからは王弟の娘で北の国境を守る辺境伯の孫である私が嫁ぐ事になったのでしょう」
そしてあなたは第二王子を婿に公爵家の跡を継ぐ、これも意味のある事。
わが家はお父様が仮に亡くなったとしても王家と深い関わりを持ち続ける、そしてその家の出である私は人質として価値がより高くなるというわけだ。
悲しむアザレリアの前でそんな事までは口にしないけれど、それが私とアザレリアの婚約を同時に決めた理由なのだと予想した。
「アザレリア、納得してくれたかしら」
「そうだとしても伯母様も酷いわ、早くシヴァジェイル殿下と姉様の婚約を進めて下さればこんな事にならなかったのに」
「この話が無くても私とシヴァジェイル殿下の婚約はありえないし、仮に王妃様が口添えして下さっても何も変わらないわ。王家には東の国に嫁ぐことが出来る様な年齢の姫はいいないでしょ。一番年上の王女でもまだ十歳にならないのよ。おまけに公爵家、侯爵家を探しても私以上に条件が合う人間はいない。セヴィオリ殿下は私よりもあなたよりも年下なのだから私と婚約するには無理があるわ。年上の妻は金という話はあっても、私では年上過ぎるもの」
王妃様にとっては私が東の国に嫁ぎ、シヴァジェイル殿下の近くから居なくなる事に意味がある。
毛虫のように嫌っている私を排除したくて仕方ない王妃様なら、この話に一も二もなく賛成しただろうし、もしかしたら侯爵家をアザレリアに継がせたい義母の思惑もあるのかもしれない。
それについては、家に帰れば分るだろう。
「じゃあお母様から伯母様に口添えして頂きましょうよ。そうすればきっと」
「今更遅いわ。アザレリア、お義母様を困らせる様な事をお願いしてどうするの」
「だって、この話を聞いたらお母様だって悲しまれるわ」
素直なアザレリアはそう信じて口にするのだろうけれど、多分お義母様は悲しむ事はないだろう。
お父様の妻としてその地位を争っていたお母様とお義母様、私を産む時の出血が元でお母様が亡くなって私を育ててくれた事は感謝しているけれど、私とお義母様の関係は微妙なのだ。
「私の事はいいわ。それよりもあなたの事よ。セヴィオリ殿下との婚約についてはどう思うの」
「どうと言われても、殿下とお話した事なんか数える程しかないのよ。お姉様とシヴァジェイル殿下とは違うわ」
「シヴァジェイル殿下は従兄弟というだけよ。お話相手として私は登城する事は多かったけど、仲の良い従兄弟なだけだったわ」
そこにどういった思惑があったのか分らないけれど、私だけがシヴァジェイル殿下のお話相手として選ばれ、妹は王妃様に呼ばれる以外の用事で王城に伺う事は許されていなかった。
シヴァジェイル殿下とセヴィオリ殿下は王妃様のお子だけれど、その他の妃の子供達が王城には何人も居る。十歳以下の子供は母親と一緒の宮に暮らし、十歳の仮成人の儀を済ますと小さな宮を与えられて母親と離れて暮らす様になるのだけれど、アザレリアは殿下の宮に伺った事はないのだろう。
「従兄弟? それだけなの」
「ええ。それだけよ。最近では夜会でたまに顔を合わせる位、あなたとそう立場は変わらないのよ」
「本当に?」
「誰もがそう思っているのかもしれないけれど、私にはシヴァジェイル殿下は優しい兄で、あの方は手の掛かる妹としか見ていない筈だわ」
殿下のお話相手として選ばれた女の子は私だけで、他は皆同じ年の男の子だったから特別な目で周囲から見られていたのは知っているし、もしかしたら未来の妃候補とされているのかもと自惚れた事は恥ずかしながらある。
シヴァジェイル殿下はとても素敵で優しくて頭も良い。常に私を淑女として扱ってくれたし、私の子供じみた我が儘も仕方ないなと笑いながら叶えてくれた。
殿下の隣りは居心地が良くて、だから殿下が学園を卒業して公務が忙しくなり会えなくなるのはとても淋しかった。
「妹と兄? 本当に?」
「ええ。これは強がっているわけではないのよ。側にいるのが当たり前だったから、恐れ多い事だけど私にとっては優しいお兄様なのよ」
恋愛感情は貴族の結婚に不要だから、周囲の利害が一致すればアザレリアとセヴィオリ殿下の様に婚約の話も出たのかもしれないけれど。
そのもしもも、今回の話で完全に無くなっただろう。
「東の国の姫が到着するまで十日、その後二十日程殿下は滞在されるらしいから私がこの国にいられるのは一ヶ月と言ったところね。私の婚礼準備はそれで間に合うのかそちらの方が不安だわ」
「お姉様ってば」
「婚約が発表されたらお客様も増えるだろうし、準備もあるし、家に着いたらお義母様に時間を作って頂かなくてはね」
気持ちは全く落ち着いていないけれど、せめて妹の前では余裕のある顔をしていたい。
これからの予定をぐるぐると頭の中で考えながら、私はにっこりと妹に微笑むのだった。