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婚約話は突然に

 その日の朝、私は清々しい気持ちで目覚を覚ました。

 低血圧なのか体温が低いのか、私は朝が苦手で起きてすぐに動き出すことが出来ない。

 大抵は目を覚ましても起き上がる事もせず、侍女のアリアが声を描けてくるまでぐずぐずと毛布に包っているけれど今朝は違う。

 すっきりとした目覚めが気持ち良く、今日は何か良いことがあるのかもしれない等と自分に都合の良いことを考えた。


「あぁ、よく寝たわ」


 行儀が良くないと思いながら体を起こし、大きく伸びをする。

 日頃ダンスの練習以外運動らしい運動をしない体は、筋肉も無く華奢の一言だ。


「トリテアお嬢様そろそろ、まあすでにお目覚めでしたのね。お早うございますお嬢様」


 私の呟きは聞こえなかったのだろう。

 控えめなノックの後、部屋の主の返事を待たずドアを開けたのは侍女アリアだった。


「おはようアリア、天気はどう?晴れているのかしら」

「はい。雲ひとつ無い青空でございます」


 ベットの上でにこやかに返事をする私に、頭を深々と下げるとアリアはワゴンを押したメイドを従え寝室に入ってきた。


「本日は旦那様達と朝食をお召し上がり頂いた後、すぐお着替え頂き旦那様とアザレリアお嬢様と一緒に登城の予定でございます」

「そういえば、昨日お父様からお話があったわね」


 メイドが用意した水で口を濯ぎ、お湯で絞った布で顔を拭きながらのんびりと思い出す。

 昨日お父様は私と妹のアザレリアに、登城について話しながら珍しくため息をついていた。日頃感情を表に出さないお父様の珍しい様子に私とアザレリアは困惑しながら頷いたのだった。


「そういえばとは、呑気過ぎますわ」

「お城に伺うのは久しぶりだけど、初めてでは無いもの。シヴァジェイル殿下が昨年学園を卒業してご公務がお忙しくなってしまったから仕方の無いことだけど、夜会以外でお会いできないのは淋しい事ね。今日はお会いできるといいのだけど」


 ひとつ年上の従兄弟シヴァジェイル殿下のお話相手として、私は幼い頃からお城に伺っていたけれど、殿下が公務でお忙しくなった為最近では個人的にお会いする機会が無かった。

 年齢を考えれば従兄弟とはいえ、年頃の独身男女が頻繁に会っているのは問題があるから普通に考えれば当たり前の事とはいえ、少し淋しかった。


「お嬢様は呑気過ぎますわ」


 アリアの呆れた声を笑いながら、私は呑気に朝の支度をしていた。

 今日がどんな日になるかも知らず、呑気に笑っていたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「婚約? 私とセヴィオリ殿下が」


 登城して案内されたのは、過去に何度も伺ったシヴァジェイル殿下の宮では無く、陛下の宮だった。

 公的な謁見の間とは違い陛下の私室とも言えそうな場所に、お父様と私と妹の三人は案内され、内心動揺しながら豪華なソファーに腰を下ろした。

 公爵位のわが家はそれなりに家具にも調度品にも気を使っているけれど、この部屋は比べ物にならないくらい豪華な作りで落ち着かない。

 王弟として過去この城に住んでいたお父様の宮は質素だったと聞いているし、シヴァジェイル殿下の宮もそうだ。

 さすが陛下が住まわれる場所は違うと、妙な感動をしていたその場所は今不思議な空気に包まれていた。


「そうだアザレリア、そなたと第二王子の婚約だ」


 お父様と良く似た顔立ちの陛下は、マナーを忘れ驚く妹ににこやかに告げた後、今度は私に視線を向け恐ろしい話を始めた。


「トリテア、そなたは東の国の王家に嫁ぐ事が決まっている。十日後東の国のルドラザーデ王女が兄のクヴァイシュ王子と共にやってくる。ルドラザーデ王女はシヴァジェイルと婚約しクヴァイシュ王子はそなたと婚約する。婚約式がすんだらクヴァイシュ王子と共にそなたは東の国へ向かうのだ」

「え、東の国でございますか」


 呆然としてしまったのは、陛下の前で不敬だ。

 アザレリアの態度も大概だけれど、陛下の許可もないのに聞き返してしまった。

 淑女たるもの常に慎ましくいなければならないというのに。けれど、今の私にはそんな事を考える余裕は無かった。


「東の国? 陛下っ。恐れながらその様な婚約あんまりでは無いでしょうか、東の国は龍人の国。そんな蛮国に嫁ぐなど姉があまりにも可哀想です」

「アザレリア、何を言うの」


 現実逃避したくなる陛下の言葉に呆然としていた私は、アザレリアの言葉で理性を取り戻した。

 東の国と我が国は近年、戦こそしてはいないものの常に警戒し合う関係にあった。その東の国と友好条約を結ぶ事になりそうだと噂はあったけれど、まさかその為に自分が使われる事になるとは思ってもいなかった。

 貴族の、公爵家に生まれて自分の思う人に嫁げるとは思っていなかったけれど、敵国に嫁ぐなんて想像もしなかった。


「姉様、だって」

「控えなさい失礼よ。とても光栄なお話だわ、可哀想などとんでもない」


 この国で陛下の言葉は絶対だ。

 どんな事であろうと、陛下が一度そうと決めた事を覆す事は出来る筈もなく。婚姻に関してもそれは同じ。

 例え意に添わぬ婚姻でも、ありがたく賜るべき事なのだから。


「陛下、ありがたくお受け致します」


 私がアザレリアを制した事でお父様は私の意思を理解したのだろう。

 深々と陛下に頭を下げこう言いながら、私にそっと目配せした様子を見てお父様は既にご存知だったのだと分かった。

 ただ、先程のアザレリアの失礼を叱責しなかったのを見ると、お父様は婚約の話をご存知でも、納得はしていなかったのかもしれない。


「ありがとうございます陛下。両国友好の懸け橋となれるよう精一杯務めます」


 例え相手が今まで敵国としていたところでも、陛下の決定は絶対だから私はこう言うしかない。


「お父様っ、お姉様っ」


 アザレリアの悲鳴のような声が豪華な豪華な室内に響く中、私はお父様と一緒に深々と頭を下げるしか無かったのだ。

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