勇者召喚に巻き込まれて召喚された俺は、死んで悪役令嬢に転生したらしい
「レプンテ=ウ=コンジシュ、君との婚約を破棄させてもらう」
婚約者である第二王子、メイマニー=ナンネンザにそう告げられたわたくしは、どこか他人事のようにこういうシーンよく見た覚えがあるなと記憶を探っていました。
あ、思い出しましたわ。これ、俺がよく見ていたWEB小説の、乙女ゲーの悪役令嬢に転生する話で見たシーンですわと思考が続きました。
そしてさらに、れっきとした令嬢、女である自分のことを一瞬『俺』と思ってしまったことで、俺は前世である俺自身の記憶を全て思い出した。
そうだ。俺は異世界に勇者召喚に巻き込まれて召喚されてしまったチート能力者の男だったはずだ。
最初は勇者の召喚に使えないスキル持った一般人が巻き込まれてしまったとか言われてある程度の金持たされて王城を追い出されて、紆余曲折あって使えないと言われたスキルで勇者より強くなって魔王を倒してしまい、英雄となって、強くなる過程で助けたり、口説いたりして落とした女の子たちでハーレムを作って、魔王や各地のモンスターを倒した褒賞で得た領地と地位とお金と現世の知識で内政チートごっこしながら幸せな日々を送っていたはず・・・それがなんで悪役令嬢なんかに?
「おい、黙ってないでなんとか言ったらどうだ! それとも何か? 婚約を破棄される理由を聞かずとも、自分のやったことの重大さを理解しているから黙っているのか!?」
婚約者殿の後ろに並んでいた男の一人がしばらく黙り込んでいた俺に対して怒鳴ってくる。
あれは確か、今世の記憶だと、王家を守る騎士団長の息子だったかな。
お前、俺にそんな口聞いていいのかよ。現騎士団長だってそんな口を公爵令嬢でありかつ婚約破棄の真っ只中とはいえ、未来の王妃候補にしたら、更迭されたっておかしくないんだぞ? 騎士とはいえ貴族としては下級貴族だし、その息子となればいくらでも替が聞く存在でしかない。まあ、公に処刑なんてことにはならないかもしれないが、俺がこれをお父様に強く報告すれば、事故やら病気ということで顔を見なくなるようにすることだってできるだろう。
王太子が味方にいるから強気なのかもしれないが、そのうち然るべき手段で目にもの見せてあげよう。
あれ? 今世の知識で怒鳴ってきた男のことを考えてみると、なんか思考がリアル悪役っぽい気が・・・まあ、今はそんなことよりチート能力者の俺がなぜ転生悪役令嬢をやってるのか思い出そう。
「理由を説明していただけますか?」
とりあえずそう言って時間を稼ぐ。
どうせこの後起こるテンプレ展開は、召喚される前に読んだWEB小説の知識で予測がつく。聞き流して考え事をしてても問題ないだろう。
すると第二王子は一人の守ってあげたくなる系の可愛い少女を、後ろで威圧感を放っていた男たちの背後から呼び出す。
その彼女をみて今世の記憶が蘇る。
彼女の名前はニロヒノン=モジマ。
もともと庶民として生活していた彼女は、その持った魔法の才能を認められ、男爵家であるモジマ家の養子になったのだ。
確か、王族や貴族、魔法を使える平民が通うこの王都学園に去年編入してきて、いろいろと活躍したり、問題に巻き込まれたりしてた子だ。
あ、俺記憶だと、今世でリアルにこの子イジメてんじゃん! もともと庶民で、拾われたのも男爵家程度の下級貴族が、自分の婚約者である王族に必要以上に接触してることにヤキモチ焼いて、自分の取り巻きや直接の手段で結構えぐいイジメをしてる。
婚約者である第二王子は俺が今思い出した彼女にやったイジメの内容を語り出す。
俺が思い出してる内容と寸分違わない。嘘偽りない俺の罪が並べられていく。
と、とりあえず、先になんでチート能力者だった俺が死んだのかのほうを思い出そう。
婚約破棄問題は後回しだ。現状を正しく理解してなければ対処できない事柄というのは多いからな。
えっと、前世の俺は死ぬ前に何をしてたか。結構強かった自信があるからな、領主になったからさいきんはたたかったりしてなかったとはいっても暗殺とか毒とかもなんとかなるスキルは持ってたし、寿命がくるほど爺さんになってはなかったと思う・・・あかん、嫁さんたちとエロエロしてた記憶しか思い出せん。
エロエロ以外のことを思い出そうとしても他のエロエロを思い出して、エロエロの無限ループだ。
前世の俺、どんだけエロエロしてたんだよ。頭が痛くなって気が遠くなる。ん? 気が遠くなる?
あ、そういえば俺、エロエロ中に気が遠くなってそのままフラリと意識を失ったような・・・あれ、もしかして、俺の死因って腹●死?
・・・前世の俺の死因を深く考えるのはよそう。俺は今を生きるんだ!
「・・・極めつけは昨日、彼女を階段から突き落とし、大けがを負わせたことだ! 君の行動は未来の王妃として相応しくない! だから婚約破棄をさせてもらう!」
えっと、どうしよう。
正直男であったことを思い出した俺は、男である王太子と結婚なんて御免被るので婚約破棄は問題ないんだけど、悪役令嬢って婚約破棄された場合、処刑だとか国外追放だとか悲惨な目に会う場合が多いとかじゃなかったっけ?
「そして、私はこの、ニロヒノン=モジマと婚約することをここに誓う。つまり、レプンテ、君が害したのは未来の王妃になるわけだ。だから者共、この大罪人を・・・」
「うふ、ふふふ、おーほっほっほっほ!」
俺は第二王子が全て言い終わる前に、三段笑いをする。
「な、なんだ?」
「もしや、追い詰められて気でも狂ったのか?」
王子にけしかけられて、俺を羽交い締めにしようと動き出そうとしていた男たちがそう言って躊躇する。
けしかけようとしていた王子もたじろいで言葉を止める。
あ、あぶねえ、どうも処刑されるかまではわからないけど、最低でも取り押さえられるのは確定っぽい。
とりあえずハッタリで三段笑いをしたことで、こいつには何かあると思わせて時間稼ぎをしたのだ。
召喚されたての時はスキルの使い方がよくわからなかったり、普通の人間と変わらないステータスとかだったりで、いろいろと苦労したからな、口先八寸で難を逃れた回数は数知れない。今回はその経験が生きた感じだ。
「ふふ、だっておかしくって。皆様、わたくしの予想通りの言葉、行動、反応をなさるんですもの!」
ハッタリを畳み掛ける。実際のところは何もわかってないんだけど、全てわかっていたという表情で言うのが効果的だ。
あとは迂闊なことを言わないこと。ここで仮にも公爵令嬢に対してこの扱いはなんだとか言ってしまったら、相手を逆上させる、あるいは、何か隠し球を出される可能性がある。
こっちは今、か弱い女で、なんの下準備も情報集めもできてない状況でここにいるんだからな。対して相手は準備万全。今世の記憶から言っても、王太子はバカではない。むしろ聡明な部類だ。こちらの武器にできるものは封じた、もしくは封じれるだけの状況を作った上でこの場に立っているという前提で考えたほうがいい。
出来るだけ時間を稼いで、何か状況を改善できるものを探さないと・・・。
「ほう、この状況でレプンテ様にはこの場を切り抜けるだけの手札をお持ちだと言うのですか。それは実に面白い、後学のために
ぜひその内容を見せていただきたいものです。それがただのハッタリな時間稼ぎ、で、なければですが」
そう言ったのは学園一の秀才で、腹芸が得意な現宰相の長男で、次期宰相と名高い男だ。
普段から大人と混じって討論したり、口先だけで教師を言い負かしている男だ。おそらくこちらの口調や仕草から、俺がただのハッタリをしていることを見破ったんだろう。それくらいしてのけなきゃ次期宰相と目されたりするわけないからな。
次期宰相候補殿が冷静にそう言ったせいで、その冷静さが他の男たちに伝播し、王太子たちは落ち着きを取り戻していく。
時間がない。クソ、前世のチート技能やら鍛えたスキルやらが使えればこんな状況簡単にひっくり返せるのに・・・ん? そういえば俺、前世のチート技能が使えるかどうか試してない。
どうせ使えなきゃこの状況はどうにもならないんだ。だったら、出来るだけ時間を稼げて、相手の意図が読めないだろう行動でそれを試そう。
「ヒーリング」
そう言って、俺は魔力を練り、王太子が連れ添っている令嬢、ニロヒノン=モジマに回復魔法を掛けた。
練った魔力は俺の前世の記憶通りの力を発揮して、階段を転げ落ちて怪我をしたヒロインちゃん(今あだ名つけた)の傷を癒していく。よかった。どうやら俺は前世の技能を引き継いだ状態でここにいるらしい。これならこんな状況どうとでも料理できる。
ヒロインちゃんを治療したのは正直見ていて痛々しかったからだ。本来ならまだ寝床で休ませてあげておくべき怪我にさえ見える。恐らくは、俺を攻撃する道具、あるいは、彼女に俺を失墜させるところを見せたいとかいう自己満足で、彼女をこの場に引き出したのだろう。
やりたいことはわかるけど、もうちょっとケガ人を慮った行動を取ろうぜ? こんだけ頭良かったり、将来有望な男たちが雁首揃えてるのに、誰一人怪我の回復を待ってからにしようと言わなかったのが不思議でならない。
いや怪我をさせたの今世の俺なんだけどさ。
「な、回復魔法だと!?」
「それは聖女であるニロしか使えなかったはず! それに君は魔法が一切使えなかったはずだろう!?」
慌てる男たちと、仮にも婚約者の前で他の女性を愛称で呼びつつ俺に問いかける王太子。
今世の知識によると、この世界の魔法というものは精霊の力を借りて行使する特別なものであり、使えるのは基本的に貴族や王族といった、古くから精霊と交流があった血脈だけで、その魔法も最近は血が薄くなったせいか行使できるものが少なくなってきたとかそういう話だった。
今世の俺はその最近の貴族のほうで、精霊の力を借りれず魔法を使えないほうの人間だった。
対してヒロインちゃんは庶民の出なのに精霊の加護があって魔法が使える人間だ。こういう庶民は珍しく、基本的には見つかったらヒロインちゃんみたいに見つけた貴族の養子になったり、庶民のままであってもこの学校に国からの支援で通って国の要職についたりするのが一般的だ。たしか、王太子の後ろで取り巻いてる男の一人、あいつも庶民の出で、類いまれなる魔法の才能が認められて、宮廷魔道士の内定が学生のうちに決まってるとかじゃなかったかな。
で、ヒロインちゃんが使えるという精霊魔法は、光の精霊の加護を受けた者だけが使える回復魔法だ。
この光の精霊の加護というのはかなり珍しく、回復魔法を使える者というのは歴史的に見ても数が少ない。
何十年、あるいは百年といった単位で一人現れるかどうかの人物で、現れた光の精霊の加護を持つものは、いずれも聖人や聖女として歴史に名を残している。
ちなみになぜ、ヒロインちゃんがその回復魔法で自分の傷を治さなかったのかというと、光の精霊の回復魔法は、自分には使えないのだ。
自分を治せず他人だけを治すあたりも、いままで光の精霊の加護を受けた人たちが聖人や聖女と呼ばれた所以だろう。
そこらへんも今世の俺がヒロインちゃんに嫉妬していじめてしまった理由だろう。
庶民の出で自身の使えない魔法を使えて、それは伝説とも言える回復魔法。そのうえ自分の想い人で婚約者の王太子と仲良くなっていく様を見せつけられたのだ。思うところがあって仕方ないだろう。
「やはりメイマニー殿下は、婚約者であるわたくしのことを全く見ようとしてくださらなかったのですね・・・」
見ようとしていなかったも何も、本当にいじめていたし精霊の加護もなかったわけだから、殿下は何も悪くないんだけどな。
俺が使った回復魔法は、前世の世界の知識で使った魔法で、この世界の魔法とは仕組みが違う。精霊の加護とかの補助なんかなく、自分の魔力、魂の力で使う魔法だ。
俺はこの世界で魔法を使えなかったわけではなく、魔法の使い方を間違えていたから使えてなかっただけで、本当は魔法が使えたのだ。前世の記憶が戻ったことで、正しく自分の持ってる力の使い方を思い出し、改めて魔法が使えたのだろう。
「私が婚約者であるおまえを見ていなかった。だと・・・」
「ええ、私は、今まで意図して魔法が使えることを隠しておりました。私が使える魔法は他の方とは違い、特別なものです。ですので、それを知られてしまえば殿下は生涯わたくしをわたくし個人として見ていただけないように思えまして・・・」
「特別な力・・・聖女としての力を知られてしまえば、私がお前を見ないと思ったということか?」
「いいえ、違います」
そう言いながら俺は自分の周りに前世の魔法で、炎、雷、水、土、風の五つの球を作り自分の周りで回して見せた。
「・・・! お前、複数の精霊の加護を受けていたのか! それだけでもすごく珍しいことなのに、光の精霊の回復魔法まで・・・そんなの、歴史上ただの一人も存在しなかったはず!」
「ですわね。だから、黙っていたのです。こんなことを知られてしまえば、王国は、いえ、この王国に限らず、世界中のあらゆる国がわたくしを放っておかないでしょう。だからこそ、わたくしはわたくしを見てもらうために、魔法が使えることを家族にも誰にも言わず、自分一人の胸に秘めておりました。殿下に本当の意味でわたくしを見てもらえた時、そっと殿下にだけその真実を告げようと・・・ですが、こうなってしまってはもう黙っている意味がありませんわ」
「・・・すまない、あまりの自体に頭が追いついていない。少し時間をもらえないか? 皆で少し話し合いたい」
王太子がそんなことを言う。
「・・・ええ、構いませんわ。このようなことを自分の心のうちだけに隠していたわたくしの落ち度もあります。ゆっくり話し合われてください」
そう言うと王太子たちはすぐさま集まって会合を始めてしまった。
その会合にヒロインちゃんは含まれていない。ヒロインちゃんはいろいろなことが一気に起こりすぎて唖然としているようだ。
もちろん俺が言ったことは嘘八百だ。
魔法の使い方を思い出したのは今だし、精霊の加護は実際は一つも受けていない。記憶を思い出したら王太子のことなんてこれっぽっちの好意すら抱けない。
これは時間稼ぎだ。正直言えば前世の能力が使えるなら早々にここから離脱して姿を隠してしまうなんて事も簡単なので、こんな風に時間稼ぎをすることはもう必要ない。
それでも時間稼ぎをしているのは単純な好奇心だ。何がこのような現象を引き起こして、どういう材料で俺を追い落とすつもりだったのか。いつでも逃げれるってなると、好奇心の方が増しちゃうんだよな。
特にヒロインちゃん。どうやってこんなそうそうたるメンバーを自身の周りに侍らせているのか気になる。
侍っている男は全部で6人、王太子、次期騎士団長候補、宮廷魔道士候補、宰相候補、学生でありながらすでに宮廷芸術家をしている男、後は顔は知っているけど名前は知らない男。王妃候補であった今世の俺がこの学園で知らない名前ということは、学生に紛れた誰かの護衛者の一人だろう。彼らには顔も名前もあってないようなものだからな。スパイ兼護衛兼情報工作員、召喚される前の前世の知識で言うなら忍者だとかスパイとか言った人種の人間だ。
それぞれがそれぞれ、この学園で業界でトップを飾る人材だ。王太子は権力と政治力、次期騎士団長は武力、宮廷魔道士候補は魔力、宰相候補は知力、宮廷芸術家は芸術センス、護衛の男はその立ち振る舞いからスパイや忍者としての能力が一流の域であることが見て取れる。
この中の一人二人の心を射止めるとか、ただ6人男を侍らせているだけなら何の疑問もない。恋愛に絶対はないし、男爵令嬢が王太子の心を射止めることはあるだろう。男を6人侍らせるのも、その男の種類を選ばなければ簡単だろう。特に学生であれば性欲も強い時期だし、エロと心をうまく切り分けれない年頃だ。エロいことをちらつかせるとか、女性と接触が少なそうなやつを選ぶとかすれば、6人ほどうまく侍らせるくらいは楽な話だ。
だけど、この6人となれば話は別だ。おそらくだけど、王太子、次期騎士団長、宰相候補、・・・護衛役ももしかすれば。この4人は多分そういう性的なことに対する耐性は強いはずだ。
この王国も歴史が古いからな。ハニートラップやら閨事情で王太子や貴族の子弟が情報を漏らして大事になってしまった経験も多い。
だから、国に関わる最重要な役職に近い人間の子弟は、貴族の義務として夜関係の耐性を強める教育を受けたり、または我慢しなくてもいいだけの状況を用意している。
ぶっちゃけてしまえば、親が子供に性的な教育係(実践含む)を用意して早々に性的な誘惑に対する耐性をつけさせたり、我慢できないのであればすぐヤレる女性を用意してやることが上級貴族の義務として存在しているという話なのだ。
貴族も大変だなと思うよホント。
つまりは、ヒロインちゃんはすぐヤれそうな女だとかで誘惑してるとか、女日照りが激しい男を囲っているわけでなく、実力でこのメンツを囲っていることになる。
それも業界のトップ人種ばかりだからな・・・トップということはそれだけ向上心やら実力があるということで、一概に言えることではないだろうが、負けず嫌いな人間が多い。
これだけのメンツが一人の女性に対して、自分が独占したいという気持ちを抑えて付き従うなんてことがあり得るのか?
側にいれるだけで幸せとか、そういう思考の持ち主が稀にいるというのは否定しないけど、この国のトップ連中が揃ってそんな思考とかちょっと信じられない。
ということで、それがどうして起きているのか調べようと思う。
どうやって調べるかといえば、俺の前世でのチート技能、『鑑定』スキルを使ってだ。
さてこの鑑定スキル、どんな能力か説明しよう。もしかすればWEB小説をよく読む人ならおなじみかもしれないが、この鑑定という能力、本来は人や物を見て、その人物や物の説明を言葉や数値で説明してくれるものだ。
そうだな、例えば、傷を治す薬草を見た場合。
『薬草』
すり潰して傷などの患部に塗り付ければ傷の治りが少し良くなる。
みたいな説明が脳内に浮かぶ。人の場合なら筋力値や魔力の量、使えるスキルや魔法の情報が見れたりするという便利なスキルをだ。
これは前世では割とポピュラーな技能で、特に異世界から召喚された勇者は必ず持っているという技能だった。
で、巻き込まれて召喚された俺が召喚された時唯一持っていたスキルがこの鑑定スキル。
正式に召喚された4人のの勇者は鑑定以外のいろいろなスキルを持っていたのに対し、俺が持っていたのは鑑定だけ。
俺が魔王討伐に使えないと判断されて王城から追い出されたわけがわかってもらえると思う。
だが、追い出された後にわかったことだが、俺の鑑定スキルは他の勇者の鑑定スキルとは一味違った。
例えば、俺の場合薬草を鑑定すると、上記のような説明だけではすまない。
ほとんど、ありとあらゆる情報が事細かに説明されているのだ。
例えば薬草一つ一つを比べてどちらの薬草がよく効くか、みたいなことも数値で細かく分析される。
他にも、栽培方法、近場にある群生地、育ったサイドの程度の日光を浴びたか、料理にする際にどんな食材と合うか、地域毎での味の違い、加工してより効率よく回復してくれるポーションにする際に必要な処理や機械、最適な加工法まで詳しく書いてある。
はっきり言って過剰すぎるくらいに詳しく説明してくれる。
これは俺の鑑定スキルに限った話で、他の人の鑑定は上記のようなあくまで簡単な説明でしかない。
どうして俺の鑑定スキルだけそんなに詳しく説明があるのかというのは、俺の鑑定スキルの効果を鑑定して見たときにわかった。
『鑑定』
ごめんなさい。召喚されるときに座標間違っちゃって、1人多く巻き込んでしまいました。
本当は何かお詫びのスキルをあげなきゃなんだけど、今、ちょっといいスキル切らしちゃってて・・・代わりと言ってはなんですが、鑑定スキルを神のデータベースを直接参照できるレベルに強化しときました。知りたい情報を念じれば情報の取捨選択ができるので、うまく使ってあげてください。あ、でも、無理に全部の情報は知ろうとしないほうがいいよ? 人間の脳だと情報量多すぎて熱で溶けちゃう可能性あるから。じゃあ、良い召喚ライフを過ごしてください。(神様より)
とのことだった。
最初は、いや、スキル切らしてるってなんだよ! 鑑定なんていくら強化されても魔王とかモンスターがいる世界で生き残っていけないだろうが!
みたいに思っていたのだが、この鑑定スキル、実はやばいくらいのチートだった。
例えば、スキルの獲得だ。
召喚された世界では、スキルは生まれつき持っているものと、アイテムなどで得ることのできるもの、鍛えることで後天的に得ることのできるものの3種類があった。
この、最後の後天的に獲得する方法なのだが、実はこうすれば獲得できると言ったような決まったものはなく、あの職業をしているといつの間にかスキルを覚えていたとか、これをこれだけやれば、5人に1人くらいは覚えるとか、なんだか曖昧で、明確にどうやれば獲得できるのかはわかっていない。
しかし俺の場合、誰かそのスキルを持っている人のスキルを鑑定すれば、どうやれば自分がそれを獲得できるのかの詳細な説明が見れたのだ。
さらには効率よく訓練するのにうってつけの近場のスポットや、使うといい訓練道具を売っている店などの情報まで見れる。
それだけでなく、アイテムなどで獲得できたり、生まれつき持っているとか、召喚されたことで獲得したスキルでさえ、獲得法や、獲得できなくても、似たような効果を出す方法のアイテムの作り方や存在する場所がわかったりするレベルで、俺の鑑定スキルはチートだった。
これで俺は鑑定スキルを効率的に使って、自分を鍛えまくった。
言うなれば、異世界で生活する上での攻略本を、1人だけ持って生きているような気分だ。
他の人が苦労して獲得しているスキルを簡単に獲得したり、効率的に強くなるための方法が簡単にわかるのだ。自分を強くしていくことが楽しくないわけがない。
あとは、戦闘にも鑑定は役に立った。
例えば、魔物の弱点だ。
どこを攻撃すればとか、相手に効率的にダメージを与える魔法の属性がわかるのはもちろんだ。他にも、確率で唱えるだけで即死する魔法が成功するかどうかの事前情報だとか、生活範囲や行動のルーチンがわかったりもするので、罠を仕掛けて生け捕りとかの成功率も半端じゃなかった。
あとは危険ではあるのだが、鑑定で得れる情報量をギリギリまであげて、相手の思考や行動の予測パターンを知りながら戦うなんてこともできた。
使ったあと必ず知恵熱を出して倒れるし、長く使えば死ぬ可能性があるからあまり使いたくなかったが、これに助けられた場面も多い。
暴走した勇者との対決とか白熱したな・・・。
・・・長くなってしまったな。俺の鑑定についての説明はこれくらいでいいだろう。
そんなことよりも今は、どうしてこの国のトップである連中がヒロインちゃんたった1人に夢中になっているのかを鑑定で調べる話に戻ろう。
・・・その前にちょっと鑑定で鑑定スキルを鑑定してみるかな。
勇者召喚に巻き込まれて召喚された俺が、腹上・・・男として一番本望な死に方で死んだら今度は悪役令嬢としてまた違う異世界に転生したとかちょっとできすぎてるからな。
もしかしたら鑑定技能に神様から何か書き足されてたりするかもしれない。
『鑑定』
本当に、本当にごめんなさい。実は死亡者名簿が1人ずれちゃって、本当は日本でこの世界によく似ている乙女ゲームのプレイ経験者をこの世界に転生させるはずだったのが、なんか、前にも失敗した覚えのある魂の方を転生させるというミラクルな失敗をしてしまいました。なんという偶然・・・まさに神の奇跡みたいな話です。テヘペロ!
ぶっちゃけ気づくのが遅れすぎて、なんで既視感とかで前世の記憶が復活しないのかなーみたいに思ってたんですけど、似ている乙女ゲームのプレイ経験がないんだから当然の話でした。
ちょっとギリギリになっちゃいましたが、前世の記憶と、おまけというかお詫びというかで、本来は持ち越せないはずの前世で持ってたスキルとかも神権限でこちらの世界でも使える形に変えてつけておきました。
婚約破棄のタイミングで失敗に気づくとかほんとあり得ない話だとは思うんですけど、ここまで自体が進んでしまったのはもうどうしようもないんで、あとは自力で解決お願いします。
次は本当に失敗がないよう気をつけるんで、いい転生ライフとか女性ライフを楽しんじゃってください。(神様より)
おい、誰か今すぐこの神様をクビにしろ!
ミス多すぎだろ! テヘペロじゃねえよ。この失敗はあり得ないだろう!
くそう、どこにクレーム入れればこの神様クビにできるんだろう・・・鑑定で神様のとこ調べたらわかったりしないだろうか。
『神様』
神様の詳細はさすがにこの鑑定でもあかせませんが、とりあえずそちらの時間軸の今年の3月あたりで本来1000年あったはずの任期をたった30年でできちゃった結婚して寿退柱予定。
人間でいえば、4月に入社して7月に妊娠発覚してできちゃった婚で会社やめるOL的なことをやってのけてます。(神のデータベース管理者の愚痴)
・・・言葉にならない。なんか、神様の世界もいろいろ大変なんだな・・・。
管理者さん頑張ってください。
さて、神様の世界の事情は置いておいて、今は目の前のヒロインちゃんの事情に戻ろう。
とりあえず、いまだ俺をどう扱うか話し合っている男連中を1人ずつ鑑定して、どうしてこのヒロインちゃん逆ハーレムが形成されてるのか調べてみよう。
まずは、王太子から行ってみるか・・・。
王太子の情報を鑑定する。情報が多いからどれが原因かある程度あたりをつけないと、うまく原因が読み取れないんだよな。
えっと、まずは、王太子がヒロインちゃんをどう思っているかの情報は・・・、お、王太子、本当にヒロインちゃんに恋してるらしい。これは予想外。
実は光の精霊の加護目的とか、回復魔法を持つものを妻にしておけばとかいう打算的行動じゃないかと邪推してたんだが、本当に恋で動いてたのか。
ん? あれ? おかしいな。それならと王太子が俺に対して抱いている好感度が、ヒロインちゃんに対するよりだいぶ低いんだろうと考えていたのだが、鑑定で見てみたら王太子の俺への好感度はヒロインちゃんと同じくらいだ。
どういうことだ? 同じくらい好きだけど、ひどいことしたから正義感でヒロインちゃんについたとかそういうことか?
・・・うわ、見たくないものを見つけてしまった。
それがあったのは、王太子の性癖の項目だ。
王太子、自分の婚約者だとか好きな人を他人に寝取られたい願望があるのかよ・・・。
えっと、なになに、王太子は幼少期に性的な事に対する教育係として、現国王の妾の1人をあてがわれたらしい。
幼かった王太子は、性的な教育を熱心にしてくれるそのお妾さんに淡い恋心を抱いていたと。
だけどある日、そんなお妾さんが現王の部屋で現王と・・・。
・・・おい国王! 子供にするべき性的な教育失敗してんじゃねえか!
淡い恋心を抱いちゃったお妾さんが、自分の父親と×××しちゃってるとこ見て、激しくいろいろ捻じ曲がって、愛する人が他人に無茶苦茶にされる場面を見て興奮する変態な性癖育てちゃってるじゃねえか!
俺じゃなくヒロインちゃんを選んだ理由は俺が王太子一筋で身持ちが硬すぎたかららしい。
それに対してヒロインちゃんは、元々庶民だったせいか黙っていても隙が多くて、他の男の影も多い。
放っておいてもいつか他の男に何かされる可能性が見えて、それに興奮できるらしい。
で、実はそれほど嫌いではない俺を投獄するのは、俺も投獄した後、わざと投獄場所の警備に日頃の行いが悪い奴らを配置して、乱暴が行われるところを覗き見ようという計画があってのことらしく・・・うわぁ、なんだろう。鳥肌が立ちそう。
これ以上王太子の性癖を鑑定するのは精神によろしくないので、他の男の鑑定をしてみよう。
えっと、次期騎士団長はと、あ、こいつ、王太子の性癖知ってやがる。
それを利用して、今まで王太子が気になった女の子達に、お咎めなしで手を出してきていたらしい。
こいつもこいつで性癖が歪んでる。今までいろいろと王太子に見られる前提でそういう行為をしてきたせいで、逆に見られていない状況だと興奮できなくなってるらしい。野外だとか観客ありだとかそういう状況でやるのが・・・これ以上こいつの性癖を見る必要はないか。
ヒロインちゃんに対する好意は、まあなくはない程度のようだ。
だけど、ちゃんと他の婚約者もいるし、世継ぎに関しても考えている。
好意からのハーレム要員じゃなく、あくまで王太子を満足させるためにここにいるという部分もでかいみたいだな。
一応、将来王太子に仕える騎士様なのだからそれはある意味正しくはあるのかもしれないが、はたから見ると理解できないというか、理解したくない世界だ。
次の男に移ろう。
宮廷魔道士候補殿は・・・最悪だ。こいつも王太子の性癖知ってやがるのかよ。
王太子、自分の性癖他人に晒しすぎだろ。
こいつ、あとは自分の魔導研究のために聖女であるヒロインちゃんをいろいろ調べたいという欲求もあるみたいだな。
元々庶民から宮廷魔道士候補まで上り詰めただけあって、向上心の塊みたいな男みたいだ。
ヒロインちゃんに対する好意は他の有象無象(と本人は思っている)の女達よりはあるという程度、好意はあるけど自分の踏み台という意識と、いざという時回復魔法で助けてくれるであろうという打算が強くある印象だ。
それから、王太子の性癖にかこつけて、ヒロインちゃんに自分の子供を産ませられないかとも考えているようだ。
次の王太子として潜り込ませれば権力的に御の字、そうでなく、産まずに処理されてもそれを実験・・・見てるだけで胸糞悪くなる思考形態だ。
こいつの鑑定もこのくらいで十分だ。次の男だ。
次期宰相候補殿は・・・よかった。とりあえずこいつは王太子の性癖は知らないらしい。
全員王太子の性癖知ってたらどうしようかと思ってたよ。なかにはそういう意図じゃなくヒロインちゃんに絡んでいる男もいたんだな。
えっと・・・うわ、こいつ、母親の方針でハニートラップとか女性に対する性的な教育受けてないじゃないか・・・。
貴族にいない純粋なヒロインちゃんの人柄に触れているうちに、王太子がヒロインちゃんのことが好きなことには気づいてるけど、気持ちを諦められない純情ボーイ的な感性を育てていっちゃったらしい。
君は僕のものにはならないけど、側にいれるだけで幸せを素でやってるみたいだ。
こいつが一人息子とかでなければそれでいいんだろうけど・・・うわ、宰相家、こいつ以外に子供いないし作る気もないみたいじゃなん。母親の教育方針もそうだけど、人としてはそれでいいかもしれないけど、お家やお国のことを考えたらそれじゃマズイだろう。
それにこの純情くん、ヒロインちゃんがもし不幸せな目にあったら、国家転覆をしてでもヒロインちゃんを奪い取るつもりらしい。
アカン。王太子の性癖と次期宰相の純情さから言って、国家転覆しそうな気配しか見えない。
いやいや、女性1人のために国家転覆とか国民にとってはマジ勘弁だからね!
確かに彼女は光の精霊の加護を受ける、珍しい人間とかそういうのはあるかもしれないけど、国家転覆を起こしてまでどうこうする人物ではない。
純情はいいけどそれに他人を大勢巻き込むのはやめていただきたい。このくらいでいいか、次の男はと。
学生宮廷芸術家か。えっとこいつは・・・こいつも王太子の性癖は知らない。ここまではセーフ。
で、ヒロインちゃんのことは・・・おいこれ、好きっていっていいのか? 純粋に顔や見た目がどストライクらしい。
性格がとか、触れ合っていて落ち着くとかそういうのは全くなく、純粋に見た目が好き。
自分の作るどんな芸術品よりも、彼女は完成された美しさを持っていると思っているらしい。
まあ、好みは人それぞれだしな。見た目だけが好きだとは言っても、好きであることには変わりない。本人がそれでいいなら・・・うわ、見つけなきゃよかった願望見つけちゃったよ。
こいつ、できればヒロインちゃんを生きたまま石像にしてその美しさを永遠に保てないかって欲求持ってやがる。
今のところその欲求は抑えられているようだけど、あと2、3年後には、ヒロインちゃんの美しさはこの宮廷芸術家殿にとって完成された美しさになるだろうと思っているらしい。
その時までに自分にヒロインちゃんの美しさを石像やら絵画に落とし込めるだけの技術が育てば、ヒロインちゃんを生きたまま石像なんて凶行に走るつもりはないようだが、もしそれができなかった場合は、自分の欲望が抑えられるか不安なようだ。
性的にどうこうという欲求ではないけど、こいつはこいつでやばい歪み方してるな。美しさを残したいが故に人殺しするつもりとか、正気とは思えない。こいつも他と変わらずやばいとわかったところで次だな。
最後は護衛君。えっと、こいつは王太子の護衛の1人で、念のために生徒にも混じれる立場でいるみたいだな。
王太子の護衛者ということで予想はしてたが、王太子の性癖は知っているらしい。望まれれば、騎士殿と同様、その性癖を満たすための行動をするみたいだ。こっちは性癖はそこまで歪んでないというか、あまりそういうものに強い感情が抱けないみたいで、機械的に淡々とみたいだけど。
えっと、ヒロインちゃんに対する思いは、死に別れた妹に似ているから特別な感情を持って、守ろうとしていると。しかし拾ってもらった恩もあるから、王太子の命にも逆らえないという板挟みなわけね。
うーん、こいつの人生、結構壮絶だな、隣の国の英雄の家系だったのが、他の貴族の姦計によって、その地位や領土、家族を失い、たった1人生き延びて、それを拾ったのが、この国の影の護衛を務める男だったと。
壮絶な経験のせいで感情の変化が乏しいけど、妹によく似ているヒロインちゃん・・・ん? ヒロインちゃんは実は妹によく似ている娘じゃなく、光の精霊の加護に目覚めて死を免れて助かった本当の妹? お互いそのことには気づいていない・・・。
いろいろアウト! これはダメだ。このままだとマジで不幸しか起こらないじゃないか。
うぐぐ、最後だ。最後に、ヒロインちゃんを詳しく鑑定して見てからどうするか決めよう。
ヒロインちゃんが自ら望んで逆ハーレムを形成したのなら、ここはもう見捨ててしまって俺1人この国を去って、どこか遠くの国で生きよう。
もし、わざとじゃなくこの状況を作っているなら・・・なんとかしてやるのは、ここまできてしまうと無理だな。
せめて幼少時代とかに前世の知識が戻ってたりすればまだなんとかなったかもだが、ここまでいろいろ捻じ曲がってからそれをなんとかするとなると、生半可なことじゃすまない。
まあ、望んで逆ハーレムを形成したのでなければ、その時にどうするか考えよう。
えっと、ヒロインちゃんは・・・。
とりあえずまず最初に、ヒロインちゃんがもしかしたら俺と同じ前世の記憶持ちで、乙女ゲームだったこの世界の記憶を持った存在じゃないかという予想があったのだが、それはまず違った。
前知識なく男どもを侍らせるとか、結構高難易度だと思うので、そういうこともあるかもしれないとそう予想していたのだが、それは違ったらしい。
あくまで素の実力でこのメンバーの気を引いたというのか・・・恐るべし。
えっと、うーん、ヒロインちゃん、ここにいる全員の男に好意は抱いてるみたいだな。
でもそれは、相手からは恋愛的な好意を向けられているかもしれないとは気づいているけど、自分からはそれは恋愛的好意なのか友愛的な好意なのかわかっていないと。
男どもの鑑定をしていたときからわかっていたことだが、ヒロインちゃんは今の所この男どもと肉体関係は結んでいなかったからな。
ただの一、男爵令嬢であったのなら、簡単に手を出してしまっても、このメンツなら文句言える奴はいないんだろうけど、ヒロインちゃん、一応光の精霊の加護を受けた、聖女候補でもある。
そのことは絶大な影響力を持つとは言わないけれど、たとえ王太子と言えども、婚姻をしないうちに軽々しく手を出して、うやむやのうちになかったことにできる存在ではない。
そんなことをすれば、教会や、聖女や聖人を信仰する庶民、恐らくは体裁を気にする王家自身も黙ってない。
だから、今こうして、いじめてきた俺に対して婚約破棄をし、聖女である自分との婚約を宣言した王太子に対して、ヒロインちゃんは、困惑が大半で、嬉しさもなくわないといった状況だったようだ。
その歪んだ性癖やら人間性やらには深く触れず、あくまで友好としてそれぞれの男たちと関係を育ててきたみたいだからな。
男子を侍らすことへの優越感や、婚約者がいる男たちと深く触れ合っていくことへの罪悪感みたいなものは、人並みにはあるみたいだった。
うーん、なんだろう、この白黒つけ難い感じ・・・。
ヒロインちゃんは良くも悪くも普通の女の子なんだよな。光の精霊の加護みたいなものがついてるせいで、若干特別な存在になっちゃってるけど、性格とか考えとかは、そこらへんにいる普通の女の子とそう変わりない気がする。
まあ、貴族の娘としては珍しい思考形態だけど、市井まで含めて考えたらなこういう女の子は決して珍しい女の子じゃない。
光の精霊であるとか、惚れさせてしまった相手が厄介だっただけで、悪意やら害意のあった行動じゃないんだよな。
どっちかというと、無知とか慈愛の結果がこんがらがっているといった感じだ。純粋に貴族であったなら無知であることは罪だけど、貴族になったばっかりのヒロインちゃんにその無知を責めるのもなんというか大人気ない。
かといって、その無知のために被害を受ける面々はたまったもんじゃないが。実際俺もこうやって婚約破棄をさせられそうになってるわけだし。
あ、ヒロインちゃん、性格だとか考えてることだとかばっかり鑑定で見てたから気づかなかったけど、よく見たらステータスの方にスキルで、『人たらし』っていう能力を持っている。
これ、もしかして、逆ハーレムが形成されてしまった原因ってこのスキルにあるんじゃないか?
前世じゃ見たことない能力だし、ちょっとこのスキル鑑定してみるか。
『人たらし』
関わった人に対して無条件に好かれやすくなってしまうスキル。絶対的に好かれるわけでなく、あくまで好かれやすくなるといった程度。
これは光の精霊の加護によってついているもの。光の精霊の放つカリスマ性のようなものが、みる人によって様々な形で彼女を好意的に見せる形で現れる。
それは美しさに変換されたり、彼女自身の利用価値に見えるもの変換されたり、庇護欲をそそるような印象といった形で、みる人の価値観に影響されて様々に変換されている。
うわ、これは確実に逆ハーレム形成に一役買っているだろ。
言うなれば、絵にかけない美しさだとか、近くにいるとわかる空気感みたいなものを強化してしまうスキルってことだろ?
そんなものを感じてしまったら、他の人間よりその人間を特別視してしまうのは当たり前だ。
これがヒロインちゃんの元々のスペックである容姿や、貴族でなかったことで形成されている性格などと化学反応を起こして、国のそうそうたるトップ連中候補を侍らせてしまうというとんでもない結果を生んでしまったわけか。
せめて王太子の性癖が歪んでないとか、国の危機に関わるような自体を内包してないとか、ちょっと見ていて不憫すぎる内容を含んでなければよかったんだが、残念ながらそうではない。
うわー、知らなかったこととは言え、この結果はちょっと可哀想だろう。
・・・これって乙女ゲームと良く似た世界なんだよな。その良く似ている乙女ゲームってどういうゲームだったんだよ。
侍らせてる男たちのスペックとか容姿とかはいいけど、ちょっと性格とか境遇がゲームとして破綻してないか?
鑑定でそこらへんわからないかな。
『乙女ゲーム「ヨクニ・テール」の概要』
コンセプトはカッコいいけどどこか闇が深い男たちを落としていくという物。
ゲーム製作者は乙女ゲームにおける逆ハーレム否定派の人間で、逆ハーレムエンドは用意しているが逆ハーレムは実は一番のバットエンドであるというオチを用意していた。
本来は1人の攻略者に絞って愛を注ぐことで、自身の歪んでいる心に気づかせ、改心させるということでハッピーエンドにたどり着けるのだが、この世界におけるニロヒノン=モジマ(ヒロインちゃん)は、誰か1人を好きになることなく、平等に接することを選んだため、一番のバットエンドである逆ハーレムエンドに進んでしまった形。
これは・・・なんというか、こうなってくるとヒロインちゃんがちょっと不憫だな。
もしもヒロインちゃんがちゃんと侍っている男のうちの1人をちゃんと好きになってそいつと関わっていったなら、歪んだ性格は直ってちゃんと愛し合うことができたんだって言われても、そんなの現実には難しい話だろう。
人を好きになるかどうかなんてのは、半分運みたいなもんだしな。特にこんな風にたくさんのイケメンでスペック高いやつに言い寄られているなんて環境で、誰か1人を選んで好きになれなんてのは難しいだろ。
・・・というかあれだ、俺の場合、前世でハーレム作っちゃってたからな。こう、1人に選んでたら問題なかったんだよ! って強く責められない。わかるよヒロインちゃん。1人が大好きじゃなくて、みんな平等に好きなんだよね。
さて困った。こうなってくるとヒロインちゃんを助けてあげたくなってくるな。
とりあえずあれだな。まずは厄介なあのスキルを消してしまおう。
俺はまず前世のスキル『スキル滅却』を使って、ヒロインちゃんから『人たらし』のスキルを消し去った。
この『スキル滅却』は、前世の勇者の1人に1日に一つ他人のスキルを奪えるという『スキルイーター』というスキルを得た奴がいて、そいつに対抗するために獲得したものだ。
その勇者、最初のうちは野心を隠して、モンスターだとか悪人からしかスキルを奪わなかったんだが、王国の軍や他の勇者に1人で対抗できるだけの力がついたら、他の勇者のチートスキルや王族なんかの特別なスキルを奪って好き勝手に暴れ出しちゃったんだよな。
俺を追い出した王国や見捨てた勇者がどうなろうが構わなかったんだけど、俺のハーレム要員にまでその毒牙を伸ばそうとしてたので、対抗できるだけの力を揃えて倒したんだ。
『スキル滅却』は年に一度しか使えないものすごく不便なスキルなのだが、対『スキルイーター』で獲得したものだったし、それ以外の目的で使う予定はその時点ではなかったから、問題なかったのだ。
実はだが、王国とか他の勇者には内緒にしてたけど、倒した後はその女勇者も俺のハーレム要員の1人に加えてじっくり調きょ・・・げふんげふん。説得して仲間になってもらったりしている。
まあ、前世の話は置いておいて、ヒロインちゃんの持っていた『人たらし』。これは人が持っているのは危険なスキルだろう。
ヒロインちゃんは自分がそんな風に周りの人を無差別に惹きつけてしまうような体質であることは自覚してないようだし、集まってきている男たちも、もしヒロインちゃんにこのスキルがなかったら、こんな風にこじれて危険な状態にはなっていなかったかもしれない。
それだけを考えてもこのスキルはなくていいものだと思うし、ヒロインちゃんは光の精霊の加護があるから今後も多分様々な人と関わっていくことになる。
その時にこの『人たらし』のスキルがまた変な奴を引き寄せてしまったら大ごとだ。とりあえず、気づいてないうちに消してしまっておくのがいいだろう。
「レプンテ=ウ=コンジシュ、婚約破棄の件だが、撤回させてもらってもいいだろうか」
スキルを消してしまったくらいのタイミングで、王太子がそんなことを言ってきた。
おいおいおい、あれだけ時間かけて話し合った結果がそれかよ王太子。
どう考えてもあそこまで言った令嬢が、婚約破棄撤回しますって言われてそれを飲むわけないだろう。
そんな答えはノーに決まって・・・いや待てよ、この今の状況をうまく回せれば、もしかしたらヒロインちゃんのピンチを救えるんじゃないか?
「撤回というのはどういうことでしょうか? わたくしは未来の王妃に相応しくなかったはずでは? 王族ともあろう方が簡単に前言を撤回されていいのですか?」
責めるような口調で俺は王太子に言う。
「前言撤回ではない。君には本当に申し訳ないことをしたと思うのだが、実は私たちは、君の気持ちが本当に私にあるのか試すために一芝居打ったんだよ。君は最近、痛くこのニロヒノン=モジマに対する行動が目に余っていたからね。だから、君には今もちゃんと王妃になる自覚があるのか試すために、こういう芝居をしたんだ。場合によっては一時的に秘密裏に牢獄に入ってもらって、自分の行動を顧みる機会をもってもらうということも含めてこの芝居を打っていた。その証拠に、王の御前だとかそういう公式の場でなく、こうして学園の一室を貸し切って話をしているだろう? だからこれはまだ王の耳に入っていない、私たちだけの独断で行った君を改心させる為の芝居だったんだよ。本当に申し訳ない」
うわ、言うに事欠いて全部芝居でしただと?
それで騙されると思ってるんだろうか。
ここが王の御前などの公式の場でなかった理由は知っている。鑑定で見たからな。
婚約破棄のこの場にヒロインちゃんを連れてきたかったからだ。
王の御前であると、光の精霊の加護があると言っても男爵令嬢である彼女が一緒にいれることはない。
それに、俺が男爵令嬢である彼女をいじめたことなど、王の前では責め立てられないからな。
ぶっちゃけそんなこと、王に報告するようなことでない些細な出来事だ。聖女とはいえ、殺したわけでもなく、取り返しのつかない怪我をさせたわけでもなく、害したという明確な証拠もない状態で公爵令嬢を疑うなんてことはできないのだ。
そんな程度ことを理由に婚約破棄なんて、うちの実家と王族の力関係ではできないし、実は王に報告する俺と王太子が本当に婚約を破棄することになる理由は、別に用意してあることも知っている。
計画の全貌はこうだ。
王太子がヒロインちゃんの前で俺に婚約破棄を迫る。これはいろいろ煮えきれないヒロインちゃんの好感度を稼ぐためだ。
ヒロインちゃんではどうしようもない公爵令嬢を目の前で王太子が裁いて見せることで、王太子の権力や頼もしさを示したいようだ。
そして、俺は投獄、これは王の預かり知らない投獄で、通常であればそんなことをすれば王太子といえど罰せられるし、俺の親の公爵からは絶大な怒りを買うだろう。
しかし、王太子は俺を投獄しても許される手札を持っている。それは、俺の実家の裏稼業の証拠だ。
どうやら、記憶の戻る前の今世の俺は知らなかったことなんだが、うちの親父殿は実は裏で人身売買をやっていたらしい。
この国では人身売買は随分前に禁止されて、すればかなり重い罪で裁かれるのだが、他国ではいまだに人身売買が行われている国もある。そんな国に親父は巧妙にカモフラージュした盗賊団や販売ルートなどを構築して、人を輸出していたみたいだ。
非公式な婚約破棄と、俺の投獄後に国王にその証拠を提出。すると俺の実家の親父殿はもちろん投獄、おそらく死刑になるだろう。家の爵位も没収され、俺の実家は没落するわけだ。そうなれば自ずと、俺と王太子の婚約は白紙になる。
そうすれば俺の身柄を抑えていることは犯罪でもなんでもなくなる。
俺が王に見つからなければ、俺は実家の犯罪がバレたことを知って雲隠れしたという扱いになるだろうし、もし見つかっても、王太子が自分だけ逃れようとした俺の身柄を確保したということにして、確保した褒美に俺の処遇を好きにしていいことを王に求めるつもりだったようだ。
つまり、今回のこれは、王太子が俺の身柄とヒロインちゃんの気持ち、両方を得るために計画したことで、はっきり言ってクソような所業なのだ。
それを芝居だったと言ったのは、俺が歴史上類を見ないような才能を見せたからだろう。
ただの令嬢であったのなら、捉えてしまって王太子の性欲のはけ口にしてしまっても問題ないのであろうが、聖女を超える才能の持ち主というのは、隠してしまうより、他国への牽制や、自国のアイドル的存在として人心を集めたりといろいろと活躍の場面が作れる。
それらを他のいろいろな目的と天秤にかけて、俺の婚約破棄を撤回し、全て演技であったということによって得ようとしているんだから、国の選択としては正しい判断かもしれないが、人間としては真性のクズ野郎だ。
俺は気になってふとヒロインちゃんの方を見る。
ヒロインちゃんは目を見開いて、開いた口が塞がらないという表情をしていた。
それはそうだろう。自分をいじめていたことで婚約者を裁いていた王太子が、手のひらを返してそれは実は婚約者を試す演技だと言ったのだから。
「ああ、彼女には実は、演技のことは言ってなかったんだ。彼女は貴族としての経験が浅いし、そういう腹芸が得意ではないだろうと思ったのでね」
うわ、そんなこと言うか。ヒロインちゃん、あまりのことに泣きそうになってるじゃないか。
どんな神経してたらそんなセリフ吐けるのかわからない。
さて、そろそろ茶番は終わりだ。
ここまで言ってくれたのであれば、おそらくヒロインちゃんを助けてあげることはできるだろう。
「残念ですが殿下、わたくしは貴方様との婚約を続けるのに相応しくない人間です」
「ニロを傷つけたことかい? それなら気にすることはない。それは私への愛ゆえの行動であるし、人間誰でも間違いは犯す。しかし、間違いは犯しても、人間誰しもやり直せる。傷つけてしまった傷はいつか治るんだ。というか、君が直してしまったしな」
マジで虫唾が走るなこいつ。ぶん殴ってやりたいが、今はまだその時じゃない。ちゃんと状況を整えるんだ。
「そうではありません。実は、お恥ずかしい話ですが、わたくしの父は、やってはならないことをしてしまいました。我が国の国民を捉え、他国に売り渡していたのです。こんなことは絶対に許されないことです。なので、実は殿下に呼び出される前に、わたくしの署名で王城に父の所業を告発する内容の手紙を送りました」
まずは、王太子が俺と婚約破棄をするために用意していた情報を逆手にとる。
あれは、俺がその情報を知らず、王太子がその情報を告発することで、王太子にとっては初めて生きた情報だ。
俺がその情報を知って、自分から内部告発してしまえば、その情報の意味は大きく書き換わる。
王太子や他の取り巻きの一部は、私が言ったことの意味がわかったようで、目を見開いた。
「内部告発・・・」
「おそらくは、父はその所業で処刑されるでしょう。ですが、わたくしが父の所業を告発したことで、いくらか爵位を下げられ、領地を取り上げられはするでしょうが、お家の取り潰しだけは避けれるはずです。ですが、こんなお家とは殿下の婚姻を結び続けられないでしょう。婚約は破棄になるかと思います」
ここまで続けると、王太子は自身の計画が全て台無しになり、おそらくは、俺も、そして憎ましげに王太子を睨んでいるヒロインちゃんの心も、両方を失ったということがわかったようで、苦々しい顔をした。
鑑定によると、さっきまで、王太子は先ほど俺が逆手に取った親父殿の悪事で俺を脅し、俺を言いなりにすることまで考えていたみたいだからな。
まさか俺が自分から父親を告発するとは思っていなかったようだ。
記憶が戻る前の俺であれば、俺にはちゃんと愛情持って育ててくれた父親を告発したり、処刑されるような目に合わせることはできなかっただろう。しかし、前世の知識がある今の俺には、いくら父親と言っても、人身売買は許せない所業だ。何も思わないわけではないが、それは償わなければいけない罪だろう。
「おい、今すぐに王城に向かい、いまこいつが言った手紙を王の目のついてしまう前に処分してこい」
王太子が口調を変えて、護衛役のヒロインちゃんの兄にそう命じる。
護衛役はその言葉に頷いて、すぐに動こうとしたが、それを俺はスキル『影縛り』で縛り、動きを封じる。
「どうした! 早く向かって手紙を処分してくるんだ! でなければ間に合わなくなってしまう!」
おそらくは、手紙を処分させることで、俺の内部告発をなかったことにする気なのだろう。
そうすれば、俺を捉えて父の罪で婚約破棄して投獄という手段はまだ生きるからな。
だが、実のところ俺は手紙なんて出してない。
だから、護衛役が手紙を探しに行っても無駄足なのだが、俺はそれを封じた。
ちょっと言いたいことがあったからだ。
「その前に、一つ、伝えたいことがあります。ニロヒノン=モジマ嬢。貴方、実はこの国に来る前の記憶がないと言うのは本当ですか?」
色々とありすぎて状況についていけてない様子のヒロインちゃんは、俺の言葉に驚いている。
「どうなんですか?」
「え、ええ。どこか別の国で拾われたと言うことは、商人だった前の両親から聞いていましたけど、幼かったし、頭を強く打ったことがあったみたいで、あまり覚えてないんです」
「実は、公爵家の情報網と、私に加護を与えている精霊の情報で、わたくしは記憶を失う前の貴方の名前を知っているんです。貴方の本当の名前は『トーモイ=ケユーイエ』というそうです」
俺の言葉に、護衛役の目が見開かれる。
それを見て、俺は護衛役にかけたスキルを解除した。
「それがどうしたと言うんだ! おい、早くお前は手紙を処分してこい! そしてお前たち、女どもを取り押さえろ、手紙を処分して2人の身柄さえ押さえておけば、まだどうにかなる!」
王太子は激昂した様子で、次期騎士団長と宮廷魔道士候補にそれを命じる。
その命令にしたがって騎士殿はヒロインちゃんに、魔道士は俺の方に向かってきた。
ヒロインちゃんに騎士殿の暴力的な手が迫る。
そのことにヒロインちゃんは身を竦ませて、恐怖に怯えると、騎士殿とヒロインちゃんの間に、1人の影が割って入る。
もちろん、護衛役の彼だ。
「貴様! なんのつもりだ! 拾ってやった恩を裏切るつもりか!」
「恩は感じてます。だけど、家族を傷つけさせるわけにはいかない!」
「貴様っ・・・おい、そいつは切り殺して構わん! とにかく女の身柄を抑えろ!」
王太子がそう命じたことで騎士殿は剣を抜き、護衛役もそれに合わせて武器を取り出し、壮絶な打ち合いを始める。
さて、俺も魔道士殿の相手をしないとな。
魔道士殿は、俺を傷つけるわけにはいかないとでも思っているのか、はたまた舐めているのか、魔法を使わずに筋力で俺を取り抑えようと向かってきている。
それを俺は、スキルを使わない単純な肉体の能力だけで避け続けていた。
だけど、護衛役の彼が俺の期待通りの行動をしてくれたことを確認できたので、これ以上茶番を続ける必要はなくなった。
俺は魔法を使う。できるだけ派手なほうがいいから、先ほど王太子たちに見せた、5種類の魔法を全て使って、魔道士に攻撃した。
この世界では魔法を使う際には必ず精霊に対する呼びかけ、言うなれば、呪文の詠唱がいる。
だけど、前世の俺の魔法は必ずしも呪文の詠唱は必要ない。
で、そんな魔法に魔道士殿は反応できず、全て直撃した。
手加減はしてる。死ぬことはないだろう。
同じくらいのタイミングで、護衛役のお兄さんが、騎士殿に打ち勝ち、その身体を取り押さえた。
騎士殿の剣術はおそらく護衛役の実力よりも高いだろう。しかし、護衛役の剣は、相手に打ち勝つ剣でなく、相手の意表を突いたり、裏を書くのがメインの物だ。騎士殿がそう言う剣の対策をしっかりやっていたのなら護衛役は倒されていただろうが、騎士殿はまだ若く、そういう剣の対策はできていなかったようだ。
これで王太子の企みは完全に潰れた。
そのことを王太子は理解したのか、苦々しい表情を、さらに歪ませる。
「殿下、これはどういうことですか? わたくしは父の罪を告発し、国の命に従うつもりでした。それなのに、わたくしの身柄や、ニロヒノン嬢の身柄を抑えようとなさるなんて・・・」
仕上げだ。目的なんて、聞くまでもなくわかっている。
だけどここでは、王太子自らの口からその目的を言ってもらう方がいい。
「貴様らがおとなしく俺のものにならないからだ! 俺は王太子だぞ! いずれはこの国の全てを手に入れる人間だ! なのにお前らは俺の手を逃れようとする! そんなの許せるわけがない! この国は、お前らは俺のものなんだ! なんでそれがわからない!」
これだけ言ってくれれば十分だろう。
俺は、使っていた全てのスキルの効果を切った。
「へ?」
スキルを切ったことで変わった光景に、王太子は間抜けな声を上げる。
そこは、王太子が今まで自分がいたと思っていた学園の一室ではなく、王が座して見守っている、謁見の間の風景があったからだ。
俺は風景が変わると同時に、跪き、王に対する礼を払う姿勢をとる。
王太子はいまだに状況を飲み込めていないのか、辺りをキョロキョロと見回して狼狽している。
「王、申し訳ありません。こうしなければ王太子の手から真の意味で逃れることはできないと思い、私に加護を与えている『精霊王』の力を借りて、王太子の所業を直接見ていただきました」
俺は、玉座にて俺たちの今までのやり取りを黙って見せられていた王に、そう進言する。
実は、王太子たちが話し合いを終えて、俺に話しかけてきたタイミングから、俺は自分のスキルで、王太子たちと俺をこの謁見の間に転移させ、さらに幻術のスキルで、王太子たちにはいまだに学園内の部屋から移動してないように見せていた。
王も、唐突にあらわれた俺たちに驚いたり、何か発言されたりすると面倒なので、そこら辺もスキルで封じていた。
もちろん、王1人がこれを目撃しただけだと意味がない可能性があるので、国の重役や、ヒロインちゃんの後押しをしている教会、市民の中でもヒロインちゃんを強く支持し、財力や影響力を持つ紹介の代表なども同じような処置をしていてもらっている。
無論、精霊王と言うのは嘘っぱちだ。しかし、俺のやったことを見れば、その精霊王の加護というものを否定できるものはいないだろう。
王は、すでに話すことができるようになっているのだが、いまだにいろいろ状況が整理出来てないのか、言葉を発さない。
いや、もしくは、この状況から、なんとか息子を救う手立てとか、俺を合法的になんとかできる手段を考えてる可能性もあるな。
なんたって、この王太子を育てた親だし。
一応釘を刺しておくか。
「ちなみにですが、もし、王の発言によってわたくしが怖いなと恐怖を感じるようなことがあれば、わたくし、この国ではないどこかに、精霊王さまの力で飛んで逃げてしまうかもしれません。人質にニロヒノン嬢を連れて」
満面の笑みで国王に、変な発言すればヒロインちゃんを連れて国外に亡命も辞さないからなと釘を刺した。
幻覚やら動きを封じたことやら、ド派手に一度にいろんな種類の魔法を使って見せてる。俺という人間が亡命をすればどうなるか、わからない王でもないだろう。
王は観念したような顔をして、口を開いた。
そこからの話は長くなるので、結果だけ話そう。
まず、王太子だが、廃嫡が決まった。
何か罪に問われて廃嫡になったわけではない。対外的には大病を患って王位は継げないという形での廃嫡だ。
本当は俺としては罪に問われる形で廃嫡されて欲しかったのだが、そうしてしまえば、他国からの攻撃材料を作ったり、市民からの大きな反発を買って、国が乱れる可能性があるということで、そういう形での廃嫡となった。
まあ、王に許可をもらって、それなりに思いっきり顔面に回し蹴りをさせてもらったし、いろいろあって今はこの世にはいない人のことだ。これ以上せめてやることもあるまい。
王太子の後釜にはとりあえず、側室の子の第一王子が付いている。正室との間にまた男の子が出来れば話は変わってくるかもしれないが、まあ、その辺の話は俺には関係ないだろう。
次期騎士団長殿だが、こっちも廃嫡されたらしい。
廃嫡されただけではなく、両親から勘当を言い渡されたらしく、その際に、親兄弟の手でボッコボコに痛めつけられて捨てるように追い出されたそうだ。
容赦無く痛めつけられたせいで、療養にかなり時間がかかり、剣などの腕もかなり落ちたようだったのだが、流石に無一文で追い出されたわけではないので、怪我の療養が済んだら残ったお金で武具などを揃えて、冒険者として旅立ったらしい。
その後の行方は知らないが、今度は道を踏み間違えるようなことがないといいと思う。
宮廷魔道士候補殿だが、こちらは宮廷魔道士の候補から外れたうえに、学園からは追い出された。
危険な思想を持っていることがわかり、その野心の高さは将来火種になりかねないと判断されたからだ。
それに彼は、どういうことか、あの事件から一年ほど経った後に、精霊の加護を失ったらしい。
まあ、五体は満足でいるんだ。なんとかやっていくことだろう。
宰相候補殿は、王太子の計画を細部までは知らなかったので、廃嫡にはならなかった。しかし、あの事件はかなり尾を引いているので、王城に仕えるような役職につける可能性は低いであろうし、他の貴族などからの信頼や関わりも薄くなってしまったことだろう。
まあ、頭はいいし、もともと貴族には向いていない育ち方をしていた。
親の領地とか引き継いで、その頭の良さと純真さを生かし、人々の役に立つ何かをするんじゃないだろうか。知らんけど。
宮廷芸術家殿は、俺がヒロインちゃんから『人たらし』を消したことで、取り憑かれたように好んでいたヒロインちゃんの容姿への執着は消えてしまったようだった。
あの事件にも、王太子からの呼びかけで集まっていただけで、その目的やらは何も知らなかったらしい。
流石に対外的に何もおとがめ無しというわけにはいかなかったらしく、宮廷芸術家ではなくなくなったようなのだが、今も精力的に芸術活動を続けているようだ。
鑑定によると、美に取り憑かれた時、人を殺してでもというほどの衝動が起こるという人間性は消えていないようなので、ちょっと怖くはあるんだが、今の所そんな取り憑かれるような美には出会ってはないようだ。
・・・本当にこいつを放っておいていいんだろうか。
父上は処刑された。
家督は順当に言えば俺の弟なのだがまだ幼く、母上は父上がやっていた所業を知らなかったようで、床に伏せってしまった。
そんなことで、弟が育つまで俺が爵位が下がって、かなり狭くなった領地を収める領主代行という形で収めることになった。
まあ、前世で内省チートごっこしてたこともあり、あまり苦労せずに領地をよくしていけてる。
ヒロインちゃんと護衛役のお兄ちゃんは、なんと今はうちの家でメイドと護衛をしている。
あの事件の後、護衛役のお兄ちゃんからは、妹とちゃんと再会させてくれた恩人として恩を感じられて、ヒロインちゃんはイジメてたのにも関わらず、あの事件でなんか懐かれてしまったのだ。
鑑定によっていろいろと知っていたこともあって邪険にできず、押し切られる形でうちまで押しかけられてしまったのだが、2人ともよく働いてくれてるので、文句を言うことはない。むしろ2人とも大好きだ。
ヒロインちゃんだが、ヒロインちゃんからの希望で、光の精霊の加護は消してしまった。
王太子の事件があったことで、聖女としての力は自分が扱うには過ぎた力だという思いが強くなったみたいで、決心が固かったようなので俺が消したのだ。
世界に聖女がいなくても、俺がいれば安心だから消していいのだと、満足した様子だった。
それから数年経ち、弟が心を捻じ曲げず、貴族としてそれなりにいろいろ知っている領主に育ったので、職を譲り、俺は暇になった。
年齢的には、この世界の結婚適齢期はだいぶ過ぎてる。領主業が忙しいからって断ってたしな。でもまあ、精霊王のことがあるから、結婚相手を探そうと思えば簡単に見つかるだろう。
でも俺は結婚するつもりはなかった。もともと前世は男で今は女だってのもあるし、前世でハーレム作ってその結果ってのもあるから、あんまりしたいって思えないんだよな。
だから、俺は前世でやり残したことをするために旅に出ることにした。
それは、米の発見だ。
前世でも、米が食べたくて仕方なくていろいろ探したんだけど、結局見つけられなかったんだよな。
だから今世は、何としても米を見つけて食べたい。
そんな感じで、ヒロインちゃんと護衛役に領主である弟をたのんで、旅に出ていいかと聞いたら、最初は抵抗されたり着いてこようとされたけど、最終的に諦めて、弟を助けてくれることに納得してもらえた。
俺に護衛は必要ないし、弟はまだまだ未熟だから、見ていてくれる人が必要だ。だから、納得してもらえてすごくありがたかった。
旅に出て結構経った。俺はようやく米を見つけた。
もうこの世界にはないのかと諦めかけてたけど、諦めず探し続けた甲斐があって、見つけることができた。
結構長い間探して、やっと見つけたことでテンションが上がり過ぎてたんだろう。
俺は大失敗をしてしまった。
見つけた米を使って、俺は思いつく限りたくさん料理を作った。おにぎりとか、寿司とか、餅とか。
テンション上がってたせいで、バクバクとそれらをがっついて食べてしまったことが良くなかった。
俺は、餅を喉に詰まらせてあっけなく死んでしまった。
前世は腹●死で、今世はこんな死に方かよ。まるでおれは欲望の塊みたいじゃないか!
・・・まあ、いろいろと心残りはあるけど、前世の記憶を合わせたら、100年近く生きていた記憶あるし、いろいろ好き勝手にやれたんだ。
恨み言を言うのはわがままだろう。潔く死んでおこう。
んー、しかしおかしいな、俺、確かに死んだよな。
人って死んでもこんなにはっきりと意識があるものなのか?
俺は考えるように顎に手を当てた。
あれ? 死んでるのに顎に手を当てれるって変じゃね?
まるで身体があるみたいじゃないか。
どう言うことだと思い、俺は自分の手を目の前に持ってくる。
そこには、真っ白で、肉が全くかけらもついてない、自分の手があった。
目線を下に下げる。
そこには年取ってもあまり垂れずにいた小さめのサイズの胸があったはずなのだがそれはない。代わりに肋骨が見えた。遮る肉なしに。
俺は思った。
今度は魔物として復活するのかよ!
俺の髑髏がカタカタと鳴った。
連休中に小説読んでて、なろうのテンプレシナリオって、頑張れば結構繋がる奴多いよなー、連休だし、短編で一本さくさくっと書くかと書き始めて、勢いで最後まで書いたものです。
いろいろおかしいとこあるかもですが、勢いだけで書いたんで、目をつぶってもらえたら幸いです。
で、書き終わったらなんか俺の連休が見当たらないんですけど、どこに消えたか知っている人いますか?