手掛かり見つけた - 映研にて-
水曜日はサークルの活動日だ。
いつも通りサークルに出て、終わりを告げる「お疲れ様です」の合唱をしたと同時に、愛理さんが颯爽と僕に近づいてきた。
「ここに書いてある意味、私少しだけ分かったの」
そう言って栞を机の上に置くと、近くにいた名島先輩を呼んだ。
「愛理ちゃん、どうしたの?」
「名島先輩って六年生ですよね?」
「そ、そこ言っちゃう!? もう、こんな純粋培養な愛理ちゃんに誰が吹き込んだのよもう!」
「昨日自分で自爆してたじゃん」
横槍に水方先輩が入れた言葉に対して勢い良く机に沈み込んだ。
まあ、確かに言ってたからね。単位をとり忘れていたのがあったとかなんとか。
「そんなことはいいの!」
「全然良くないから」
「いいったらいいのよもう! 水方は向こう行ってて!」
「扱い酷くない!?」
ブツブツ言いながらも素直に従った水方先輩は、弘樹先輩の方へスマホを取り出しながら向かった。それを一瞬ふくれっ面を作って睨みつけていたけど、全然怖くない。普段笑っている人が一番怖いって聞くけど、名島先輩は例外みたいだ。
「それでどうしたの?」
そう愛理さんに問いかけたのを見計らって一歩後ろへ下がると、二人の会話を見守った。
「名島先輩って、文芸部と古くから関係があるサークルって知ってますか?」
真面目な話だとすぐに理解したのか、名島先輩はすぐに顎に手を置いて口を開く。
「うーん、と。演劇部とは十年前に喧嘩したって先輩が言ってたし、漫画研究会には表紙の絵を一時期描いてもらってただけ。だから、今他のサークルと昔から繋がってるのはもう一つしかないわね」
「そのサークルは?」
「映画研究会。通称〝映研〟。ほら、二人共聞いたことあるでしょ、映研コラボって」
「あ、ありますあります。そもそも、今年は燿君が担当だったよね。えと、そのコラボはいつぐらいからやっているのですか?」
「詳しくは知らないけど、十年前ぐらいにはもうやっていたはずよ」
「十年!」
愛理さんがびっくりして声を上げた。
「なら、映研が正解だよ燿君!」
「正解って、何が?」
「ほら、さっきの字……あ、名島先輩お疲れ様でした。もう大丈夫ですよ」
「え!? ひどーい! 私を除け者にするの!?」
「除け者もなにも……」
ため息にまじりに口を開く。
「僕らは最初から名島先輩をゲームでいう村人Gぐらいにしか思ってませんよ」
「ひどいよー! お姉さんそんなこというように育てた覚えはないからね!」
そう言って抱きつこうとしてきた――からするりと避けて愛理さんに話しかけ……ってあれ?
「どうしたの、愛理さん」
「え? な、なにが?」
「……いや」
一瞬、不服そうにしていたように見えたんだけど……気のせいだったのかな? いや、まあ気のせい、なはず。
だからそっか、と無理矢理納得してもともと言おうとしていた言葉を掛ける。
「ちょっと今から映研さんと会ってみようか」
「でも、迷惑じゃないかな? 一つには絞れたけど……今日、映研さんも活動日だよね?」
「多分、大丈夫だと思うよ」
「……根拠がないよ、燿君……」
「ま、まあそうだけどさ。ああ、そうだ。すぐ映研さんと連絡取れるからちょっと待ってて」
素早くスマホを取り出してパパっとメールを送信すると、すぐに返信が返ってきた。
「あ、大丈夫だって」
「流石映研さんだね! でもなんてメール送ったの?」
「んっと、少しお話でもしませんか、って。まあ、実際は少し違うけどね」「少しどころじゃない気がするけど、まあ大丈夫だね」
そういうと鞄を持ってきて、無邪気に笑みを浮かべた。
「映研さんの部室にいざ、家宅捜索!」
「いや、違うから」
そう否定するも、気が逸っているからか僕の声は届いていなかったようだ。そのことにため息を吐きつつも、その後ろを追いかける。
ああ、そうだ。
扉から顔を出すと、皆の顔を見渡して、頭を下げる。
「お疲れ様でした」
お別れの挨拶、もとい労いの言葉をかけると、皆の顔を見ずにそそくさとその場を後にした。
◆
「お邪魔します」
「お疲れ様です、映研さん」
僕と愛理さんが映研さんの部室に入ると、中には二人しかいなかった。
「いらっしゃい」
「らっしゃい、燿に愛理さん!」
穏やかにそう声をかけてきた芳樹先輩に、馴れ馴れしく、実際かなり友好関係が良い同学年の蒼。この二人、両極端な性格をしているというのに、何故か今回の映研コラボはこの二人が基本的に担当するというのだから、最初は驚いた記憶がある。
でも、真逆の両端にいる二人は、一周回って逆に馬が合う。そういう話はいくつもの小説で読んできたから、すぐにその衝撃は薄れたけど。
「さて、今日はお話をするって話だったけど」
予め用意していたのか、お茶が差し出された。それにお礼を言って早速本題に入った。
僕らが今している謎解き。期限が明日で、謎解きを進めていったらここに何か一つピースがあるかも、ということでこの部室を捜索したい。時々愛理さんに補足説明を加えてもらいながらその旨を伝えると、芳樹先輩が腕組みをしてうーん、と唸り始めた。
「しても良い、という権限は僕らにはないからなぁ」
「そ、そうですよね。燿君、明日来た方が良いかも」
芳樹先輩は三年生で、蒼は二年生。でも、部長という役職にはついていないから流石に日を改めた方が、ていうのが愛理さんの意見ってところか。でも、すぐに芳樹先輩と蒼が目配せしているのを見つけていたから、僕は黙っていると、芳樹先輩がにこりと笑った。
「でも、一つだけピンと来たものがある。な、蒼」
「はい。二人共、これなんだがな……」
そういって机の下から蒼が部室で見たのと同じ箱を机の下から取り出した。
「あ、これ!」
愛理さんが驚いて箱を手に取ると、いきなり開いた。
「あ、愛理さん?」
さすがの行動に僕も、そして芳樹先輩たちもびっくりだ。
でも、そんな僕らにお構いなく愛理さんは思考を繰り広げて、勝手に物語を進めている。
「これ……うん、やっぱり。燿君、これみて」
「ん? なに?」
箱の中を覗きこむと、一枚の紙が入っていた。
「なんだろ、これ?」
「僕達もまだ箱を開けていなかったんだ。というのも、これを見つけたのがさっきでね」
でも、と芳樹先輩はさらに言葉を続けた。
「きっとこれだと思うんだ。結構埃をかぶっていたのもあったし、それに燿君のことを聞いててピンときたというわけなんだ」
そこまで言うと、芳樹先輩が紙を取って僕に手渡してきた。無言で紙を受け取ると、なるべく聞き取りやすいように読み上げる。
「『救済処置:この箱が開けられたということは、つまりタイムカプセルをどこにやったかわからなくなり、躍起なって探し回っているということだな。じゃなきゃ、こんなところまで辿りつかないはずだ。さて、そんなことはどうでもいい。簡単に言うぞ。タイムカプセルは――タイムカプセルじゃない』……はい?」
「どういうこと!?」
文章の意味が理解できない。タイムカプセルがタイムカプセルじゃない? 全く意味がわからない。なんでこんな文章を……いや、続きを読めばわかるかもしれない。
「続きを読むよ。『タイムカプセルっていう名前は、俺らが付けただけだ。さて、まあ「タイムカプセル」は今もあるだろ? ポテトのキーホルダーが付いたUSBが。あの中に閉まってある。まあそのファイルだ。以上』…………だってさ」
「つまり、時間を超越するから、タイムカプセル。その媒体は何でも良いってことなんだね」
「勉強になるよ。固定概念に縛られてたらだめだって、今回のことで本当に深く――」
「あのなぁ」
僕の言葉を遮るようにして蒼が口を開いた。
「なんかめっちゃ良い話風に纏めようとしてっけどよ」
蒼が微妙な顔をしながら僕と愛理さんを交互に見る。
「つまり、いいように遊ばれた、ってことじゃねえか」
「…………それを言わないで、蒼。なんか虚しくなる」
「そうだよ! 私は楽しいからね!」
「……お前らがそれでいいならいいけどよ」
「ははっ! いいじゃないか、蒼。僕もこういう青春してみたいよ」
「いや、芳樹先輩って彼女いるじゃんか」
「まあね」
やっぱり、いるんだ。かっこいいからなぁ。
……青春、か。甘酸っぱいのが青春なら、きっと僕が今しているのは青春じゃない。四人しかいないこの部室にやけに響いた。
……変な空気になった。あまりにも変な空気に、僕は出されたお茶を一気に飲み干してこの空気を変えるために愛理さんに話を振る。
「とりあえず明日僕がこれを届けるけど、愛理さんもそれで良い?」
「うん。お願いしてもいい?」
「もちろんだよ」
紙を折り畳み、ポケットにしまい込む。
これで、全ての謎解きは終わった。だから、これで良いんだ。
そろそろお暇しよう。だいぶ時間が経ってしまった。
「ありがとうございました。では僕たちはそろそろ帰りますね」
「わかった。じゃあ、また」
「また明日な、蒼。それに愛理さん」
「また明日ー。お疲れ様ですー」
最後にお邪魔しました、と言おうとして、やめる。代わりに、
「お疲れ様でした」
そう口にして部室の扉を閉めた。そして後ろを振り向いて歩き出そうとしたとき、愛理さんがなんとも変な顔をしていたけど、その理由がわからず、「帰ろう」と声をかけることしかできなかった。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:お疲れ様でした。