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ピエロ  作者: 二本狐
3/6

手掛かりを追って2 - 図書館に -

 次の日のお昼。図書館の隣にあるテラスでご飯を食べていたら、愛理さんが通りかかった。何の気なしに眺めていると、ふと愛理さんと目が合った、気がする。

「あ、こんなところにいた」

 友達でも見つけたのだろうか?

 一瞬そんな馬鹿な思いも生まれたけど、まあそんなことはない。だって、明らかに目が僕をロックオンしているんだから。

「燿君に少し訊きたいことがあって」

 ガラリと前の椅子を引きながら座ると、僕に笑顔を向けてきた。

「あの、ね。昨日のメールのことなんだけど……」

「へっ? メール?」

 変な声が出たせいで、一瞬訝しげな目を向けられたけど、すぐに言葉を続けた。

「朝メール見ててふと思ったんだけど、このメールって本当にOBからのメールなのかな、って」

「……どういうこと?」

 予想だにしない発言にどうにか言葉を絞り出すと、愛理さんは言葉を選ぶように躊躇(ためら)いながら口を開いた。

「私、どうしてもこのメールアドレスがふざけているようにしか思えなくて」

 そう言いながら僕にあのメールを見せてくる。

『FROM:warewareha-utyuzinda.〇〇.jp』

 訳すと『我々は宇宙人だ』になる。

「いや、まあ確かにふざけてるとは思うけどさ……」

 はぁ、とため息を吐きながらパンを一口食べる。

「ね! ふざけてるよね!」

「いや、でもメールアドレスって個人の自由だからさ……」

「それでもこのメールアドレスはあまりにもふざけていると思うの!」

「そんなこと言ったらこの世にはさ、好きな人と自分の名前を使う人もいるんだからどっちもどっちだよ」

「…………そ、そだね。いるよね、ウン!」

 どこか焦ったふうにものすごい勢いで肯定した。

 そういう人が友達にでもいたのかな?

 愛理さんは僕と違ってかなり社交的だ。だから友達の中にそういう人がいてもおかしくないか。深くは訊かないでおこう。

「僕のメアド、初期設定のままなんだけど」

「それはそれで味気ないよー」

 話題が去ったからか、少し明るめのトーンになった。

「あ、そうだ。私が決めても良い?」

「え? ……いいけど、とりあえず紙に書いてみて――ってああ、もう」

 メモ帳とボールペンを取り出して渡そうとしたらスマホを奪われて、「ようし!」と気合を入れながら色々考え始めていた。覗きこんでみると、肩を掴まれて元の位置まで戻されたから断念する。

「……あ、そっか。このスマホ、メールアプリが二つあるんだっけ……」

「メッセージとメールだよね? メッセージの方が初期設定だから、そっちをお願い」

「わかったー……。……えっ?」

「どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ! ちょっと面白そうなアプリがあっただけだよー?」

「そう? ならいいけど」

 なんでもないならなんでもないんだろうと、椅子に深く腰掛けてふぅ、と息を吐く。そして燦々(さんさん)と照りつける太陽がじりじりと肌を焼くのを感じながら、授業の疲れを少しでもとるためにぼんやりと空を眺めた。

 日差しが強い夏だ。汗が額から頬を伝ってぽたりと地面に落下する。その汗もすぐに乾いちゃうぐらい暑いから、どうすることもできない。

 夏は恋の季節って本に書いてあったけど、絶対嘘だ。

「はい、こういうのはどう?」

 その声に顔を元の位置に戻すと、紙を覗き込んだ。

『hokkaidohadekkaido.〇〇.jp』

「北海道はでっかいどう、ね。いいと思うよ」

「よかったー! もう皆に送信してたから!」

「早いっ!? はぁ……あ、早速返信きてるし」

「え? 女の子から?」

「違うよ。映研さんからだね」

「そっかー。映研さんだもんねー」

 愛理さんが水筒をとり出してお茶を飲む姿を眺める。

 ずず、と飲む姿も、滲んでいる汗も、風に揺られて揺れるその黒髪も。その一挙一動に僕は思わず見惚れてしまった。

「どうしたの、燿君?」

「い、いや……なんでもない」

 鞄からペットボトルを慌てて取り出すと、一気に飲む。

「――ゴホゴホッ!」

「……面白いなぁ、燿君」

「え、と。どゆこと?」

「そのままの意味だよ? 燿君と一緒にいると、本当に退屈しないなーって」

 そういって微笑まれる。

 その笑顔にドクンと心臓が跳ねて、顔中が真っ赤になる。

「あれ? 燿君顔が……」

「ぇ?」

 自分でも、間抜けな声だ。

 そう思ったのも束の間。

 次の瞬間、頬に冷たくて気持ちのよい感触があてられた。急いでそれを振り切ると、水筒を持った愛理さんが悪戯成功とばかりに笑みを浮かべていた。

「顔が熱くなったらね、頬を冷やすといいんだよ! って前にテレビでやってたんだー」

 そんなことを言っていたけど、僕はそれどころじゃなかった。

 愛理さんのその笑みに惹きつけられた。ただでさえ太陽が降り注いで暑いっていうのに。夏は恋の季節だって言うけれど、こんな熱気にやられてしまいそうな季節、僕は好きじゃない。

 だから僕は、照れ隠しに勢い良く立ち上がると愛理さんの足元に仰々しく(ひざまず)いた。

「ホームズ先生、この()だるような熱さの中外にいるのは健康に悪い。そこで提案なのですが、このワトソンと共に図書館へ行ってみるというのはいかがでしょうか?」

「そ、そう……う、うむ! 私も今そう提案しようと思い(そうろう)。いざ、鎌倉!」

「こっからだと鎌倉は遠いんだけど……。というか、ホームズはイギリス人っていう設定だからさ、日本の事は何も知らないと思うよ」

「え? でもホームズ先生だから、きっと日本に一度ぐらい来たことがあるんじゃ――」

「ないから」

 馬鹿な会話をしつつ顔に集まっていた血が収まるのを見計らって顔を上げる。すると、目の前に愛理さんの顔があった。

「え、えと……」

「……よし、行こっか燿君」

 愛理さんが立ち上がりながらスラリとした手を差し出す。この構図はまるで愛理さんが姫、僕が騎士で。忠誠を誓うような形で。

 満月の晩に行うようなものだけど、今上空に浮いているのは太陽で、お城じゃなくて少し段差になっている図書館の隣だけど。僕はなんとなくこう思ってしまった。

 この人を守りたい。

 騎士でもなくて、愛理さんもお姫様じゃないけれど。ただの一般人である僕がそう思ってもいいはずだ。

 だからその手を、まるで大切なものを扱うかのように取って立ち上がると、彼女をみて、微笑んだ。

 彼女を好きな気持ちは――――絶対に変わらないのだから。



   ◆



 『2F/和書 290.93/C 44/12』。

 そう書かれた紙を持って図書館へと足を踏み入れた。

 大学附属の図書館にはかなりの量の本が収蔵されている。地下二階、上は三階まであるし、一フロア毎の大きさも相当ある。辞書や小説はもちろんのこと、学部・学科で専門に使える本に、学術本から論文まである。

 一階にあるラーニング・スペースでは皆で教えあいながら勉強はできるし、一階から三階までなら一人で黙々と本を読むこともできる。

 そんな図書館では夏に冷房、冬に暖房が効いている。今の季節は外の温度との気温差が激しく、なかなかの清涼感を味わえる。だから思わず入り口で立ち止まって深呼吸をしてしまった。

 夏は暑いし、冬は寒い。日本や四季がある地域では普遍的に変わらないもので、生まれた頃から全員が諦観している部分がある。だから皆、春夏秋冬全ての季節でファッションというものを編み出しているんだ。

「さ、いこっか」

 独特の雰囲気の中、自然と小さくなる声で愛理さんに振り返ると、すでにいなかった。

 慌てて前に視線を戻すと、すでに僕を置いて二つ目の自動ドアまで歩いている。マイペースな愛理さんらしい。

「置いてかないでよ、まったく」

 なんともなしに呟くと、少し小走りで愛理さんの背中を追いかける。

「あの紙は僕が持っているんだから」

「あ、そうだね。ごめんね」

 小声で話しながら螺旋階段を使い二階へ上がる。

 紙と立っている看板を照らし合わせながら肩を並べて移動する。

 図書館が広いのもあるけど、結構人がいるはずなのに人がまばらだ。座って勉強している人もいれば、この涼しさにやられて眠っている人もいる。

 そういう人たちを横目で見ながら目的の本棚までやってきた。

「僕はここで待ってるよ」

 基本は愛理さんが解くべき謎だから、僕はそう告げると、「わかった」と少し上の空の返事が返ってきた。

「えっと……『2F/和書 290.93/C 44/12』だからー……」

 指でなぞりながら本を探す愛理さんを少し離れたところから見つめていると、破顔して本を一冊抜き取った。

「燿君、きっとこれだよ」

 笑みを浮かべたまま僕に見せてきたのは、何の変哲もない普通の本だった。

「じゃあ早速開いてみるね」

 そう言って愛理さんが早速本を開いてパラパラとページを捲っていくと、一枚の栞が挟まっていた。

「これは……図書館の栞、かな。さっき入り口で見た時にあったのと似ているし」

「でも、さっき見たものとは違うから、昔のものみたいだね」

「そうだね」

 僕がその栞を取る。なんの変哲も……――

「……あれ? 愛理さん、ここ見て」

「なになに? ……なんか、書いてあるね。ええっと……」

 髪の毛をかきあげてふいに近づいてきたから、思わずどきり心臓が跳ねて身動(じろ)ぎをする。でも、愛理さんを盗み見たら目の前の栞に夢中で僕のことをなんて気にしていないようだった。

「えっと……『2F/和書8 829.42/F 42』……って、違う本を探せってことなのかな?」

「多分……しかも、こことは違うところだ」

「だね」

 二人揃ってため息を吐く。ちらりと時計を見ると、まだ時間はある。ということは、まだこの昼の謎解きは続けられるということ。

「とりあえず、この本を取りに行こう。次はきちんと書かれているかもだし」

「そうだね」

 げんなりした、というのはなさそうだ。どちらかというと、この状況を楽しんでいる。流石、愛理さんといったところかな。

 栞をもらってポケットに仕舞いこむと、静かに違う本棚へ移動する。そして、また本探しは愛理さんに任せて僕は少し離れたところで待つ。

 愛理さんが本を探すときの横顔はまるで宝物を探す無邪気な少女だ。もうすぐ大人、二十歳になる。そんな歳なのに、ここまで無邪気に心を踊らせている姿は単純に見惚れてしまう。

 だから一度頭を振って愛理さんに視線を戻すと、ちょうど愛理さんが本を見つけたみたいだった。だから今度は僕が歩み寄ると、本を開いて栞を僕に差し出してきた。

「はい、どうぞ」

「えっと、ありがとう」

 なんで僕に差し出してきたのかわからないけど、とりあえず受け取って裏を向けてみる。

「やっぱり、なにか書いてあるね」

「えっと、『我らの古き友の部屋を掻き回せ』だって。どういうことなんだろ?」

「どういうって……僕にもわからないよ」

 さりげなく離れながら首を横に振る。流石に、これだけのヒントじゃわからない。

「でも、これで一つ前進したことは変わりないよ」

「うん。図書館終了のお知らせ、だね!」

「図書館が崩壊するような言い方だね……。まあでも、確かにこれで図書館は終わりか」

「でしょ!」

 自慢気に胸を張る愛理さんに微笑みつつ時計を確認する。

「とりあえずさ、一応これで一段落がついたわけだし、一旦捜査を打ち切ろうか」

 そう提案すると、何故か愛理さんは思案気な表情をみせた。

「うーん……ねえ、燿君。この栞、私が持って行っても大丈夫?」

「もちろんだよ。僕が持って行ってもなんの解決のお役にもたてないと思うし」

「うん……ううん」

 愛理さんが首を横に小さく振ると、僕をしっかりと見つめてくる。その瞳にはなんの邪気も……ないのか?

 本当に少し、少しだけ違和感を覚えた。何か、全てを見通されている気分でばつが悪くなる。

「……燿君は、頼りになるから」

 だけどね、と愛理さんは言葉を続ける。

「これは、私が解かなきゃって、そう思うの」

「僕もそう思うよ。だって、愛理さんが裏文芸部で頑張っているんだから」

 僕はそこに巻き込まれただけ。もともとは愛理さんが頑張っているんだから。その活動を応援する。その手助けをする。愛理さんの人生をより楽しくするために。

「うんっ」

 小声で、でもしっかりと頷いた愛理さんに思わず頬が緩みそうになる。

 でも、ならなかった。というより、思わず息を呑んで背を向けてしまう。

 愛理さんが、とても穏やかに微笑んでいたのだから。その意味は、僕にはわからないから。だから、

「……ありがとう、燿君」

 背で受けたこの言葉の意味も、わからない。


お読みいただきありがとうございます。


おさらい1:メールアドレスは個人の自由。

おさらい2:図書館で栞を見つけたよ。

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