依頼がきた
お開きいただきありがとうございます。
今回この小説は短編の部類なのですが、少々長いものとなっておりますので連載の方になるべく時間を空けずに投稿していきます。
テーマは「嘘」。それでは長くなりましたが、どうぞお読みいただけると幸いです。
大学附属の図書館で、僕は本を読む。
大学内で一番静かで、思い思いの時間を過ごせるというのが表向きの理由。裏向きは、と問われれば、最近自分で指定席にしているラーニング・スペースの手前から二つ目にある窓際の席で、ぼんやりとこれからのことを考えるのがここ最近の日課、ともいえる。
おおいに悩め、だなんて青春ごっこのようなことがしたいわけじゃない。
ただ、本当に僕は今、将来について悩み始めていた。だから、本を読んでいてもその内容が頭の中に入ってこない。
賽は投げられたとは、一体誰の言葉だったのだろう。
未来に突き進むことを怖がり、未知に対してビクビクと震えて、停滞することでほっと息を吐く。
今ここにいるという現状に、結局僕はホッと息を吐くしかできない。大学に入り文芸部に所属するようになってから一年と少し。もうすぐ夏休みだから変わるために行動はしなくちゃいけない。でも、結局僕は、その行動を移せずに、結局ここに居座ってしまう。
四コマが終わったからか、人の往来が激しくなってきた。少しでも本の内容を頭に入れようと集中しようとしたとき、不意に机を軽く小突くような音が聞こえて思わず顔をあげた。
「お疲れさまです、燿君」
「こんにちは……愛理さん」
動揺が走ったのを必死に押し隠してなんとか返事をすると、愛理さんが空いていた僕の隣の席に座った。
同じサークルに所属している愛理さんはすっかり型にはまったのか、「お疲れさまです」という定型句を口にしたのは別に良い。サークルの人に図書館出会うというのはちょっとした期待と不安が入り混じるけど、僕が動揺した理由は『愛理さんが僕に声を掛けてきた』という事実に対してだ。
座るまでの愛理さんの一挙一動に思わず見惚れてしまい、愛理さんが僕の視線に気づきそうになってようやく我に返ると、本に目を落とせた。
「きゅ、急にどうしたの?」
「んー? 強いて言うなら、向こうの方から歩いてたらいつもの所に燿君が座っているのが見えたから、来ちゃった?」
「き、来ちゃったって……」
それ以上追及することができず、沈黙する。指を指した方角から歩いてくると、確かに窓越しに僕の姿を見ることはできる。けど、彼女がどうして僕を見かけたらここに来るのか、色んな本を読んでいても全くわからなかった。
時計をチラリとみると、短針が五時を通り過ぎようとしていた。冬ならそろそろ夜の帳が降りる頃だろうけど、これから夏へと季節は変遷していく。外を覗けばうっすらと陽炎が揺れていた。
……もしかしたら、図書館が涼しそうだったから来た可能性も十分にありえそうだ。
自己完結して少し落胆気味にため息を吐くと、「どうしたの?」と愛理さんは本を取り出しながら僕に問いかけてきた。
「いや、まあちょっと……」
まさか特別な感情でもあるのではないかと勘ぐったりしていただなんて、到底言えたことじゃない。
だから曖昧に答えると、軽く首を傾げながら本をパラパラと捲って読み始めた。
「……愛理さんって、本当に自由だね」
「そう、かな?」
もう一度軽く首を傾げながらまた一ページぱらりと捲る。
「ほら、最初に会った時も僕から本を取って、勝手に持って帰って。それでもって次の日にその本の内容全部言っちゃったんだよね」
「だってそれは」
バタンと閉じて僕に向かい直ると、悪戯な笑みを浮かべた。
「確かあれ、人間失格だったでしょ? だったら燿君も何回か読み返してるものだと踏んでたもの」
「……あの時は確か、出会って数時間だったはずだけど」
「時間とは超越するものなのよ」
「そう、かなぁ」
「そうよ。それに、今日も時間を超越する依頼だったわ」
「……依頼? 依頼って、もしかして……」
僕が声を落とすと、愛理さんは無邪気な笑みを浮かべてグイッと近づけてきた。
「そう。私達裏文芸部の出番よ」
上機嫌になりながらポケットからスマホを取り出して、『メッセージ』と『メール』と二つあるメールアプリのうち、『メール』の方を開いた。
「ほら、これ見て」
僕に渡して、早く早くと急いてくる。
「裏文芸部って、愛理さんが勝手にやってることじゃん」
やってることはなんでも屋。ちょっとした推理とかを文芸部っぽくやってる。完全に愛理さんに巻き込まれた形だ。それでも、今はこの状況を嬉しく感じているけれど。
渋々と、だけど愛理さんとの距離が近くて心臓がドキドキと早鐘を打つのを誤魔化すためにメール文に目を通した。
『FROM:warewareha-utyuzinda.〇〇.jp
TO:airi-LoVe-you.〇〇.jp
件名:裏文へ
本文:
私達は文芸部OBだ。
君たちに少し頼みたいことがある。
それは、タイムカプセルの発掘だ。
大学生になって馬鹿らしいと思うだろう?
だが、これは極めて真面目な話なんだ。
まあ、こういうのもなんだが、内容はありきたりだ。どこにやったか忘れてしまったのだ。まあ、君たちにならできるだろう。
それで期限なのだが、七月九日木曜日の十六時に時計塔に持ってきてほしい。
私も仕事をしている身でね。その時間しか取れなかったんだ。
ああ、そうだ。タイムカプセルと言っても、僕たちは文芸部だったんだ。普通のものじゃなかったよ。
そうだな……確か、屋内だったのは覚えているんだが、申しわけない。
ではよろしく頼んだ。』
「あの、さ。愛理さん」
「ん? なに?」
「これ、受けたの?」
「もちろんだよ、燿君」
「今日が何日か知ってる?」
「えっと、七月七日だけど」
「……はぁ」
依頼遂行完了日は二日後だ。つまり、この二日で見つけ出さなくてはいけない。だというのに、それをまるで宝探しみたいにワクワクしている愛理さんに困った笑みを浮かべるしかなかった。
「頑張ろうね、燿君」
「……そうだね」
頷くと、愛理さんは無邪気に笑った。
この笑みにいつも負けてしまう。出会ってから、ずっと。それこそ、時間を超越するものだ、なんて言えてしまうほどに。
顔が火照るのを感じながら一度愛理さんから目を離し、メールに目を向ける。
「このメールから読み取れるのは、まずタイムカプセルの発掘。そして期限はあと二日で、タイムカプセルなのに埋めずに屋内にある、ということか」
「文芸部OBって言っているから……とりあえず部室に行ってみる?」
「え、どうして部室に……って、ああそっか。先輩たちがいるからか」
「そう。OBの人たちなら先輩が知っているかもしれないし」
鞄に本を入れて図書館を出る準備をする。というか、それだけだ。それは愛理さんも同じらしく、すぐに片付けが終わる。
「じゃあ、行こ」
僕の手を取ってスタスタと歩き始める。そのあまりにも自然な動作に、僕の心臓は物凄い勢いで早鐘を打って、今にも壊れてしまいそうだ。
「燿君、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
なるべく冷静を装って愛理さんに並ぶ。チラリと横を見ると、何故か愛理さんと視線があった。
すると愛理さんの目がわずかだけど動揺したように泳いだかと思うと、慌てて手を離された。手のぬくもりが冷えていくことに寂しさを覚えると同時に、愛理さんのぬくもりを冷やす冷房がこの時ばかりは憎らしく思えた。
それに、愛理さんはすぐ隣にいるというのに、手を離されただけで遠くに行ってしまった感覚に陥っていた。
なんともやるせない思いに駆られながら、僕らは図書館を出た。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:依頼はタイムカプセルの捜索。