表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
8/46

07

 ポルトペスタに来て、三日目。

『おはよう、リリー』

「おはよう、イリス…」

『まず、着替えたら?』

「うん」

 昨日。あのまま寝たらしい。

 急いで身支度を済ませる。

『リリー。大丈夫?』

「うん」

 昨日、あったこと。

 どうしよう…。

『大丈夫だよ、リリー。エルは気付いてない』

「本当に?」

『本当』

 本当に、気づいてないんだろうか。

 私がエルの魔力を奪ったこと。

 なんか、イリスの言うことじゃ信用できない。

『大丈夫だって』

「…エイダ、聞こえる?」

『どうしました?』

「あの…」

『大丈夫。エルは気付いてないみたいですよ』

「…そっか」

『ちょっとリリー。ボクのことは信用できなくて、エイダは信用できるっていうの?』

「だって。イリス、エルと仲が良いから」

『えっ?』

「エルに言いくるめられてそう」

 エイダがくすくす笑う。

『私は、リリーに信用されているの?』

「うん。…だって、エルの魔力がなくなって困るのは、エルと契約している精霊たちだ。もし、私がエルから魔力を奪ったら…。エルは、重大な契約違反になる」

 精霊との契約は、精霊の力を引き出す代わりに、魔力を提供すること。

 魔力の提供が滞れば、精霊は強制的に契約解除できる。

『そうね。もし、あなたが魔力を奪うことに、エルが気付いて。何も対処しないのなら。みんなはエルとの契約を解除できるわ』

『リリーがそこまで考えてるなんて意外だな』

「だから、イリスは信用できないの」

『ひどいよ。十八年間連れ添った仲なのに!』

『リリーは、十八歳なの?』

「うん。そうだよ。女王の娘は、十八歳の誕生日に、修行に出発するんだ」

『そうだったのね』

 さてと。

「散歩に行ってこようかな」

『散歩?…そうだわ』

 エイダが顕現する。

 本当に、綺麗な女の人の姿。

「ちょっと待っていてね」

 エイダがエルの荷物から何かを出す。

「はい。お買いもの、するでしょ?」

「あ…」

 銀貨と、銅貨、蓮貨。

「持ってるよ」

「金貨を崩すところなんて、わかります?」

 わからない。

 商人ギルドなんて、どこにあるだろう。

「大丈夫。エルはちっともお金に困ってないから」

「そういうわけにもいかないよ」

 自分の荷物から金貨を取り出して、エイダに渡す。

「これ、エルに渡してほしい」

「エルは受け取らないわ、きっと」

「私からの方が、受け取ってくれないと思う。これ以上、お世話になりっぱなしっていうのも悪いから。お願い。エイダが渡しておいて」

「わかったわ。預かっておく。その代り、何か欲しいものがあったら、ちゃんと相談してね」

「うん」

「…聞いておくけれど、金貨が、この国でどれぐらいのレートかわかっている?」

「レート?…うーん。あ、ドレスの価格ぐらい?」

「あのドレスも、金貨があれば余裕で買えちゃうわ」

「そうなの?」

「金貨は、およそ五十万ルーク」

「五十万?」

 あれ?確か、最初にグラシアルの王都で買い物をしようとしてたファストフードって、一つ二十五ルークだったよね?

『世間知らずって怖いね』

「気を付ける」

 というか、買い物は全部エル任せだ。ちゃんと、金銭感覚を身につけなきゃ…。

 よし。

「朝食、買ってくる!」

『大丈夫?リリー』

「大丈夫だよ。エイダ、いってきます」

「えぇ。気を付けてね、リリー」


 ※


 …迷った。

 ここ、どこだろう。

『リリー、どこ目指してるの?』

「市場?」

『もしかしなくても、迷ってる?』

「迷って、ないよ」

『迷ってるね』

 どこかな。人の多い通りを目指してるんだけど。

「…あ」

 良いにおいが漂ってくる。

 パンのにおいだ。

「イリス、お店だよ」

『そうだね』

「あそこにしよう」

 パン屋さんに入っていく。

「いらっしゃいませ」

 店員さんが、焼き立てのパンを並べていく。

 美味しそう。

 何にしようかな。

『エルの好みなんてわかるの?』

「エルは、甘いのは苦手みたいだよね」

 紅茶の飴ですら甘いって言っていた。

『リリーと正反対だ』

 そんなこと、わかってる。

 だったら、私が食べないようなのを選べば良いのかな。

「うーん」

「何かお探しですか?」

「えっと…。甘くないの…」

 店員さんが首をかしげる。

『リリー。甘いパンの方が珍しいんじゃない?』

「あのっ。私は、甘いのが好きなんだけど、その、そういうのが苦手な人で…」

 あぁ。笑われた。

「かしこまりました。こちらの、黒胡椒のパンや、黒茶のパンはいかがですか?」

 黒茶。エルはきっと、コーヒーが好きなんだよね。

「うん、きっと好きだと思う。ありがとう」

 あれ?そういえば、エルって…。

『リリー、自分のはいいの?』

「あ、うん」

 メロンパンとイチゴジャムのデニッシュを選ぶ。

「ねぇ、イリス。エルって、全然食べないよね」

『そう?昨日のレストランでは、デザート以外、全部食べてたじゃん』

 グラン・リューの紹介で行ったレストラン。

 確かに、あそこでは食べてたけど…。

「でも…」

 エルが食事を残すってことはないけれど。こういう軽食って、私よりも食べてない気がする。

 なんでだろう。

 …お酒は、あんなに飲むのに。

『気にしてもしょうがないんじゃない?早く会計して帰らないと、エルが起きるよ』

「あ、そっか」

 パンを載せたトレイを持っていく。

「合計で七十ルークになります」

 ルーク。

「えっと、これしかないんだけど」

 銀貨と銅貨、蓮貨を見せる。

「あぁ、旅の方なんですね。蓮貨二枚になります」

 蓮貨を二枚渡す。

「ありがとう」

 店員さんがパンを紙袋に詰める。

「ありがとうございました」

 早く持って帰ろう。

 店を出て、通りを歩く。

『リリー、どっちに行くの?』

「え?」

『来た道を戻るなら、逆だからね?』

「えっと…」

 帰れるかな。

『もう、しょうがないな。ついて来て』

「イリス、帰り道わかるの?」

『リリーと一緒にしないでよ。ボクは方向音痴なんかじゃないんだからね!』

 イリスが私の前を飛ぶ。

 本当にこっちで合ってるのかな…。

 そんなに歩かずに、見覚えのある宿泊施設の通りに戻る。

「あれ?こんなに近かったんだ」

『そうだよ。リリー』

「イリス、ありがとう」

『普段もそれぐらい感謝してくれるとありがたいね』

「拗ねてるの?」

『最近、リリーが冷たい気がする』

「だって、イリスはエルと仲が良いから」

『何それ。妬いてるの?』

「違うよ。だって、会ってまだ、全然経ってないのに…」

『エルは、精霊に好かれやすいんだよ』

「そんなのあるの?」

『少なくとも、エルはボクらを差別しない。精霊だとか、人間だとかじゃなく、ちゃんとボクを一人の意識ある生き物としてみてくれるよ』

「それって特別なこと?」

『そうだよ。人間にとって精霊とは使役するものだ。リリーはボクと生まれた時から一緒だから気づいてないけど、魔法使いたちが連れている精霊っていうのは、みんなそうだよ』

「イリスは、私の家族だよ」

 生まれた時からずっと一緒に居る。

『リリー。それ、本気?』

「どうして?」

『だってさ、ボクは…』

 イリス?

『もう、いいよ。ほら、戻るよ』

「戻る?」

『話してるうちに、宿を通り過ぎちゃったんだよ!』

「え?」

 確かに。見覚えのある宿が後ろにあった。


 宿に戻って、部屋の扉を開こうと、扉の取っ手をつかんだところで、扉が急に前方に動く。

「あっ」

 引っ張られて体制を崩したところで、抱き留められる。

『だから、すぐに戻ります、って言ったでしょう?』

「もう宿に着いてるなら、そう言えよ」

 心配して、探そうとしてくれてたのかな。

「あの、」

「なんだ?」

「朝食に。これ」

 持っていた紙袋をエルに差し出す。

「いい匂いだな。せっかくだから、外で食おうぜ」

「うん」

 気に入ってくれると良いけれど。

「昨日は悪かったな」

「私も、ごめんなさい」

 呪いのことを、言えなくて。

「さ、行くか」

 私が持っていた紙袋を持って、エルが私の手を引く。

 外は、さっきより、人通りが増えてきたみたいだ。

「今日はどこに行くの?」

 あれ?

 何か、考え事?

「何考えてるの?エル」

 エルの顔を覗き込む。

「ん?」

 やっぱり。考え事。

「明日にでも、ポルトペスタを出発しよう」

 私に、言えないことなのかな。

「わかった。北の港を目指すんだよね?」

 ここから北上すれば、ラングリオンへ行く船に乗れるって言ってたはずだ。

「北ってどっちかわかるか?」

「え?ええと、宿があっちで、船に乗った場所があっちだから…」

 絶対、間違えられない。

 船に乗ったメロウ大河はポルトペスタの東!

「あっちかな?」

 エルが笑う。

「あぁ、だいたいあってるぜ」

「良かった」

 エルについて行った先は、初めて行く公園。

 メロウ大河に隣接する細長い公園には、多くの木々と噴水、そして彫刻家の作品が立ち並んでいる。

 ドリンクワゴンでレモネードを二つ買って、公園を眺めるベンチに座る。

「コーヒーのパン?」

「うん。売ってたの。もう一つは、黒胡椒のパン」

「おぉ」

 あ、やっぱり好きなんだ。

「どこに売ってたんだ?」

「ええと…」

 宿からは近かったみたいだけど…。

「こんなの探せるなんてすごいよ。リリーは天才だな」

 エルに言われたくない。

 どう考えても、錬金術と魔法に長けている人を天才と呼ぶんじゃないかな。

「からかってるの?」

 メロンパンを食べながら、目の前を眺める。

 大河には船が行き交っている。

 大河の流れに沿って動く船もあれば、それに交差して向こう岸に行く船もある。

「向こう岸に行くには、船しかないの?」

「あぁ。これだけでかい河だからな。橋を作っても、船が通れないから不便なんだろう」

「そっか」

 それもそうだ。

 でも、また船に乗るのか…。慣れないと。

「あんなに大きなものが浮いているなんて、不思議だね」

 あぁ。メロンパン、甘くておいしい。

ここのは、全体的にしっとりしてる。

「リリー。女王にならなかったら、何になりたい?」

「んん?」

 今、口開けない…。

「ほら」

 エルが笑って、私にレモネードを渡す。

「ありがとう」

 女王にならない。女王に選ばれなかったら。

「女王にならなかったら、女王を守る魔女部隊に配属されるんだ」

「魔女部隊?…確か、女王直属の少数精鋭、だよな」

 龍氷の魔女部隊と呼ばれている、最強の魔女部隊。

 女王にならない王位継承権保持者はみんな、所属する。

「そう。試練を潜り抜け、女王になる資格を持っていた、強力な魔力を保持した精鋭」

 もちろん、魔力の保持の方法は、リリスの呪いによる。

 敵から魔力を奪うこともできるし、相手の魔法は効かないんだから、最強の魔法使いだろう。

 しかも、女王の娘となってからずっと、剣の稽古をしているのだから、簡単に攻撃を受けるようなことだってしない。私に剣の稽古をしたのだって、今の女王の姉妹だ。

 ただ。

 その中に私みたいな大剣を扱う人はいないから、外部の人間が一時的に稽古をつけてくれたことがあるけれど。

 …そういえば、あの時。魔法使いでもない外部の人が城に入っていたっけ。

 どうしてだろう。

「だから、修行も試練も放棄して、城に帰らない場合の話をしてるんだよ」

 え?

「それは…」

 それは、私が魔力を集められなかった場合。

「それは、女王が許さない」

 だって、女王の娘の役割は、呪いの力で魔力を集めることだから。

 集めなければ私は…。

「誰も、女王には逆らえないんだ」

 それだけは確か。

 逆らう方法がない。

「なんだよ。将来が全部決められてるっていうのか?」

 エルは、わかってない。

「うん。私は、修行の期間が過ぎれば、帰らなければいけない」

 紅のローブに約束させられたこと。

「それは、魔法を使えるようになって?」

 そう。魔力を集めて…。

「その努力はしてるのか?」

 してない。けど、頷く。

「…うん」

「俺と一緒に居て、修行になるのかよ」

「うん」

 だって。今、私が選べているのはそれだけ。

 エルと一緒に居たいって気持ちだけで、ここに居る。

「で?質問には答えないのか」

「なんの?」

「もし、女王にならなかったらって話し」

「だから、それは…」

 女王にならなかったら。帰還しなければ、どうなるかわかってる。

「夢や希望を持つことを禁止されてるわけじゃないだろ」

 夢?

 私の夢?

 …夢なんて。子供のころにしかなかったな。

 絶対に叶うことのないものだから、夢っていうんだろう。

 好きな人にキスだってできないのに。

「もし、この呪いが解けるなら。…幸せな家庭を築きたい」

 好きな人と一緒になって。

 好きな人と一緒に過ごしたい。

 きっと、好きな人と居れば毎日が幸せだから。

 呪いが解ければ、子供だって生めるから…。

 あぁ。そうか。

 女王の娘になってから。修行の三年を超えた未来を想像したこと、なかったな。

「ラングリオンに行ったら、一緒に暮らそう」

「え?」

 今、なんて?

「全く違う環境で暮らすっていうのも、きっと楽しいだろ」

 暮らす?

 どういう、意味?

 私が?エルと?

 待って。それって、いわゆる…。

「エル、私…」

「さてと。今日は何して過ごす?」

 えっ。

 今の話し、もう終わり?

 だって、あれって、どう考えてもプロポーズの言葉だよね?

 違うの?

 返事だってしてないのに。

 もしかして、それすらも、誰にでも言うことなの?

「エルって、すごく変」

 信じられない。

「なんだよ、それ」

「何考えてるか、全然わからない」

 言葉に重みが全然ない。

 だって、今のって女の子の憧れの言葉だよ!

 そんなのだから、自覚ないなんて言われるんだ。

「会ってまだ、そんなに経ってないんだぜ。わかるわけないだろ」

「そんな相手と、一緒に暮らせる?」

「暮らせるだろ?俺はそういうのばっかりだ」

「そういうの、ばっかり?」

 やっぱり、誰にでも言うの?

「前にも言ったけど、俺は砂漠の出身だ。王都の養成所に通っている間、世話をしてくれた人が居たんだよ」

 そういえば。エルは、ラングリオンの市民権を得るために、砂漠から…。

 一人で?

 世話をしてくれた人がいたってことは、一人で来たんだよね?

 あれ?エルの家族って?砂漠に居るの?

 どうして、ラングリオンに家があるの?

 どうして、ラングリオンの市民権が必要だったの?

「それに、店を任せてる奴もいるし」

「店?」

「あぁ。俺は王都で薬屋をやってるんだ」

「薬屋?」

 そういえば、エリクシールが作れるんだっけ。

「錬金術で?」

「そういうこと」

「たぶん、仕事も溜まってるだろうしな」

 そうだよね。

 ラングリオンで天才と呼ばれた錬金術師って言ってたっけ。

 ええと。

「あの、整理しても良い?」

「ん?」

「エルは、砂漠の出身で、錬金術と魔法を勉強してラングリオンの市民権を得て、王都で薬屋さんをやってる人?」

「あー、一応、王都の魔法部隊に所属してる」

「え?」

「兵役なんだよ。養成所に通った人間の。研究所に所属してれば兵役はないんだけど」

 あ。イリスが言ってたっけ。養成所で育てた人は、研究所に所属させるはずだって。

 エルは、所属してないから…。

「兵役があるのに、国を離れていいの?」

「出動要請がなければ大丈夫だろ」

 絶対、大丈夫じゃないよね。

 でも、エルらしい。

「エルは自由だね」

「リリーも今は自由だろ?」

 自由?

「うん、そうだった」

 今だけは。

「じゃ、出かけるぞ。行きたいところ決めなかったら、昨日と同じところに行く」

「昨日って…」

 昨日は…。

「次は何色のドレスにする?」

 エルが笑う。

「そ、それは、もう嫌だ」

 冗談じゃない!

 やっぱり面白がってただけなんだ!

 …でも。

 なんか、はぐらかされたな。

 エルの家族って?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ