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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.夜を終わらせる炎
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 リヨンの十六日。

「我ながら完璧ね」

「リリー綺麗よ」

「ありがとう。マリー、キャロル」

「じゃあ、私、ブーケを取ってくるわね」

 キャロルが部屋を出ていく。

「そろそろティアラも届く頃ね」

「マリーの家で保管してるんだっけ?」

「そうよ。あんな高価なもの、いつ宝石泥棒に盗まれたって文句言えないんだから。一体どこで手に入れたのかしらね」

 私も、あのティアラを初めて見た時はびっくりしたな…。

 エルがポルトペスタに居たのは、結婚指輪を作るためで。

 指輪に使う宝石の残りを、グラン・リューの職人が加工して作ってくれたのが、ティアラ。

「もうっ。遅いわ。式が始まっちゃう。取りに行ってくるから待ってて」

「うん。わかった」

 マリーが走って部屋を出ていく。

 とたんに、部屋が静かになる。

 なんだか寂しいかも。

 イリスはエルと契約してしまったから、エルと一緒に居る。

 私が呼べば、いつでも私の傍には来てくれるみたいだけど。

 イリスの話しでは、エルとの繋がりが強くなってしまったから、私との繋がりは徐々に薄れていくだろう、と言っていた。

 それにどれぐらいの時間がかかるかはわからないけれど。

 イリスが居ないことにも慣れなきゃいけない。

 あぁ。

 気が滅入る。

 ちょっと散歩してこよう。

 チャペルの扉を開く。

 誰も居ないのかな。

 廊下を歩く。

 アリス礼拝堂。

 そういえば、ここには鐘堂があるんだっけ。

 この辺かな。

 扉を開くと、螺旋階段がある。

 一歩一歩登って行く。

「あ」

 ドレスの裾を踏んで、前のめりに転んでしまう。

 前にドレスを着た時は、エルが手を引いてくれていたっけ。

 ドレスの裾を持ち上げて、ひんやりとする階段を上る。

 …あ、れ?

 後ろを振り返る。

 どうしよう。どこかで、靴を落とした。

 マリーに怒られるかな。

 帰りに、探そう。

 そのまま上に登り切って、鐘の場所から下を眺める。

 風が、気持ち良い。

 マリーがまだ外に居るのが見える。

 キャロルも。ルイスも。…カミーユさんとシャルロさんも?

 ティアラ、まだ届かないのかな。

 みんなが外に居るなら、まだ式は始まらないよね。

 あぁ。良い眺め。

 エイダ。

 トリオット物語、読んだよ。

 エイダがここで書いていた物語。

 エルとフラーダリーの為の物語は、ポラリスがちゃんと出版社に持って行ってくれたらしい。

 最後。

 二人は、とうとう出会った。

 始まりの場所で。

 彼は彼女に指輪を贈り、彼女は彼に口づけた。

 もう二度と離れることはないよ。

 彼と彼女は周囲から祝福され、とうとう結婚したのだ。

 幸福な結末。

 そして、これはおまけの話しなのだけど。

 彼と旅をしていた魔法使いと、彼女と旅をしていた魔法使いの物語。

 二人を見届けた後、魔法使い二人は、二人で旅をすることにしたのだ。

 彼女は、彼に恋をして。

 彼は、彼女に興味を持った。

 彼女はどうしようもない迷子で方向音痴。

 彼は困った人をほっとけないお人良し。

 手を取り合って、二人は冒険の旅へ。

 まずは彼の故郷を目指すことにしたらしい。

 二人には、どんな物語が待っているのだろうね、エイダ。

「リリー」

 振り返る。

「エル」

 短い髪もとっても似合う。

 エルの首がくっきり見えるから。

 白いフロックコートに、ネクタイ。

 右手の中指には、ヴィオレットの指輪。

 礼装なんて、本当に初めて見るな。

 そして、私を見つめるカーネリアンの瞳。

 どうしよう。

 すごく、素敵。

 かっこいい。

 もう、何度目だろう。

 エルを好きだって思ってしまうの。

「忘れ物」

 エルがそう言って、私の前に跪く。

「どうぞ、お姫様」

 差し出されたのは、靴。

「あ…」

 拾ってくれたんだ。

 ドレスの裾を持ち上げて、その靴に足を通す。

「ありがとう」

 サンドリヨンみたい。

 夢にまで見た光景。

 本当に、エルは私の夢を、何度も叶えてくれる。

「みんな、探し回ってるぞ」

「え?」

「ほら」

 エルが私の肩を抱いて、地上を指さす。

「みんな、私を探してたの?」

『リリー、探されてる自覚なかったの?』

 イリス。

「だって、みんな外に居るから、まだ大丈夫だと思って」

「何を見てたんだ?」

 えっと…。

「ほら、あそこがエルの家。向こうがパッセさんのお店でしょ?上から見たら、迷子にならない」

 ラングリオンも、もう慣れたもの。

「今、充分迷子になってるだろ」

 そっか。誰かが私を探してるっていうことは、私は迷子なんだ。

「ごめんなさい」

 エルの方を向くと、エルが私の頭にティアラをのせる。

「…だめ。やっぱり言おう」

「え?」

「リリー、綺麗だよ。俺の知ってるどんな花よりも、宝石よりも。もう、誰にも渡したくない。俺だけのものにして良い?」

「あ、あの…」

 い、いまの、ことば。

 また…。

「からかってないよ。からかったことなんて一度もない。リリー。この輝く黒い瞳で、俺だけを見つめて」

 逃げ場を、失う。

 どうしよう。

 そんな事言われたら。

 どうすればいいの。

「エル、」

「愛してる」

 エルが私の手の甲に口づける。

 エイダの指輪を付けていた親指には、今、黄金の石がついた指輪を嵌めている。

「死んじゃう」

「え?」

「心臓が、ドキドキし過ぎて、死んじゃう」

「死なないで」

「だって、すごく嬉しいの…、これ以上、何も言わないで」

 エルが私を抱きしめる。

「何度でも言うよ」

「だめ、死んじゃう」

 だってエルが。からかってないなんて。

『発見!』

 アンジュ。

『みんな、こっちだ』

 バニラ。

『何やってんだよー、二人とも』

 ジオ。

『最初からチャペルに居るんじゃない!』

 ナターシャ。

「…みんなも、探してくれてたの?」

『相変わらずマイペースだな』

 メラニー。

「ごめんなさい」

『あんまり綺麗だからってぇ、式の前に脱がしちゃだめよぉ?』

 ユール。

「しないよ。リリー、降りよう」

「うん。…あ、」

 エルが私を抱きかかえる。

「また靴を落としたら探すのが大変だろ?」

「うん」

 本当に。どこまでも、エルは私の王子様。


 チャペルは静かで。

 聖堂にも誰も居ない。

「見事に、誰もいないな」

『リリーが見つかるまでは、式どころじゃないからねぇ』

 あぁ、本当に。ごめんなさい。

「じゃあ、誰もいない内に式を挙げるか」

「え?」

『何言ってるんだよ。牧師も、証人もいない結婚式なんて聞いたことがないぞ』

「証人ならいっぱいいるじゃないか。ほら」

 エルが、精霊たちを顕現させる。

『え?』

『私たち?』

「ユール、牧師をやれ」

『ふふふ。しょうがないなぁ。ほら、指輪頂戴?アンジュとイリスちゃんが持っててよぅ』

 指輪を外して、イリスに渡す。エルはアンジュへ。

『では』

 ユールが咳払いをする。

『この結婚に異議がある方は、挙手してください』

『異議なし』

『同じく』

『ないわ』

『ないよー』

『では、これより婚姻の儀を執り行います。精霊と月の女神へ、これから語る言葉に偽りのないことを誓いますか』

「はい」

「はい」

『新郎、エルロック。あなたは、その魂のすべてをリリーシアに捧げることを誓いますか』

「え?」

 誓いの言葉って、そんな祝詞だったっけ?

「はい、誓います」

「あの、」

 問答無用だ。

『では、新婦、リリーシア。あなたは、その魂のすべてをエルロックに捧げることを誓いますか』

 ユールが私を見て微笑む。

「はい、誓います」

『では、エルロック。あなたは誓いを永遠とするために、彼女に指輪を与えますか』

「はい」

『リリーシア、あなたは誓いを守る為に、彼から指輪を受け取りますか』

「はい」

『では、指輪を交換してください』

 エルが、イリスから指輪を受け取って、私の薬指に嵌める。

 今度は、私がアンジュから指輪をもらって、エルの左の薬指に、嵌める。

『それでは、真実の愛の証明を』

「リリー、愛してる」

「エル。私も、愛してる」

 目を閉じると、エルが私の唇に、口づける。

 そして、唇を離した瞬間。

 チャペルに鐘が鳴り響く。

「え?」

 目を開くと、上から花が降ってくる。

『おめでとう』

『僕らも祝福しよう』

『素敵な二人に』

 エルの部屋に居た花の妖精が、天井近くから花を降らせている。

 本当に、エルって精霊に好かれてる。

「ありがとう」

「ありがとう。…それにしても、すごい音だな」

 鐘の音。ずっと、鳴り響いてる。

『だってぇ、ここだけじゃないものぉ』

「ここだけじゃない?」

『王都中の鐘を、鳴らしてるのよぉ?』

『精霊たちに手伝ってもらったの』

『お祭り好きは、人間だけじゃない』

『おめでとう、エル』

『おめでとう、リリー』

『みんな外で待ってるぞ』

 外?

 エルが私の手を取って、歩き出す。

 転ばないように気を付けながら、エルと一緒に外に出る。

「あ!リリー!何やってるのよ」

「えっと…」

 マリー。

「式を挙げてたんだよ。誰もいないから」

「何言ってるのよ。牧師も証人もいない式なんて聞いたことがないわ。ほら、ここでいいからやるわよ」

 牧師も証人も、みんながやってくれたんだけど。

「牧師を連れて来たぞ」

「花嫁が見つかったんですか?」

「いいから、すぐ式をやって」

「わかりました。それでは、この結婚に異議のある方は申し出てください―」

「面倒だな」

 あぁ、エルらしい。

「おい、エル。リリーシアちゃんの為にもちゃんとやれよ」

 そうだね。マリーに怒られちゃう。

 やり直さなきゃ。

 そう思ったところで、エルに肩を抱かれる。

「全員聞け。リリーは俺のものだ、奪いたい奴はかかってこい」

 えっ。

「何、馬鹿なこと言ってるのよ」

「お前に喧嘩売れる奴が居たら見てみたいよ」

「相変わらず滅茶苦茶な奴だ」

「異議なし、だな」

「リリー、もう離れることはないよ。リリーに俺を捧げる」

「はい」

「リリーも俺に、自分を捧げてくれる?」

「はい」

 私は、エルのもの。

 そしてエルは、私のもの。

 だから、いっぱい笑顔を見せてね。

「以上だ。結婚式は終わり」

「指輪の交換はどうした」

「もうつけてる」

 エルが私の左手を、自分の左手でとって掲げる。

「じゃあ、誓いのキスをしろ」

「こんな、聴衆の面前で?」

 それ、すごくエルらしい。

「その絶妙な良識はどこから来るのかしらね」

「エル、新郎新婦が愛の証明をしないと式は終わらないぞ」

「そうだぜ。早くしろ」

 あぁ、困ってるね。

 助けてあげる。

「エル、好きだよ」

 エルの頬に触れて、目を閉じてエルにキスをする。

 拍手の音が響く。

 目を開くと…。

「エル、顔が赤い」

「リリーには、敵わないな」

 エルが私の頬に口づける。

「リリー」

 キャロルが私にドライフラワーの束をくれる。

 それを、思い切り高く放つと、ドライフラワーは風に乗って、あたりに舞う。

 エルが私にくれたブーケ。エルの手紙。

 リリーへ伝えたい言葉を花に託す。

 これは、愛の告白。

 私はあなたを守りたい。

 いつまでもあなたと一緒に居たい。

 あなたと一緒ならやすらぎ、

 心が和らぐから。

 とても幸せ。

 永遠に変わらぬ心で、

 変わらぬ愛であなたを愛すと誓う。

 あなたを信じるから

 どうか私を信じて。

 私のすべてをあなたに捧げる。

 あなたは、私の希望。

「おめでとう、エル、リリー」

「おめでとう」

「おめでとう」

「…ありがとう」

 道が開く。

 エルの手を取って、人と人の間を歩いて行く。

 歩くたびに花が舞う。

 こんなに幸せな気持ちになれる日が来たのも。

 自分の運命を変えられたのも。

 全部、エルのおかげ。

「エル、ありがとう」



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