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リヨンの十六日。
「我ながら完璧ね」
「リリー綺麗よ」
「ありがとう。マリー、キャロル」
「じゃあ、私、ブーケを取ってくるわね」
キャロルが部屋を出ていく。
「そろそろティアラも届く頃ね」
「マリーの家で保管してるんだっけ?」
「そうよ。あんな高価なもの、いつ宝石泥棒に盗まれたって文句言えないんだから。一体どこで手に入れたのかしらね」
私も、あのティアラを初めて見た時はびっくりしたな…。
エルがポルトペスタに居たのは、結婚指輪を作るためで。
指輪に使う宝石の残りを、グラン・リューの職人が加工して作ってくれたのが、ティアラ。
「もうっ。遅いわ。式が始まっちゃう。取りに行ってくるから待ってて」
「うん。わかった」
マリーが走って部屋を出ていく。
とたんに、部屋が静かになる。
なんだか寂しいかも。
イリスはエルと契約してしまったから、エルと一緒に居る。
私が呼べば、いつでも私の傍には来てくれるみたいだけど。
イリスの話しでは、エルとの繋がりが強くなってしまったから、私との繋がりは徐々に薄れていくだろう、と言っていた。
それにどれぐらいの時間がかかるかはわからないけれど。
イリスが居ないことにも慣れなきゃいけない。
あぁ。
気が滅入る。
ちょっと散歩してこよう。
チャペルの扉を開く。
誰も居ないのかな。
廊下を歩く。
アリス礼拝堂。
そういえば、ここには鐘堂があるんだっけ。
この辺かな。
扉を開くと、螺旋階段がある。
一歩一歩登って行く。
「あ」
ドレスの裾を踏んで、前のめりに転んでしまう。
前にドレスを着た時は、エルが手を引いてくれていたっけ。
ドレスの裾を持ち上げて、ひんやりとする階段を上る。
…あ、れ?
後ろを振り返る。
どうしよう。どこかで、靴を落とした。
マリーに怒られるかな。
帰りに、探そう。
そのまま上に登り切って、鐘の場所から下を眺める。
風が、気持ち良い。
マリーがまだ外に居るのが見える。
キャロルも。ルイスも。…カミーユさんとシャルロさんも?
ティアラ、まだ届かないのかな。
みんなが外に居るなら、まだ式は始まらないよね。
あぁ。良い眺め。
エイダ。
トリオット物語、読んだよ。
エイダがここで書いていた物語。
エルとフラーダリーの為の物語は、ポラリスがちゃんと出版社に持って行ってくれたらしい。
最後。
二人は、とうとう出会った。
始まりの場所で。
彼は彼女に指輪を贈り、彼女は彼に口づけた。
もう二度と離れることはないよ。
彼と彼女は周囲から祝福され、とうとう結婚したのだ。
幸福な結末。
そして、これはおまけの話しなのだけど。
彼と旅をしていた魔法使いと、彼女と旅をしていた魔法使いの物語。
二人を見届けた後、魔法使い二人は、二人で旅をすることにしたのだ。
彼女は、彼に恋をして。
彼は、彼女に興味を持った。
彼女はどうしようもない迷子で方向音痴。
彼は困った人をほっとけないお人良し。
手を取り合って、二人は冒険の旅へ。
まずは彼の故郷を目指すことにしたらしい。
二人には、どんな物語が待っているのだろうね、エイダ。
「リリー」
振り返る。
「エル」
短い髪もとっても似合う。
エルの首がくっきり見えるから。
白いフロックコートに、ネクタイ。
右手の中指には、ヴィオレットの指輪。
礼装なんて、本当に初めて見るな。
そして、私を見つめるカーネリアンの瞳。
どうしよう。
すごく、素敵。
かっこいい。
もう、何度目だろう。
エルを好きだって思ってしまうの。
「忘れ物」
エルがそう言って、私の前に跪く。
「どうぞ、お姫様」
差し出されたのは、靴。
「あ…」
拾ってくれたんだ。
ドレスの裾を持ち上げて、その靴に足を通す。
「ありがとう」
サンドリヨンみたい。
夢にまで見た光景。
本当に、エルは私の夢を、何度も叶えてくれる。
「みんな、探し回ってるぞ」
「え?」
「ほら」
エルが私の肩を抱いて、地上を指さす。
「みんな、私を探してたの?」
『リリー、探されてる自覚なかったの?』
イリス。
「だって、みんな外に居るから、まだ大丈夫だと思って」
「何を見てたんだ?」
えっと…。
「ほら、あそこがエルの家。向こうがパッセさんのお店でしょ?上から見たら、迷子にならない」
ラングリオンも、もう慣れたもの。
「今、充分迷子になってるだろ」
そっか。誰かが私を探してるっていうことは、私は迷子なんだ。
「ごめんなさい」
エルの方を向くと、エルが私の頭にティアラをのせる。
「…だめ。やっぱり言おう」
「え?」
「リリー、綺麗だよ。俺の知ってるどんな花よりも、宝石よりも。もう、誰にも渡したくない。俺だけのものにして良い?」
「あ、あの…」
い、いまの、ことば。
また…。
「からかってないよ。からかったことなんて一度もない。リリー。この輝く黒い瞳で、俺だけを見つめて」
逃げ場を、失う。
どうしよう。
そんな事言われたら。
どうすればいいの。
「エル、」
「愛してる」
エルが私の手の甲に口づける。
エイダの指輪を付けていた親指には、今、黄金の石がついた指輪を嵌めている。
「死んじゃう」
「え?」
「心臓が、ドキドキし過ぎて、死んじゃう」
「死なないで」
「だって、すごく嬉しいの…、これ以上、何も言わないで」
エルが私を抱きしめる。
「何度でも言うよ」
「だめ、死んじゃう」
だってエルが。からかってないなんて。
『発見!』
アンジュ。
『みんな、こっちだ』
バニラ。
『何やってんだよー、二人とも』
ジオ。
『最初からチャペルに居るんじゃない!』
ナターシャ。
「…みんなも、探してくれてたの?」
『相変わらずマイペースだな』
メラニー。
「ごめんなさい」
『あんまり綺麗だからってぇ、式の前に脱がしちゃだめよぉ?』
ユール。
「しないよ。リリー、降りよう」
「うん。…あ、」
エルが私を抱きかかえる。
「また靴を落としたら探すのが大変だろ?」
「うん」
本当に。どこまでも、エルは私の王子様。
チャペルは静かで。
聖堂にも誰も居ない。
「見事に、誰もいないな」
『リリーが見つかるまでは、式どころじゃないからねぇ』
あぁ、本当に。ごめんなさい。
「じゃあ、誰もいない内に式を挙げるか」
「え?」
『何言ってるんだよ。牧師も、証人もいない結婚式なんて聞いたことがないぞ』
「証人ならいっぱいいるじゃないか。ほら」
エルが、精霊たちを顕現させる。
『え?』
『私たち?』
「ユール、牧師をやれ」
『ふふふ。しょうがないなぁ。ほら、指輪頂戴?アンジュとイリスちゃんが持っててよぅ』
指輪を外して、イリスに渡す。エルはアンジュへ。
『では』
ユールが咳払いをする。
『この結婚に異議がある方は、挙手してください』
『異議なし』
『同じく』
『ないわ』
『ないよー』
『では、これより婚姻の儀を執り行います。精霊と月の女神へ、これから語る言葉に偽りのないことを誓いますか』
「はい」
「はい」
『新郎、エルロック。あなたは、その魂のすべてをリリーシアに捧げることを誓いますか』
「え?」
誓いの言葉って、そんな祝詞だったっけ?
「はい、誓います」
「あの、」
問答無用だ。
『では、新婦、リリーシア。あなたは、その魂のすべてをエルロックに捧げることを誓いますか』
ユールが私を見て微笑む。
「はい、誓います」
『では、エルロック。あなたは誓いを永遠とするために、彼女に指輪を与えますか』
「はい」
『リリーシア、あなたは誓いを守る為に、彼から指輪を受け取りますか』
「はい」
『では、指輪を交換してください』
エルが、イリスから指輪を受け取って、私の薬指に嵌める。
今度は、私がアンジュから指輪をもらって、エルの左の薬指に、嵌める。
『それでは、真実の愛の証明を』
「リリー、愛してる」
「エル。私も、愛してる」
目を閉じると、エルが私の唇に、口づける。
そして、唇を離した瞬間。
チャペルに鐘が鳴り響く。
「え?」
目を開くと、上から花が降ってくる。
『おめでとう』
『僕らも祝福しよう』
『素敵な二人に』
エルの部屋に居た花の妖精が、天井近くから花を降らせている。
本当に、エルって精霊に好かれてる。
「ありがとう」
「ありがとう。…それにしても、すごい音だな」
鐘の音。ずっと、鳴り響いてる。
『だってぇ、ここだけじゃないものぉ』
「ここだけじゃない?」
『王都中の鐘を、鳴らしてるのよぉ?』
『精霊たちに手伝ってもらったの』
『お祭り好きは、人間だけじゃない』
『おめでとう、エル』
『おめでとう、リリー』
『みんな外で待ってるぞ』
外?
エルが私の手を取って、歩き出す。
転ばないように気を付けながら、エルと一緒に外に出る。
「あ!リリー!何やってるのよ」
「えっと…」
マリー。
「式を挙げてたんだよ。誰もいないから」
「何言ってるのよ。牧師も証人もいない式なんて聞いたことがないわ。ほら、ここでいいからやるわよ」
牧師も証人も、みんながやってくれたんだけど。
「牧師を連れて来たぞ」
「花嫁が見つかったんですか?」
「いいから、すぐ式をやって」
「わかりました。それでは、この結婚に異議のある方は申し出てください―」
「面倒だな」
あぁ、エルらしい。
「おい、エル。リリーシアちゃんの為にもちゃんとやれよ」
そうだね。マリーに怒られちゃう。
やり直さなきゃ。
そう思ったところで、エルに肩を抱かれる。
「全員聞け。リリーは俺のものだ、奪いたい奴はかかってこい」
えっ。
「何、馬鹿なこと言ってるのよ」
「お前に喧嘩売れる奴が居たら見てみたいよ」
「相変わらず滅茶苦茶な奴だ」
「異議なし、だな」
「リリー、もう離れることはないよ。リリーに俺を捧げる」
「はい」
「リリーも俺に、自分を捧げてくれる?」
「はい」
私は、エルのもの。
そしてエルは、私のもの。
だから、いっぱい笑顔を見せてね。
「以上だ。結婚式は終わり」
「指輪の交換はどうした」
「もうつけてる」
エルが私の左手を、自分の左手でとって掲げる。
「じゃあ、誓いのキスをしろ」
「こんな、聴衆の面前で?」
それ、すごくエルらしい。
「その絶妙な良識はどこから来るのかしらね」
「エル、新郎新婦が愛の証明をしないと式は終わらないぞ」
「そうだぜ。早くしろ」
あぁ、困ってるね。
助けてあげる。
「エル、好きだよ」
エルの頬に触れて、目を閉じてエルにキスをする。
拍手の音が響く。
目を開くと…。
「エル、顔が赤い」
「リリーには、敵わないな」
エルが私の頬に口づける。
「リリー」
キャロルが私にドライフラワーの束をくれる。
それを、思い切り高く放つと、ドライフラワーは風に乗って、あたりに舞う。
エルが私にくれたブーケ。エルの手紙。
リリーへ伝えたい言葉を花に託す。
これは、愛の告白。
私はあなたを守りたい。
いつまでもあなたと一緒に居たい。
あなたと一緒ならやすらぎ、
心が和らぐから。
とても幸せ。
永遠に変わらぬ心で、
変わらぬ愛であなたを愛すと誓う。
あなたを信じるから
どうか私を信じて。
私のすべてをあなたに捧げる。
あなたは、私の希望。
「おめでとう、エル、リリー」
「おめでとう」
「おめでとう」
「…ありがとう」
道が開く。
エルの手を取って、人と人の間を歩いて行く。
歩くたびに花が舞う。
こんなに幸せな気持ちになれる日が来たのも。
自分の運命を変えられたのも。
全部、エルのおかげ。
「エル、ありがとう」




