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エルと一緒に旅した道を思い出す。
王都の東大門から馬車に乗って、街道の街へ。
街道の街から、港へ。
港で一泊して、午前に出発するグラシアル行きの船に乗る。
ティルフィグン、ディラッシュを経由して、グラシアルへ。
航海は常に順調。
エルの薬のおかげで、船酔いになることもなかった。
グラシアルの港には夜に到着。
次の日に、ポルトペスタを目指す馬車に乗る。馬車は、立ち寄ったことのある街で一泊した後、ポルトペスタまで連れてきてくれた。
「休みだから賑やかねー」
「そっか…」
だから、前よりももっと賑やかな感じがするんだ。
今日は、立夏の二日。
「で?エルと一緒に泊まった宿ってどこよ?」
「ええと…」
『案内しますよ』
なんとなく、覚えているのだけど。
やっぱり、完璧に覚えてはいられない。
道を遡れって言われたから、エルと一緒に歩いた道を、なるべく馬車を使って遡りつつ、エルと一緒に泊まった宿にも泊まって歩いているのだ。
今のところ、エルは全部同じ場所に泊まってるから、その足跡を追うことが出来る。
一つ前の街では、トーロの二十七日に泊まっていた。
とても、追いつけそうな感じがしない。
「いらっしゃい。…おや、久しぶりだね。今日はあの男の子は一緒じゃないのかい」
「覚えててくれたんですか?」
「知らないのかい?ポルトペスタでも有名人だよ。良くわからないカップルだって」
「えっ?」
「あの男の子、黄昏の魔法使いを退治したんだろ?あんたはあんたで、どこかの貴族の娘だって話しだし」
「えっと…」
「リリー、ここで何やってたの?」
そんなに目立ってたのかな。
「エル、ここに来ましたか?」
「彼氏?うちには来ていないよ?」
「え?」
あれ…?
ここに寄ってない?
「変ね。ここに来てないなんて」
ポルトペスタは大きな街だから、別の宿をとったのかな。
「とりあえず、部屋を取って、探してみましょうか」
「え?探すの?」
「当たり前じゃない。ここに居るかもしれないのに」
その可能性は低いと思うんだけど…。
宿帳に記入して、二人で外へ出る。
「エルが寄りそうなところ、思いつかないの?」
「んー…」
「一緒に行ったところは?」
「えっと…。ポリーズ、ドクトル商会、ブリックス酒屋で買い物をして…。夜船に乗って…」
そうだ。その後、エルがソニアと戦ってたんだ。
「あの、ね。リリー」
「え?」
「それって、私とニヨルド港で会う前の話しよね?」
「うん」
「夜船に誘われたのよね?」
「うん」
「告白されなかったの、その時」
「えっ?なんで?」
「だって、そうとしか考えられないじゃない。普通、好きな相手じゃなきゃ、二人っきりで、そんなところに行こうと思わないわよ」
「他にもお客さん居たよ?」
「…なんだかエルがかわいそうだわ」
「え?」
「鈍感過ぎるって言ってるの!リリーはそういうのに憧れていたんじゃなかったの?」
「えっ」
どういうこと?
「信じられないわ。…で?次は何処に行ったの」
「えっと…。エルが黄昏の魔法使い退治をすることになったから…」
「あぁ、偽物が出たって話し、私も聞いたわ」
「うん。それを手伝ったの」
「手伝った?一緒に戦ったの?」
「えっと…。私、何故か貴族の娘って勘違いされてたから。だからエルは、私にドレスを着せて囮になれって言ったんだ。私、ドレスのせいで全然動けなかったから、戦ったのは全部エルだよ」
「それがさっきの女将の話しってわけね。ドレスかぁ。リリーのドレス、見てみたかったわね」
「えっ。だめだよ。もう二度と着たくない」
あんなの恥ずかしい。
「だから、エルも着せたかったのかしらね」
「え?」
「で?ドレスを着て行ったところはないの?」
「えっと…。グラン・リューのところ。あ、エル、もしかしたら会いに行ってるかも」
「グラン・リュー?どこかで聞いた名前ね」
「ほら、私の宝石学の先生」
「リリーが手紙をやり取りしてた人?」
「うん。…あの、エイダ。場所、解る?」
『えぇ。まかせて』
「本当に優秀ね、貴女」
『ありがとう』
なんとなく、覚えてる。
富裕区の雰囲気。
『ここよ』
「ありがとう」
見覚えのあるお店。
中に入ると、以前と同じ場所に、グラン・リューがいる。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、リリーシア様、ポリシア様」
「どうして私の名前、知っているの?」
「ポルトペスタのことでしたら、たいていのことは存じておりますよ」
「あの、エル、ここに来ましたか?」
「もちろんでございます。トーロの二十八日にお越しになられて、立夏の朔日にご出発されましたよ」
「え?」
そんなに長い間、ここに居たの?
「ずっとここに泊まってたの?」
「はい」
「何やってたのよ、こんなところで」
「それはお答えしかねます」
でも、エルがここに長くいたおかげで、確実にエルに追いついてる。
「他に、御用はございますか?」
「…あ」
そうだ。
荷物の中から、真珠を取り出す。
「あの、これ。マーメイドの涙というの」
「…お借りしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
真珠をグラン・リューに渡す。
「おぉ。…間違いございません。これは、マーメイドの涙の、片割れ。これを、どこで手に入れられたのですか?」
「え?…砂漠のキャラバンで、もらったの。片割れを探してあげてって」
「砂漠ですか。そんなところに…」
「あの…。知っているの?片割れ」
「私が若い頃に、この片割れを預かっている時期がありました。私も一つにそろえようとしていたのですが、叶わなかったのです」
「今、どこにあるかわからないの?」
「存じております」
「本当?それじゃあ、これを預けても良い?一つにしてあげたいんだ」
「どうか、お持ちください。この真珠は、旅する真珠なのです。一つの所に留まっておいては不憫です」
「でも…」
「リリーシア様の目的は、エルロック様にお会いになることですね?」
「うん」
「明日の朝、ポルトペスタ西の入口に馬車を待たせておきましょう。バンクスの街まで走らせます」
バンクス。
そうだ。エルを追いかけるなら、次は北を目指すんだ。
「ありがとう。いつも、お世話になりっぱなしだ」
「良いのですよ。ご結婚おめでとうございます」
「え?」
「エルロック様から、伺っておりますよ」
「あ…、ありがとう」
「ねぇ。もしかして、エルがここに居たのって…」
「ポリシア様、どうか御内密に」
「大丈夫よ、リリー、死ぬほど鈍感だもの」
「え?」
どういう意味?
「さ、エルがのんびりしてくれたおかげで、追いつけそうになって来たじゃない。行きましょう」
「うん」
追いつけるかな。
…追いつかなきゃ。




