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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.砂漠編
39/46

62

 朝一で迎えに来てくれたポリーと一緒に、シャルロさんの家へ。

 書斎に案内されて、コーヒーをごちそうになる。

「私も、説明できるほど、エルの話しが理解できたわけじゃないんだけど」

「お前は喋るな」

「何よ、私がシャルロに説明したんじゃない」

「お前の説明は、まったく筋が通ってない。どこまで正確な情報かも怪しい」

「失礼ね」

「あの…。どうしてポリーとアリシアがエルと旅していたの?」

「アリシアも一緒だって言ったかしら」

「えっと…」

 意識が繋がってる時に聞いたんだけど。

「アリシア、エルと一緒にイーシャのこと調べてたのよ。で、イーシャの場所が分かったから、一緒に行こうって誘ってくれたの。私がティルフィグンを拠点にしてるって、アリシアは知ってたから」

 そうだ。アリシアは知っていたっけ。

「私はリリーに会えると思ってたのに、エルはリリーを連れてこなかったって言うんだもの。おかげで買ったばかりの剣は折られるし…」

『ポリーの自業自得だ。本当に、喧嘩っ早いんだから』

「えっ。エルと戦ったの?」

「そうよ。馬鹿みたいに強いわよね、あいつ。まぁ、剣なら弁償してもらったから良いんだけど」

「今持ってるの?」

「そうよ」

 変わった形の剣。

 独特のしなりがあるけど…。片刃の剣なのかな。

 左に二本、右に一本持ってる。

「ねぇ、ポリー。私、二本持ちの人と戦ったことないの。私と、」

「嫌よ。まだ練習中だもの」

「稽古だよ」

「嫌」

 ポリーが稽古の相手になってくれないなんて。

「何かあったの?」

『あれだけエルから痛い目に合っていれば、ポリーだって学習するだろ』

「失礼ね」

「お願い、ポリー」

「嫌って言ったら嫌よ!エルに勝てるまでリリーの相手なんてしないわ」

「えっ。エルは私より強いんだよ?」

「エルは自分よりリリーが強いって言っていたわよ」

「私、エルより強いなんて思ったことないよ」

「いつも自分のことを過小評価するんだから。リリーはなんだかんだ言って城内一強い剣士なのよ。それは誰もが認めてることなんだから、自信持ちなさいよ」

「そんなこと、」

「あんなに強いエルにだって認められてるのよ」

「でも、」

「何が、でも、よ。その性格、どうにかならないの」

「だって、」

「ポリシア。いいかげんにしろ」

「もうっ!私、苛めてるわけじゃないのよ」

「だったら、そろそろ本題に入っても良いか」

「え?…そうだったわね」

「話がずれるんだから、しばらく黙っていろ」

「わかったわよ」

 ポリーはコーヒーを飲む。

「何か甘いお菓子貰ってくるわ」

 そう言って、ポリーは部屋を出た。

「ポリーってここに住んでるの?」

「エルが面倒をみろって押し付けていったんだよ」

「アリシアは?」

「カミーユと一緒にグラシアルを目指したらしいぞ。魔法陣を作るって言っていたが、ポリシアの話しでは何の事だかわからない」

 魔法陣?

 カミーユさんと一緒に?

「エルは、リリスを倒しに行くらしい」

「リリス?」

「紅のローブはリリスで、そいつが諸悪の根源って話しだ」

 紅のローブ。

 私にリリスの呪いをかけた相手。

「リリスを倒せば、お前は女王から解放される」

 あ…。

―帰らなければ、私はお前を殺してしまう。

 女王の言葉の意味って。

 そういうことなの?

 城の中では階級が絶対だった。

 破れば、女王に殺される。

 それは、城のシステム。

 私は出発の時に、紅のローブに誓約した。

 その誓約を破れば、女王は、私を殺さなければならない。

 誓約が破棄されれば、私は救われる?

「他にも色々聞いたが、ポリシアの話しは矛盾も多くて整理しきれない。重要なことはそれぐらいだろう。何か知りたいことはあるか?」

「どうして、エルは急いで出発したのかな」

「顔を合わせたくなかったんじゃないか」

「え?」

 私に会いたくなかった?

「こんなこと、初めてだからな。あいつを困らせてやろうとは思っていたけど。本当に困ったからって逃げるなんてな」

 シャルロさんが笑ってる。

「あの…?」

「あいつ、何て言ってたと思う」

「え?」

「順番が滅茶苦茶だ、って」

 順番?

「あの、エル、怒ってたの?」

「怒るわけないだろ。困ってるんだよ。全然想像もつかないことを、リリーシアがやったから」

 それって婚姻届を出したこと?

「だって、考えたのはシャルロさんなのに」

「拒否しなかったじゃないか」

 拒否する余地、あったかな。

「リリーシアのおかげで面白いことが出来た。研究所の連中も楽しかったみたいだぜ」

 ノックが二回あって、扉が開き、ポリーとカーリーさんがお菓子を持って入ってくる。

「話しは終わりだ。ゆっくり菓子でも食べていけ。俺は仕事に戻るぞ」

「え?もう終わったの?」

「えっと…。ありがとうございました」

「あぁ。エルを追いかけるなら、ポリシアも連れて行けよ。サンドリヨン一人じゃ手に負えない迷子なんだから」

「あ…。はい…」

 部屋を出ていくシャルロさんを見送る。

「リリー。王都で迷子になったの?」

「えっと…」

「散歩をしていただけ、と伺いましたが?」

「迷子になったのね、リリー」

 どうして、そう思われちゃうのかな…。


 ※


 ポリーと出発する約束をして、エイダと一緒に、前にマリーと一緒に行ったお花屋さんへ。

「こんにちは」

「いらっしゃい。あら…。今日は一人なの?」

「はい。あの、百合のブーケをお願いできますか?」

「お墓参りに行くの?エルが居ないのに?」

「どうしてエルが居ないって知ってるんですか?」

 誰も知らなかったのに。

「だって。花の妖精たちが言っていたもの」

「え?」

 この人…?

 魔法使いじゃないのに?

「魔法使いの素質がなくたって、精霊や妖精の声が聞こえる人は居るわ。私も、この仕事が長いもの」

 そういうことも、あるんだ。

 でも、ずっと一緒に居れば気持ちが通じ合えるようになるの、わかる気がする。

「どうしてお墓参りに行くの?エルだって、行かなかったのに」

「え?行かなかったの?」

「行かなかったわ。私の店には、花を頼みに来ただけだもの」

 たぶん、部屋にあった花だよね。

 どうして行かなかったのかな。

 忘れてるってことは…。

 でも、意図して行かないってことはなさそうだから、忘れてる?

 二日で出発したなら、時間がなかったのかな。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 花の代金を渡して、ブーケを受け取る。

「で?教えてくれないのかしら」

「えっと…。フラーダリーって、エルの大切な人だから。…彼女に、聞いてほしい事があるの」

「エルの大切な人はあなたでしょう」

「でも、私。フラーダリーのような愛情は、エルにあげられないと思う。私は私の愛し方しかできないの。だから、フラーダリーを尊敬してるし、エルを愛してくれた人に感謝してるの」

「あなた、変わってるわね」

 もう、それを言われるのは何度目かわからない。

「私、フローラって言うのよ。花のことを聞きたかったら、いつでも相談してね」

「はい。ありがとうございます、フローラさん」

「フローラでいいわ。結婚式、楽しみにしてる。日取りが決まったら、早めに教えてね」

「…はい。フローラ」

 結婚式。

 エルと会わないまま、結婚だけしてるなんて。

 そういえば、エルと一月以上会っていない。

 エル…。

 出会ってから、会ってない期間の方が長いよ。

 会いたい。

 今すぐ、会いたい。

 会って、抱きしめて欲しい。

 エルのばか。

 どうして、一人で行っちゃうの。

 

『ねぇ、リリー』

 エイダの言葉に、顔を上げる。

『あなた、お墓の場所覚えていたの?』

「え?」

 あれ?

 どうして、歩いて来れたんだろう。

 フローラのお店から、ぼーっと歩いていただけなのに。

 気が付いたら、ここは。

 フラーダリーのお墓の前。

「覚えてないよ。気が付いたら、ここに来ていたの」

『あなたって不思議な子』

「私も、どうして迷わず来れたのか知りたい」

 それがわかれば、迷子なんて言われずに済むんだけどな。

 フラーダリーのお墓に、ブーケを置く。

 この前来た時は、泣いてしまったんだっけ。

「フラーダリー。私ね、エルの過去を見つけてきたの。きっと、エルが忘れている過去」

 レイリスとの思い出。

「エルはね、今も昔も変わってなかった。私が聞いたエルは、どれも、私が知ってるエルだったの。それはきっと、周りに、必ずエルを大切にしてくれる人が居たから」

 レイリスも、クロライーナの精霊も。

 フラーダリーも、ラングリオンの人たちも。

「私。エルを愛してる。エルを幸せにしてあげたいの。エルが私を幸せにしてくれるように。エルは今まで何もかも自分のせいにして、一人で背負ってきたから。私、エルが一人にならないように、エルの隣に居ようと思う」

 できるかな。

 だめ。迷わないの。

 やらなくちゃ。

「頑張るね」

 心地良い風が吹く。

 知っているよ。フラーダリーの魂がここにないことぐらい。

 でも、言葉が届くかもしれないから。

 死者の世界まで。


 ※


 午後。

「ようやく、来たかい」

「…ごめんなさい」

 くすくすと笑われる。

 怒っては居なさそう?

「なんだい。怒ってなどいないよ。私の元へ来なかったのは自業自得だろう」

「自業自得?」

「エルロックに会えなかったのは、私の予言を聞かなかったからだ」

「えっと…」

 やっぱり、怒ってるのかな。

 エルが出発したら、すぐに来るように言われていたのに。

 無視して砂漠へ行ってしまったこと。

「ごめんなさい、ポラリス」

 王都の占い師は、怒ることなく笑う。

「あの…」

「さて。私に何を聞きたいのかな。リリーシア。迷いを持たずにここに来た理由は、私が呼んだからかい」

「はい」

「お利口な返事だ。でも、求めることがないのに来られても、予言の与えようがない」

「どうして、呼んだんですか?」

「レイリスに会ったのだろう」

「…はい」

 なんでも知ってるんだな。

「良いんだ。もともと予言の内容は、南に行ってはいけない、ではなく、東に答えがある、だ」

「え?」

「それを伝えようと思っていただけだよ。お前は予言などなくとも、東へ向かうことになった。これもまた運命なのさ」

「あの、どうして南へ行ってはいけないって言ったの?」

「お前は何でもエルロックに言うだろう。あいつは、お前が東へ向かうのを止める。お前が何を言っても南へ連れて行っただろう。だから、南へ行ってはいけない、と予言を与えたのだよ」

 そう、だったんだ。

 実際、言っちゃったんだけど。

 あれ?

「エルと戦う前に、私が勝てば、エルの運命を変えられるって言ったのは?」

「そのままの意味だよ。私は、ずっとエルロックの運命を追っているんだ。王都に居るのも、その為」

「どうして?」

「あいつはね。特殊なんだ。このままじゃ死んでしまうよ」

「え?」

「死ぬことが、運命なんだ」

「嘘」

「本当だ」

「だって。…だって、あなたは運命を語らないって」

「それは運命が変わってしまうからだ。私はね、変えたいと思ってる」

「エルの、運命を?」

「あぁ。私には、それができないから。リリーシア。お前に託そうと思う」

「私、エルを、救えるの?」

「私はお前に、その可能性を見る。あいつが死ぬはずだった運命を、一度救ったお前に」

「え?」

「救っているんだよ。一度」

「それって、いつのこと?」

「秘密だ」

「あの…。私、何をすればいいの?」

「思うように行動するんだ。お前の運命が、エルロックを救う」

 思うように…。

「私、今すぐエルに会いたい」

「そうかい。あいつはグラシアルを目指してる」

「どうすれば、エルに追いつける?」

「…そうだね。占ってみようか」

 ポラリスが水晶を覗く。

「あなたは、道を遡る。しかし、すべては遅い」

 遅い…?

「疾走せよ。人の足を超えるものに頼れ」

 人の足を超えるもの…。

「時間がないな…。いいかい、リリーシア。思い出すんだ。お前がエルロックと辿って来た道を。その道を、引き返すんだ。グラシアルへ向かって」

「え…」

 思い出せるかな。

 だめ。思い出さなければ。

「そして、できる限り馬を使え。馬車を拾えるところは、馬車で移動するんだ」

「はい」

「私ができることはここまで。幸運を祈っているよ」

「ありがとう、ポラリス」

「気を付けて、リリーシア。二人一緒に帰ってくるんだよ」

「はい」


 ※


「うん。わかってるよ」

「きっと、そうだと思ってたわ」

「ごめんね。急に決めて」

「いいんだよ。きっと、追いかけるってわかってたから」

「エルは、リリーを絶対に王都から出すなって言ってたけどね」

「え?そうなの?」

「そうだよ」

 エル…。

 自分が死ぬかもしれないってわかってるのかな。

「リリー、良いものあげる」

「え?」

「これ。エルがずっと作っていた薬」

 薬の瓶についているラベルは…。

 船酔い止め薬?

「これ、リリーシアの為に作ってたんじゃないかな」

「え?」

「だってこれ、花の蜜が入ってるんだ。エルは薬の成分に不要なものはほとんど入れない。だからきっと、リリーシアの為に作ったんだよ。持って行って」

「うん。ありがとう」

 エル…。

 これは、追いかけて良いってこと?

「ルイス、キャロル。必ずエルと一緒に帰ってくるね」

「うん。信じてるよ」

「帰ったら、結婚式をしなくちゃいけないもの」

「うん。そうだね」

 エル。

 今度は私が、グラシアルへ迎えに行くよ。



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