62
朝一で迎えに来てくれたポリーと一緒に、シャルロさんの家へ。
書斎に案内されて、コーヒーをごちそうになる。
「私も、説明できるほど、エルの話しが理解できたわけじゃないんだけど」
「お前は喋るな」
「何よ、私がシャルロに説明したんじゃない」
「お前の説明は、まったく筋が通ってない。どこまで正確な情報かも怪しい」
「失礼ね」
「あの…。どうしてポリーとアリシアがエルと旅していたの?」
「アリシアも一緒だって言ったかしら」
「えっと…」
意識が繋がってる時に聞いたんだけど。
「アリシア、エルと一緒にイーシャのこと調べてたのよ。で、イーシャの場所が分かったから、一緒に行こうって誘ってくれたの。私がティルフィグンを拠点にしてるって、アリシアは知ってたから」
そうだ。アリシアは知っていたっけ。
「私はリリーに会えると思ってたのに、エルはリリーを連れてこなかったって言うんだもの。おかげで買ったばかりの剣は折られるし…」
『ポリーの自業自得だ。本当に、喧嘩っ早いんだから』
「えっ。エルと戦ったの?」
「そうよ。馬鹿みたいに強いわよね、あいつ。まぁ、剣なら弁償してもらったから良いんだけど」
「今持ってるの?」
「そうよ」
変わった形の剣。
独特のしなりがあるけど…。片刃の剣なのかな。
左に二本、右に一本持ってる。
「ねぇ、ポリー。私、二本持ちの人と戦ったことないの。私と、」
「嫌よ。まだ練習中だもの」
「稽古だよ」
「嫌」
ポリーが稽古の相手になってくれないなんて。
「何かあったの?」
『あれだけエルから痛い目に合っていれば、ポリーだって学習するだろ』
「失礼ね」
「お願い、ポリー」
「嫌って言ったら嫌よ!エルに勝てるまでリリーの相手なんてしないわ」
「えっ。エルは私より強いんだよ?」
「エルは自分よりリリーが強いって言っていたわよ」
「私、エルより強いなんて思ったことないよ」
「いつも自分のことを過小評価するんだから。リリーはなんだかんだ言って城内一強い剣士なのよ。それは誰もが認めてることなんだから、自信持ちなさいよ」
「そんなこと、」
「あんなに強いエルにだって認められてるのよ」
「でも、」
「何が、でも、よ。その性格、どうにかならないの」
「だって、」
「ポリシア。いいかげんにしろ」
「もうっ!私、苛めてるわけじゃないのよ」
「だったら、そろそろ本題に入っても良いか」
「え?…そうだったわね」
「話がずれるんだから、しばらく黙っていろ」
「わかったわよ」
ポリーはコーヒーを飲む。
「何か甘いお菓子貰ってくるわ」
そう言って、ポリーは部屋を出た。
「ポリーってここに住んでるの?」
「エルが面倒をみろって押し付けていったんだよ」
「アリシアは?」
「カミーユと一緒にグラシアルを目指したらしいぞ。魔法陣を作るって言っていたが、ポリシアの話しでは何の事だかわからない」
魔法陣?
カミーユさんと一緒に?
「エルは、リリスを倒しに行くらしい」
「リリス?」
「紅のローブはリリスで、そいつが諸悪の根源って話しだ」
紅のローブ。
私にリリスの呪いをかけた相手。
「リリスを倒せば、お前は女王から解放される」
あ…。
―帰らなければ、私はお前を殺してしまう。
女王の言葉の意味って。
そういうことなの?
城の中では階級が絶対だった。
破れば、女王に殺される。
それは、城のシステム。
私は出発の時に、紅のローブに誓約した。
その誓約を破れば、女王は、私を殺さなければならない。
誓約が破棄されれば、私は救われる?
「他にも色々聞いたが、ポリシアの話しは矛盾も多くて整理しきれない。重要なことはそれぐらいだろう。何か知りたいことはあるか?」
「どうして、エルは急いで出発したのかな」
「顔を合わせたくなかったんじゃないか」
「え?」
私に会いたくなかった?
「こんなこと、初めてだからな。あいつを困らせてやろうとは思っていたけど。本当に困ったからって逃げるなんてな」
シャルロさんが笑ってる。
「あの…?」
「あいつ、何て言ってたと思う」
「え?」
「順番が滅茶苦茶だ、って」
順番?
「あの、エル、怒ってたの?」
「怒るわけないだろ。困ってるんだよ。全然想像もつかないことを、リリーシアがやったから」
それって婚姻届を出したこと?
「だって、考えたのはシャルロさんなのに」
「拒否しなかったじゃないか」
拒否する余地、あったかな。
「リリーシアのおかげで面白いことが出来た。研究所の連中も楽しかったみたいだぜ」
ノックが二回あって、扉が開き、ポリーとカーリーさんがお菓子を持って入ってくる。
「話しは終わりだ。ゆっくり菓子でも食べていけ。俺は仕事に戻るぞ」
「え?もう終わったの?」
「えっと…。ありがとうございました」
「あぁ。エルを追いかけるなら、ポリシアも連れて行けよ。サンドリヨン一人じゃ手に負えない迷子なんだから」
「あ…。はい…」
部屋を出ていくシャルロさんを見送る。
「リリー。王都で迷子になったの?」
「えっと…」
「散歩をしていただけ、と伺いましたが?」
「迷子になったのね、リリー」
どうして、そう思われちゃうのかな…。
※
ポリーと出発する約束をして、エイダと一緒に、前にマリーと一緒に行ったお花屋さんへ。
「こんにちは」
「いらっしゃい。あら…。今日は一人なの?」
「はい。あの、百合のブーケをお願いできますか?」
「お墓参りに行くの?エルが居ないのに?」
「どうしてエルが居ないって知ってるんですか?」
誰も知らなかったのに。
「だって。花の妖精たちが言っていたもの」
「え?」
この人…?
魔法使いじゃないのに?
「魔法使いの素質がなくたって、精霊や妖精の声が聞こえる人は居るわ。私も、この仕事が長いもの」
そういうことも、あるんだ。
でも、ずっと一緒に居れば気持ちが通じ合えるようになるの、わかる気がする。
「どうしてお墓参りに行くの?エルだって、行かなかったのに」
「え?行かなかったの?」
「行かなかったわ。私の店には、花を頼みに来ただけだもの」
たぶん、部屋にあった花だよね。
どうして行かなかったのかな。
忘れてるってことは…。
でも、意図して行かないってことはなさそうだから、忘れてる?
二日で出発したなら、時間がなかったのかな。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
花の代金を渡して、ブーケを受け取る。
「で?教えてくれないのかしら」
「えっと…。フラーダリーって、エルの大切な人だから。…彼女に、聞いてほしい事があるの」
「エルの大切な人はあなたでしょう」
「でも、私。フラーダリーのような愛情は、エルにあげられないと思う。私は私の愛し方しかできないの。だから、フラーダリーを尊敬してるし、エルを愛してくれた人に感謝してるの」
「あなた、変わってるわね」
もう、それを言われるのは何度目かわからない。
「私、フローラって言うのよ。花のことを聞きたかったら、いつでも相談してね」
「はい。ありがとうございます、フローラさん」
「フローラでいいわ。結婚式、楽しみにしてる。日取りが決まったら、早めに教えてね」
「…はい。フローラ」
結婚式。
エルと会わないまま、結婚だけしてるなんて。
そういえば、エルと一月以上会っていない。
エル…。
出会ってから、会ってない期間の方が長いよ。
会いたい。
今すぐ、会いたい。
会って、抱きしめて欲しい。
エルのばか。
どうして、一人で行っちゃうの。
『ねぇ、リリー』
エイダの言葉に、顔を上げる。
『あなた、お墓の場所覚えていたの?』
「え?」
あれ?
どうして、歩いて来れたんだろう。
フローラのお店から、ぼーっと歩いていただけなのに。
気が付いたら、ここは。
フラーダリーのお墓の前。
「覚えてないよ。気が付いたら、ここに来ていたの」
『あなたって不思議な子』
「私も、どうして迷わず来れたのか知りたい」
それがわかれば、迷子なんて言われずに済むんだけどな。
フラーダリーのお墓に、ブーケを置く。
この前来た時は、泣いてしまったんだっけ。
「フラーダリー。私ね、エルの過去を見つけてきたの。きっと、エルが忘れている過去」
レイリスとの思い出。
「エルはね、今も昔も変わってなかった。私が聞いたエルは、どれも、私が知ってるエルだったの。それはきっと、周りに、必ずエルを大切にしてくれる人が居たから」
レイリスも、クロライーナの精霊も。
フラーダリーも、ラングリオンの人たちも。
「私。エルを愛してる。エルを幸せにしてあげたいの。エルが私を幸せにしてくれるように。エルは今まで何もかも自分のせいにして、一人で背負ってきたから。私、エルが一人にならないように、エルの隣に居ようと思う」
できるかな。
だめ。迷わないの。
やらなくちゃ。
「頑張るね」
心地良い風が吹く。
知っているよ。フラーダリーの魂がここにないことぐらい。
でも、言葉が届くかもしれないから。
死者の世界まで。
※
午後。
「ようやく、来たかい」
「…ごめんなさい」
くすくすと笑われる。
怒っては居なさそう?
「なんだい。怒ってなどいないよ。私の元へ来なかったのは自業自得だろう」
「自業自得?」
「エルロックに会えなかったのは、私の予言を聞かなかったからだ」
「えっと…」
やっぱり、怒ってるのかな。
エルが出発したら、すぐに来るように言われていたのに。
無視して砂漠へ行ってしまったこと。
「ごめんなさい、ポラリス」
王都の占い師は、怒ることなく笑う。
「あの…」
「さて。私に何を聞きたいのかな。リリーシア。迷いを持たずにここに来た理由は、私が呼んだからかい」
「はい」
「お利口な返事だ。でも、求めることがないのに来られても、予言の与えようがない」
「どうして、呼んだんですか?」
「レイリスに会ったのだろう」
「…はい」
なんでも知ってるんだな。
「良いんだ。もともと予言の内容は、南に行ってはいけない、ではなく、東に答えがある、だ」
「え?」
「それを伝えようと思っていただけだよ。お前は予言などなくとも、東へ向かうことになった。これもまた運命なのさ」
「あの、どうして南へ行ってはいけないって言ったの?」
「お前は何でもエルロックに言うだろう。あいつは、お前が東へ向かうのを止める。お前が何を言っても南へ連れて行っただろう。だから、南へ行ってはいけない、と予言を与えたのだよ」
そう、だったんだ。
実際、言っちゃったんだけど。
あれ?
「エルと戦う前に、私が勝てば、エルの運命を変えられるって言ったのは?」
「そのままの意味だよ。私は、ずっとエルロックの運命を追っているんだ。王都に居るのも、その為」
「どうして?」
「あいつはね。特殊なんだ。このままじゃ死んでしまうよ」
「え?」
「死ぬことが、運命なんだ」
「嘘」
「本当だ」
「だって。…だって、あなたは運命を語らないって」
「それは運命が変わってしまうからだ。私はね、変えたいと思ってる」
「エルの、運命を?」
「あぁ。私には、それができないから。リリーシア。お前に託そうと思う」
「私、エルを、救えるの?」
「私はお前に、その可能性を見る。あいつが死ぬはずだった運命を、一度救ったお前に」
「え?」
「救っているんだよ。一度」
「それって、いつのこと?」
「秘密だ」
「あの…。私、何をすればいいの?」
「思うように行動するんだ。お前の運命が、エルロックを救う」
思うように…。
「私、今すぐエルに会いたい」
「そうかい。あいつはグラシアルを目指してる」
「どうすれば、エルに追いつける?」
「…そうだね。占ってみようか」
ポラリスが水晶を覗く。
「あなたは、道を遡る。しかし、すべては遅い」
遅い…?
「疾走せよ。人の足を超えるものに頼れ」
人の足を超えるもの…。
「時間がないな…。いいかい、リリーシア。思い出すんだ。お前がエルロックと辿って来た道を。その道を、引き返すんだ。グラシアルへ向かって」
「え…」
思い出せるかな。
だめ。思い出さなければ。
「そして、できる限り馬を使え。馬車を拾えるところは、馬車で移動するんだ」
「はい」
「私ができることはここまで。幸運を祈っているよ」
「ありがとう、ポラリス」
「気を付けて、リリーシア。二人一緒に帰ってくるんだよ」
「はい」
※
「うん。わかってるよ」
「きっと、そうだと思ってたわ」
「ごめんね。急に決めて」
「いいんだよ。きっと、追いかけるってわかってたから」
「エルは、リリーを絶対に王都から出すなって言ってたけどね」
「え?そうなの?」
「そうだよ」
エル…。
自分が死ぬかもしれないってわかってるのかな。
「リリー、良いものあげる」
「え?」
「これ。エルがずっと作っていた薬」
薬の瓶についているラベルは…。
船酔い止め薬?
「これ、リリーシアの為に作ってたんじゃないかな」
「え?」
「だってこれ、花の蜜が入ってるんだ。エルは薬の成分に不要なものはほとんど入れない。だからきっと、リリーシアの為に作ったんだよ。持って行って」
「うん。ありがとう」
エル…。
これは、追いかけて良いってこと?
「ルイス、キャロル。必ずエルと一緒に帰ってくるね」
「うん。信じてるよ」
「帰ったら、結婚式をしなくちゃいけないもの」
「うん。そうだね」
エル。
今度は私が、グラシアルへ迎えに行くよ。




