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トーロの十六日の、朝に砂漠の街に到着。そのまま関所で昼まで休んで、眠たい目をこすりながら隣町まで歩く。
深夜に到着した街で熟睡して、起きた時間に次の街へ。
なんとか、日常のリズムが戻ってきた、トーロの二十日。
ようやく。
久しぶりに、王都の東大門に到着した。
ここって、エルとラングリオンに来た時にくぐった門と同じだ。
「あ!マリアンヌ様、リリーシア様」
「ただいま」
「どうぞ」
「えっ?」
急に渡されたのは、ドライフラワー?
「あら。素敵ね」
「どうぞ」
「お祝いです」
「受け取ってください」
何故か、みんな私に渡してくる。
「えっ?」
「リリー。全部貰わなきゃだめよ」
「え?」
「そういう風習なのよ。とりあえず、シャルロのところに寄って行きましょう」
「あ、あの、」
道行く人に花をもらいながら歩く。
何かの、お祭り?
「どうして、みんな私に?」
「リリーじゃなきゃダメだからよ」
「え?」
「エル、帰ってるのかしら」
「えっ」
待って。心の準備が。
何て言って謝ろう。
あぁ、どうしよう。
でも、楽しみ。
エルに会うの、すごく久しぶりだ。
「いらっしゃいませ。マリアンヌ様、リリーシア様」
「ただいま、カーリー」
「リリー!」
「えっ、ポリー?」
『久しぶりだな』
ネモネ。
「久しぶり。…ポリーがいるってことは、エル、」
やっぱり、帰ってるんだ。
「えぇ。帰ってるわよ。一昨日着いたの。あなたがマリアンヌ?」
「こんにちは。あなたは?」
「ポリシア・ネモネよ。リリーの姉なの」
「姉?姉なのに、ファミリーネームが違うの?」
「え?言ってないの?リリー。シャルロもカミーユも全部知ってたわよ?」
「えっと…」
そういえば。
すっかり忘れてた。
「おい。玄関先で何やってる」
「あ。シャルロ、シャワー借りるわよ」
「カーリー、準備してやれ。…リリーシアもか?」
「そうよ。もう、くたくた。リリー、早く行くわよ」
「えっ、と…」
シャワー借りに来ただけなの?
「真っ直ぐエルのところに帰れば良いじゃない」
「いいのよ。あ、シャルロ、お土産渡しておくわね」
マリーがシャルロさんに何か渡す。
あ。私もあったんだ。
「どうぞ」
「お前ら、何しに行ってきたんだ?観光に行ってきたわけじゃないだろ?」
「半分は観光よ。楽しかったわね、リリー」
「うん」
「ところで、さっきから居るあなたは何て名前なの?」
あ。
「困ったわねぇ。私、シャルロにもカーリーにも、本当のこと、話してないのだけど」
エイダが顕現する。
「サンドリヨン?」
「サンドリヨン様?」
きっと、ポリーには、顕現してるかどうかもわからなかったんだよね。エイダが普通に立ってるから。
「ね、見なかったことにしてくれる?」
「…あぁ、大体の事情は察したよ。お前がエルに協力してるっていうのは、そういうわけか」
流石、シャルロさんだな。
「では、マリアンヌ様、リリーシア様、こちらへ」
シャワーというか。お風呂の準備をしてもらって、のんびりマリーと入る。
「帰りたくないわぁ」
「え?」
「きっと、叱られるわ。さんざん」
そういえば、出発する時にも…。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
「謝らないで。私、すごく楽しかったわ。リリーと旅ができて。王都を出る時は必ず馬車で移動なんだもの。あんな風に歩いたの、初めてよ。私、また、あの星空を見たいわ。キャラバンのラクダから一緒に見た星空」
「うん。綺麗だったね」
本当に。
星が降ってきそうなほどの満天の輝き。
「で?さっきの話し、教えてよ」
ファミリーネームが違うって話し…。
「私、グラシアルの、女王の娘なの」
「女王の娘?」
「うん。女王と血が繋がってるわけじゃないんだけど。女王の娘って五人いるんだ。みんな一緒に生活してる姉妹だったの。今は、修行の為に外に出てるだけで、本当は、三年たったら帰らなきゃいけない」
「グラシアルに?…帰らないんでしょ?」
「うん。帰らないと…。その、帰らないわけにはいかないんだけど。帰らなくても良い方法があるかもしれなくて、エルが探してくれてるの。エルがセルメアに行ったのも、その方法を探すためだったんだ」
「そう…。そうよね。リリーの為じゃなきゃ、わざわざセルメアに行ったりしないわね」
セルメアは、黄昏の魔法使いと因縁のある国だから。
「でも、エルらしいわ。なんかこう、目的を決めたら真っ直ぐなところ」
「うん」
「何か見つけられたのかしらね。エルに頑張ってもらわないと、私だってリリーと一緒に居られなくなっちゃうじゃない。来年、一緒に桜を見る約束だってしてるのに」
「大丈夫だよ。だって、エルだから」
「ふふふ。そうね」
ようやく。
エルのことを、マリーと共有できるぐらいに知ることが出来たんだ。
エル、元気にしてるかな。
会いたい。
ずっと、会いたかった。
勝手に砂漠に行ったこと、怒ってるかもしれないけど。
話したいことがたくさんあるよ。
エル。
※
シャルロさんとカーリーさんにお礼を言って、マリーと別れて、ポリーと一緒に歩く。
「あ、隊長さんの所に寄っても良い?」
「隊長?」
「ガラハドさん」
「あぁ、三番隊の。いいわよ。リリー、本当に王都で有名人よね」
「え?」
「何かやらかしたの?リリーの名前、ほとんどの人が知ってたわ」
「えっと…」
それって、あれしかない。
迷子じゃなかったんだけど…。
『ふふふ。リリーは愛されてるのよ』
「どうぞ」
「はいっ」
「お姉ちゃん、あげる!」
「あ、ありがとう」
断ってはいけないらしい。
もう、ブーケが作れるぐらいのドライフラワーだ。
「ねぇ、どうしてみんな私に渡すのかな」
「え?…そうねぇ。エルに聞いてみれば良いんじゃない?」
『教えてやらないのかよ』
「だって。面白いじゃない。エルだって、最初はこれが何なのかわかってなかったみたいよ」
『そうだけどさ』
「ねぇ、イリスにも会ったんだよね?」
「会ったわよ。もう、びっくりしたんだから。あんな強い精霊になってるなんて。本当、エルの魔力って信じられないわね」
「ん…」
エルの魔力に色がついて見えるのは、エルがレイリスからもらった月の精霊の力を持っているから。
エルが、精霊と同じように魔法を使えるのは、エルが半分精霊だから。そして、人間だから魔力を回復できる。
「着いたわよ」
三番隊の宿舎の扉を開く。
隊長さん、居るかな?
「リリーシアさん。これ、どうぞ」
「おかえりなさい」
「どうぞ」
「はい」
ばたばたと走り去る間に、三番隊の人たちが私の腕に花を置いて行く。
「いってらっしゃい」
また、イーストで何かあったんだろうな。
相変わらず、三番隊って忙しい。
「リリーシア。帰ったのか」
今出て行った人たちと、入れ違いに隊長さんが戻ってくる。
「隊長さん」
「おかえり。ほら、俺からもプレゼントだ」
隊長さんが私にドライフラワーをくれる。
「…あの、どうして皆、私にくれるんですか?」
「そりゃ…」
隊長さんの視線の先、ポリーを見ると、ポリーが口に人差し指を当てている。
「もう」
「すぐにわかるから良いのよ。それより、ガラハドに用事あったんでしょ?」
「あ、うん」
荷物の中から、タイピンを出して、渡す。
「これ、お土産です」
「土産?」
「はい。いつもお世話になってるから。隊長さんに似合いそうだと思って」
「そうだな。正装の時にはつけさせてもらうよ。…まだエルに会ってないんだろ?早く行ってやりな」
「はい」
「また来るわ」
頭を下げて、宿舎を後にする。
それから…。
「あ。ポラリスに会わなきゃ」
「リリー。早くエルに会いたいんじゃないの?」
「えっと…」
その。
「会いたい、んだけど…。どんな顔して合えば良いのか、わからなくて…」
「何言ってるのよ。いいから行くわよ。もう、どこにも寄り道なんてさせないわ」
ポリーが私の腕をつかんで、サウスストリートを歩く。
「待って、ポリー、」
速足で歩くポリーについて行きながら。
道行く人からドライフラワーをもらいながら。
待って。
えっと。
どうしよう。
会いたいのはもちろんなんだけど。
だって、久しぶりすぎて。
だって。
「エル!リリーを連れて来たわよ!」
ポリーが、エルの薬屋さんの扉を開く。
「え…?」
天井から香ってくる、花の匂いに顔を上げると、たくさんのドライフラワーが天井からつりさげられている。
薬の匂いなんて全然しないぐらいに。
「おかえり、リリーシア」
「ただいま、ルイス」
「…本当に。どうして、一日待てなかったのかな」
「え?」
「リリーシア。エルは居ないよ。旅に出た」
「え…?」
「どういうことよ。昨日は居たじゃない」
「昨日の夜に出発したんだよ」
「グラシアルに?」
「え?グラシアル?」
どうして、グラシアルに?
「リリーを待つんじゃなかったの?」
「僕に言わないでくれる?エルにも何か事情があったみたいだよ」
「事情って何よ。リリーを連れて行くためにわざわざ遠回りして来たのに」
「遠回り?…ねぇ、ポリー、何の話し?どうして、グラシアルに行かなきゃいけないの?」
『ポリー、口には気をつけろよ。情報を開示して良い人間と、そうじゃない人間ぐらい見極めろ』
「わかったわよ。話しをしたいならシャルロのところに行くわよ」
「待って、ポリー。私…。あの、ルイス、エルは、何か言ってた?」
「会いたかったって言ってたよ」
エル…。
「エルの部屋に行ってみたら?リリーシアが来るまで開けるなって言ってたから。何かしてるんじゃないかな」
「え?」
「ポリシアさん。今日一日ぐらい、旅の疲れを休ませてあげようよ。僕たちだってリリーシアの話しを聞きたいし」
「わかったわよ。リリー、明日、迎えに来るわ」
「うん…」
ポリーがお店を出ていく。
「エル、怒っていた?」
「怒ってないよ」
「でも、私…」
「結婚おめでとう。リリーシア」
「え?」
「え、って…。誰も教えてくれなかったの?」
何の、話し?
「あぁ、うん。そうだね、本当は、エルに言わせたかったんだろうね、みんな」
「ルイス?」
「エルは婚姻届に署名してきたんだよ。だから、リリーシアとエルは正式に結婚したんだ」
署名?
「ど、どうして?」
「何を驚くことがあるの?」
「だって、私、全部勝手にしたのに」
「リリーシアのプロポーズを、エルが断ると思う?」
「え?」
えっと。
そう、なるのかな。
婚姻届を置いて行くなんて…。
でも、そんな強制的な方法で?
「だって。エルは、書類を取り下げようと思えば…」
「リリーシア。エルが署名しないって思ってたの?」
「あの…、」
「逆の立場だったらどう?」
逆?
「エルは、そんなことしないよ」
「しないかな」
「だって。エルだったら、こんな方法使わなくても砂漠に行く方法を見つけ出せるよ」
ルイスが、くすくす笑う。
「あぁ、そうだね。その通りだ。じゃあ、この話しは終わり。そのドライフラワーはキャロルに渡してくれる?多分、ベランダに居るはずだから」
「うん。わかった」
久しぶりだな。
家の中に入って、階段を上る。
そして、ベランダへ。
「ただいま、キャロル」
「リリー?おかえりなさい!」
キャロルが私に抱きつく。
「やっぱりリリーもドライフラワー貰ってくるのね」
「え?」
「結婚おめでとう。私もドライフラワーあげたいんだけど、これじゃあ、無理ね」
「どうして、みんなドライフラワーをくれるの?」
「ラングリオンでは、結婚した二人にドライフラワーを贈るのよ。結婚式を挙げるまでずーっと。結婚した二人が、ずっと一緒に居られますようにって。花を渡した二人が幸せになれば、そのおすそわけをもらえるのよ」
「そうなの?」
あれ?ってことは…。
「みんな、知ってるの?」
「知ってるの?って。リリーがエルを訴えたなんて面白い話し、王都の人が知らないわけないじゃない」
「あぁ…」
そうなんだ。
ごめんなさい、エル。
「エルも毎日もらってくるんだもの。お店に来る人も置いて行くから、お店はドライフラワーでいっぱいよ。だから今、外に飾ってるの。…これも、もらうわね」
持っていたドライフラワーの束を、キャロルに渡す。
「手伝うよ」
「もう終わるから大丈夫よ。それよりもエルの部屋に行ってみて。リリーに見せたいものがあるみたい」
「見せたいもの?」
「うん」
見せたいものって、なんだろう。
家の中に戻って、エルの部屋の扉の前に。
そして、扉を開く。
「あ…」
『まぁ』
綺麗。
なんて綺麗なんだろう。
色鮮やかで。
華やかで。
赤。
白。
ピンク。
たまに青い色もある。
色鮮やかな花が散りばめられた部屋。
壁にはリースまで飾られてる。
これ、私の為に…?
『おや、早かったね』
『もう帰ってきたの』
『まだまだ契約の期間は過ぎてないのに』
「あ、の…。あなたたちは、花の妖精?」
『そうだよ。エルに頼まれたんだ』
『君が来るまで、花の美しさを保って欲しいって』
『花のメッセージよ』
「メッセージ?」
『そうだよ』
花言葉があるのかな。
サイドテーブルに、ブーケと手紙が置いてある。
可愛いブーケ。色んな花が入ってる。
アヤメ。
これの意味は知っている。
あなたへの愛のメッセージ。
他にも知ってるのはいくつかあるのだけど…。
ちょっと、自信がない。
手紙を開く。
「…え?」
『手紙じゃなさそうですね』
これ。
どうしよう。
花の名前が羅列されていて。
最後に。
花言葉。
帰って来るまでに調べておいて。
エルロック
「調べてくる」
きっと、王立図書館に行けばわかるよね。
部屋を出て、ベランダに。
「キャロル、王立図書館に連れて行ってほしいの」
「今から?」
「うん。花言葉を調べたいの。これ…」
キャロルに手紙を見せる。
「なぁに?これ…。わかったわ。お昼を食べたら一緒に行きましょう」
「ありがとう」
「また、ドライフラワー増えるんだろうな」
えっと。結婚式を挙げるまで続くんだっけ?
夕方までに調べきれなくて、結局本を数冊借りてくる。
すべての花言葉が載っている本はないし、花言葉も本によっては意味が違っていたりするのだ。
キャロルが夕飯を作っている横で、調べた花言葉をメモに書き写していく。
横に、エルの問題を置いて。
でも、どれが、求められている答えなのかな…。
「たぶん、手紙なんだよ。繋げたら意味が通じるんじゃないかな」
「手紙…?」
「手紙だったとしたら」
ルイスが、書き写したメモを見て、くすくす笑う。
「これが、リリーシアへの、エルの気持ちなのかな」
花言葉というのは本当に、すごい意味が多い。
「エルらしいね。言葉にできないから、代わりに花言葉を調べるように言うなんて」
「普通に手紙、書けないのかしら。エルって」
「苦手なんだよ。きっと。…言葉を繋げるのはリリーシアに任せよう。わからなかったらエルに言わせれば良いだろうから」
「そうね。…ね、リリー、このカップ、使っても良い?」
「うん。使って」
「せっかく四つセットなのにね」
エル。
会えると思ってたんだけどな。
これって、エルに内緒で砂漠に行った罰なのかな。
それとも、婚姻届を勝手に出した罰…?
花畑で眠っているみたい。
良い匂い。
エル…。
昨日はここに居たんだよね。
グラシアルに行った理由、ルイスとキャロルは知らないみたいだった。
エルは必ず帰ってくるから、待っていた方が良いよって。
でも。
「エイダ。私、グラシアルを目指そうかな」
『どうして?』
「だって、エイダの目的地はグラシアルだよ。エルと同じ」
『グラシアルの、どこへ行くのかわからないわ』
「王都じゃないかな」
『何故、そう思うの?』
「私を女王から解放する方法があるのって、どこだと思う?」
『え?…それじゃあ、エルは、見つけたと言うの?』
「うん。でも、どうして、王都についてすぐに行ってしまったのかわからない」
一昨日帰って、昨日出発したなんて。
私に会いたかったって…。
だから、遠回りをして王都に…。
あれ?
本当だったら、真っ直ぐグラシアルを目指していたの?
そこまで急ぐ理由があったの?
それって。
もしかして、時間がないってこと?
私に残されている時間が?




