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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.砂漠編
34/46

49

 日暮れから深夜まで歩いて、深夜に少し休憩をして。

 それからまた歩いて、夜明けを眺めながら、また歩く。

 時間の感覚も、距離の感覚も奪われる。

 日が昇れば、強い日差しが照りつける乾燥した世界。本当に、昼夜の気温差は激しい。

 ルイスが用意してくれたマントを着ていてもこうなんだから。

『水分補給はこまめにね』

 そうだ。なるべく思い出した時に飲まなきゃ。

 気が付いたら忘れそうになる。

 水筒の水を口に含む。

 全然、塩分を感じない。

 キャラバンで旅してた時は、塩辛く感じていたのに。

 徒歩に変わっただけなのに。

 人も精霊も居ない。

 照りつける太陽がじわじわと体力を奪っていくのがわかる。

 砂漠に入ったばかりの時は岩場が多くて舗装された道で歩きやすかったし、ラクダに乗りながら集団で移動するするキャラバンは、人と話していられる余裕もあったけれど。

 砂だらけで歩きにくい場所を、エイダの姿だけを頼りに歩くのは相当大変で、不安になる。

 今、エイダの姿を見失たら。

 今、マリーの手を離してしまえば。

 怖い。

「リリー、大丈夫?」

「うん…」

「エイダ、そろそろ休憩した方が良いわ」

『待ってて。周囲を探してくる』

 エイダが、高く飛び上がる。

 精霊って、あんなに高く飛べるんだ。

 そうだよね。重さがないはずだから。

 そして、すぐに戻ってくる。

『向こうに、休憩できそうな場所があるわ』

 大きな岩が並ぶ場所にエイダが案内してくれる。

 言葉を発することが出来ない。

 あまりにも、疲労が溜まって。

「リリー。食べて」

「うん…」

 キャラバンから分けてもらった、豆のスープを口に入れる。

 それから、水に浸して柔らかくしたドライフルーツを口に入れる。

 全然、味わえない。味を感じない。

『太陽が真南に来てしまえば、日陰を探せなくなるわ。…この辺りを見てきたけれど、日陰になりそうな場所は月の渓谷まで見当たらない。日陰がある内にここでしっかり休んでおいて、太陽が真南にある時間は、歩くしかないわね』

「わかったわ」

「うん」

『眠れるなら、寝ておいて』

「リリー、眠れる?」

 今、寝たら。

 このまま目覚められなくなるんじゃないだろうか。

 意識が保てるか不安だ。

「大丈夫…」

 しっかりしなきゃ。

「……」

 弱気になったらだめ。

「エイダ。あなた、リリー一人ぐらいなら抱えて飛べるわよね」

『飛べるわ』

「リリーが倒れたら、先に月の渓谷へ連れて行ってあげて」

「マリー?」

 何、言ってるの?

「私は平気よ。砂漠を旅していて気付いたの。私、リリーよりも消耗してないわ。たぶん、ナインシェと契約しているからね」

「え…?」

「光の精霊と炎の精霊は、同じ温度を上げる神から生まれた精霊よ。おそらく、私にはその加護がある。だから、私はリリーより楽に旅してるわ」

 そんなこと、あるの?

「リリーはもともとグラシアルの出身だし。暑さには弱いはずよ」

 城は、寒い環境ではないんだけど。

 説明する元気がない。

「エイダは炎の精霊だから、暑さなんて平気なんでしょう?」

『…ごめんなさい。あなたたちがどれだけ辛いかわかってあげられなくて』

「だから、言ったじゃない。私は平気って」

『砂漠で一人になるのは危険よ』

「大丈夫よ。適当な場所で夜を待って、東に向かって歩くわ」

『わかるの?』

「今までずっと北東を目指していたキャラバンが、途中で北に進路を変えてから、エイダが私たちに声をかけたじゃない。そして、最後、キャラバンは北西に進路を取った。つまり、目指すのは東なんでしょう?」

『そうよ』

「だったら大丈夫。迷わないわ」

「だめ…」

 勝手に決めないで。

「だめ?」

「マリー。離れないよ」

「リリー、私の話し聞いていた?」

「だめ。私、倒れたりしないから。エイダも、そんな約束しないで」

「リリー。あなたに何かあったら、」

「お願い。私はエルのために死なないって決めたの。それ、誰かに守られているんじゃ意味がないの。私が自力で、大丈夫だって示さないと意味がないの」

 だから、お願い。

「リリー、あなた…」

 暑さにも、疲れにも負けたりしない。

 フードを外して、髪を結んでいたリボンを一つ外して、マリーの右手と自分の左手に巻きつける。

「お願い、マリー」

 それから、水の球を取り出して自分の頭にぶつける。

 ひんやりしていて気持ち良い。

「こうすれば、大丈夫だから。絶対に倒れてもすぐに目覚めるから。だから、お願い。変なこと考えないで」

「リリー、もしもの話しをしてるだけよ」

「撤回して」

 マリーが黙る。

「エイダ。絶対にマリーを一人にしないで」

『リリー。私はエルの精霊よ。エルが私に求めたことは、あなたを守ることなの』

「エルの、ばか」

 酷いよ。そんな約束。

 信じてくれるって言ったのに。

 酷い。

『え?』

 エイダが、顔を上げる。

『…伏せて!砂嵐だわ』

「え?」

「砂嵐?」

 どこから?

 確認する暇もなく、マリーと手を繋いで、その場に身を伏せる。

 すぐに、砂嵐が辺りを覆う。

 目も口も開けないほどの砂が舞っていて…。

「困ったお姫様だな」

 今の、声?

「え?」

 強い砂嵐。

 それから、体が宙に浮く間隔。

 何?

 何が起きてるの?

 砂が酷くて目が開けない。

 右手が掴まれてる感覚はあるんだけど。

『リリー!マリー!』

 エイダの声が遠い。

 あ。右手。

 指輪が。指輪が包まれてるから。エイダが…。


「あっ」

 地面に下ろされる。

 そして、しばらくしてから砂嵐が止まり、指輪からエイダが現れる。

「リリー、マリー、無事?」

 体を起こすと、マリーが横に倒れている。

「マリー!」

 慌てて抱き起す。

「マリー、しっかりして」

「んん…。何が、起こったの…」

『二人とも、魔法で攻撃されたのよ』

 え?

「魔法…?リリー、平気なの?」

「うん。私は魔法が効かないから」

「そう…、だったわね」

 マリーが自分に向かって光を放つ。

 たぶん癒しの魔法だろう。

「攻撃されたって…。今の砂嵐、魔法なの?」

 全然気が付かなかった。

『自然じゃないわ。意図的に引き起こされた魔法だったのは確かよ。伏せていた人間を宙に浮かせるなんて有り得ないもの』

『えぇ。…リリーがダメージを受けていなくて、マリーがダメージを受けているのなら、魔法の攻撃だったのでしょうね』

 マリーが光を消す。

 今までずっと、治癒の魔法を使ってたのかな。

『マリー。無理しないでね。あんまり魔力を使ったら危ないわ』

「大丈夫よ」

 そんなに、魔力を使ったの?

 マリーの輝きが変わったようには見えないけれど…。

「リリーのリボンがあって良かったわ。ありがとう」

「え?…うん。私も」

 離さないで良かった。

「でも、これはちゃんとリリーの髪に結んでおきましょう」

 マリーが腕に巻きつけていたリボンを解き、私の髪を結ぶ。

「マリー、さっきの話し…」

「強情な子ね」

「だって、マリーは私と一緒に旅してるんだよ。エルは、私が一人で行動するといつも心配するの」

「…どういうこと?」

「知らない人について行くなって」

 マリーが笑う。

「リリー。それ、子供でも分かることよ」

「え?」

「わかったわ。リリーが倒れたら、私が背負ってあげる。それなら良いでしょ?」

「えっ。それは…」

「だから、私が倒れたら、リリーもそうして頂戴」

「うん」

「というわけよ、エイダ」

「…そうね。帰り道も大変そうだもの」

「帰り道?」

「ここは月の渓谷よ」

「え?」

「え?」

 ここが、月の渓谷?

 空気が澄んでいて、砂漠じゃないみたい。

 確かに。渓谷と言われれば納得するような場所。

 私たちが居る左右には絶壁があり、ここは風が吹く涼しい場所だ。

 あれ?涼しい?

 そういえば。私、暑くて辛かったのに。

 ここは全然そんな感じがしない。

 さっきまでの疲れが消えてしまったかのように、体の調子が良い。

「不思議な岩ね。白いわ」

 マリーが壁を手で触る。

「何でできているのかしら」

 軽く指でこすってみると、指が白くなる。匂いはないみたい。

 叩いてみる。

 思ったより柔らかい素材でできているのかも。リュヌリアンで斬れるかな。

 …あれ?これ、もしかして月の石?

「不思議な場所。太陽が遠く感じるわ」

 月の石が、その性質上、絶対に熱くならない。

 太陽の力を内に蓄積するからとも、反射するからとも言われている。

 夜に月が輝くのは、蓄積した太陽の力を放っているかららしい。

 この石が昼間集めた力は、どこに行くのかな。どこに向かって放たれるんだろう。

「リリー、置いて行くわよ」

 マリーとエイダが奥に向かって歩いている。

 それを追って、絶壁の空間を抜けた先は…。

「ここって…?」

 なだらかな岩の壁に囲まれた円形の空間。

「その昔。月の女神が、砂の大精霊を遣わせた場所なんですって」

「砂の大精霊?」

「私が七日七晩かけて焼き払ったこの大地は、自然として壊滅状態だったの。私が放った炎の精霊たちは、あまりにも強くて、傲慢で、負の感情で溢れていた。月の女神は、炎の精霊をここに住まわせるため、ここで生き残った精霊を救うため、ここに生き残った人々を救うため。砂の大精霊に、自然を安定させるように命じたらしいわ」

「そんな話し、聞いたことがないわ」

「月からやって来た砂の精霊…?」

「昔の話しだもの。それとも、ガラスの靴の王子様って言った方が早いかしら」

「ガラスの靴の王子様?」

「えぇ。砂漠に降りた大精霊が最初にしたことは、オアシスを作ることだったの。手にしていた透明な器を広げて、水が溜まる大きな桶を作り、それを大地に埋め込んで水を溜めた。精霊と生き物が生きていけるように」

 それって、サンドリヨンの物語?

 ガラスの靴から水が湧いて、オアシスが生まれたって。

「もともと手のひらサイズだった透明の器は、何故かガラスの靴として広まったけれど」

 きっと、お話を作る上で、サンドリヨンが常に身に着けているものじゃないとだめだったからじゃないかな…。

「ずっと棺の中に居た割には、詳しいじゃない」

「ポラリスから聞いたのよ。ポラリスは、歴史と精霊について詳しかったわ」

「…そうね。ポラリスって何でも知ってるもの」

「私は知っておく必要があるだろうって教えてくれたのよ」

 エイダが先を歩く。

「離れていてね」

 円形の空間の、中央付近まで歩いて、エイダが強い炎の魔法を使う。

 炎は燃え上がり、その熱波で周囲に風が起こる。

「すごい出力ね。エルみたい」

 エルみたい…。

「リリー、マリー、あったわよ」

 エイダが居る場所まで走って行く。

 エイダの足元には、半分砂に埋もれた状態の銀色の箱がある。

「大事に祀られてるんじゃなかったの?」

「ダミーなら大事に祀られてるわよ。月の渓谷の北側に、神殿まで作って。中に凶暴な亜精霊をしまってある豪華な棺が。あのキャラバンが案内しようとしていたのは、おそらくそこだもの」

「そうね。本当に、開けてはいけないものだったら、その存在を絶対に知られないよう、隠すでしょうね」

 エイダが棺に戻ったから。

 砂漠の人たちは、エイダの意思を尊重して、棺が二度と開かないように守っていたんだ。

 エルが開いたのって、誰も知らないのかな…?

「リリー、開いてくれる?」

「うん」

 人が二人ぐらいは入れそうな大きな箱。棺と呼ぶには、大きすぎる気がする、その蓋を開く。

 中は空洞。

「エイダ、記憶って?」

「これよ」

 エイダが、箱の隅に転がっている水色の宝石を取り出す。

「それは?」

「精霊玉。大精霊が大切な人に贈るものよ」

 不思議な色。

 今まで見た、どの宝石とも違う。

 水の虹石でもないし、蒼玉でも、藍玉でもない。

 あれ?

「私たちは、精霊玉を贈りあった。それが、私の大切な思い出。あの人が私を大切だと思ってくれていた記憶。でも。きっと、二度と会わないと思ったから、置いて行ったのよ。だって私、エルが死ねば、またここに帰ってくるつもりだったから」

 ここから出るときは、そう思ってたんだ。

 会いたくてずっと求めていたのに、会うことはできないって。

「あ。…あの、もしかしてこれって?」

 エイダに親指の指輪を見せる。

「そうよ。リリーの短剣についているのもね」

「それなら、私、指輪を持ってる必要なかったんじゃ?」

「契約の証として贈ったものは、意味が違うわ。それは契約者を守る誓いを込めたものだもの。リリーに贈ったのは感謝の印よ」

「感謝の印?」

「えぇ。私も、本当に作れるとは思っていなかったけれど」

「どういうこと?」

「自由に生み出せるものじゃないのよ。私にとって、リリーが特別な人だから生み出せたのね」

「あ、の…。ありがとう」

「エイダって、エルよりもリリーが好きなんじゃない?」

「エルがリリーを好きだからじゃないかしら」

「ふふふ。そうね」

「え?」

「だって、精霊と人間は一心同体よ。感情だって共有するわ」

『そうね。楽しかったり、悲しかったり。嬉しかったり、怒ったり。人間って面白いもの。一緒に居ると、だんだんわかってくるわ』

 そう、なのかな。

 だったら、イリスがエルを好きなのも…?

「ねぇ、リリー。この棺を壊してくれる?」

「えっ。良いの?」

「私はもう、ここには戻らない。…この棺は魔法を受け付けないの。私じゃ壊せないわ。あなたにしか頼めないの。お願い」

「リリー、二度と棺として使えないぐらいボロボロにしましょう」

「…わかった」

 エイダとマリーが下がる。

 リュヌリアンを抜く。

 なんだか、久しぶりの感触だ。

 よし。思いっきり、壊すよ。

 もう、誰も入ることがないように。

 もう、誰かを縛りつけることがないように。

 もう、二人を引き離すことのないように。

「リリー、かっこいいわ」

「えぇ、素敵ね」

 切り刻まれた、棺だったもの。

 もう、箱であったことも怪しまれる残骸。

 それが、風が吹く度に砂に埋もれていく。

 いつかこれも。

 砂になりますように。


 ※


 太陽が真南にさしかかった。

 けれど、不思議と砂漠を歩いていた時の強烈な暑さを感じない。

 月の石の力なのかな。

 月の渓谷とは、月の石が落ちている場所一帯の名前らしい。

 丸く囲まれた場所を出た先は、月の石でできた岩場が多く、さまざまな形の岩石が転がっている不思議な場所だった。

 ここは砂漠のはずなのに。水だってないのに。精霊だって誰もいないのに。こんなに太陽は照っているのに。

 なんて、不思議な空間なんだろう。

 今まで感じたことのない力に包まれているような。

 上手く、表現できない。

 もしかしたら、ここは月と同じ空間なのかも。

『良い場所を見つけたわ』

 エイダに案内されて、人工的に抉られた大きな岩の中にマリーと一緒に入る。

 月の渓谷に来る人が休憩場所に使う場所なのかな。

 眠るのにも十分なスペースがある。

「ここで眠って、日暮れから、また歩きましょう」

「うん」

 しっかり休んでおかなくちゃ。

 あぁ、眠くなってきたかも。

「ねぇ…。ずっと、不思議に思っていることがあるのだけど」

「何?」

「あの砂嵐を起こしたのは誰?どうして私たちは、都合良く封印の棺の目の前にたどり着いたの?」

 そういえば、そうかも。

 確か攻撃魔法だったんだよね、あれ。

『わからないわ』

「エイダにもわからないの?」

『あの砂嵐が魔法だったことも、ナインシェに言われるまで気づかなかったわ。砂の大精霊がこの地に来たのは私が棺に入った後だもの。私は砂の魔法がどんなものか知らない。ナインシェは?』

『私だって、マリーが攻撃されてなきゃ、あれが魔法だなんて気づかなかったわ。砂の精霊なんて、ここで初めて見たもの』

「え?」

 あれ?ナインシェは知らないの?アレクさんが砂の精霊を連れてること。

『リリー、砂漠以外で見たことあるの?』

「えっと…」

 アレクさんが連れていたって、言っても良いのかな…。

「王都で砂の精霊を連れている人を見たことがあるの」

『砂の精霊が誰かと契約しているのなら、居るかもしれないわね』

 たぶん、契約はしてないのだろうけど。砂の精霊がラングリオンの王家に仕えていても不思議じゃないか。

「あの魔法を起こしたのは誰なの。その人物は今一体、どこで何をしているの?私たちを監視しているの?」

『そんな気配は感じないわ。私は常にこの周囲を警戒しているもの。私の目を逃れて人間が潜んでいるなんて』

 そうだよね。闇の魔法だって、光の力が強い昼間では隠れられないはずだ。

「砂の精霊ってことはないの?」

『精霊だって、居ないわよ』

「うん…。私も、月の渓谷に来てから、精霊は一人も見てないよ」

 精霊の姿も、魔法使いが放つ光も見ていない。

 そもそも砂漠で見かけるのなんて、金色の砂の精霊か、赤い炎の精霊だけ。

 どちらも、その輝きは目につきやすい。

「なんだか気味が悪いわ」

 砂嵐。

 あの時に、聞いた声。

 幻聴だったのかな。

 だって、こんなところに居るわけがない。

 本当に居るなら、姿を現さないわけがないし、一緒に居る精霊が一人も見当たらないのだっておかしい。

「エル、今どうしてるのかな」

『順調に旅をしてるわよ』

「わかるの?エイダ」

『えぇ。…私が生んだ精霊を預けているから』

「え?大精霊って、生んだ精霊を従えられるの?」

『完全に切り離していない精霊は、私がいつでも見ることが出来るし、いつでも呼び出すことが出来るわ』

「そうなの?」

「知らないわ、それ。教えてくれる?」

『大精霊は、自分の魂を削って新しい精霊を生み落せる。その精霊は大精霊の眷属として同じ力を持つの。私の場合は炎の精霊ね』

 それは知ってる。

 たぶん、氷の大精霊は、その方法で娘に氷の精霊を与えているはずだから。

『私は生んだ精霊に、魂と、魔力と、知識を与える。魂は完全に私から与えるけど、魔力は私だけの力じゃないわ。自然の力も加えるの。本来、この力は私が死ぬ時に、私の記憶を次の世代に伝えるためのものだから』

「大精霊の寿命なんて、気が遠くなるほど先じゃない」

『大精霊が死ぬ理由は様々よ。寿命で死ぬなんてないでしょうね』

「…そうね」

 それって、大精霊が人間に力を貸して、人間を悪魔にしてしまうことを言ってるの?

『切り離さないっていうのはね、生む時に自分の魔力と生んだ精霊の魔力を繋いでおくってこと。それを切れば、完全に切り離せるわ。独立した精霊になる。でも、切り離さなければ、その精霊が見ているものを共有することが出来る。リリーが持っている指輪と同じように、目で追えるのよ。精霊に力を送れば、その精霊の魔力を増幅することもできるし、魔力を奪ってその存在を消すこともできる』

 あれ?それって…。

 オペクァエル山脈で、イリスが大きくなったのって。

 氷の大精霊とイリスが、繋がってるから?

 ってことは、私はイリスの瞳を通じて、常に監視されていた?

 イリス、知ってるのかな…。

『そして、リリーとエルの意識を繋いだように、私と私の精霊が媒体になって、意識を繋ぐこともできるのよ。…色々と、不都合なことはあるけれど』

「不都合なこと?」

『完全に共有はできないわ。人の考えを映像化することって難しいもの。言葉はわかりやすい信号でしょうけど』

「あ…。もしかして、私が見たエルの意識って、たとえ、エルが映像として見ていても、私には声しか聞こえなかったってこと?」

『実際のことはわからないけれど、リリーがそう感じたならそうなのかもしれないわ。お互いに波長が合ったり、意識的に共有していることじゃなきゃ、同じものを見るのは難しいでしょうね』

 エイダにできるってことは、きっと氷の大精霊にもできたんだよね。

 つまり…。

「ねぇ、それって大精霊じゃなきゃできないの?」

『繋がっていないと無理だもの。私がエルの精霊と繋がりを断てば私にもできないわ』

「契約時に、人間が精霊に体の一部を渡すのって、繋がりを作るためよね?」

『そうね。精霊が人間と繋がりを持つ方法だわ。私たちは人間から体の一部をもらい、私たちは自分の魔力を与える』

「魔力を与える?」

『えぇ。貰ってばかりなんて等価交換じゃないわ。自分の力の一部を貸しておくの。人間は気付いていないかもしれないけれど、魔法使いは必ず、精霊の力を受け入れているはずよ』

 え?

 あれ?

「でも、人間から切り離された体の一部じゃ、繋がりが薄い。人間が呼び出してくれなきゃ探せないのよ。だから私はエルに契約の証として宝石を贈ったの。離れていてもすぐに見つけられるように。…そうなることは今までなかったから、エルはこの指輪の本当の意味を知らないでしょうけど』

「知らないの?」

『知らないわ。指輪から出るところなんて、あなたにしか見えないでしょう』

 そっか…。そうだよね。

 エル、エイダが離れていても気づかないぐらいだから。

「ねぇ。契約に使うのが瞳だったら強い繋がりになるの?」

『変わらないわ。人間から切り離された一部ならどれも一緒』

 なら、どうしてあの精霊は瞳を求めたのかな。

『ただ…。私が眠っていたのはとても長い期間だもの。私が砂の魔法を知らないように、私の知識はとても古いものだって忘れないで』

「充分勉強になるわ。あなたが知っていて、今に伝わってないこともたくさんあると思うもの」

 グラシアルが魔法大国として発展したのって、もしかして氷の大精霊の知識があったから?

 イリスは、本当にいろんなことに詳しかったっけ。

 私と同じ時に生まれたなんて思えないぐらい。

 でも…。

 少し、気になることが。

 魔法使いは、必ず精霊の力を受け入れている?

 それなら、私が見てる魔法使いの光って?

 今まで、魔力と精霊の光だって、疑問に思わなかったけれど。

 グラシアルでは寒色系が多く、ラングリオンでは暖色系が多いのは、魔法使いが必ず、精霊を体の中に隠していたからだと思っていた。

 エイダを宿したエルの色が赤く変わるように。

 エルの本来の色、つまり魔力の色は…。

 でも、マリーはナインシェが居ても居なくても同じ光。

 魔法を使って魔力が減っても、輝きが変わることはなかった。

 どうして?

「リリー、そろそろ寝ましょう」

『私が周囲を監視しているから、しっかり休んでね』

 そうだ。これからまたしばらく歩かなきゃいけない。

 エイダの目的を果たせて良かった。

 次はクロライーナだけど…。

「今日って何日かな」

 昼夜逆転の生活をしているせいで、日にちの感覚がない。

「そうね。わからないわね」

 マリーが笑う。

「マリー、知ってるでしょ?」

「大丈夫よ。このままクロライーナを目指しましょう。ほら、寝るわよ」

 長い時間が経ってしまっている気がするんだけど。

 エルが帰ってくるまでに、ちゃんと帰れるかな。


 ※


 日が落ちて間もなく。

「これって、運が良いっていうのかしらね」

 前に会ったキャラバンとは、だいぶ規模が小さいけれど、また、キャラバンに出会うことが出来た。

 今度は十人ぐらいの小さなキャラバン。

 エイダが見つけてくれたのだ。

「運が良いに決まってるだろ。こんな美人連れに出会えるとはねぇ。月の女神様に感謝しなくちゃな」

「あぁ。月の女神に美酒をささげなくちゃあな」

「何言ってんだい。昨日まで、砂嵐が止まなくて泣き言言ってたじゃねーか」

「あぁ、それもこれも、月の女神様のお導きさ。ほら、上弦の月が麗しく輝いているぜ」

 上弦の月ってことは、今はトーロの八日ぐらい?

 でも、月の形と暦って少しずれてるから当てにならない。

「本当に単純な野郎だ。悪いね。あいつらに何かされそうになったらすぐに悲鳴を上げるんだぜ。あたしが助けてやるからな」

 なんて豪快な女の人。

 この人が、このキャラバンの隊長らしい。

 キャラバンにとって隊長とは絶対的な人。

 行き先を決め、役割を決め、キャラバンを安全に導く指導者。

 隊長とは、キャラバンの絶対的なルールで、最も信頼されている人物。

「あの…、砂嵐って?」

「あぁ。ここ三日ぐらい吹いててさ。オアシスに足止めされてたんだよ。おかげで商売あがったりだ」

「あなたたちは商人なの?」

「そうだよ。砂漠の北で取れた宝石や月の石を扱ってる」

「月の石って…」

「月の渓谷にごろごろ転がってる岩だよ。あれを北のオアシスに運んで、加工したものを南に運ぶんだ。気になるなら、後で見せてやるよ」

 やっぱり月の石で間違いなかったんだ。

 リュヌリアンの素材に、こんな風に出会えると思わなかったな。

「私たち、クロライーナに行きたいのよ」

「クロライーナ?」

「嬢ちゃんたちは、月の渓谷から来たんだよな?」

「そんな何もないところばかり巡るなんて変わってんな。もっと面白い場所はたくさんあるだろ」

「男ってのはわかってないねぇ。月の渓谷の神秘的な美しさが解らないなんてな」

「お前にわかるって言うのかよ」

「なんだい。あたしにケチつけようっていうのかい」

「こらこら。その辺にしておきなさい。可愛いお客様が怖がっちゃうわ」

「あぁ、悪かったね。あたしらはニームを目指してる宝石商なんだ。あんたたちと目的地はまるっきり一緒さ。のんびり行こうぜ」

「ニーム?」

「クロライーナの最寄りのオアシスよ」

「そうなんだ」

「そうなんだって…」

「リリー、地図を見てないわね?」

「嬢ちゃん、ニームも知らずに目指してたのかい」

「えっと…」

「面白いねぇ。いつもむさくるしい顔ばかり見てるから、お嬢ちゃんたちみたいなのに会うと癒されるぜ」

「あの、キャラバンの人って、どうしてそんなに旅人に優しいんですか?」

 前に会ったキャラバンも、迷わず私とマリーを拾ってくれた。

「んー?旅は道連れっていうだろ?情けは人の為ならず、が砂漠の精神さ。人の為にしたことは、いずれ自分に返ってくるんだよ」

 あ…。

「人間は一人じゃ生きられない。こうやって群れてないとね。だから、こんな広大な砂漠で彷徨っていれば手を差し伸べてやるんだよ」

「この出会いに感謝を」

「月の女神のお導きに感謝を」

「…ってな」

 エルが優しいのって、砂漠の精神を受け継いでるからなのかな。

「素敵な精神ね」

「まぁ、砂漠には悪い奴らもたくさんいるからな。あたしらに会えたのは運が良いんだぜ」

「ありがとう。感謝してます」

「可愛いねぇ。うちの息子の嫁にならないかい」

「えっ」

「その子は既婚者よ」

「えぇ?こんなちっこいのに?まさか、あんたも?」

「私は未婚。でも、まだまだ結婚なんてする気ないわよ」

「なんだい。美人が二人そろって連れないねぇ」

「やめろよ。お前の悪い癖だぞ」

「良いじゃないか。オアシスの人間は嫁をくれないんだから」

「何?それ」

「あぁ。砂漠の風習なんだよ。オアシスの人間と遊牧民は血を交えてはいけないって」

「どうして?」

「オアシスの人間に言わせると、遊牧民の娘はじっとしていられないから、婿に来ても嫁に来てもすぐにオアシスを出ていくって言うんだよ」

「オアシスの連中にとって俺たちは野蛮らしいぜ」

「何よ、それ」

「オアシスの連中は、遊牧民の生活に耐えられないって絶対ついて来ようとはしないんだ」

「あたしはオアシスの人間に息子をやっても良いんだけどねぇ。未だに、オアシスの連中っていうのはお堅いのさ」

 確かに生活は違うだろうけれど。

 オアシスが砂漠で生活できるのは遊牧民が物資を運んでくれるおかげだろうし、遊牧民が砂漠を旅できるのはオアシスがあるからだよね?

 持ちつ持たれつの良い関係じゃないのかな。

「オアシスの人と遊牧民が愛し合うことってないの?」

「んー…。無いわけじゃないんだよ。上手くいった例もある。けど、クロライーナのことがあったから、余計にねぇ…」

「クロライーナが何か関係あるの?」

「精霊戦争と関係があるの?」

「んん?あれとは関係ないんだけど。まぁまぁ昔の話しだよ。二十年ぐらい前かね。結構良い身分の男がさ、遊牧民の娘と恋に落ちて、周囲の反対押し切って結婚したんだ。でも、その娘っていうのがね。子供を産むと同時に死んじまってさ…。遊牧民の娘なんて嫁にもらうからだって、周りの連中はかんかん。その男は悲しみに暮れて、母親を殺した子供を許さなかったって話しだ」

 あれ?

 その話しって?

―俺を生んだことで死んだ母も。

「あの、その子供の名前、わかりますか?」

「知らないよ。死んだって話しだから」

「え?」

「だって、誰も面倒を見てないんだ」

「そうだな。その子供が生まれた後、その子を見た奴は居ないらしいから」

 え…?

「あの、クロライーナに行ったことがあるんですか?」

「あたしらが何年キャラバンやってると思ってるんだい」

「宝石商になったのは五年前だろうが」

「そうだったかい。まぁ、あたしらはみんな遊牧民の生まれだ。精霊戦争前まで、クロライーナはニームなんて比にならない規模のでっかいオアシス都市だったんだからね。クロライーナに寄ったことのない遊牧民なんて居るわけないさ」

 え…。

「人口が二百人は居ただろうかねぇ」

 だって。

 それが、すべてなくなったんだよね?

「あの、精霊戦争の原因ってなんだかわかりますか?」

「罰が当たったって聞いたけど?」

「罰…?」

「ほら、なんだか良くわからないのが居たんだよ。クロライーナの奇跡」

 それも…。

「どんな難病でも怪我でも治しちまうっていう謎の人間だ。男だか女だかもさっぱりわからない。クロライーナの連中は隠してたからね。あたしらは気味が悪くて近寄らなかったけど。クロライーナはその人間の奇跡の力で儲かってたって話しだからねぇ」

「…奇跡の力を、お金に変えていたっていうの?」

「あぁ、そうさ。金になるだろ。どんな怪しい術を使ってるか知らないが、諦めていた病気や怪我を治してくれるんだ」

 なんだろう…。

 吐き気がする…。

「どんなからくりがあるのか謎だけどねぇ。あれは怪しい宗教だよ。だから、精霊や神様から罰が当たったんだ」

「そうね。聞く限り、私にもどんなからくりを使っていたのか想像がつかないわ」

「興味あるかい?」

「あるわ。でも、調べようがないんでしょう?」

「あぁ。精霊戦争で全部吹き飛んでるだろうからね」

「その奇跡の人間も?」

「生き残りは居ないって話しだからな。…いや、居たんだっけ。ちょうどクロライーナを離れていたっていう人間。まぁ、精霊戦争は見てないだろうけど」

―人間がどれだけ醜い生き物か、どうして精霊戦争が起こったのか知ることになる。

―力を持ったが為に、歪曲した愛情しか受けられなかった君が不憫でならない。

「リリー、大丈夫?」

「うん…」

「具合が悪いのかい?」

「いえ…。大丈夫です」

―そうだね。人間はいつも勝手だ。

―どれだけエルが尽くしても、エルに見返りなんて一つもくれないもんねー。

 ジオは、知ってる。

 エルの過去を。

 エル…。

 どうして、あなたは人を愛せるの。

 こんなに、酷い目に合っているのに。

 どうして、それでもクロライーナを愛していたの。

 ジオが人間不信になるには十分な理由だ。

 フラーダリーも知っていたに違いない。

 エルは、母親を失って。

 父親に捨てられて。

 街の人にも捨てられたのに。

 力があるために、利用されて。

 奇跡を…。

 エル。

 私は、これ以上の事実を知るのが怖い。

 エル…。

 ごめんなさい。

 エルが誰にも言いたくなかった過去を、探して。



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