42
「リリー、助けて」
「え…?」
目を開くと、エイダの顔が目の前にある。
「エルを助けて」
「え?」
「良い?今からあなたの意識をエルに繋ぐ。だから、エルを助けて」
「え?」
何?どういうこと?
私、まだ寝ぼけてるのかな…。
真っ暗な世界で、声だけが、聞こえる。
「そろそろ、決断をしたらどうだい。…生き残ったのは君一人だ」
女の人の声。
『嫌だ』
これは、エル…?
「クロライーナの住人だったのは、エルロックだけじゃない」
男の人の声。
「たまたまオアシスを離れていただけじゃないか。あの場に居て助かったのはこの子だけ」
「すべては精霊の意思。精霊がエルロックを守ったんだ」
『違う。全部、俺のせいだ。俺が、この瞳をくれてやるなんて約束をしたから。炎の精霊が、すべて焼き尽くした』
え…?
「耳は聞こえるようになったんだろう」
「まだ、声は出せない」
声が出せない?
「構わない。連れて行くよ」
「王都に連れて行ってどうする。嫌がってるじゃないか」
「ここに居てどうする。この子に一生辛い思いを押し付けるのか」
「知っているぞ、王都の連中がエルロックのことを何て呼んでいるか」
クロライーナの奇跡?
「この子は精霊に愛されている存在だ」
「クロライーナでも、さんざん利用されてきたんだ。これ以上、誰かに利用されるなんてかわいそうじゃないか。俺だって、エルロックを使って精霊の奇跡を求めた人間だ」
利用?精霊の奇跡?
「クロライーナが滅びたのはそのせいだ。代償を支払わなかったから」
「この子は私が守る。王都の連中の好きにはさせないよ」
あ。この女の人って。
「好きにはさせないって。お前みたいな若い魔法使いに何ができる」
「誰も、私には何もできない。私がこの紋章を持っている限り」
きっと、剣花の紋章だ。
「それは、」
「公然の秘密だ。だから、私はその子を守れる。私に預けてくれ。王都の連中は痺れを切らしている。クロライーナの調査が終われば、無理やりその子を連れて行くつもりだ」
「まさか。何の権限があって、そんなことを」
「その力が他国に知られれば、他国からも人が押し寄せるぞ。お前だって、彼の力がどれほどの奇跡かわかるだろう」
奇跡…。
「クロライーナの惨状を知ってもか?」
一体、どんな力のこと?
「そうだ。一人でいるのは危険だ。お前に、彼を守れるというのか」
「……」
「連れて行ってもいいね」
「あぁ。研究材料にされるぐらいなら、あんたに連れて行ってもらった方が楽だろう」
「さぁ、おいで。私と一緒に行こう」
『嫌だ』
「エルロック。行くんだ。もう、ここに居てもしょうがない」
『何故。ここを離れる必要が』
ここ?
『だって、俺が必要としていたものは、全部ここにある。父も。新しい母も。これから生まれてくる弟か妹も。精霊も。精霊の声を聴ける俺を、頼ってくれる人も。全部』
それは、エルの故郷…。
『ここで、砂になってある』
違う、それはあるとは言わない。
『そう。俺を生んだことで死んだ母も。ここに居る』
あぁ。そこが、始まりなの。
母親を失って、家族を失って、恋人を失った。
どうして、エルは失ってしまうの。
どうして。
「エルロック。すべて、捨てるんだ」
捨てる?
『捨てるものなんて何もない。だって、もう、失っているのに』
「お前がすべて捨てるなら、私は希望をやる」
希望。
『希望?それは、何を意味する言葉?』
「おいで。お前はまだ、いくらでもやり直せる。すぐに、言葉も取り戻すさ」
『やり直せる?何を?』
「さぁ、希望をやるから、私についてこい」
『すべて、捨てて、やり直せる?失っていない状態に、戻れる?』
エルが、求め続けたもの。
求め続けながら、得られなかったもの。
「一緒に行こう」
フラーダリー。
エルを救ったのは、間違いなく彼女。
エルが失ったすべてを与えた人。
これは、エルが十一歳の頃の記憶。
『あの時。声が出なかったから。本当は、言いたかった』
エルは、声を失っていたんだ。
だから、これは全部エルの…。
『いいよ。って…』
エル…。
エルは、だから過去を見ないんだね。
フラーダリーの言葉に従って…。
やり直してる。
前だけを見て。
エルの馬鹿。
全然捨ててないくせに。
どうして、何もかも自分のせいにしようとするの。
「エル、聞こえる?」
自分の声が響くってことは、私の声、エルに届くのかな。
これ以上、エルの記憶を見続けるのは…。
あれ…。
なんだろう、この、赤いイメージ。
まるで血のような…。
『これが、俺が彼女にしたこと』
棺と、血の赤。
『あんなに、大切にしてもらったのに』
エル…。
『生きていけるって。そう思えるようになったのに』
エルはフラーダリーと生きていくって決めたのに。
『俺のせいで…』
違う。
血を流しているのはエルだ。
ずっと。
ずっと自分のせいにしてきたから。
どれだけ自分が傷ついても、自分の傷を癒すなんてして来なかったから。
「エル」
『俺が。生きていたせいで』
どうして、自分を否定するの。
私の声を聞いて。
「エル!」
お願い。聞いて。
『俺の運命に巻き込まれたから』
運命って何?
求めたものをすべて失い続けてしまう運命なら、それはなんて酷い運命なの。
どうして全部自分の責任にするの。
違うよ。エル。そんなこと考えないで!
私が、その運命を変える。
「エルのばか!」
「え?」
エルが顔を上げる。
やっと、会えた。
認識してもらえた。
「なんで、ばかって呼んだら気づくの…」
「リリー?」
やっぱり、涙は流さないんだね。
「エル。酷い顔してる」
傷だらけ。
「酷い顔?」
「何があったの?」
どうして、こんなこと思い出しているの。
…触れるかな。
頬に、触ってみる。
あぁ、触れることができるんだ。
触れた場所から、傷が消えていく。
「ディーリシアが」
えっ?なんで、イーシャ?
「フラーダリーの仇だったんだ」
嘘。
「イーシャが?」
「あぁ」
だから、フラーダリーのことを思い出していたの?
でも、アレクさんが言っていたっけ。
フラーダリーの仇がセルメアに居るって。
まさか、イーシャのことだったなんて…。
私のせいだ。
「イーシャを、殺すの?」
「生きてるか死んでるかもわからない相手を?」
まだ会ってはいないのかな。
「生きていたら、殺すの?」
「俺は人間を殺すことはできない。殺せば、俺の魂は悪魔に堕ちるんだ」
知ってるんだ。その力で人間を殺してはいけないって。
「いいよ、悪魔になっても、私はエルのことが好きだよ」
「リリー」
あ。笑ってくれた。
「だめだよ。悪魔になれば、一緒に居ることはできない」
いつもの、優しいエル。
「私がどれだけ魔力を奪っても、エルは私と一緒に居てくれたよ」
私の方が悪魔みたいなのに。
「それとこれとは違う」
また、そうやって言うんだから。
「同じだよ。私がどんな存在でも、エルは私と一緒に居てくれたんだ。だから、私はエルがどんな存在でも、一緒に居るよ」
あぁ、でも、エルが悪魔になってしまえば、私の方が先に寿命で死んでしまう。
でも。
「例え、エルがずっと現世に生き続けたとしても。私が生まれ変わる度に見つけてくれれば良い。私は、見つけるよ」
何度生まれ変わっても、エルだけを好きになるから。
エルを一人になんてしないから。
「本物のリリーみたいだ」
「何言ってるの?私は、私だよ?」
「だって、これは夢だ」
あぁ、エルにとっては夢なのかな。
まさか、エイダが私とエルの意識を繋いでるなんて思わないよね。
「夢なら、私は私じゃないの?」
「…いや、リリーはリリーだ」
面白いエル。
「ねぇ、エル。私が、エルの代わりに殺そうか」
「ディーリシアを?」
イーシャがフラーダリーを殺したのが事実ならば、イーシャは納得して私と戦ってくれるはずだ。
私はイーシャに負けたりしない。
そうすれば、エルは敵討ちができて、悪魔に堕ちる必要はない。
「エルが望むなら。私はできるよ」
「家族を殺すなんて。だめだ、リリー。一生後悔する」
家族か…。
本当に、優しいんだから。
「じゃあ、イーシャを生かすの?」
「生かすも何も。俺が決めることじゃない。俺は殺したりなんかしない」
エル。
それが、エルの答えなんだよね。
「そもそもイーシャに会いに行ったのは、リリーを助ける方法を探すためなんだ」
そのせいで、イーシャが仇だと知ることになってしまったはずなのに。
「ごめんね、ついて行けなくて」
「大丈夫。カミーユもいるし、アリシアとポリシアが…」
「え?アリシアとポリーも一緒なの?」
どうやったら、そのメンバーになるんだろう。
ポリーが居るなら、きっと賑やかなんだろうな。
「あぁ。今、俺を眠らせたのはアリシアだ。…アリシアが、俺にイーシャの絵を見せて。バニラが、それがフラーダリーの仇だって気づいて」
そうだ。バニラは知っていたんだっけ。
あれ?
「もしかして、グラン・リューからもらった手紙って、イーシャの絵だった?」
あの時。バニラは、何故かエルから出ていた。
「良くわかったな。その時にもらった絵と、大分雰囲気が違ったから、俺も同じ人間だとは思わなかったけど」
「バニラがエルと一緒に見てたんだ。その絵」
「バニラが?」
きっと、フラーダリーを殺した相手と似ているって気づいたんだろう。
でも、エルに聞くわけにもいかなくて、悩んでたんだよね。
「どうして、アリシアがエルに眠りの魔法を?」
「仇だって聞かされて。混乱してたんだ。…混乱して。自分の魔力の制御ができなくなった」
もしかして、エイダが助けてって言っていたのは、このこと?
「いつも、魔力を抑えてるから?」
「抑えてる?そんなつもりはないけど」
無意識なのかな。
「ただ、感情が攻撃的だったのは確かなんだろうな。あのまま魔力が暴走してたらやばかった」
…たぶん、軽く言うようなことじゃないよね。
街一つ吹き飛ばしかけたって意味に違いない。
「前に一度、制御できなくなったことがあったんだ。あの時はエイダが傍に居て、コントロールしてくれたから」
それって。
「オリファン砦だね?」
「知ってるのか。そうだよ。フラーダリーを殺されて。砦を焼いたんだ」
「でも、誰も殺さなかった」
「そうだ。…誰も死なないでいてくれて、良かった」
「良かったの?好きな人を殺されたのに」
「殺したかったよ。すべて。でも、バニラが止めた。バニラは、フラーダリーは自分を殺した相手と刺し違えたって言ったんだ。だから、俺は、仇なんていないって。誰かを殺すなんて無意味だって」
「バニラはフラーダリーの意思を尊重したんだね」
「そうだな。嘘までついて…。わかってるんだ。失って辛い思いをするのは、みんな一緒だって。俺はそれを知ってる。復讐に復讐を重ねても得るものは何もない。…だから、あの時。俺を止めてくれたことに感謝してる。きっと、誰かを殺せば後悔していたから」
そうだね。
きっと人を殺めてしまえば、エルは一生後悔してしまう。
それは、悪魔になるからではなく。
殺した人にも大切な人が居たって思ってしまうから。
誰かを傷つけるなんてできない優しい人だから。
私より強いのに、私に攻撃を当てられなかったぐらい。
「リリー、手を繋いでもいい?」
え?
「そんなの、初めて言われた」
エルと手を繋ぐ。
「いつも、勝手に引っ張っていくのに」
「そうだったかな」
「うん」
あぁ、ようやく言える。
「いつも、嬉しかった」
手を繋いでもらえるだけで、私は幸せだったんだよ。
あなたの、その笑顔を見るだけで。
幸せなの。
「リリー。俺は、イーシャを殺さなくて良かった」
「どうして?」
「だって、イーシャはリリーの姉だ。殺していれば、リリーに好きだって言えなかった。出会うこともなかったかもしれないし、リリーに復讐される運命だったかもしれない」
それ、本気で言ってるのかな。
「私は、どんな運命でも、エルを好きになったよ」
だって、何があっても、私が好きになるのはエルだけ。
「じゃあ、俺が悪魔になったらリリーを攫うよ。永遠に、自分のものにするために」
悪魔に攫われるなんて、お姫様みたい。
「うん。攫って、エルのものにして」
「永遠に俺から離れられない呪いをかけるよ」
呪いを受けるお姫様なんて、まるで恋物語のよう。
あれ?でも、呪いって、代償が必要じゃなかったっけ。
「代償は?」
「今のが代償。だから、リリー。求めて。願って」
「ずっと一緒に居たい」
「…夢みたいだ」
「夢じゃないよ」
「これが本当だなんて思えない」
「どうして?」
「どうしてって…。リリーの答えが、俺にとって都合の良い答えばかりだから」
都合が良い?
「だって、同じ時を生きる力を得る代わりに、俺と離れられなくなる呪いなんて」
それはすごく素敵なことなのに。
「だめ?」
「…だめだ」
「どうして?」
「ちゃんと、リリーの意思で一緒に居て欲しい。リリーの考えた言葉を聞きたい。そうじゃなきゃ、愛し合えない」
本当に、夢だと思ってるのかな。
「だから、たとえ俺がどんな存在になっても、リリーと一緒に生きられる方法を考えるよ。今だって、そうだ」
あぁ、そうだ。
私が救われれば、ずっと一緒に居られる。
「そうだね。エル、信じてる。エルが私を救ってくれるって。だから、エルも私のことを信じて」
エルを救いたいの。
「私を守るなんて思わないで。私は、エルの隣に居られる人間になるから」
「リリー」
「信じてくれる?」
「…本当に。これ、夢なのか」
「夢じゃないよ」
エルの本音が聞けるのなら、夢でも構わないけれど。
「信じるよ、リリー。だって、リリーは俺の希望なんだ」
エル、ありがとう。希望と呼んでくれて。
「もう、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
元気になって、良かった。
『リリー』
エイダの声が聞こえる。
「行かなくちゃ」
「行く?どこへ?」
「砂漠に」
「砂漠?」
あ。これ。
言っても良かったのかな…。
※
「おはよう、リリー」
目を開くと、エイダとマリーが私の顔を覗き込んでいる。
「あの…」
「ありがとう、リリー」
エイダが私に抱き着く。
「私、役に立てたのかな…」
ただ、エルと話していただけのような気がするんだけど…。
「充分よ」
「リリー、気分はどう?」
「大丈夫」
「出発できそう?」
「え?」
えっと…。
「もうすぐ夕方よ。ちょっと早いディナーを食べたら出発しなくちゃ」
「マリー、」
「大体の事情は聞いたわ。サンドリヨンの正体も。…聞かなかったことにするけれど。エルは大丈夫なの?」
「うん」
「まぁ、リリーに会えば、嫌でも元気が出るわよね。砂漠の食事は期待できないから、今日は美味しいものをたくさん食べて行きましょう。サンドリヨンはどうするの?」
「少し休むわ」
「わかったわ。リリー、行きましょう」
「うん」
まだ、少しぼーっとするかも。
えっと…。
あれ、本当のことだったんだよね?
なんとなく、エルと手を繋いだ感触がまだ残ってる。
エル…。
会えて、嬉しかった。
エルにとっては夢かもしれないけれど。
すごく嬉しかった。
※
夕飯を食べ終えた頃には、すっかり日が落ちていた。
関所を越えて、砂漠の道を歩く。
時折見かけるのは、金色の砂の精霊と赤い炎の精霊。
目が合って手を振ってみると、驚いて逃げられた。
あまり人間に興味がないのかな。
夜の砂漠はとても寒いけれど、全身を覆うマントはとても暖かい。
砂漠の砂埃や乾燥から口元を守ってくれるマスクもついている。
砂漠のイメージって全部砂だったけれど、ちゃんと舗装された道が続いていた。
道の周囲はやっぱり砂がメインで、砂の上は足が取られて歩きにくいからとてもありがたいのだけど。
ただ、ここから月の渓谷までは舗装された道はほとんどないとエイダに教えられた。
周りを見渡す。
岩石があちこちに転がっていて、たまに人工物のように組み上げられた石の山がある。
砂漠の人工物には触れないように注意された。
それは道標として作られていて、遊牧民族の目印であったり、メッセージであったりするためだ。
その意味については教えてもらえなかったけれど。
きっと、エルは知っているんだろうな。知っているから、地図なんて不要なんだろう。
顕現を解いたエイダを先頭に、マリーと並んで歩く。
顕現し続けるのは魔力を消耗するのだろう。
マリーに話してからは、無理に姿を現すのはやめたみたいだ。
満天の星空の下を、私が聞いたエルの過去の話しをしながら歩く。
もっと東には海があると思えないほど、空気が乾燥している。
時折、塩分を含んだ水を飲みながら歩く。
「そう…。死んでいたのね…」
マリーがため息を吐く。
「その話しが本当だとすると、エルは生まれると同時に母親を亡くして、新しい母親が妊娠中、兄弟が生まれるのを待たずに精霊戦争で家族と故郷を失ったのね」
おそらく。
私が意識を共有して聞いたのは、すべて事実だろうから。
「エルってどんな力があったのかしらね。リリーの話しを聞いても良くわからないわ。クロライーナの人たちが頼ってたみたいだけど」
私にもわからない。
エルが相当強い魔力の持ち主だって言うのはわかるけれど。
その他に、特異な力がある?
「養成所に来た時、エルは精霊と契約していなかったはずよ。メラニーが初めてだって言ってたもの。間違いないわよね?ナインシェ」
『えぇ。メラニーが最初よ』
「だとしたら、精霊と契約せずに奇跡を…?そんなこと、可能なのかしら。それとも、契約していた精霊を、契約解除して置いてきた?」
そんなことするかな。
エルは精霊を大切にするから、一度契約した精霊を手放すなんて想像がつかない。
「後、気になるのは、エルが瞳を渡す約束をしていた精霊ね。本当に、それがきっかけで精霊戦争が起きたの?エルの瞳を奪うために炎の精霊が、街を焼き尽くす魔法を使ったというの?」
瞳を奪うために、クロライーナの人を攻撃した?
なんだか、繋がらない。
「土地の精霊が、街を守ってるはずなのに…。土地の精霊が炎の精霊一人に負けて、炎に焼き尽くされるなんて、通常考えられないわ。なら、土地の精霊は戦わなかった…?いいえ。精霊同士が争った形跡がある限り、戦わなかったわけがない…」
―俺が、この瞳をくれてやるなんて約束をしたから。
どうして瞳を渡すことになったのかな。
そんな怖い約束。
瞳のない魔法使いなんて見たことがない。契約に使われるのは、基本的に再生可能な部分。
髪の毛とか、爪といった。
「それにしても、研究材料にするなんて。なんだか怖いわね。魔法研究所、そんなことやっていたのかしら」
「まさか」
魔法研究所に行ったけど、そんな雰囲気じゃなかった。
「十年も前の話しだもの。やっていてもおかしくはないわ。リリーだって、もしその頃に王都に来ていたら、どうなっていたことか」
「心配し過ぎだよ、マリー。…もしそうなったとしても、きっと、エルが助けてくれる」
「そうね。私も助けるわ」
「ありがとう」
「だって、友達だもの」
「え?」
友達?
「…え?」
マリーが驚いた顔で私を見る。
『リリー。酷いわ』
『そうね。マリーが可哀想ね』
「あ、のっ。違うの。そんな風に思っててくれたなんて、知らなくて」
「そう。リリーにとっては、私はただの知らない人なのね」
「違うよ、マリー。私、マリーのこと大好きだよ」
「それなら親友じゃない」
親友?
「あの…、良いの、親友なんて」
「違うっていうの?」
「その…。ありがとう、マリー。誰かに、そんな風に言われたの初めてだ」
親友なんて。
城を出てから初めての友達。
違う。女王の娘になってから、初めての友達だ。
「私だって初めてだわ。友達だと思っていた子に、え?、なんて言われたの」
「ごめん、マリー」
「あぁ、酷い」
マリーが私から顔を背ける。
「ごめんね、マリー。機嫌直して?」
「どうしようかしら」
どうしよう。
私ができることって…。
「帰ったら、マリーの好きなお菓子を焼くよ」
「お菓子?…うーん。とても魅力的な誘いね」
「何が好き?頑張って作る」
「そうね…。いいえ、だめよ。もっと違うお願い聞いてちょうだい」
「何?」
「何でも聞いてくれる?」
「えっと…。私にできることなら」
「言ったわね」
「あの…」
マリーが私を見て、笑う。
「じゃあ、ウェディングドレスは私に作らせて」
「えっ?」
「エルの好みなんて知ったことじゃないわ。私好みに作る。いいわね?」
「あの、マリー?私、結婚なんてまだまだしないよ?」
「何言ってるのよ。もう結婚してるじゃない」
「だから、それは…」
書類はいつでも取り下げられるって。
「エルが本当に断ると思ってるの?」
「え?」
「そう思ってるとしたら、エルがちょっと可哀想ね。まぁ、グラシアルから王都に来る間に何もなかったって言うんだから、リリーって相当鈍感なんでしょうね」
「私が、鈍感?」
「違うの?」
私、鈍感なの?
マリーが私の両頬を引っ張る。
「私がずっと友達だって思っていたのにも気づかなかった、この口が言うのかしら?」
「ふあ…」
これ、本当に痛いんだけど。
「もうっ」
ようやく手を外される。
痛い。
でも。嬉しい。
友達だって。親友だって。
「あの…。ありがとう、マリー。すごく、嬉しいよ」
「いいのよ。私もリリーのこと大好きよ」




