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南大門から出て、真南の街で一泊。
王都を迂回しながら北東へ進み、街を三つ越えて、ようやく砂漠の関所の街へ到着。
「もう、どれだけ遠回りなのよ」
出発する門を変えただけで、かなり旅程が狂ったらしい。
私には、ちょっとわからないのだけど。
マリーを宿に残して、サンドリヨンと二人で、入国印をもらいに行く。
マリーを追いかけてる人は居なさそう、かな。
マリーと自分の市民証を見せて、入国印のついた手形をもらう。
「砂漠の渡航中はこちらの手形が身分証となります」
砂漠の旅行手形をもらう。星と月のデザインなんて素敵かも。
市民証を持っているのに結局手形が発行されるんじゃないか、と思ったけれど、市民証には判子を押す場所がないから仕方ないのかな。
エイダは、ラングリオンで発行してもらった手形を見せる。それに、入国印が押される。
あれ。手形の色が違う?
ここで発行されるのと違うのかな。
「明日の夕刻から出発できますよ。ゲートでもう一度手形を見せて下さいね」
「え?」
今日じゃだめなの?
「砂漠は初めてですか?」
「いいえ。この子は初めてでも、私は慣れてるわ。説明は結構よ」
「そうでしたか。お気をつけて」
外に出て、宿へ向かう。
「どういうこと?」
「砂漠では昼夜逆転の生活になるわ。だから体を慣らすのよ」
「え?」
「最も危険な時間帯は、太陽が南中する正午。日差しの強い中歩くのは危険なの。砂漠の熱に体がついて行けなくなるわ。だから、砂漠を歩くなら、夕方から夜、もしくは夜から昼前までが理想ね」
「そうなの?」
「夜の方が迷いにくいわ。それに、運動するにはちょうど良い気温よ。深夜は冷えすぎるから、気を付けなくてはいけないけれど」
「変わった場所だね」
「草木が生い茂ることのない死の土地だもの。覚悟していかなきゃいけないわ」
「人が住んでいるんだよね?」
「えぇ。オアシスには集落があるし、遊牧民も存在するわ」
「遊牧民ってどうやって生活しているの?」
「家畜を連れながら、オアシスを転々としている遊牧民もいれば、行商を生業にしている遊牧民も居るわ。東の海で獲れた海産物や、宝石なんかを扱っているのよ。今はこういう遊牧民の方が多いみたい。私たちみたいな旅行者を案内する遊牧民もいるわ。…全部、エルに聞いた話しだけど」
遊牧民って名前のイメージだと、家畜を飼っているイメージがあるのだけど。
結構色んなことをやってるんだな。
「封印の棺は、遊牧民族が月の渓谷と呼んでいる場所にあるの」
月の渓谷?
あれ。それって、リュヌリアンの素材にした月の石があるって、師匠が言っていた場所だ。
それって、砂漠にあるの?
「マリアンヌはエルが地図を持っているって言っていたけど、砂漠の民であったエルにはそんなもの、必要なかったみたいよ」
だから、探しても見つからなかったんだ。
「クロライーナと月の渓谷、どちらに先に行きましょうか?方向が全然違うのよ。クロライーナはここから南東、月の渓谷は北東なの」
それ、両方まわって、エルの帰還前に帰れるかな?
今、優先すべきなのは…。
「先に棺に行って、エイダの記憶を取り戻そう」
「いいの?」
「エイダが今、記憶を取り戻したいと思っているなら、それを優先しなくちゃ。時間が経つと、迷ってしまうかもしれないから」
私が、なんでもぐずぐず迷ってしまうからなんだけど。
「リリー…」
そういえば、南に行ってはいけないって予言。もう平気だよね?
南大門から出た時点で、南に向かって歩いちゃったけど。
―リリーに伝言。エルが出発したら店に来いって。
「あっ」
すっかり忘れてた。
「どうしたの?」
「私、ポラリスのところに行くの、忘れてた」
「え?」
なんだか色んなことがありすぎて。
エルが出発したら来るように言われてたのに。
「帰ったら、真っ先に顔を出してあげましょう」
ごめんなさい、ポラリス。
※
マリーとサンドリヨンの三人で、深夜遅くまでお喋り。
明け方に眠くなれば眠って、昼過ぎに起きて準備を整えて、出発する予定なのだけど。
本当に、眠たい。
今何時なのかな。
「リリー、寝ちゃうの」
「ん…」
「もう少し起きていましょうよ」
「マリーは眠くないの」
「眠いわ。でも、徹夜で研究なんてしょっちゅうよ」
「そっか…」
徹夜したのって、フラーダリーの手紙とノート見ちゃった時以来。
そういえば、フラーダリーの手紙。しまったっけ?
サイドテーブルに置きっぱなしだったかも…。
「リリー?」
「ん…」
「もう、困った子ね」
「体は徐々に慣れるわ。無理をしないのが一番よ。寝かせてあげましょう」
「そうね。おやすみなさい、リリー」
「寝ないよ」
「ふふふ」
でも、まぶたが重い。
「ねぇ、マリアンヌ。どうしてリリーについて来たの?あなたもエルの過去を知りたいから?」
「私、探している人が居るの」
「探している人?」
「エルの兄弟。養成所時代に言われたの。妹が生まれていたら、こんな感じだったのかなって」
「妹って。あなたはエルと同い年じゃない」
「えぇ。それどころか、私の方がエルより誕生日が先なのよ。…会ったことないの?って聞いたら、生まれる前に別れることになったから会ったことないっていうの。…エル、会いたかったんだわ。その子に。もしかしたら、その子、砂漠に居るのかもしれないでしょ?」
「それだけの情報で探せるかしら」
「エルの過去を知っている精霊がいるなら、知ってるかもしれないじゃない」
「そうね…。私も、精霊戦争の詳しい事は知らないもの」
「サンドリヨンは砂漠の出身なのよね?」
「えぇ。だから、封印の棺に案内できるのよ」
「あなたも不思議な人よね…。たまに、精霊じゃないかって思うわ」
「どうして?」
「人間が出せる魔法の出力の違い。発動の早さの違い。精霊と同じほどの。…エルを知っているからあなたも人間だと思えるけど、ね」
「エルは私より強いわ」
「知ってるわよ。それに、エルより強い人は…」




