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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
3/46

01

「集まれ、精霊たち」

 エルの声で、目が覚める。

 エルは、ベッドの脇に立って大きく伸びをすると、肩を落とし、何かを持つみたいに、腕を上げて、手のひらを上に向ける。

 そして、目を閉じる。

 何、してるんだろう?

 …あ。空気が、変わった。

 魔力が、渦巻いている感じがわかる。

 城の中の空気に似ている。きっと、魔力が充満してる感じが、似ているのだろう。

 教えてもらったことがある。あの城は、精霊が過ごしやすい空間なのだと。

 エルがやっているのも、きっとそういうことなのかな。

 魔法使いだから?

 邪魔しないように、静かに起き上がる。

 エルの目が開いたのを確認して、声をかける。

「エル、おはよう」

 エルが私を見て微笑む。

「おはよう」

「今のって、毎朝してるの?」

「魔力の集中?だいたい毎朝やってるかな。朝の方が空気も澄んでて集めやすいし。ほら、朝陽が綺麗だぜ」

 朝陽?

 窓に駆け寄って、外を見る。

 上りたての太陽が、澄んだ空気を通して街に降り注ぐ。

 なんて、きれいなんだろう。

「街が黄金に輝いてる」

 初めて見る。

 こんなに綺麗な朝陽。

 壁に囲まれた城の中では、こんなに低い位置の太陽を見られることなんてない。

「さて。朝市に行ってくるか。リリー、これをやるよ」

 袋?

「これは?」

「原理はめんどくさいから省くけど、圧縮収納袋だ」

 圧縮?収納?

「何でも入るの?」

 旅人の必需品なのかな。城にはなかったけれど。

「いや。その口を通るやつで、薬や布、紙だ。鉱物でできたものは縮まないから入らない。お前の武具みたいなのは無理だ。それから、生ものみたいに組成が複雑なものも入らない。乾燥パンとか単純な構成のものなら入る」

 柔らかいものは入って、硬いものは入らない?

 食べ物は、良くわからないな。入らないって覚えておこう。

 もしかして、これがあったらジョージも持ってこれたんじゃ…。

「どうやって出すの?」

「仕舞った位置を覚えておくことだな。すぐに慣れる」

 袋の中に手を入れると、確かに、なんだかつかめそうなものがいくつかある。

「俺が作った薬もいくつか入ってる。体力を回復する薬、毒や麻痺を治す薬」

「作った?」

「錬金術だよ」

 一つ手に取って、袋から出すと同時に、それが膨らむ。

 この薬は、瀕死の状態の傷を治せるっていう…。

「エリクシール?」

 これも、作った?

 これって、現在の錬金術で、もっとも難しい薬じゃなかった?

「エルって、魔法使いじゃないの?錬金術師?」

「どっちでも良いだろ」

 良いのかな。

 とりあえず、しまっておこう。

「さ、行くぜ」

 エルについて宿を出る。


 ※


「エル、待って」

 エルの背中を掴む。

「あぁ、悪い。歩くの、早かったか」

「ええと…、」

 エルみたいに、人にぶつからないように、上手く歩けない。

「掴んでて良い?」

 そう言うと、エルが私の腕をつかむ。

「リリーは気が付いたら居なくなってるからな。俺が掴んでる」

「手を繋いでも良い?」

「あぁ」

 左手を、エルと繋ぐ。

「なぁ、イリス。リリーって、旅ができるぐらいの荷物、持ってるのか?」

『準備したのはリリーだから知らないよ。でも、たぶん何も持ってきてないんじゃないかな』

「…だよな」

 エルがため息をつく。

「え?イリスと話せるの?」

「え?」

「人間と契約している精霊の声って、契約者にしか聞こえないんじゃなかったの?」

 エイダはそう言っていたはずだ。

 私は、変わってるって。

「俺は、一度イリスと会ってるからな。イリスが話そうと思えば、顕現しなくても話せるよ」

「会ってると、話せるの?」

「そうだな…。通常、下位契約している精霊とは話せないよ。契約者の意思に反して、他者と話すなんてできないから。人間と契約している精霊と話せるパターンは二つ。一つは、人間と上位契約を結んでいる場合。契約者の意思確認なんて必要ないから自由に話せる。もちろん、姿を見せたことのない相手に声をかけることはできないけれど。二つ目は、契約に立ち会っている場合。精霊との契約に立ち会っていると、自分が契約していない精霊でも話すことができる」

 イリスは、私と上位契約を結んでいるからエルとも話せるってこと?

「あ。三つだな」

「もう一つあるの」

「リリーだよ」

「私?」

「リリーの力。無条件に、精霊が見えて、精霊と話せる人間だった場合」

「魔法使いは、みんなそうなんだと思ってた」

 だって、精霊と契約する条件は、精霊と共鳴できて、対話できて、契約できること。

「みんなそうだったら、精霊と契約するのは簡単だろうな」

「もっと難しいことなの?」

「見えないし、聞こえない。だから、精霊に語りかけて、姿を現してもらって、対話してもらわなきゃいけない。…すべての魔法使いがリリーみたいに見えて聞ける力を持っていたら、世界から精霊が消えてるんじゃないか?精霊側に、拒否権がなくなる」

「あ…」

 そうか。

 悪意を持って、無理やり精霊と契約しようとする魔法使いもいる。

 歴史の勉強で、精霊狩りがあったと聞いたことがある。

「リリー、好きなの選んで」

「え?」

 パン屋さん?

「ここのパン屋はうまいぜ」

「わぁ」

 色んな形のパンが、ずらりと並ぶ。

「おいしそう」

 胡桃とレザンのパンとメロンパンを、エルが持っているトレイに乗せる。

「あっちは見なくて良いのか?」

 エルが、デニッシュのコーナーを指す。

「わぁ、可愛い」

 色んな形。色んなものが乗ってる。

「これか?」

 ハートの形のデニッシュをエルがトレイに乗せる。

「うん。良くわかったね」

「リリーはわかりやすいな」

 また、笑うんだから。

「そうかな」

「あぁ。ちょっと待ってろ。…店から出るなよ」

「あ、うん」

『リリーはすぐ、ふらふら居なくなっちゃうからね』

「え?そうかな」

『方向音痴なんだから、気を付けてよ』

 そうかな。城が北にあるってわかれば、そんなに迷わないような気もするんだけど。

「行くぞ」

 エルについて、店を出る。

 そして、広場へ。

 広場にあるワゴンでレモネードを買って、昨日と同じベンチに座り、パンを食べる。

 広場のオブジェの色は、優しい水色。

 いつも通り。

「今日のは?どんな意味があるんだ?」

「水色は、いつも通りの色。平和な証だよ」

 このパン、美味しい。

「食べたら、買い物に行くぞ」

「買い物?」

「とりあえず、着替えと寝間着。生活必需品」

「あ…。うん」

 どこかで、金貨を崩さなきゃいけないんだっけ。

「金貨は出さないこと」

「え?」

「時間がないから、俺が買う。早く王都を出ないと、まずいんだろ?」

「…うん」

 もしかして、すっごく迷惑かけてる?


 ※


 王都の東に、南北に渡って広く伸びるオペクァエル山脈。

 この山の中にある、アユノトという村を目指すらしい。

 目印なんて何もない平原をエルについて歩き、山の入口へ。

 広い幅の道を上っていくと、頬に冷たいものが当たり、上を見上げる。

「雪だ!」

 初めて見る。

 空から降ってくる、白い光。

 雪の精霊が、たくさんいる。

「リリー、これを着ておけ」

 エルが私に毛皮のマントをかけて、フードをかぶせてくれる。

「あったかい」

「昼までには村に着くと思うけど、あんまり体力を使うなよ」

「うん。気を付ける」

 フードの端を持って、もう一度上を見上げる。

 精霊が踊ってる。

 きっと、精霊も雪が楽しいんだろうな。

『リリー、あんまり先に行っちゃだめだよ』

「わかってるよ」

 振り返ると、エルも同じマントを着て、地図を眺めてるのが見える。

「大丈夫」

『大丈夫って。気を付けてよ。まだ、何が起こるかわからないんだから』

「わからないって?」

『リリーはもう、教育係が来ないと思ってるかもしれないけど、ボクにはそうは思えない』

「イリスは心配性だよ。だって、教育係とは出会わなかった。王都から離れれば離れるほど、私を見つけるのは難しくなるよ」

『そうかなぁ…』

「そうだよ」

 そう言って、前に向き直ると、光が見えた。

「そうじゃないかも」

『え?どうしたの?』

「あの光。魔法使いだ」

 目を凝らす。おそらく、二人?まだ遠いけれど。

『えぇっ?どこどこ?』

「エルに知らせよう」

 エルの傍に戻る。

「エル、魔法使いが居る」

「どこに?」

「この先に。まだ、良く見えないんだけど」

「何人?」

「二人、かな。魔力が少ない人は見えないから、正確な人数はわからないけど」

『見てくる』

 エイダが、エルから離れて飛んでいく。

 あれ?

「今、エイダが居ない?」

「ああ、魔法使いたちを見に行ってる」

「エルは、本当は金色なんだね」

 私が見ていた赤い光は、エイダの光だったんだ。

 エルの本当の光は、金色。

 こんなに強い光を持っている人、見たことがない。きっと、すごい魔法使いなんだ。

「エイダが居ると違う色なのか?」

「もうちょっと、赤い色かな」

「あの魔法使いたちは何色?」

 うーん。

「水色、かなぁ。色なんて気にしたことないよ。エルが特別すぎてわからない」

 城の魔法使いは、みんな同じような色をしていたから。外を歩いている魔法使いたちだって、ポールさんだってそうだった。

 だから、特別強い光に引かれて、私はエルにぶつかったんだ。

『エル!リリーシア!避けて!』

 エイダの声。

 幾筋かの氷の竜巻が舞い上がり、こちらに迫る。

「まかせて」

 背中からリュヌリアンを抜いて、思い切り、竜巻に向かって切り上げる。

 リュヌリアンに切られた竜巻は、二手に分かれて消えた。

「無茶苦茶だな」

 次の竜巻に狙いを定めていると、目の前で、残りの竜巻が消滅する。

 何が起こったのか、さっぱりわからない。

 もしかして、エルが魔法を使った?

「エイダ、」

『一緒に戦う?』

「リリーを頼む」

『了解。リリーシア、援護する』

「え?」

 隣に居たはずのエルが、気が付いたら遠く先に居る。

「早い…」

『風の魔法よ。早く追いかけましょう』

「うん」

 剣を持ったまま、走る。

『援護するって言ったけれど、リリーシアは私の魔法、効かないのよね』

「うん、私に魔法は効かないよ」

『その剣には効くのかしら』

「これ?」

『丈夫そうだから、私が宿っても砕けないと思うわ』

「うん。間違いなく、どんな剣よりも丈夫だよ」

 鍛冶屋の師匠・ルミエールの自信作だ。

『じゃあ、剣に私の力を乗せましょう』

 剣が、赤い光を帯びる。

 エルの居る方向に視線を向ける。

 あれ?敵の魔法使いが一人減ってる?

 もう、エルがやっつけたの?

 エルの炎が敵を攻撃して、敵が氷の盾でそれを防ぐ。

 今だ!

 エルの脇を通り過ぎて、氷の盾に向かって強い一撃を与え、数歩引く。

 ひび割れた氷の盾に向かって、エルが炎の魔法を使うと、盾は消えてなくなった。

「くそっ」

 男の声。これが、私の教育係になるはずだった、テオドールだろうか。

 魔法使いのローブを着て、フードを深々とかぶっているから、顔は見えない。

 エルが、魔法で作ったらしいロープを放ち、敵を縛り上げる。

 けど。

「っ」

 エルの手に集められていた炎が消える。何か、魔法を使われたんだ。

 それなら、私が。

 エルの魔法のロープが消える前に、敵を薙ぎ払う。

「え…」

 正確に胴体に入った一撃が、敵を吹き飛ばすことはなかった。

 ダメージを食らいながら、相手が私の腕をつかんだから。

「こい!」

 敵が左手を上げると、前から巨大な雪の塊が押し寄せるのが目に入る。

『リリー、逃げろ!押しつぶされる!』

「リリー!」

 エル…。

「お前はテオドールか」

「な…」

 驚いた声。

 そして、掴まれていた腕が離され、魔法使いだけが消えた。足元には、転移の魔法陣。

 やっぱり、城の人間。

 まさか、私を殺しに?

 まずい。このままじゃ、エルも巻き込む。

「エル!大丈夫!逃げて!」

 片膝を付き、リュヌリアンを立てて、衝撃に備える。

『リリー逃げろって!』

「間に合わない」

『どうするんだよ』

「後で考える!」

 雪が、私を飲み込む。

 目を閉じて、強い衝撃を覚悟したが、思ったよりも強い負荷はかからない。

『ボクは氷の精霊だぞ』

「イリス…」

 大きくなったイリスが、私の体を包む。

『これで女王に借りができた』

「借り?」

 じゃあ、女王は私を殺す気ないのかな。

 イリスに魔力を送って私を守ろうとするなんて。

『くそっ。ボクは、こんなことも予想できなかったのか!』

「予想…?」

『リリー。ごめんね。約束は守れない』

「約束って…」

 一緒に、女王に逆らおうっていう約束…?

 だめ。

 寒くて。

 意識を保っていられない。

 私、死ぬのかな。

 死にたくない。

 あれ…。

 死にたく、ない?


 ※


 ぱちぱち。

 火の粉が舞う音。

 あたたかい。

 ここは、どこ…?

 私を包むように抱く腕の先に、エルの顔が見える。

「エル…?」

 ぐるぐる巻きにされているブランケットから出て、エルの顔を覗く。

 眠ってる?

 顔を近づけると、寝息が聞こえる。

「エル」

 頬に触れても、起きる気配はなかった。

 ブランケットを、エルにかけて立ち上がる。

「イリス?」

 あれ?どこに行ったんだろう?

 近くに居ない。

「おや、気が付いたのかい」

「え?」

 知らない女性がやって来て、テーブルの上に鍋を置く。

「あんたたち、雪崩に巻き込まれたんだって?」

「あ…」

 そうだ。雪崩に巻き込まれて。雪に埋もれて。イリスが力を使って。

 その後は…?

 エルが、助けてくれたの?

「あの、ここは?」

「ここはアユノト村だよ。うちの旦那のトールが、あんたたちを連れてきたんだ」

 アユノト。目指していた村だ。

「リリーシア、だっけ?」

「はい」

「私はシフ。さぁ、リリーシア。まだ体が冷えているだろう。スープをお飲み」

 席に案内されて、あつあつのスープをもらう。

 一口飲んだだけで、温かい刺激が体にしみわたる。

「そっちの坊やは寝ちまったのかい」

「たぶん…」

「あんたが助かって、安心したんだろうね。良い男じゃないか。感謝しなよ」

 お礼なんて、いくら言っても足りない。

「はい」

 やっぱり、助けてくれたんだ。

 会ってから助けてもらってばっかり。

 どうして、そこまでしてくれるの?

 私は、なにもしてないのに。

 むしろ、迷惑ばかりかけてるのに。

 どこまで優しい人なんだろう。

「あたたまってきたかい?」

「はい」

「おかわりは要る?」

 首を横に振る。

 充分、体が温まった。

「大分顔色も良くなったね」

「顔色?」

「真っ青で、死にそうな顔してたんだよ」

 死にそうな顔?

 そういえば、私、死にかけてたはずじゃ?

 どうして、こんなになんともないの?

 イリスが、守ってくれたから?

「どうしたの?」

「私、どれぐらい、気を失っていたのかな」

「どれぐらいかわからないけれど、うちに来てすぐ、目が覚めたみたいよ」

 え?

「すぐ?」

「えぇ。このスープは、本当は彼のために持ってきたのよ。スープを持ってくる間に、本人は寝ちゃったみたいだけどね」

 それって、どういうこと?

「だから、あなたが目覚めて、丁度良かったわ」

 待って。

 私が目覚めて、エルが眠った?

 それって、まさか。

 …怖い。

 怖いけど、確認しなきゃ。

 ゆっくりと、エルの方を見る。

「あ…」

 目が覚めてすぐ、気が付くべきだった。

 だって、本当なら。

 眩しいぐらいの輝きを持っているはずなのに。

 エルの魔力が、ない。

「どうしたんだい?」

「あ、あの…。私、」

 嘘、だ。

「リリーシア?」

「私、エルに…」

 どうして。

 どうしてこんなことに。

 もっと早く、気づくべきだった。

 私が、浅はかだから。

「まだ、具合が悪いのかい?部屋を用意してあるから、ゆっくり休むと良いよ」

「はい…」

 吐きそうだ。

 エルの傍に行く。頬は、温かい。

 死んでるわけじゃない。

 人間は魔力を失っても死なない。

 けど。エルはしばらく目覚めない。

 置いてあるリュヌリアンを背負い、エルを抱える。

「あら、力持ちね。部屋はこっちよ」

 シフさんに案内されて、寝室へ行く。

「何かあったら言って頂戴ね」

 私が頷いたのを見ると、シフさんは出ていく。

 エルの体をベッドに横たえる。

「エル…」

 自分が、何をしたのかわかる。

 呪いが。

 呪いの力が、エルから魔力を奪ったに違いない。

 出発の前日に、私にかけられた呪い。

 紅のローブにかけられた呪い。

 あれは、人間の魔力を奪う力。

 どうして、こんなことに。

 そうだ。イリスなら知っているに違いない。

「イリス。…イリス、姿を現せ!」

 イリスを召喚する。

 …姿が、変わってる。

 一般に目にする精霊と同じ。羽の生えた小人の姿。

 人間たちが妖精と呼ぶ姿に。

『リリー、目が覚めたの?』

「説明して。何があったの?」

『説明する必要、ある?』

『あります』

「エイダ」

 炎の精霊が、顕現する。

「リリーシア。教えて。どういうことなのか」

『教えられないよ。教えるもんか』

「あなたには、もう聞かないわ」

 そうか。イリスが私の傍に居なかったのは、エイダと話していたからだ。

 もしかして、他の精霊も?

 がたがたと窓をたたく音がする。

 エイダが扉を開く。

「みんな、私の後ろに隠れていてね」

 みんな?もしかして、エルの精霊?

 闇の精霊以外にも居るの?

「リリーシア、教えてくれる?」

「教えるよ、エイダ」

『リリー。やめなって』

「エイダには、知る権利がある」

 だって、エイダはエルを守護する精霊だ。

 こんなことになって、怒らないわけがない。

『いいの?エルに知られても』

 エイダに言えば、エルに知られてしまう…。

 知られたくない。

 こんな、呪われた力のこと。

 使う気なんて、まったくないのに。

『今なら、しらばっくれることもできるよ。ボクが記憶の操作ぐらいしてやる』

「無駄よ。私が居る限り」

『エルになんて言うつもり?エルがキスしたら、リリー目覚めた。それだけのことだよ』

「それだけじゃないわ。キスしたのと同時に、エルは昏睡状態になった。イリスの姿だって変ったじゃない。どういうことなの?」

 エル。ごめんなさい。

「私が、魔力を奪ったんだ」

『リリー…』

「魔力を奪った?」

 頷く。

「私は、リリスの呪いを受けてる」

「リリスって、吸魂の悪魔?」

 吸魂の悪魔だったんだ。リリスって。

 でも、この力を考えれば納得できるかも。

「うん。リリスの呪いっていうのは、人間から魔力を奪う力を得る代わりに、子供が生めなくなる呪い」

「じゃあ、その力で、エルから魔力を奪ったというの?」

「うん…」

 イリスが変化したのは、エルから魔力を奪ったからだ。

「方法は簡単なんだ。相手とキスすれば良い。それだけで、魔力を奪える」

「それじゃあ、エルがキスすれば、あなたを助けられるって言ったのは…」

「それ、イリスが言ったの?」

 私を助けられるから、エルは私にキスしたの?

『そうだよ。エルが魔力をくれれば、ボクは、リリーの命を助けるために力を使える。そもそも、リリーが魔力を集めないから、ボクは女王の力を借りて、マイナスだったんだ』

 あの時。

 イリスが大きくなって私を助けたのは、女王が私を守る為に、イリスに力を貸したから。

 そうか。

 女王は私を殺す気なんてない。

 私に呪いの力を使わせるために、こんなことを。

「待って。話しが見えてこないわ。魔力を奪ったのは、リリーシアなのよね?」

 説明しなくちゃ。

「イリス、上手く説明できるかわからないから、違ってたら言って」

『良いの?リリー。だって、リリーの望みは…』

「いいの。…エイダ。女王の娘が三年間外に修行に出るのは、魔力を集める為なんだ」

「魔力を集める為?」

「うん。出発の前日にリリスの呪いを受けて、その力で、外から女王に魔力を送るんだ」

「離れた人間に魔力を送る?そんなこと、できるのかしら」

「女王はできる。私は、魔力を溜めることができない体だから、集めた魔力はイリスを経由して女王の元に届くんだ。でも、女王に捧げるのは、集めた魔力の半分だけ。残り半分はイリスのものになる」

『今回は、女王に借りた分を返さなきゃいけなかったから、半分じゃないけどね。…ボクはリリーの魔力のタンクなんだよ』

「うん。イリスに送られた分は、私が使用できる分になる」

「使用できる分?つまり、イリスに集めた魔力で、リリーシアは魔法を使えるの?」

「うん。そうやって集めた魔力で、三年後、試練の扉を魔法で壊して帰還するんだ。だから私は、魔法を使えるようにならなければ、帰れない」

「つまり、あなたは、エルの魔力を奪うために、エルに近づいたの?」

 …やっぱり。

 誰が聞いても、そう思うよね。

 エルは凄い魔力の持ち主で、女王に魔力を送る相手としては申し分ないだろう。

 でも。

 私は、呪いの力を使う気なんて、一切なかったのに…。

「信じてもらえないかもしれないけど、それは違うんだ」

「えぇ。信じるわ、リリーシア」

 やっぱり信じてはくれないか…。

 え?

「信じてくれるの?」

 エイダは頷く。

「だってあなた、すぐ迷子になっちゃうし、一人でまともに買い物もできないし。そういうことできるような子に見えないわ」

「ええと…」

 褒められてる?

『リリー、褒められてないからね』

「え?」

『リリーは暢気すぎるって、いっつも言ってるだろ。本当に、いつも頭の中がお花畑なんだから』

「お花畑じゃないよ?ちゃんと、真剣に考えてる」

「真剣に考えているなら、教えてちょうだい。どうしてエルに近づいたのか」

「それは、その…」

 ここまで来たら、言うしかないんだろうけど。

「言えないこと?私はエルみたいに優しくないわ。納得の行く説明を聞かせて」

『リリー、顔が赤いよ』

「あの…。これは、エルには言わないでほしいことなんだけど…」

「呪いとは関係ないの?」

「うん。関係ないことで…」

 あぁ、だって、今はエルが目の前に居るのに。

『あぁ、もう、じれったいな。恋だよ、恋』

「恋?」

『リリーは、最初から魔力集めなんてする気がないの。恋愛小説にはまってて、その主人公みたいな恋をしたいって言うのが、リリーの望みなの!』

「イリスっ」

「リリーシア、あなたは、エルのことが好きなの?」

「イリスの馬鹿!」

『追われているところを助けられて、目の前で暴漢を退治してくれて、手を繋いでデートなんてしてたら、リリーみたいに初心な子は簡単に落ちるよ』

「そ、そんなことないよ」

『イチゴを口に入れられた時に、真っ赤になってたじゃないか』

「それはっ、だって…」

 小説のワンシーンを思い出しただけで…。

「だから、その…」

「あなたは、それぐらいのことで、良く知りもしないエルを好きになったの?」

「え?」

「私には、人間のそういった感情って理解できないわ。だから、その理由は納得できない」

 納得できないって言われても。

 好きになるのに、理由なんてない。

 この気持ちが、どうして起こったものかなんて、説明出来たら、好きって気持ちじゃないと思うんだけど…。

『それは、ボクにも説明できないよ。リリー、どうなの』

 なんて言ったらいいんだろう…。

「私にも説明できないよ。…でも、エルが運命の人だっていう自信はある」

「運命の人?」

『運命の人?』

「私がエルに声をかけたのは、エルが強い力を持っている人だったから。私は城の魔法使いから逃げていた。だから、城では見たことのない赤い力に引かれて、エルに助けを求めたんだ」

「じゃあ、エルにぶつかったのは偶然じゃないのね?」

「偶然じゃないよ。だから、エルが強い魔法使いじゃなかったら、私はエルに声をかけなかったかもしれない」

「…そうでしょうね」

「でも、私、あの時に会わなくても、いずれエルに会っていたと思う。エルが強い魔法使いじゃなくても、私を助けてくれるのはエルしかいないから」

『どういうこと?』

「何故、言い切れるの?」

「だって、エルみたいに優しい人はいないよ。イリスだって言ってたじゃない」

『あれだけ無償で面倒見てくれるんだから、城の人間かもしれないって警告したんだよ』

「うん。でも、違った。いきなりぶつかってきた見ず知らずの私を助けてくれて、その後も面倒を見てくれて。話しも聞いてくれて。…話しだって、私が言えないことを無理に聞こうとしなかった。…私が追われていることを知ってるのに、一緒に行動してくれて。その結果、危ない目に合ってるのに、死にかけた私を見放すこともしなかったし、私を助けるために、イリスに言われるままキスまでしてくれたんでしょう?」

『確かに、そうだね。リリーに口づければ、リリーを救えるって言った時、エルは迷わなかった』

 迷わず、救う方を選んでくれる。

 本当に。どこまでも優しい。

「私は、エルに迷惑かけてばかりで。なのに、エルは私に何かを求めたりしない。…そんなにしてくれるの、きっと、エルだけだと思うの」

『なんかリリーの話し聞いてると、底抜けの馬鹿だな』

「エルは、そういう人よ。求められれば、絶対に見放さないし、助けるわ」

『…まぁ、良い奴だよ』

 イリスの評価が高い人なんて、珍しい。

「エルが私を助ける以外に、私が助かる方法ってないんだ。だって、城の人間に捕まった時点で私に未来はなかったから」

「どういうこと?」

「私の目的は恋をすること。城の人間の目的は、私が呪いの力を存分に使って女王に魔力を送るように仕向けること。私は、いずれ好きでもない相手とキスをしなければならなくなる。それは、私の負けなんだ。私の求める未来は消える」

「エルに会う以外に、あなたに未来はなかったから、エルに会うことは運命だと、言い切るのね?」

「うん。私を救ってくれるのは、エルしかいなかった」

 エルがどこまでも優しいから。

 私を見捨てずに助けてくれるから。

 自分だって危ない目に合っているのに。

「ごめんなさい、エル。巻き込んでばかりで」

 いつ、目覚めてくれるの…。

「じゃあ、あなたは、運命の相手だから好きになったの?」

「それは、ちょっと違うかな」

「違う?」

「好きになるのに、理由なんてないよ」

「ない?」

『理由、ないの?』

「だって、色んな人に会って、色んな仕草や表情を見ているのに、好きになった人って何もかもが急に、特別になるの」

「難しいわ」

『精霊に恋愛を教えること自体が無謀なんだけどね』

 精霊だって、恋をするじゃないか。

「エルと目が合った時に、吸い込まれそうになった。もっとずっと見ていたいって。優しくされて嬉しかったし、エルをもっと知りたいって、一緒に居たいって思ったの。…悩まずに、迷わず私を助けてくれる、まっすぐなところが好き。いつも繋いでくれる手も。…あ。私、エルの笑った顔も好きだよ。エルって、良く笑うから」

 あの、柔らかい表情。

「そうかしら」

『そうかな』

「え?」

 そこ、否定されるところなのかな…。

「でも、確かに。エルはリリーシアと話していると良く笑うわね」

『それは、リリーが変なことばっかり言うからだ』

「変なことなんて…」

 言ってるのかな…。

「リリーシア。やっぱり私には、エルのことを何も知らないあなたがエルを好きになるなんて、理解できない」

『まぁ、難しいよね』

「でも、納得してあげる。あなたの気持ちがどこまで本物なのかは、一緒に居ればわかるわ」

『リリーがエルと一緒に居たい理由は、好きだから、でいいんだね』

「いいわ。…どちらにしろ、あなたとどこまで一緒に居るかは、エルが決めることだもの」

 呪いのこと、知ったら、エルはどう思うのかな。

「ねぇ、リリーシア。私は、あなたの気持ちを知りたい」

「え?」

「エルを好きって気持ち。あなたが確信を持っているその気持ちを、理解したい」

 エルを好きって気持ちを?

「だから、今聞いたことは全部、エルには言わないって約束するわ」

「え?」

『全部って、呪いのことも?』

「えぇ、そうよ」

「いいの?」

「いいわ」

 いいのかな。

「だから、よろしくね、リリー」

 リリーって呼んでくれるんだ。

「うん。ありがとう、エイダ」

 きっと、エイダにもわかると思う。

『エイダ。エルは自分の魔力が奪われたって気づくと思う?』

「あら。イリスは記憶の操作をするんじゃなかったの?」

『適当にごまかすって意味だよ』

「そうね。もし、エルが気づきそうなら、私もエルが気づかないように協力するわ」

「でも…」

 いいのかな。そんなことまで。

「気にしないで、リリー。私もエルに気づいて欲しくないわ。それに、エルがキスしたのは、リリーの意識がない時だもの。リリーに責任はないものね」

「あ…」

 そうだ、私…。

「初めてだったのに」

「初めて?」

『あぁ、キスのこと?』

「初めてだったのに、気を失ってる時だった…」

「まぁ」

『残念だったね』

 私の初めてのキス。

 意識のない時にされるなんて。

 でも、好きな人とだったから良いのかな。

 初めてのキスは絶対好きな人としたかったから。

 でも。エルは、どうして私にキスできたのかな。

 助けるためだからって、好きでもない相手と…。



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