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ベリエの二十三日。
今日はお休み。
「お店、開けないの?」
「休日は休んでるんだよ。…でも、エルって休みの感覚がないから、エルが居る時は開けてるんだ」
だから十五日、混んでたのかな。
休日で店が開いてる時はエルが居るってことだから。
「僕は王立図書館に行ってくるよ」
「はい、ルイス。お弁当のサンドイッチ」
「ありがとう」
「キャロルも出かけるの?」
「私は歌の練習をしに行くのよ」
「歌?」
「私、シルヴァンドル合唱団に入っているの。休みの日は、チャペルで歌ってるのよ」
「じゃあ、この前のお休みも?」
「うん。チーズタルトは大好評だったわ」
そっか。キャロルがチーズタルトをたくさん包んでたのは、合唱団の皆に渡す為だったんだ。
「あれ?じゃあ…、十六日は」
「リリーが寝込んだからお休みにしたのよ」
「ごめんね、キャロル」
「良いのよ、強制参加じゃないもの。ジンジャミエルサブレも美味しかったわ。…ねぇ、リリーも一緒に来る?」
「うん」
チャペルって礼拝堂だよね。
「はい、お弁当」
キャロルからサンドイッチの包みを一つもらう。
ピクニックみたい。
みんなで家を出て、途中でルイスと別れる。
「チャペルは何か所かあるのよ。イーストにも三か所ぐらいあるわ」
「イーストって…」
「サウスストリートと、イーストストリートに囲まれた場所よ。王都守備隊三番隊が守ってくれる区画なの」
あぁ、そうか。
私が昨日、三番隊と一緒に走り回ったのって、広場よりこっち側だったんだ。
「ウエストもセントラルも私はあまり行かないから、案内できないんだけど、イーストなら案内できるよ」
ウエストって言うのは、サウスストリートとウエストストリートに囲まれた場所だよね。
「セントラルっていうのは…」
「中央広場から北よ。富裕区なの。王立図書館もあるし、行政機関や、ギルド、研究所、貴族の住む場所もあるわ」
たぶん、マリーの家があったのも、セントラルなんだろうな。
「ここがアリス礼拝堂」
上に、大きな鐘が見える。
「真っ白な建物なんだね」
チャペルの前は広場になっていて、広場の反対側には給水塔も見える。
「うん。今日は結婚式もお葬式もやってないね」
この辺りの人たちの憩いの場なんだろう。広場にはたくさんの人がいる。
「ここは何を信仰しているの?」
「信仰?…ここは神聖国じゃないから、特定の信仰はないよ?」
「え?チャペルがあるのに?」
「信仰がある人は、その精霊や神様に誓うのだろうけど。チャペルは死者の世界と繋がっている場所だよ。死んだ人の魂が迷わず帰れるように、神の御使いに祈る場所なの」
神の御使い。
神様が、自分の意思を伝えるために生んだもの。
精霊ではないと言われているし、神様でもない。羽が生えているとか、人間の姿をしているとか、色んな伝説がある。
「そして、結ばれた二人が、死者の世界でも出会えるように祈る場所」
死者の世界で魂だけになっても、一緒に居られるように?
それって、死者の世界の神を信仰してるのかな。
「グラシアルは違うの?」
「えっと…。グラシアルは、太陽の女神を信仰しているから。死んだ人の魂が迷わず死者の世界に行けるよう、神の御使いに祈るのは同じだよ。結婚は、太陽の女神に愛の証人になってもらうの」
この風習が今もグラシアルで続いているのかは知らないけれど、少なくとも教科書で読んだ知識ではそうだった。
城の中でもそうだったし。
「この辺りは昔、星と月の女神を信仰していたみたいだよ。だから、暦が星と月なの」
あぁ、言われてみればそうかも。一月のお休みが月の満ち欠けに由来してることとか、一月の名前が星座であることとか。
「キャロル。そんなところで何やってるの」
チャペルに入ろうとしていた男の子が、声をかける。
「あ、今行くよ。…行こう、リリー」
キャロルについて、チャペルの中へ。
高い天井。ロビーの左右には扉と廊下。
中はどうなってるのかな。
「散歩して来ても良い?」
「うん。私は合唱団のところに行くね」
そう言って、キャロルは右側の部屋へ入って行く。
左の部屋は何かな。
扉の先は、たくさんの花が植えられている庭。外に繋がってるみたいだ。
戻って、廊下を歩く。いくつかの扉を眺めながら、角を曲がり、一つの扉の前へ。
その扉を開くと、螺旋階段がある。
階段を上って行くと…。
「わぁ…」
外から見えた鐘の場所。
かなり高い場所だ。
「エルの家ってあれだよね」
『そうですね』
「ええと、あっちがお城。それから、中央広場があって、守備隊の宿舎。普段行ってる市場ってあんなところにあるんだね」
サウスストリートとイーストストリートがくっきり見える。他にも主要なストリートは真っ直ぐ伸びてる。
ポリーズがある。
あ、パッセさんのお店ってあれだ。
エルに連れて行ってもらったバーは…。ちょっと探せない。
『リリー、あまり身を乗り出しちゃだめよ。気を付けてね』
「うん」
本当に、心配性なんだから。
あ。合唱団の歌が聞こえてきた。
なんて歌かな。知っている曲じゃないからわからない。
『七つの合唱曲。…美しい魂』
「知ってるの?」
『運命を…』
「運命?」
『そうね。運命なのかしら』
「エイダ?」
『リリー。砂漠へ行く気持ちは、変わっていないの』
「え?…うん。ごめんね、エイダ」
『いいのよ。私も、決断しなくちゃね』
「決断?」
『封印の棺に行きましょう。私も行きたいの。場所なら知ってるわ』
「え?」
行きたい?
だって、封印の棺って…。
「どうして封印の棺に行きたいの?」
『私はエルと契約する時、エルに力を貸す代わりに、記憶を探して欲しいってお願いしたの』
「記憶?」
『そうよ。私の大切な記憶。グラシアルへ行ったのも、私の記憶探しなのよ』
「そうなの?」
エルは、行ったことがないからって言ってたのに。
『ふふふ。行ったことがないからっていうのも、きっとエルの本音よ』
「私、そんなにわかりやすいかな」
『えぇ、あなたはとても素直だもの』
褒められてる、のかなぁ。
『実はね、私の記憶は封印の棺にあるの』
「え…」
『私、エルをずっと守り続けるって決めたから、エルに無理難題を出したのよ。絶対に見つからない場所でしょう?始まりの場所なんて』
確かに。
いくらエルでも、探して欲しいってお願いされた場所に置いてあるなんて思わないよね。
「どうして、取に行くことにしたの?」
『勇気をもらったから』
「勇気?」
『だって、私があの人に恋をしているって教えてくれたのは、リリーじゃない』
「あ、えっと…」
それって、エルと恋人になった次の日に、話したことだよね?
『それに。会いたいって思う気持ちを教えてもらったわ』
この前の…。
『だから私は、記憶を手に入れて、会いに行こうと思うの』
「それって…」
エイダは、封印の棺に眠っていた炎の大精霊。
つまり。銀の棺に出てくる炎の大精霊で。
その恋人は…。
『私、気づいたのよ。初めてあなたがエルにぶつかってきた時。イリスがあの人の眷属だって』
「そんな…」
『ずっと、会うのが怖かった。だって、あの人は私を封印の棺に入れっぱなしで、開けてくれることはなかったんだもの』
エイダはずっと、開けてくれるのを待っていたんだね。
「きっと、怖かったんじゃないかな。ずっと一緒に居るための方法を二人で選んだのに、その約束を破って棺を開けてしまうのが」
私は…。
きっとすぐに開けちゃうだろうな。
エルに会いたくて。
「エイダはどうして開かなかったの?」
『あれは、内側からは絶対に開かないんだもの』
「えっ」
そんな中に、エイダは入っていたの?
銀の棺を思い出す。
そんな怖い物の中に、エイダはずっと入っていたの?
あれは、二人が永遠に一緒に居るための方法だったのに…。
―二人で、琥珀に閉じ込められようか?
そういえば、あの時…。
―やっぱりだめだ。
―一人だけ奪われたら、辛いから。
―琥珀を見つけた相手が、二人一緒にしてくれるとは限らない。
エル、知っていたの?
エイダが銀の棺で語られている、炎の大精霊だって。
そして。銀の棺で語られている氷の大精霊が、誰なのか。
『棺は開かれ、私は会いに行く決心をしたわ。私の旅も終わり。トリオット物語も完結させなくてはね』
「…え?」
今、なんて?
『リリー。読んでいてくれてありがとう。あなたは、イリスを通じてあの人に内容を伝えてくれた。そして、エルにも』
「あの…」
『トリオット物語は、もともとエルとフラーダリーを幸せにする為に書いたのよ』
「えっ?」
あの。まさか、トリオット物語の作者って…?
『リリーが見つけた、あの手紙とノートを元に、主人公の二人を作ったの。だから、彼女は殺された後に復活したのよ』
それって書斎にあったものだよね?
そうだ。トリオット物語の始まりは、愛し合う二人が引き裂かれるシーンから。
彼女は殺され、棺に入れられて東の果てへ運ばれ、そこで復活する。
それは、死んだフラーダリーを復活させるため?
「あの、エイダ、現代文字が読めるの?」
『読めるわ。書けないけれど。私は、エルがフラーダリーの手紙を開かずに、あの箱に入れたのを知ってるもの』
だからエイダは、あの箱の存在を知っていたんだ。
『それにね。何故かみんな勘違いしているけれど、銀の棺なんて、私、知らないのよ』
「え…?」
そういえば、エイダ。銀の棺を読みたいって。
内容を知らないみたいだった。
あ、でも、当たり前だよね。
だってエイダは、大昔にラングリオンの東を砂漠に変えた後は、ずっと棺の中で眠っていたはずだから。
『もしかしたら、彼が私の存在に気づいて、迎えに来てくれるかもしれないと思ったから、棺が東の果てにあるって書いただけだもの』
でも、銀の棺自体が、エイダたちのことをモチーフにしてるから同じことなのかな…。
『そして私は、エルと旅をしながら、その旅のお話しをトリオット物語に書いたの。私が感じたことを記録しながら。そして、エルとフラーダリーの物語を合間に挟みながらね』
確かに。確かにその通り。
トリオット物語はそんな構成になってる。
「じゃあ、主人公の彼女と一緒に旅してる女魔法使いって、エイダなの?」
『そうよ。彼と旅してる少年の魔法使いも、ね』
どっちの旅も、エイダが経験した旅の物語だったんだ。
二巻も三巻もそうだった。お互いを求めながらすれ違う旅。
『もうひとつ教えてあげるわ。エルはルイスとキャロルと会う前、私にサンドリヨンって名前を付けて、ギルドの依頼を受けさせていたのよ。自分の名前を出したくなかったからって。だから私は、現代文字も、だいたい読めるのよ』
そうか。
だから、サンドリヨンは王都で有名な魔法使いなんだ。
ルイスとキャロルと会う前って、フラーダリーが亡くなった直後。エルはきっと、探して欲しくなかったんだよね…。
『四巻で同じ街に居たのに会えなかったって書いたのはね。グラシアルに行ったからよ』
「同じ場所に居たから?」
グラシアルの王都。
壁を挟んだすぐ近く。
『そうよ。私がすぐ傍まで行っていたって気づいて欲しかったから』
「そうだったんだ…」
その辺りを読んでいた時は、イリスが傍に居る時だったよね。
「あれ?じゃあ、いつ書いてたの?いつ、出版されたの?」
だって、私が帰ってきてすぐに、最新刊をマリーが貸してくれた。
『エルとリリーが眠った後に書いているわ。原稿は、まとまった量になる度に、いつもポラリスに郵送しているの』
「ポラリスに?」
『私は現代文字が読めても、ほとんど書けないの。だから、ポラリスが古代語を現代語に翻訳して、出版社に持って行ってくれるのよ。王都に居る間ポラリスのところに居るのだって、物語を書いているからだもの』
エルと離れているのって、自分の力の影響を抑えるためじゃなかったの?
知らないのかな。自分がエルに影響を与えてるって。
…きっと知らないんだろうな。
エイダは優しいから。
「私ね、トリオット物語、大好きだよ。あんな恋愛をしてみたいって憧れるの」
『ありがとう。でも、だめね。この前、主人公の性格がぶれてるって、ポラリスに言われちゃったもの』
「あ…」
『リリーにも指摘されてしまったわね。でもね、リリーのせいよ』
「私?」
『あなたがエルを笑わせるから。主人公の彼は良く笑う人になってしまったわ』
そうなの?
『私はリリーの気持ちを知りたくて。ずっとあなたを観察していたから。エルの何気ない言葉や動作で表情がころころ変わるんだもの。本当に面白かった。あなたは周りの人を本当によく笑わせていたわね』
「なんでかな。そんなつもり、ないんだけど」
良く笑われてしまう。
『あなたが強くて優しくて、まっすぐだからよ』
「それって、エルみたい」
強くて優しくて、まっすぐな人。
どんなことがあっても、自分を保っていられる人。
他人のために一生懸命になれる人。
何があっても迷わず選び取れる人。
どこまでも優しく私を愛してくれる人。
いつも太陽のように私を照らす。
真っ暗だった私の未来に光をくれる人。
『そうね。二人はとてもお似合いよ』
お似合い、なのかな…。
そんな自信はないけれど。
『だから、悩んでいるの。物語の結末を。二人は出会わないで終わった方が良いのかもって』
「え?」
あれ?だから、彼女は会えないかも、なんて?
『エルは今、幸せだわ。あなたと居て。それなのに、この物語は…』
「だめだよ、エイダ」
私のせいで、幸せになれないなんて。
だって、あの物語は。
彼と彼女はあんなに求め合っているのに。
「エルとフラーダリーを幸せにしてあげて」
『リリー、』
「フラーダリーを失って苦しんでいた、過去のエルを救ってあげて」
『え?私が、エルを救う?』
「うん。あのお話しは、二人を幸せにするための物語なんでしょう?」
『良いの?』
「過去は戻らない。どんなに悔やんでも、時間は戻せない。あの時、あの時点では不可避だったこと。それを、救う方法が物語だと思うの」
だって。物語の結末は幸せじゃなくちゃ。
エルが作ってくれた、マーメイドのお話しのように。
『リリー。…そうね。そうだわ。書いてみる』
「うん」
「ありがとう、リリー。あなたは本当に、周囲に幸せをもたらす人なのね」
エイダが顕現して、私を抱きしめる。
「えっと…、サンドリヨン…?」
「あなたは虹の女神の御使いなのかしら」
「え?」
「知らないの?虹の女神は、世界を繋ぐ架け橋。真実を繋ぐ女神。あなたは私とパスカルを繋ぎ、エルとフラーダリーを繋いだ。きっと、皆を笑わせられるのも、幸せにできるのもそうだからに違いないわ」
「そんなこと、」
「私にも償いの方法が残されていた。ありがとう、リリー」
償い?
―私があなたを不幸にしているのに、償いすらさせてくれないというの。
―償いなんて必要ない。全部俺の責任なんだから。
あれ。この会話。どこで聞いたんだっけ…?
※
「ねぇ、エイダ。トリオットってどういう意味なの?」
エイダが小説を書いている横で、寝転がって空を見つめる。
「意味?…三一億四一五九万二千六百五十三」
「三一億…?」
エイダがくすくす笑う。
「冗談よ。数えきれない数っていう意味」
「数えきれない数?」
「もしくは、割り切れない数」
「うん…?」
「愛って、何かに表現できないものなんでしょう?」
あぁ、そういう意味なんだ。
そうだよね。エイダはずっと愛を知りたがっていた。
「リリー、寝るの?」
「寝ないよ。空を見上げてるの」
「一日中、見上げてるわ」
「うん」
「面白い?」
「面白いよ」
大空を見上げて寝転がっていると、空が上なのか下なのかわからなくなる。
まるで宙に浮いているような錯覚。
空に落ちるような錯覚。
心地良いような、怖いような。
世界の大きさを実感する。
手を差し伸べると、その距離の遠さに気が遠くなる。
どこまでも続く空。
どこまでも流れていく雲。
私が外に出て知った世界はどこまでも広くて。
大きくて。
想像もつかないことばかり。
自分の小ささを実感する。
そして、一人では生きていけないことを。
城を出た時は、死んでも良かったって思っていたのに。
今、こうして未来を想えるのが不思議でたまらない。
エル。
あなたは私を変えた。
私はあなたを変えられる?
※
空が、真っ赤に染まる頃。
チャペルの広場には人だかり。
「ずっと探してたのよ!」
「ごめんなさい」
「もう、信じられないわ。探されてる自覚、ないんでしょう?」
「ごめんなさい…」
「研究所の精霊も総動員だからな」
「本当に、面白い方ですね」
「王都の隅々まで、守備隊が探して見つからなかったのに」
「いやぁ、見つかって良かったよ」
「本当にね…」
「みんな、探してくれて、ありがとう」
「あの…。本当に、ごめんなさい」
お昼にキャロルが作ってくれたサンドイッチを食べて、日暮れまでエイダに付き合ってのんびりして、チャペルを出て広場を歩いていたら、突然マリーに抱き着かれたのがさっき。
何故かたくさん飛び回っている精霊たちが私を見て飛び去ったのもさっき。
そして、何故だかたくさんの人に囲まれているのが今。
ルイス、キャロル。
ガラハド隊長さん、パーシバルさんたち守備隊のみんな。
マリーとシャルロさん、ルシアンさん、ジャンルードさん。
名前を知ってるだけでもこんなに。
知らない人も、ごめんなさい。
「どこに行っていたのか言う気はないのか」
「えっと…」
なんだかこの状況。昔を思い出して。
「ごめんなさい…」
言い出せない。
チャペルの上に居ただけなんて。
『困ったわねぇ。リリー』
こんな時に限って、エイダは顕現してくれない。
「無事だったから良かったわ」
「マリー、危ないことなんて何もしてないよ」
「だったら突然居なくならないで。キャロルからリリーが行方不明って聞いて、どれだけ心配したと思ってるの!」
「ごめんなさい…」
「マリー、その辺にしておけ。リリーシアは散歩してただけなんだろ。全く、傍迷惑な話だ」
「で?撤収して良いのかい?」
「えぇ、構わないわ。みんな、手伝ってくれてありがとう。夕飯ごちそうするわ。パッセの店に行きましょう」
「気にするなよ、マリー。探したかったのは俺たちも一緒だ」
「そうですよ。それじゃあ、私はこれで失礼しますよ」
「俺たちも引き上げるぞ」
「了解です」
「あの!ありがとうございました」
「王都の困りごとは俺らの仕事だ。気にするな」
「お礼を言うんだったら、今度、魔法研究所に来てくれよ」
「錬金術研究所にも是非」
「…はい」
手を振って見送る。
みんな、良い人ばっかり。
「ごめんね、心配かけて」
「リリー、本当に。死んじゃったらどうしようかと…」
あぁ、そうか。
あんなに大勢の人が私を探してたのって、フラーダリーのことを思い出していたからだよね。
私が死ねば、またエルが傷ついてしまうから。
本当に、エルって愛されてる。
「マリー。私は死なないよ。大丈夫」
「その根拠はどこから来るのよ」
「私、これでも三回は死にかけてるみたいなの。でも…」
「三回も!どういうことなのよ!」
「だから、死ななかったんだよ。だから、これからだって大丈夫」
「無茶苦茶な話しだな。エルは知っているのか、それ」
「えっと…」
ユールが知ってるってことは。
「知ってるんじゃないかな…?」
「どうしてリリーを置いて行ったのよ、あの馬鹿!」
「だって、私が勝ったから」
「え?」
「私がセルメアに行かなかったのは、この前の勝負で勝ったからだよ。私が勝ったら、私に従うって」
「カミーユがそんなことを言ってたな」
「うん。私が死なないって証明できれば、フラーダリーが死んだのが自分のせいだって、エルが思わなくて良いでしょ?だから私は残ることにしたの」
「あぁ、なんて滅茶苦茶な子なの…」
『メラニーが言ってたのって、このことだったんだね。エルはリリーを連れて行けなくなるかもしれないって』
「まったく、面白い娘だな。…けれど、気をつけろよ、リリーシア。死なないって言うのは簡単じゃない。砂漠へ行こうとしているなら尚更だ」
「え?リリー、砂漠へ行くの?」
そうだ。ルイスとキャロルにはまだ言ってなかったんだ。
「うん。エルが居ない間に、行って来ようと思うの」
「本当に、じっとしていられないんだね」
「エルと一緒ね」
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
「いつ出発するの?」
「ええと…」
「明日一日準備にかけて、明後日ってところかしら?」
「マリー、大丈夫?」
なんだか迷惑ばかりかけてる。
仕事、忙しいはずなのに。
「仕事は一通り片づけたわ。休暇の申請も通したもの。何も心配しないでいいわよ。リリーこそ、封印の棺の場所はわかったの?」
「うん。場所を知ってる人が一緒だから、迷わず行けると思う」
「場所を知ってる人?」
「えっと…」
『傭兵』
「傭兵」
「リリーシアと一緒に居る傭兵って、サンドリヨンじゃないのか」
「そういえば、忙しくてそれどころじゃなかったけど、ルシアンがサンドリヨンから痛い目にあったって言ってたわね」
痛い目には合わせてないと思うんだけど…。
「サンドリヨンならお父様も了承するわ。…っていうか、リリーを守ってるなら、今どこで何をしてるのよ」
『そうだね…』
ナインシェと目が合って、思わず苦笑いする。
知ってるのに言えないっていうのも、大変だよね。
「リリー、おなかすいてるわよね。シャルロ、暇でしょ?ルイスとキャロルも来なさい。パッセの店で飲むわよ」
「未成年に酒を飲ませる気か」
「飲ませないわよ。リリーとシャルロが…」
「あの、私、飲酒禁止なの」
「え?」
「エルがリリーに飲酒禁止って言ってるのよ」
「二日酔いになるまで飲ませたのは自分なのにね」
「何があったの?」
「えっと…?」
断片的には思い出せること。
それが、自分の心の中で思っていたことだったのか、言葉にして出してしまったのか、自信がない。
言葉にしていたなら、すごく変なことを言っていたと思うんだけど。
―我儘だな。
これは、エルの声で再生される言葉。
―我儘言って。
これが本当だったら、どういう意味かさっぱり分からないよ、エル。




