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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.砂漠編
25/46

32

 午前中。ルイスが研究室で薬を作り、キャロルが台所で何か作っているから、私が店番。

 店に置いてある薬の効能が書いてある本を読んでいると、戸が開く。

「いらっしゃいませ」

 お客さんが入ってきて、店の薬を眺める。

 眼鏡を少しずらしてその人を見る。

 魔法使い。精霊が何かはわからないな。赤くないから、きっと炎の精霊じゃないだろう。

 ラングリオンは、魔法使いが本当に少ない。

 逆かな。グラシアルの王都が異常に多かったんだろう。

 それぐらい魔法使いとは希少な存在。

 お客さんが薬を持ってくる。

 鎮静剤だ。

「百二十ルシュになります」

 薬を袋に詰めて、代金を受け取り、品物を渡す。

「エルロック、居ますか?」

「ごめんなさい。昨日から出かけていて、しばらく帰らないと思います」

「また出かけたのか…」

「すみません」

「あぁ、どうか謝らないでください。いつでも良いので、注文お願いできますか」

 その人は、難しい言葉をメモ紙に書く。

 古代語かな。

「はい。承りました」

「では、よろしくお願いしますね」

 そう言って、その人は店を出る。

「ありがとうございました」

 注文書を入れる箱に、メモ紙をしまう。

 一月経つ頃には、この箱がいっぱいになっちゃうのもわかる気がするな。

 一月。

 エル、会いたいよ。

 じっと待ってるなんてできない。

「エイダ。クロライーナって、ここからどれぐらい離れてるのかな」

『行くつもりなの?』

「行きたい。一月も待ってられない」

『あのね、リリー。あなたはじっとしていられないタイプだとは思うけれど、砂漠が危険だって言うのは、ジオも言っていたでしょう?』

 砂漠。エルに少し聞いたっけ。

 ラングリオンの東に広がる砂漠は、ラングリオンの領地ではなく、砂漠に住む遊牧民族の土地。

 ラングリオンの市民証か手形が必要。

 手形って、いつも使ってる旅行手形じゃだめなのかな。

「午後になったら、行ってみようかな」

『行くってどこへ?』

「砂漠に行く方法を聞きに」

 ギルドに行けばわかるかな。

『リリー、私の話し、聞いてます?』

「エイダこそ、クロライーナがここからどれぐらい離れているか教えてくれないの?」

『リリー。私は、あなたを守らなければならないの。あなたが危険な目に合えば、エルが心配するわ』

「エルが帰って来るまでに帰れば問題ないよ」

『本気なの?』

「本気だよ。私、知りたい。エルの過去を。それに、エルがクロライーナのお墓に名前を刻んでるなら、消してこなくちゃ」

『私は反対よ』

 エイダ。ごめんね。

 私は知りたいの。

 クロライーナで何があったのか。

 エルが最初にすべてを失った場所だから。


 ※


「リリー。暇してる?」

「マリー!」

『あら、ご機嫌なお出迎えねー。…あれっ?』

 ナインシェがびっくりしてる。

 きっとエイダが居るからだろう。

『エル、まだ居るの?』

「何言ってるのよ、ナインシェ。居るわけないじゃない。昨日出発してるんでしょう?」

「どうして知ってるの?」

 お店に来た人も知らなかったのに。

「レティシアが言ってたもの」

 レティシアさんって、魔法部隊の隊長さんだよね。

「エルは毎回、レティシアには、いつどこに行くか報告してるのよ。変に真面目なところがあるから」

「変に真面目なところ?」

「手を付けた食事を残さないとか、挨拶をきちんとするとか。正直、それ以前に直すべきところがたくさんある気もするんだけど」

 あぁ、確かにそうかも。

 エルはきちんとしてる。

 きちんとしてるって言うのは、きっと、育ちが良かったってことなんだろうけれど…。

「あのね、マリー。お願いがあるの」

「ランチに付き合ってくれるなら、構わないわよ」

「うん。待ってて、ルイスとキャロルに言ってくる。…あ、トリオット物語、ありがとう。読み終わったよ」

 マリーにトリオット物語の第四巻を返して、店の奥の扉を開く。

「落ち込んでると思ったのに、元気ね」

『ねー』

 エルが居ないから、私のこと、心配して来てくれたんだ。

 優しいマリー。

 ノックをして、研究室の扉を開く。

「ルイス、マリーと出かけたいんだけど…」

「マリーが来たの?…もうお昼か。わかった。店、閉めておいてくれる?」

「うん。わかった。いってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 扉を閉めて、今度は台所に顔を出す。

「キャロル、マリーと出かけてくるね」

「出かけるなら、ミエルを買ってきてくれる?」

「わかった」

「いってらっしゃい、リリー。」

「いってきます、キャロル」


 お店に戻ってリュヌリアンを背負うと、マリーと外に出る。

 看板を裏返して準備中にし、鍵を閉める。

「リリーはすっかり、この家の人ね」

「そうかな」

「エルなんかよりよっぽど働いてるんじゃないかしら」

「それはないと思う」

 だって、私は錬金術なんてできない。

「今日はどこに行こうかしらね。最近できたばかりの、ピッツァのお店なんてどう?ティルフィグンで有名なシェフが王都にお店を開いたのよ」

「うん。…あ、キャロルにミエルを頼まれたの」

「それなら、お勧めの専門店があるわ。先に寄ってから行きましょうか」

「ありがとう」

 マリーは本当に色んなことに詳しい。


 香ばしい匂いが漂うお店は、とても混雑している。

「やっぱり人気ね。ちょっと騒々しかったかしら」

「大丈夫。いつも素敵なお店に連れて来てくれてありがとう」

「まだまだ連れて行きたいところはたくさんあるのよ?エルなんかよりよっぽど王都には詳しいんだから。…そういえば、エルとデートする暇はあったの?」

「えっと…。桜を見に行ったよ」

 あれはデートだったんだよね?エルもそう言ってたし。

「桜?グラム湖まで行ったの?」

「お城の庭にある桜だよ。初めて見た、あんな可愛い木」

「そう。素敵ね。…エルって、そういうこと出来るから腹立つわ」

「え?」

「あれだけ自分勝手なくせに、相手が喜ぶこと考え着くから不思議なの」

 それ、怒るところなのかな。

「そればっかりは私でも簡単に見せてあげられないのに」

「え?」

「城の西側にある植物園は解放されているけれど、桜の庭は皇太子殿下のお気に入りよ。桜の咲く休日だけ市民にも開放されるけれど、あそこに入れるのは王族ゆかりの人間だけ」

「えっ。そうなの?」

「桜の庭は皇太子殿下の書斎の下だもの」

 だからアレクさん、バルコニーから顔を出したのかな。

「あの、エルって、お城に自由に出入りできるの?」

「そうよ。…理由は、察して頂戴」

 アレクさんが許可してる…?

 ほかの理由は、ちょっと思いつかない。

 イリスが居たら正しい答えを教えてくれそうだけど。

「マリー。来年は皆で桜を見に行こうね」

「そうね。グラム湖の方が、もっとたくさん桜が見られるわよ」

 あのピンク色がもっとたくさんあるなんて、きっと素敵だろうな。

「お待たせいたしました」

 目の前に、丸くて平たい大きなパン?が二つ並ぶ。上に乗ったチーズがまだぐつぐつ言っている。もう一つには、てんこ盛りのサラダ。

「初めて見る」

「ふふふ。リリーは本当に面白いわ」

「え?」

「本当に、いつも目がキラキラしていて素敵よ」

―イリデッセンス。

 あぁ、エルにも、言われたな。

「なぁに?エルのこと思い出しちゃった?」

「あの…」

 そんなに、わかりやすいかな、私って。

「さ、コーヒーも来たことだし、食べながらのんびり話しましょう」

 マリーがピッツァを手で食べる。

 手で食べるものなの、これ。火傷しないかな。

「で?私にお願いって何かしら」

「あつっ」

 マリーが笑う。

 あぁ、やっぱり。このチーズ、まだぐつぐつ言ってるんだもの。熱いに決まってるよね。

「本当に。可愛い子」

 あぁ、からかわれてる。

 でも、美味しい。この食べ物。

 ラングリオンって、本当に美味しいものばかり。

「マリー、私ね、砂漠に行きたいの」

「え?」

「クロライーナに行きたいの」

「それって、エルのことを知りたいから?クロライーナに行っても無駄よ。あそこは調べつくされてる。王立図書館で調べられる以上の情報なんてないわ」

「エルの過去を、精霊戦争を知ってる精霊が居る」

「なんですって?」

「会いたいの、その精霊に」

「なんでリリーがそんなことを?」

「えっと…」

 ジオのこと、どう説明したらいいんだろう。

 エルの精霊については語ってはいけないって言われてるのに。

「あぁ、そうなの。わかったわ。何も言わないで大丈夫よ。…そうね、それなら間違いないんでしょうね」

『リリーは本当にわかりやすい子ね』

 エル、ごめんなさい。

「クロライーナか。何年ぶりかしら」

「行ったことあるの?」

「養成所の研修旅行は必ずクロライーナよ。エルは行かなかったけれど」

 行けるわけ、ないよね。

「そうね…、あれは任せて…。あっちの文章を今日中に仕上げて…。あぁ、間に合わないかしら。会議は…。ううん。だめね、時間がかかるわ。休日をつぶして…。お願い、リリー。休み明けまで待って」

「え?」

「私も行くわ。クロライーナ」

「えっ。あの、砂漠は危険なんだよ」

「リリーみたいな迷子をほっとけないわ」

 ええと。

 大丈夫って言えないのが、ちょっと困る。

「でも、私が行くとなると、強い傭兵でも雇わないとお父様が許さないわね。今から手配して間に合うかしら」

『仕方がないわね。リリー、傭兵なら当てがあるって伝えて』

「マリー、傭兵なら大丈夫」

「え?あてがあるの?」

「うん」

「リリーのことじゃないわよね?リリーがとっても強いっていうのはわかっているのよ。でも、肩書が必要なの。二つ名のあるような傭兵じゃないと、お父様を説得させられないわ」

『大丈夫よ。まかせて』

「大丈夫」

「そう、なら構わないわ。後はこっちの仕事を区切りのいいところまでやらないと。…あぁ、クロライーナに行く方法だったわね。リリー身分証はある?」

「あるよ」

「身分証を持って役所に行けば、砂漠を旅する手形と地図を発行してもらえるわ」

「砂漠を旅する手形?」

「えぇ。遊牧民族と特殊な取り決めをしているのよ。砂漠が実質的なラングリオンの支配地域である代わりに、変な人間が入れないように、ラングリオン側で管理してる。…あそこには、封印の棺があるから」

「え?」

 今、なんて?

「知らなかったの?…まぁ、知らなくても無理はないわね。普通の旅って旅行手形一枚でどこでも行けるみたいだし」

「違う、そうじゃなくて、封印の棺って?」

「話したじゃない。サンドリヨンの物語」

「え?」

「サンドリヨンは、ラングリオンの東を七日七晩かけて焼きつくし、その地を砂漠に変えた魔女。…それは、封印の棺に眠る炎の大精霊のことよ」

 それって。銀の棺。

 あ、れ…?

「あの、氷の大精霊が守ってる棺のこと…?」

「えぇ、そうよ。もしかして、それも知らなかったの?…ごめんなさい。リリーはグラシアルの人だものね。ラングリオンでは当たり前すぎて忘れてたわ」

 マリーが言っていることが、全然、頭に入ってこない。

 だって。おかしいよ。それが示す答えは一つ。

「封印の棺は人間によってラングリオンの東に運ばれたの。ほら、トリオット物語でもそうでしょ?」

 運ばれた。銀の棺は、氷の大地にはない。

「運ばれた先で開かれて、棺から炎の大精霊が飛び出した。炎の精霊は怒り、七日七晩かけてラングリオンの東を炎で焼き、砂漠に変えた後、封印の棺に帰ったと言われているわ。砂漠に住む人たちは、今でも封印の棺を大切に祀ってる」

 その精霊って…。

 砂漠に居た炎の大精霊。

 だって。それしか考えられない。

 つまり。エイダの好きな人って。

「あの、私、封印の棺にも行きたい」

『リリー?』

「見たいの」

「残念だけど、どこにあるか誰も知らないのよね。暴かれたら困るから、砂漠の遊牧民族が厳重に守ってるはずよ。…でも、待って。エル、封印の棺のこと調べてたわね。案外、エルの家に地図があるんじゃないかしら」

「封印の棺の場所が示されている?」

「そうよ。エルはもともと砂漠の出身だし。知っていてもおかしくないわね」

 きっと、あるに違いない。

「それじゃあ、リリー。ベリエの二十四日に会いましょう。役所にもその日行けばいいわ。リリーは地図を調べて。私は仕事を終わらせるから、待っててね」

「うん。わかった」

『リリー…。封印の棺を目指すの』

「うん」

 だって、間違いない。

 エイダは、炎の大精霊。

 封印の棺に眠っていた大精霊に違いないんだ。

 エルがフラーダリーの元を離れて、砂漠に向かったのは、エイダに会うため。

『私は…。決心がつかないわ』

 エイダ…?


 ※


 ルイスとキャロルにおやすみの挨拶をして、二階へ。

 ルイスとキャロルに聞いても、地図を見かけたことはないって言っていた。

 エルの部屋にもない。

 つまり、あるとすれば、書斎だけ。

『リリー。書斎を探すの?』

「うん」

―書斎は入っちゃだめだよ。

―開くだけで危ない本とか置いてあるんだって。

 ちょっと怖い気もするけれど。

「変な本に触らなければ大丈夫だよ」

 ランプを持って書斎に入る。

 当然のように、床に散乱してる本の山を踏まないように気を付けながら、書斎の扉を閉める。

 ずっと閉めきっているせいか、本の臭いがこもっている。

 嫌いではない、書庫の臭い。

 壁一面の本棚。それに加えて、中央にも二列本棚がある。

 窓、ないのかな。この部屋って。

 手前に机と椅子があるけど、とても何か作業できるスペースじゃない。

 床に散らばる本を踏まないように歩いて、机の上にランプを置く。

『灯りを強くしましょうか?』

「お願いできる?」

『えぇ』

 エイダの力で、部屋一面が明るく照らされる。

 けれど、見えたのは部屋の惨状だけ。

「酷いね」

 片付けてから探そう。

 床に散らばった本を拾う。

 というか、この本棚。どういう順序で並んでるんだろう。テーマ別?難しくて読めない文字もある。

「これ、何て書いてあるのかな」

『錬金術に関わる本かしらね』

「エイダ、読めるの?」

『え?えぇ』

 そっか。精霊は古代語が読めるんだっけ。

「じゃあ、手伝ってくれる?…滅茶苦茶だよ、エル。全部整理しよう」

『え?今からですか?』

「うん」

 エイダに手伝ってもらいながら、本を整理する。

 錬金術に関する本、魔法学の本が一番多いけれど。他には…。数学、物理学、地学、植物学、生物学、医学…。芸術?絵画や音楽に関する本まである。

 辞書や辞典、言語学、教育学、地理、歴史、政治、経済、社会、法律…。

 種類別に分けたけど、書かれている言語はばらばら。…良いのかな。

 っていうか。

 エル、これ全部読んでるのかな。

 文学に関しては、古文書の類しかないし、宝石学の本もない。せいぜい鉱物について書かれた本を見かけたぐらい。

 本当に、私と興味が真逆。

『リリー、本当に片付けが得意なのね』

「そうかな」

 もともと、順番には並べてあったらしい。

 けれど、本が増えた時に、既存の本を移動させてスペースを空けるのが面倒で、しまってなかったみたいだ。

 そういえば、開くだけで危ない本って何かな。

 呪術関連の本だって、私がグラシアルで見たことのある普通の本だ。

 私が手に取った本の中には、そんな危ない本はなさそうだったけど…。

 もしかして、見られたくないものを置いてるから、嘘をついてる?

 だとしたら、やっぱり封印の棺の位置を示した地図はここにあるのかな。

 何かの本に挟んであるとしたら、探すのがすごく大変そうだけど。

 どれかな。見回そうと首を上げたところで、本棚と天井の隙間に箱が置いてあるのが見える。

「エイダ、あれ、届く?」

「…えぇ」

 エイダが顕現して、箱を取る。

「あなた、どうしてこういうもの見つけちゃうのかしらね」

「どういうこと?」

 エイダが机に箱を置いて、開く。

 中には…。たくさんの紙の束と、一冊のノート。それから封をしたままの手紙。

 紙を一枚とって、眺める。


 卒業おめでとう、エル。

 祝福するよ。

 なるべく早く帰るから、お祝いしよう。


「卒業?」

 これ、誰の文字?


 先生から聞いたよ。

 カミーユから変な薬を飲まされているって。

 いくら友人だからって、体に悪いものはあまり飲まないようにね。

 声を取り戻す方法は私も考えている。

 おそらく、精神的なものだろうから、薬を飲んだところで直らないだろう。


「声を取り戻す方法?」

 そういえば、キャロルが言っていたっけ。

 エルが甘いもの苦手になったのは、カミーユさんのせいだって。

 あの時キャロルは、それが喉の薬って言っていた。

 もしかして、エル、声を出せない時期があったの?

 声を取り戻す方法をカミーユさんと探してた?

 マリーも言ってた。エルは無口な子だったって…。それが、声を出せなかったせいなら…。


 まだ、キアラのところに出入りしているね。

 未成年なのだから、飲酒はいけないよ。

 それから、どんなに遅くなっても寮にはきちんと帰るように。

 それが嫌なら、魔法部隊のところにおいで。

 私はそこで寝泊まりしているから。


「魔法部隊?これ、フラーダリーの、手紙?」


 エル。卒業後の進路は決めたかい。

 エルが勉強に励んでくれていたことは良く知っているよ。

 先生からの評価も高い。

 君は私にはもったいないほど、できた子供だ。

 中でも君は錬金術に関しての才能に溢れているそうだね。

 卒業したら、錬金術研究所に入りなさい。

 それが嫌なら、城に仕えなさい。

 アレクを支えられるだけの力がエルにはあるよ。

 私の代わりに、どうかアレクを支えてほしい。


 雑多にまとめられた手紙を読んでも、時系列がはっきりしない。

 でも、この手紙って、エルが養成所に居た頃のだよね。

 だって、エルは寮で生活していて、フラーダリーと一緒に過ごしていたのは節句の長休みだけだったはずだから。

 …じゃあ、このノートってなんだろう?


 エル。私は魔法部隊が忙しい。

 けれど、君のことは気にかけている。

 なるべく家に帰るようにするけれど、どうしてもすれ違ってしまうだろう。

 だから、このノートに毎日メッセージを残していくよ。

 エルも私に伝言があったら、このノートに書いて欲しい。

 必ず目を通すから。


 わかったよ。

 食事作っておいたから、あたためて食べて。


 ありがとう。美味しかった。

 もう少しスパイスを効かせた方が良いね。

 エルは料理の才能もある。

 本当に、私の子は天才だ。


 言い過ぎだ。


 コーヒーをありがとう。

 二人用のサイフォンの場所はわかるかい。

 家にあるんだよ。

 探してごらん。


 なんで、こっちに書くんだよ。

 出かける前に言えば良いじゃないか。


 夕飯食べたよ。

 エルは器用だね。

 ロールキャベツはトマトソースの方が好きなんだ。

 エルもそうじゃないかな。


 好みなんて知るわけないだろ。


 美味しかった。

 毎日でも食べられるよ。

 エルはちゃんと食べているのかい。

 予備部隊の子とは仲良くなれたかい。


 俺はもう飽きた。

 心配されるようなことはないよ。


 いつもありがとう。

 今度の休みは一緒に出掛けようね。

 どこへ行きたいか考えておいて。

 アレクも誘ってみようか。

 いつものように連れ出せるかい。


 やってみるよ。


 会話のように。エルとフラーダリーの文字が続いている。

 フラーダリーが数行の文章を書くのに対し、エルは必ず一言二言しか返さない。

 気持ちを言葉にするの、苦手そうだもんね。

 ぱらぱらとページをめくる。

 なんだろう。このインクの染みたページ。


 昨日のことは忘れて。


 エル。

 私は君の親だ。

 きっと、それは一時の感情。

 君は愛を知らない。

 愛されることを知らない。

 少しずつ、知ると良い。

 きっとすぐにわかるだろう。

 その感情が恋愛ではなく、親愛であると。




 エル。帰ってきて。

 私が


 インクをこぼした跡がある。

 …わざとかな。

 何かほかにも文字が書いてありそうだけど、読めない。

 インクの染みのせいで、数ページ空白が続く。


 フラーダリー。

 もし、受け入れてもらえないのなら、俺はこの家を出る。

 一緒に居ることは不可能だ。

 この前のように求めてしまう。

 俺がフラーダリーを一人の女性として見ていることに気付いて。

 親だって思えない。

 姉だとも思えない。

 好きなんだ。

 愛してる。

 俺のすべてだから。


 エル。

 私は、君が養成所を卒業して帰って来た時、あまりの成長ぶりに驚いたんだ。

 私が知っていた、あの幼く、か弱い子供はもう居ない。

 君は多くの友を手に入れ、知恵と強さを手に入れた。

 もう私の庇護など必要ないのはわかっていたんだ。

 君は成人していなくても、充分、どこでもやっていけるのに。

 私の元にとどめた、私に責任がある。

 エル。選択してほしい。

 私が君の愛を受け入れれば、君はまた親を失くしてしまう。

 家族を失くしてしまう。

 帰るべき場所を失ってしまう。

 それでも良いなら。

 私は君の愛を受け入れる。

 私のすべては君のものだ。


 家族は失わないよ。

 結婚しよう。

 幸せにする。



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