32
午前中。ルイスが研究室で薬を作り、キャロルが台所で何か作っているから、私が店番。
店に置いてある薬の効能が書いてある本を読んでいると、戸が開く。
「いらっしゃいませ」
お客さんが入ってきて、店の薬を眺める。
眼鏡を少しずらしてその人を見る。
魔法使い。精霊が何かはわからないな。赤くないから、きっと炎の精霊じゃないだろう。
ラングリオンは、魔法使いが本当に少ない。
逆かな。グラシアルの王都が異常に多かったんだろう。
それぐらい魔法使いとは希少な存在。
お客さんが薬を持ってくる。
鎮静剤だ。
「百二十ルシュになります」
薬を袋に詰めて、代金を受け取り、品物を渡す。
「エルロック、居ますか?」
「ごめんなさい。昨日から出かけていて、しばらく帰らないと思います」
「また出かけたのか…」
「すみません」
「あぁ、どうか謝らないでください。いつでも良いので、注文お願いできますか」
その人は、難しい言葉をメモ紙に書く。
古代語かな。
「はい。承りました」
「では、よろしくお願いしますね」
そう言って、その人は店を出る。
「ありがとうございました」
注文書を入れる箱に、メモ紙をしまう。
一月経つ頃には、この箱がいっぱいになっちゃうのもわかる気がするな。
一月。
エル、会いたいよ。
じっと待ってるなんてできない。
「エイダ。クロライーナって、ここからどれぐらい離れてるのかな」
『行くつもりなの?』
「行きたい。一月も待ってられない」
『あのね、リリー。あなたはじっとしていられないタイプだとは思うけれど、砂漠が危険だって言うのは、ジオも言っていたでしょう?』
砂漠。エルに少し聞いたっけ。
ラングリオンの東に広がる砂漠は、ラングリオンの領地ではなく、砂漠に住む遊牧民族の土地。
ラングリオンの市民証か手形が必要。
手形って、いつも使ってる旅行手形じゃだめなのかな。
「午後になったら、行ってみようかな」
『行くってどこへ?』
「砂漠に行く方法を聞きに」
ギルドに行けばわかるかな。
『リリー、私の話し、聞いてます?』
「エイダこそ、クロライーナがここからどれぐらい離れているか教えてくれないの?」
『リリー。私は、あなたを守らなければならないの。あなたが危険な目に合えば、エルが心配するわ』
「エルが帰って来るまでに帰れば問題ないよ」
『本気なの?』
「本気だよ。私、知りたい。エルの過去を。それに、エルがクロライーナのお墓に名前を刻んでるなら、消してこなくちゃ」
『私は反対よ』
エイダ。ごめんね。
私は知りたいの。
クロライーナで何があったのか。
エルが最初にすべてを失った場所だから。
※
「リリー。暇してる?」
「マリー!」
『あら、ご機嫌なお出迎えねー。…あれっ?』
ナインシェがびっくりしてる。
きっとエイダが居るからだろう。
『エル、まだ居るの?』
「何言ってるのよ、ナインシェ。居るわけないじゃない。昨日出発してるんでしょう?」
「どうして知ってるの?」
お店に来た人も知らなかったのに。
「レティシアが言ってたもの」
レティシアさんって、魔法部隊の隊長さんだよね。
「エルは毎回、レティシアには、いつどこに行くか報告してるのよ。変に真面目なところがあるから」
「変に真面目なところ?」
「手を付けた食事を残さないとか、挨拶をきちんとするとか。正直、それ以前に直すべきところがたくさんある気もするんだけど」
あぁ、確かにそうかも。
エルはきちんとしてる。
きちんとしてるって言うのは、きっと、育ちが良かったってことなんだろうけれど…。
「あのね、マリー。お願いがあるの」
「ランチに付き合ってくれるなら、構わないわよ」
「うん。待ってて、ルイスとキャロルに言ってくる。…あ、トリオット物語、ありがとう。読み終わったよ」
マリーにトリオット物語の第四巻を返して、店の奥の扉を開く。
「落ち込んでると思ったのに、元気ね」
『ねー』
エルが居ないから、私のこと、心配して来てくれたんだ。
優しいマリー。
ノックをして、研究室の扉を開く。
「ルイス、マリーと出かけたいんだけど…」
「マリーが来たの?…もうお昼か。わかった。店、閉めておいてくれる?」
「うん。わかった。いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
扉を閉めて、今度は台所に顔を出す。
「キャロル、マリーと出かけてくるね」
「出かけるなら、ミエルを買ってきてくれる?」
「わかった」
「いってらっしゃい、リリー。」
「いってきます、キャロル」
お店に戻ってリュヌリアンを背負うと、マリーと外に出る。
看板を裏返して準備中にし、鍵を閉める。
「リリーはすっかり、この家の人ね」
「そうかな」
「エルなんかよりよっぽど働いてるんじゃないかしら」
「それはないと思う」
だって、私は錬金術なんてできない。
「今日はどこに行こうかしらね。最近できたばかりの、ピッツァのお店なんてどう?ティルフィグンで有名なシェフが王都にお店を開いたのよ」
「うん。…あ、キャロルにミエルを頼まれたの」
「それなら、お勧めの専門店があるわ。先に寄ってから行きましょうか」
「ありがとう」
マリーは本当に色んなことに詳しい。
香ばしい匂いが漂うお店は、とても混雑している。
「やっぱり人気ね。ちょっと騒々しかったかしら」
「大丈夫。いつも素敵なお店に連れて来てくれてありがとう」
「まだまだ連れて行きたいところはたくさんあるのよ?エルなんかよりよっぽど王都には詳しいんだから。…そういえば、エルとデートする暇はあったの?」
「えっと…。桜を見に行ったよ」
あれはデートだったんだよね?エルもそう言ってたし。
「桜?グラム湖まで行ったの?」
「お城の庭にある桜だよ。初めて見た、あんな可愛い木」
「そう。素敵ね。…エルって、そういうこと出来るから腹立つわ」
「え?」
「あれだけ自分勝手なくせに、相手が喜ぶこと考え着くから不思議なの」
それ、怒るところなのかな。
「そればっかりは私でも簡単に見せてあげられないのに」
「え?」
「城の西側にある植物園は解放されているけれど、桜の庭は皇太子殿下のお気に入りよ。桜の咲く休日だけ市民にも開放されるけれど、あそこに入れるのは王族ゆかりの人間だけ」
「えっ。そうなの?」
「桜の庭は皇太子殿下の書斎の下だもの」
だからアレクさん、バルコニーから顔を出したのかな。
「あの、エルって、お城に自由に出入りできるの?」
「そうよ。…理由は、察して頂戴」
アレクさんが許可してる…?
ほかの理由は、ちょっと思いつかない。
イリスが居たら正しい答えを教えてくれそうだけど。
「マリー。来年は皆で桜を見に行こうね」
「そうね。グラム湖の方が、もっとたくさん桜が見られるわよ」
あのピンク色がもっとたくさんあるなんて、きっと素敵だろうな。
「お待たせいたしました」
目の前に、丸くて平たい大きなパン?が二つ並ぶ。上に乗ったチーズがまだぐつぐつ言っている。もう一つには、てんこ盛りのサラダ。
「初めて見る」
「ふふふ。リリーは本当に面白いわ」
「え?」
「本当に、いつも目がキラキラしていて素敵よ」
―イリデッセンス。
あぁ、エルにも、言われたな。
「なぁに?エルのこと思い出しちゃった?」
「あの…」
そんなに、わかりやすいかな、私って。
「さ、コーヒーも来たことだし、食べながらのんびり話しましょう」
マリーがピッツァを手で食べる。
手で食べるものなの、これ。火傷しないかな。
「で?私にお願いって何かしら」
「あつっ」
マリーが笑う。
あぁ、やっぱり。このチーズ、まだぐつぐつ言ってるんだもの。熱いに決まってるよね。
「本当に。可愛い子」
あぁ、からかわれてる。
でも、美味しい。この食べ物。
ラングリオンって、本当に美味しいものばかり。
「マリー、私ね、砂漠に行きたいの」
「え?」
「クロライーナに行きたいの」
「それって、エルのことを知りたいから?クロライーナに行っても無駄よ。あそこは調べつくされてる。王立図書館で調べられる以上の情報なんてないわ」
「エルの過去を、精霊戦争を知ってる精霊が居る」
「なんですって?」
「会いたいの、その精霊に」
「なんでリリーがそんなことを?」
「えっと…」
ジオのこと、どう説明したらいいんだろう。
エルの精霊については語ってはいけないって言われてるのに。
「あぁ、そうなの。わかったわ。何も言わないで大丈夫よ。…そうね、それなら間違いないんでしょうね」
『リリーは本当にわかりやすい子ね』
エル、ごめんなさい。
「クロライーナか。何年ぶりかしら」
「行ったことあるの?」
「養成所の研修旅行は必ずクロライーナよ。エルは行かなかったけれど」
行けるわけ、ないよね。
「そうね…、あれは任せて…。あっちの文章を今日中に仕上げて…。あぁ、間に合わないかしら。会議は…。ううん。だめね、時間がかかるわ。休日をつぶして…。お願い、リリー。休み明けまで待って」
「え?」
「私も行くわ。クロライーナ」
「えっ。あの、砂漠は危険なんだよ」
「リリーみたいな迷子をほっとけないわ」
ええと。
大丈夫って言えないのが、ちょっと困る。
「でも、私が行くとなると、強い傭兵でも雇わないとお父様が許さないわね。今から手配して間に合うかしら」
『仕方がないわね。リリー、傭兵なら当てがあるって伝えて』
「マリー、傭兵なら大丈夫」
「え?あてがあるの?」
「うん」
「リリーのことじゃないわよね?リリーがとっても強いっていうのはわかっているのよ。でも、肩書が必要なの。二つ名のあるような傭兵じゃないと、お父様を説得させられないわ」
『大丈夫よ。まかせて』
「大丈夫」
「そう、なら構わないわ。後はこっちの仕事を区切りのいいところまでやらないと。…あぁ、クロライーナに行く方法だったわね。リリー身分証はある?」
「あるよ」
「身分証を持って役所に行けば、砂漠を旅する手形と地図を発行してもらえるわ」
「砂漠を旅する手形?」
「えぇ。遊牧民族と特殊な取り決めをしているのよ。砂漠が実質的なラングリオンの支配地域である代わりに、変な人間が入れないように、ラングリオン側で管理してる。…あそこには、封印の棺があるから」
「え?」
今、なんて?
「知らなかったの?…まぁ、知らなくても無理はないわね。普通の旅って旅行手形一枚でどこでも行けるみたいだし」
「違う、そうじゃなくて、封印の棺って?」
「話したじゃない。サンドリヨンの物語」
「え?」
「サンドリヨンは、ラングリオンの東を七日七晩かけて焼きつくし、その地を砂漠に変えた魔女。…それは、封印の棺に眠る炎の大精霊のことよ」
それって。銀の棺。
あ、れ…?
「あの、氷の大精霊が守ってる棺のこと…?」
「えぇ、そうよ。もしかして、それも知らなかったの?…ごめんなさい。リリーはグラシアルの人だものね。ラングリオンでは当たり前すぎて忘れてたわ」
マリーが言っていることが、全然、頭に入ってこない。
だって。おかしいよ。それが示す答えは一つ。
「封印の棺は人間によってラングリオンの東に運ばれたの。ほら、トリオット物語でもそうでしょ?」
運ばれた。銀の棺は、氷の大地にはない。
「運ばれた先で開かれて、棺から炎の大精霊が飛び出した。炎の精霊は怒り、七日七晩かけてラングリオンの東を炎で焼き、砂漠に変えた後、封印の棺に帰ったと言われているわ。砂漠に住む人たちは、今でも封印の棺を大切に祀ってる」
その精霊って…。
砂漠に居た炎の大精霊。
だって。それしか考えられない。
つまり。エイダの好きな人って。
「あの、私、封印の棺にも行きたい」
『リリー?』
「見たいの」
「残念だけど、どこにあるか誰も知らないのよね。暴かれたら困るから、砂漠の遊牧民族が厳重に守ってるはずよ。…でも、待って。エル、封印の棺のこと調べてたわね。案外、エルの家に地図があるんじゃないかしら」
「封印の棺の場所が示されている?」
「そうよ。エルはもともと砂漠の出身だし。知っていてもおかしくないわね」
きっと、あるに違いない。
「それじゃあ、リリー。ベリエの二十四日に会いましょう。役所にもその日行けばいいわ。リリーは地図を調べて。私は仕事を終わらせるから、待っててね」
「うん。わかった」
『リリー…。封印の棺を目指すの』
「うん」
だって、間違いない。
エイダは、炎の大精霊。
封印の棺に眠っていた大精霊に違いないんだ。
エルがフラーダリーの元を離れて、砂漠に向かったのは、エイダに会うため。
『私は…。決心がつかないわ』
エイダ…?
※
ルイスとキャロルにおやすみの挨拶をして、二階へ。
ルイスとキャロルに聞いても、地図を見かけたことはないって言っていた。
エルの部屋にもない。
つまり、あるとすれば、書斎だけ。
『リリー。書斎を探すの?』
「うん」
―書斎は入っちゃだめだよ。
―開くだけで危ない本とか置いてあるんだって。
ちょっと怖い気もするけれど。
「変な本に触らなければ大丈夫だよ」
ランプを持って書斎に入る。
当然のように、床に散乱してる本の山を踏まないように気を付けながら、書斎の扉を閉める。
ずっと閉めきっているせいか、本の臭いがこもっている。
嫌いではない、書庫の臭い。
壁一面の本棚。それに加えて、中央にも二列本棚がある。
窓、ないのかな。この部屋って。
手前に机と椅子があるけど、とても何か作業できるスペースじゃない。
床に散らばる本を踏まないように歩いて、机の上にランプを置く。
『灯りを強くしましょうか?』
「お願いできる?」
『えぇ』
エイダの力で、部屋一面が明るく照らされる。
けれど、見えたのは部屋の惨状だけ。
「酷いね」
片付けてから探そう。
床に散らばった本を拾う。
というか、この本棚。どういう順序で並んでるんだろう。テーマ別?難しくて読めない文字もある。
「これ、何て書いてあるのかな」
『錬金術に関わる本かしらね』
「エイダ、読めるの?」
『え?えぇ』
そっか。精霊は古代語が読めるんだっけ。
「じゃあ、手伝ってくれる?…滅茶苦茶だよ、エル。全部整理しよう」
『え?今からですか?』
「うん」
エイダに手伝ってもらいながら、本を整理する。
錬金術に関する本、魔法学の本が一番多いけれど。他には…。数学、物理学、地学、植物学、生物学、医学…。芸術?絵画や音楽に関する本まである。
辞書や辞典、言語学、教育学、地理、歴史、政治、経済、社会、法律…。
種類別に分けたけど、書かれている言語はばらばら。…良いのかな。
っていうか。
エル、これ全部読んでるのかな。
文学に関しては、古文書の類しかないし、宝石学の本もない。せいぜい鉱物について書かれた本を見かけたぐらい。
本当に、私と興味が真逆。
『リリー、本当に片付けが得意なのね』
「そうかな」
もともと、順番には並べてあったらしい。
けれど、本が増えた時に、既存の本を移動させてスペースを空けるのが面倒で、しまってなかったみたいだ。
そういえば、開くだけで危ない本って何かな。
呪術関連の本だって、私がグラシアルで見たことのある普通の本だ。
私が手に取った本の中には、そんな危ない本はなさそうだったけど…。
もしかして、見られたくないものを置いてるから、嘘をついてる?
だとしたら、やっぱり封印の棺の位置を示した地図はここにあるのかな。
何かの本に挟んであるとしたら、探すのがすごく大変そうだけど。
どれかな。見回そうと首を上げたところで、本棚と天井の隙間に箱が置いてあるのが見える。
「エイダ、あれ、届く?」
「…えぇ」
エイダが顕現して、箱を取る。
「あなた、どうしてこういうもの見つけちゃうのかしらね」
「どういうこと?」
エイダが机に箱を置いて、開く。
中には…。たくさんの紙の束と、一冊のノート。それから封をしたままの手紙。
紙を一枚とって、眺める。
卒業おめでとう、エル。
祝福するよ。
なるべく早く帰るから、お祝いしよう。
「卒業?」
これ、誰の文字?
先生から聞いたよ。
カミーユから変な薬を飲まされているって。
いくら友人だからって、体に悪いものはあまり飲まないようにね。
声を取り戻す方法は私も考えている。
おそらく、精神的なものだろうから、薬を飲んだところで直らないだろう。
「声を取り戻す方法?」
そういえば、キャロルが言っていたっけ。
エルが甘いもの苦手になったのは、カミーユさんのせいだって。
あの時キャロルは、それが喉の薬って言っていた。
もしかして、エル、声を出せない時期があったの?
声を取り戻す方法をカミーユさんと探してた?
マリーも言ってた。エルは無口な子だったって…。それが、声を出せなかったせいなら…。
まだ、キアラのところに出入りしているね。
未成年なのだから、飲酒はいけないよ。
それから、どんなに遅くなっても寮にはきちんと帰るように。
それが嫌なら、魔法部隊のところにおいで。
私はそこで寝泊まりしているから。
「魔法部隊?これ、フラーダリーの、手紙?」
エル。卒業後の進路は決めたかい。
エルが勉強に励んでくれていたことは良く知っているよ。
先生からの評価も高い。
君は私にはもったいないほど、できた子供だ。
中でも君は錬金術に関しての才能に溢れているそうだね。
卒業したら、錬金術研究所に入りなさい。
それが嫌なら、城に仕えなさい。
アレクを支えられるだけの力がエルにはあるよ。
私の代わりに、どうかアレクを支えてほしい。
雑多にまとめられた手紙を読んでも、時系列がはっきりしない。
でも、この手紙って、エルが養成所に居た頃のだよね。
だって、エルは寮で生活していて、フラーダリーと一緒に過ごしていたのは節句の長休みだけだったはずだから。
…じゃあ、このノートってなんだろう?
エル。私は魔法部隊が忙しい。
けれど、君のことは気にかけている。
なるべく家に帰るようにするけれど、どうしてもすれ違ってしまうだろう。
だから、このノートに毎日メッセージを残していくよ。
エルも私に伝言があったら、このノートに書いて欲しい。
必ず目を通すから。
わかったよ。
食事作っておいたから、あたためて食べて。
ありがとう。美味しかった。
もう少しスパイスを効かせた方が良いね。
エルは料理の才能もある。
本当に、私の子は天才だ。
言い過ぎだ。
コーヒーをありがとう。
二人用のサイフォンの場所はわかるかい。
家にあるんだよ。
探してごらん。
なんで、こっちに書くんだよ。
出かける前に言えば良いじゃないか。
夕飯食べたよ。
エルは器用だね。
ロールキャベツはトマトソースの方が好きなんだ。
エルもそうじゃないかな。
好みなんて知るわけないだろ。
美味しかった。
毎日でも食べられるよ。
エルはちゃんと食べているのかい。
予備部隊の子とは仲良くなれたかい。
俺はもう飽きた。
心配されるようなことはないよ。
いつもありがとう。
今度の休みは一緒に出掛けようね。
どこへ行きたいか考えておいて。
アレクも誘ってみようか。
いつものように連れ出せるかい。
やってみるよ。
会話のように。エルとフラーダリーの文字が続いている。
フラーダリーが数行の文章を書くのに対し、エルは必ず一言二言しか返さない。
気持ちを言葉にするの、苦手そうだもんね。
ぱらぱらとページをめくる。
なんだろう。このインクの染みたページ。
昨日のことは忘れて。
エル。
私は君の親だ。
きっと、それは一時の感情。
君は愛を知らない。
愛されることを知らない。
少しずつ、知ると良い。
きっとすぐにわかるだろう。
その感情が恋愛ではなく、親愛であると。
エル。帰ってきて。
私が
インクをこぼした跡がある。
…わざとかな。
何かほかにも文字が書いてありそうだけど、読めない。
インクの染みのせいで、数ページ空白が続く。
フラーダリー。
もし、受け入れてもらえないのなら、俺はこの家を出る。
一緒に居ることは不可能だ。
この前のように求めてしまう。
俺がフラーダリーを一人の女性として見ていることに気付いて。
親だって思えない。
姉だとも思えない。
好きなんだ。
愛してる。
俺のすべてだから。
エル。
私は、君が養成所を卒業して帰って来た時、あまりの成長ぶりに驚いたんだ。
私が知っていた、あの幼く、か弱い子供はもう居ない。
君は多くの友を手に入れ、知恵と強さを手に入れた。
もう私の庇護など必要ないのはわかっていたんだ。
君は成人していなくても、充分、どこでもやっていけるのに。
私の元にとどめた、私に責任がある。
エル。選択してほしい。
私が君の愛を受け入れれば、君はまた親を失くしてしまう。
家族を失くしてしまう。
帰るべき場所を失ってしまう。
それでも良いなら。
私は君の愛を受け入れる。
私のすべては君のものだ。
家族は失わないよ。
結婚しよう。
幸せにする。




