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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.砂漠編
24/46

31

「どうして、エルはそう勝手なの」

 話し声が聞こえる。

「……。俺は、……よりもリリーが……。わかるだろ?」

「…、エルだけが……な人間よ。……っても、あ……けは守る」

「…そんなこと……」

「…だから、連れて…」

「エイダ」

「…あなたを……るのに、…すら…くれないと…」

 エイダ…?

「……て必要ない。全部俺の責任なんだから」

 エル?

「エル、お願い」

「イリス、行くぞ」

『え?え?何?ボク、行かなきゃいけないの?エイダ、どういうこと?』

 イリス?

 え?

「わかりました。イリス、エルをお願い。約束するわ。あなたに代わって、リリーを守るって」

『ちょっと、そんな契約勝手に結ばないでよ。…もう!お前、勝手すぎるぞ!エル!』

 え?どういうこと?

「エル?…エイダ?イリス?」

 何の話し?

「おやすみ、リリー」

「ん…?」

 エルが私にキスをして、ベッドに押し付ける。

 気持ち良い…。

 背中が、撫でられて。

 心地よくて。

 エル…。

 だめ、寝ちゃ。

 エルが。

 エルが行っちゃう…。

 あぁ、頭がくらくらする。

「エル。…この子を連れて行って」

「この子?」

「名づけを」

「俺が?」

「もちろん」

「アンジュ」

 古い言葉で、神の御使い。

『アンジュ』

『炎の精霊、アンジュ』

「契約を…」

「必要ないわ、エル。この子は、あなたと繋がりの深い精霊だから。契約なんてしなくても、力を引き出せる」

 え?

「炎の力を?」

「そう。…これ以上は、精霊の秘密。無事に帰ってきたら、教えてあげる」

 あれ…。

 精霊を生めるのって、大精霊だけじゃなかったっけ…?

 エイダは、炎の大精霊…?

「いってらっしゃい。エル、イリス」

「ありがとう、エイダ。行ってくる」

『リリーを頼むねー』

 エル…。

 酷いよ。

 見送らせてくれないなんて。

 でも、見送ることなんてできない。

 行かないでって言いそう。

 また、一度決めたことが揺らいでしまうから。

「リリー、あなた、起きてるの?」

 エイダと目が合う。

「いつから…?」

 体が重くて、起きれない。

「エイダ、助けて」

「え?」

「起き上がれない」

 エイダが笑う。

「二日酔いね」

 エイダが私の体を起こす。

「エルを見送る?きっとまだ家に居るわよ」

「…辛い」

「ベランダに行きましょうか」

「気づかれないかな」

「大丈夫よ」

 エイダに支えてもらいながら、静かに部屋の戸を開いて、廊下に出る。

 しん、と静まり返った廊下を挟んで向かいにある扉を、静かに開く。

 まだ地平線にある太陽が、ゆっくりと夜を終わらせていく。

 きっと、月が太陽の腕を引いている最中だね。

 ベランダの手すりにもたれていると、扉の開く音が聞こえて、エルが出てくるのが見える。

 エル。

 いってらっしゃい。

 待ってるね。

「あ」

 ユールに気付かれた。

 みんなが、私のところに飛んでくる。

『ふふふ。挨拶しなくて良かったのぉ?』

「うん。すぐに会えるから」

『リリー。エイダと離れてはいけないぞ』

 メラニー。

『エルが悲しむようなことをしてはいけない』

 バニラ。

『危険なことぉ、しないでねぇ?』

 ユール。

『もう、みんな心配性ね。リリー、エルは私たちが守るから安心してちょうだい』

 ナターシャ。

『じゃあねぇ、リリー』

『あら?ジオは…』

『ナターシャ、行くぞ』

「うん。気を付けて」

 ジオを残して皆が行ってしまう。

 ナターシャは新しい精霊だから、知らないんだよね、エルのこと。

 ほかの皆は、私がフラーダリーのように死なないか心配してるんだろう。

 ジオは?

『リリー。ずっと、聞きたいことがあったんだ』

「何?」

『リリーは本当にエルのことが好きなのー?』

「え…?」

『最初にリリーと話したかったことはね、なんでエルを振ったのかってことだよ』

「あ…」

 そうか。あの日。マリーと出かけた日は、エルに告白された次の日だったっけ。

『だって、リリーはエルのことを好きだったんだろー?』

「あの後、私がエルに告白したの、聞いてなかったの?」

『あの日はねー、エルの傍に居たのはバニラだけ。オイラたちがエルのところに帰ったのは、夜だったんだ』

 本当に、王都に居る間って、みんな自由行動なんだ。

 あ。もしかして。あの日の夜、エルが窓辺に居たのって、出かけていた精霊たちを迎えてたから?

『後でバニラから教えてもらったけどねー。…エルが最初に告白した時は断っておいて、あの時は受け入れたのって、どういう意味があるのー?』

 あぁ、そうか。

 私の行動って、変だよね。

「私、エルのことを信じてなかったんだ。エルがどれだけまっすぐ私のことを考えてくれているか。エルがどれだけ私を愛してくれているのか」

『人間らしいんじゃない。何も信じられないなんてー』

 返す言葉がない。

「それに、私は気付いてなかったんだ。私がどれだけ、自分の運命から逃げていたのか。どれだけエルを一人にしていたか」

『そうだね。人間はいつも勝手だ。どれだけエルが尽くしても、エルに見返りなんて一つもくれないもんねー』

 胸が痛い。

 私は、エルを傷つけたのに。

 それでも、エルは私と一緒に居たいと願ってくれた。

 エル。ごめんなさい。

 エルの気持ちを一つも理解しようとしなくて。

「でもね。私は、エルがどれだけ私を愛してくれているか知ることができたの」

『どうしてー?』

「エルの周囲の人たちの話を聞いて、エルを知ることができたから。エルがどれだけ強い想いで私を愛しているのか」

『…リリーはさぁ。エルの言葉より、他の連中の言葉を信じたってことー?』

「エルは色んな人から愛されてるよ。自分のことって、自分じゃわからないみたいに、近くに居ればいるほど、相手のことって見えなくなるの。でも、離れたり、間に人を挟んだりすることで、見えることもあるんだよ」

『わかんないな。エルは、いつも本当の気持ちでリリーに言葉を伝えて来たのに。何がわかんなかったの?』

「説明、難しいな。私がどれだけ弱い人間か話さなきゃいけない」

 私が勘違いしてきたことや、私がわかっていなかったこと。

 自分に自信がなかったことや、エルをちゃんと理解しようとしなかったこと。

『どうせ、精霊には人間の愛情なんてわからないって言うんだろー?』

「そんなことないよ。ジオはエルが好きだから傍に居るんだよね?私もエルが好きだから傍に居る。同じだよ」

『リリーはエルを捨てたじゃないか』

「捨てた?」

『エルの願いは、リリーと一緒に居ることだ。ポラリスの予言程度でエルを捨てるんじゃないか』

「違うよ。私はエルの考えを変えたいの。エルを救いたいから一緒に行かないの」

『救いたい?』

「今までエルは大切なものを失い続けてきた。だから、大切な人を失うのがエルのせいじゃないって証明したいの」

『え?』

「え?…そうなの、リリー?」

「だって、エルは何もかも自分のせいにしてる。違うのに。エルは何も悪くないのに。私がエルと一緒に行かないことが、フラーダリーと同じ状況だってわかってるよ。だから、エルが私を連れて行きたかったんだって」

「そうね。傍に居れば、エルは必ずあなたを守れるわ」

「でもね、それじゃだめなの。エルに守られてるだけじゃ、エルはずっと、過去のことを苦しまなくちゃいけない。フラーダリーが死んだのはエルのせいじゃないってことを証明するには、離れていても私が死なないって証明するしかない。だから私は行かないの」

「あなた…、その意味、わかっているの?」

「だって、そうでしょ?私、一度エルの考えを変えてるんだよ」

 エルは私が守るって。認めさせたから。

「だからもう一度、変えられると思う」

「そんなこともあったわね…」

『リリー。オイラ、ちょっと反省するよ』

「え?」

『リリーもクロライーナの連中と同じだって思ってた』

「…え?」

『エルを利用するだけして捨てるんだって』

「どういうこと?」

『リリー。オイラは、人間が大嫌いだ。でも、リリーは信用するよ。エルを裏切らないって。…話したかったのはそれだけ。エルを愛してくれてありがとう』

「待って、ジオ。クロライーナで何があったの」

『知りたいー?』

「知りたい」

『なら、砂漠に行ってごらん。そこで、レイリスという砂の精霊を探すんだ』

「レイリス?」

「レイリス?」

『エルが作ったお墓を知ってる精霊だよー』

「お墓…」

 もしかして、そのお墓にもエルは自分の名前を刻んでる?

『あいつはふらふらしてるから、探すの大変かもしれないけどねー。あ。オイラの友達のロアって闇の精霊が居るんだ。ロアならきっと、クロライーナの近くにいるんじゃないかなー?』

「ロア。…うん。ありがとう」

『ただし、覚悟するんだよー』

「覚悟?」

『人間がどれだけ醜い生き物か、どうして精霊戦争が起こったのか知ることになる。エルを愛した精霊は皆人間が嫌いだ。砂漠に行くなら、気を付けて行くんだよー』

「うん。ありがとう、ジオ」

『それじゃあねー』

 ジオが私の前から飛び立とうとして、一回転して戻ってくる。

『それから、リリーは気付いてないと思うけどさー。エルは一月は帰らないからねー?』

「えっ?」

『オイラが地図を見た感じだと、陸路で山道だからね。それぐらいかかるよー。じゃあねー』

 ベランダから身を乗り出して、ジオが飛んでいく方角を見る。

 もう、エルの姿は見えない。

「あぁ…」

 手すりにつかまって、脱力する。

「一月も、かかるの」

「リリー、まさか、気づいてなかったの?」

「エルはそんなこと、一言も言わなかったよ」

「言わないでしょうね。リリーが一緒に行くって言っていれば、説明してくれたんじゃないかしら」

 あぁ、そうだった。

 いつも、目的地が決まってから、地図を使って説明してくれていたっけ。

「エイダ、クロライーナに行こう」

 知りたい。

 クロライーナで何があったのか。

 エルはクロライーナの奇跡と呼ばれていた。

 クロライーナの人はエルを利用するだけして、捨てた…?

「砂漠は危険よ」

「一月も待ってられな…」

 言葉を続けようとしたところで、盛大にくしゃみをしてしまう。

「大変。そういえばリリーは寝間着一枚だったわね」

「うん」

 勢いをつけて立ちあがったところで、眩暈がしてうずくまる。

「リリー、あなた、二日酔いなのよ。無理しないで」

 そういえば、アリシアと飲んだ次の日って全然起きられなかったな。

 エイダに支えられながら、部屋に戻る。

「ルイスに頼めば二日酔いに効く薬をくれるんじゃないかしら?」

「うん」

 身支度を整えて、サイドテーブルを見ると、眼鏡が置いてある。

 なんで私の眼鏡、ここに置いてあるんだっけ…?

 眼鏡をかける。

 あ。思い出した。

 昨日、エルにかけて、そのままずっと…。

 エル、いつ外したんだろう。

 少なくとも、私が起きている間はずっとかけてた気がする。

 かけっぱなしで寝た?そんなことないよね。

 あぁ、でも、一度かけっぱなしで寝ちゃったことがあるから、わからないな。

 壁に手を付きながら階下へ降りる。

 店側の戸が開いてる。

 店に入ると、ルイスがカウンターに突っ伏して寝ていた。

「ルイス?」

 びくっ、と体を動かして、ルイスがこちらを見る。

 その動きで、ルイスにかかっていたブランケットが下に落ちる。

「リリーシア?…エルは」

「行ったみたい」

「…そっか」

 ルイス、会えなかったのかな。

 落ちたブランケットを拾い上げる。

「リリーシア、これ、見て」

 空のコーヒーカップの横に置いてあったメモを、ルイスが私に渡す。

 メモには。

「家族でいてくれてありがとう。必ず帰る。それから、リリーは…、飲酒禁止?」

「だってさ。昨日、何があったの?」

「えっと…」

 だいたい思い出せるんだけど、思い出せないこともあるような。

「エルが、ありがとうなんて。初めてだな」

「え?」

「ほら。エルは何でも自分でできるし、いつも感謝される方だから。誰かにありがとうって言うの、聞いたことがないよ」

 そう、だっけ?

 普通にありがとうって、言ってなかったかな…?

 あぁ。頭痛が辛くて、考えられない。

「リリーシア、二日酔い?」

「うん…」

「症状は?」

「ふらふらして、頭が痛くて、気持ち悪くて、だるい」

「あぁ、うん。典型的な二日酔いだね。待ってて。良く利く薬があるよ」

 ルイスがそう言って、棚から薬を取ってくる。

「一気に飲んで大丈夫だよ」

 瓶の薬を一息に飲む。

 思ったよりも、味は美味しかった。

「美味しく感じた?」

「うん」

「酔っぱらってる人には美味しく感じるらしいよ」

「そうなの?」

「冗談だよ」

「冗談なの?」

 ルイスが笑う。

 あぁ、きっと。

 イリスが傍に居たら、突っ込むんだろうな…。

 ちょっと寂しいかも。

「昼には良くなってるよ」

「うん…」

「コーヒーでも飲む?」

「え?」

「エルは、二日酔いの時はコーヒーばっかり飲むよ」

 そうじゃなくても、いつも飲んでる気がするけれど。

「飲んだことないの」

「え?」

「コーヒー、飲んだことないの」

「そういえば、見たことないね、リリーシアがコーヒー飲んでるの。飲んでみる?」

「飲んでみる」

 ルイスと一緒に台所に行く。

「座ってて」

 ルイスが慣れた手つきでサイフォンをセットして、コーヒーを淹れる。

「一日にどれぐらい淹れるの?」

「僕は二杯ぐらいにするけどね。コーヒーは神経を興奮させる作用もあるから、飲み過ぎは体に悪いんだ」

「体に悪いの?」

「薬と同じだよ。量を加減すれば良い付き合いができる。紅茶だって同じだよ。あれにも神経を興奮させる作用がある」

「紅茶は飲むと落ち着くよ」

「エルも、コーヒーを飲むと落ち着くって言うんじゃないかな」

 なんとなく、わかったかも。

 あぁ、サイフォンって、いつ見ても面白い。

 液体が吸い上げられて、違うものになって戻ってくる。

「はい、どうぞ」

 ルイスが私のカップにコーヒーを注ぐ。

 そして、自分のにも。

「一度にどれぐらい作れるの?」

「これは二杯用。一杯用と三杯用もあるよ」

「エルはコーヒーが好きだね」

 香りは好きなんだけど。

 湯気を立ち上らせる黒い飲み物を一口、口に含む。

 酸味と苦み。でも、少し甘くも感じる。

「美味しい」

「気に入って良かった。これはエルの好きなブレンドだからね」

「好きなブレンド?」

「いろんな組み合わせがあるんだよ。コーヒー豆は、産地によって色んな種類がある。豆の焙煎の方法でも味は変わるからね」

 紅茶も産地によって全く味や香りが違う。

 組み合わせを楽しんだりするのは、コーヒーも同じなんだな。

「ところで、どうして眼鏡かけてるの?」

「え?っと…」

 特に意味はないんだけど。

「エルに似合ってるって言われたの?」

 逆なんだけど…。

「おはよう、ルイス、リリー。二人とも早起きね」

「おはよう、キャロル」

「おはよう、キャロル。エルから伝言だよ」

 ルイスが、さっきのメモをキャロルに渡す。

 キャロルはそれを見ると、私に抱き着く。

「リリー、ありがとう」

「え?」

「こんなの、初めて」

 キャロル、泣いてる?

「キャロル…?」

「リリーシア。君は、君が思ってる以上にエルに影響を与えているんだよ」

「え?」

「シャルロが言ってたんだ。エルにとっての家族って、精霊なんだって。エルが人間を家族と認めることはないって」

 どういうことだろう。

 あれ?

 そういえば、アレクさん、私がイリスを家族って呼んだ時に、エルと同じって言ってたよね。

 それに、ジオだって。

―人間がどれだけ醜い生き物か、どうして精霊戦争が起こったのか。

―エルを愛した精霊は皆人間が嫌いだ。

 エルと精霊の関係って…?

「それでも家族になるつもりがあるなら、どんな方法を使ってでも家族にしてやるって言ってくれてね。僕らはそれを了承して、エルの養子になったんだ」

「そうだったんだ…」

「だからね、リリー。嬉しいの。エルが、私たちを家族って呼んでくれて」

 キャロルのふわふわの頭を撫でる。

 私には、家族にしか見えなかったな。

 初めてここに連れて来てもらってからずっと。

 お互いのことを理解しあっていて。大切に想いあっていて。

「ルイス、キャロル。言葉にしなくても、きっとエルは二人をずっと家族だと思ってたよ」

「どうして?」

 ルイスも不安だったんだ。

「どうしてそう思うの?」

 涙をたくさん流しながら、キャロルが私を見上げる。

「私の夢はね、幸せな家庭を築くことなの。…その話しを聞いて、エルが連れて来てくれたのがここなんだよ」

 ここは、その願いを叶えられる場所だから。

 エルは私をここに連れて来てくれたの。

 そうだよね?エル。

 だって、ラングリオンの王都はエルの故郷で。

 エルの帰る場所は、家族が居るこの家だから。

 だってエルは言ったよね。

―ただいま。

 って。


 ※


 午後には調子が良くなったけれど、休んでいるように言われてしまった。

 キャロルと一緒にガトーショコラを焼いて、暇になった時間はトリオット物語の続きを読む。

 いい加減、マリーに返さなきゃ。エルと一緒に居ると読書が捗らなかったから。

 夜も遅くになって、ようやくトリオット物語の四巻が読み終わった。

 同じ街まで来ていたのに。

 彼女は北へ、彼は南へ旅立ってしまった。

 いつになったら会えるのかな。

 目的は、出会うことなのに。

 一緒になることなのに。

 どちらかがじっとしていれば会えるんじゃ…。

 そんなこと、出来ないね。

 私が同じ立場だったら、探しに行くと思う。どこまでも。

 どうか。

 離れ離れの二人が出会って、幸せになれますように。

『リリー。読み終わったの?』

「うん。面白かった」

『そう。それは良かったわ』

「エイダも読めば良いのに」

『現代文学は苦手だわ』

「銀の棺は面白かったんでしょ?」

『えぇ。もちろん』

「だったら好きだと思うんだけど」

『…ねぇ、リリー。あなたはどんな結末を望むの?』

「結末?トリオット物語の?」

『えぇ』

「二人が幸せになったら良いなって思うよ」

『幸せになることを望むの?』

「だって、彼は彼女をすごく愛していて。死んで、その棺まで遠くに運ばれてしまって、ものすごく辛かったのに。棺を取り返しに東へ行ったら、彼女は本当は生きてるって知って、希望を見つけたんだよ。彼女だってそう。生きていれば愛し合える。だから、二人はお互いを求めて旅を続けていられるんだよ」

『一度死んだ人間が蘇るなんて』

「斬新だよね。死が二人を分けたのに、その死を乗り越えて求め合っているなんて」

『斬新かしら』

「エイダ、読んだことあるの?」

『…リリーがエルに内容を話したじゃない』

「あぁ、そうだったね。でもね、最新刊、ちょっと変わったところがあったの」

『どんなこと?』

「今までより、表情の描写が増えたような気がする。彼って、こんなに笑う人だったかなって思って」

『そうなの?』

「うん。後は、彼女ってこんなに気が弱い人だったかなって思う」

『気が弱い?』

「なんとなくだけど。彼に会えないことをあんなに悩むなんて、らしくないなって思ったの。今まで絶対会う!って感じで旅をして来たのに。もうこのまま一生会えないかも、なんて。でも、次のお話の伏線なのかな。次こそは会えるかもしれないって言う」

『そうかしら』

 だったら、次が最終巻になってしまうけれど。

「会いたいのに会えないのは、辛いもの」

 その気持ちがわかる。

 まだ、エルが居なくなって一日も経っていないのに。

『エルに会いたい?』

「会いたい…」

『それってどんな気持ちなの?』

 どんな気持ちだろう。

 エル。

 今、どうしてるのかな。

 一緒に行かなくてごめんね。

 勝手なことばかりしてごめんなさい。

 でも、エルが私の気持ちを信じてくれるから。

 本当は一緒に居たいってこと。

 私がエルを愛してるってこと。

 だから私は、エルの為に絶対死なない。

 死なないよ。

 あぁ、こんなに私は変わったんだ。

 エルと初めて会った時から。

「死ぬって思ってたの。死んでも良いって思ってたの。城を出た直後は」

『魔力集めなんてする気がないんだったわね』

「でもね、オペクァエル山脈で死ぬって思った時に、怖かった。死にたくないって思ったの。…これが、私の本音だったんだって。でも、私はエルが好きで。エルから魔力を奪うなんて考えられなかったし、エル以外とキスをするなんて考えられなかった」

 呪いの力を使わなければ帰還できなくて。

 力を使うことはできなくて。

「でも、エルは私を救うって。私がどんな存在でも傍に居てくれて。愛してくれた。エルは私の希望なの。私に未来をくれた。…エルはこんなに私にしてくれるのに。私がエルにできることって、こんなことしかないの」

『リリー、そんなことないわ。エルはあなたと一緒に居るだけで幸せよ』

「それは私の方だよ。私は、エルが私を愛してくれるだけで、一緒に居てくれるだけで幸せなの。…だから、離れていると辛い。会いたいって思う。近くに居たい。声を聞きたい。触れ合いたい。一つになりたいって」

『一つになりたい?』

「エルのすべてを受け入れたいと思うし、私のすべてを受け入れて欲しい」

 こういうの、エルには絶対言えないな。

『肉体がある限り一つにはなれないわ』

 精霊は肉体がないから、魂で触れ合えるのかな。

「きっと、同じことを考えてる時が一つになってる時じゃないかな」

『同じこと?』

「うん。信じあって、愛し合ってる瞬間」

『それは、言葉に出さなくてもわかるの?』

「きっと。同じ気持ちになれたと思うの」

 だから、今、私は愛を信じることに迷わない。

 そうだよね。エル。



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