31
「どうして、エルはそう勝手なの」
話し声が聞こえる。
「……。俺は、……よりもリリーが……。わかるだろ?」
「…、エルだけが……な人間よ。……っても、あ……けは守る」
「…そんなこと……」
「…だから、連れて…」
「エイダ」
「…あなたを……るのに、…すら…くれないと…」
エイダ…?
「……て必要ない。全部俺の責任なんだから」
エル?
「エル、お願い」
「イリス、行くぞ」
『え?え?何?ボク、行かなきゃいけないの?エイダ、どういうこと?』
イリス?
え?
「わかりました。イリス、エルをお願い。約束するわ。あなたに代わって、リリーを守るって」
『ちょっと、そんな契約勝手に結ばないでよ。…もう!お前、勝手すぎるぞ!エル!』
え?どういうこと?
「エル?…エイダ?イリス?」
何の話し?
「おやすみ、リリー」
「ん…?」
エルが私にキスをして、ベッドに押し付ける。
気持ち良い…。
背中が、撫でられて。
心地よくて。
エル…。
だめ、寝ちゃ。
エルが。
エルが行っちゃう…。
あぁ、頭がくらくらする。
「エル。…この子を連れて行って」
「この子?」
「名づけを」
「俺が?」
「もちろん」
「アンジュ」
古い言葉で、神の御使い。
『アンジュ』
『炎の精霊、アンジュ』
「契約を…」
「必要ないわ、エル。この子は、あなたと繋がりの深い精霊だから。契約なんてしなくても、力を引き出せる」
え?
「炎の力を?」
「そう。…これ以上は、精霊の秘密。無事に帰ってきたら、教えてあげる」
あれ…。
精霊を生めるのって、大精霊だけじゃなかったっけ…?
エイダは、炎の大精霊…?
「いってらっしゃい。エル、イリス」
「ありがとう、エイダ。行ってくる」
『リリーを頼むねー』
エル…。
酷いよ。
見送らせてくれないなんて。
でも、見送ることなんてできない。
行かないでって言いそう。
また、一度決めたことが揺らいでしまうから。
「リリー、あなた、起きてるの?」
エイダと目が合う。
「いつから…?」
体が重くて、起きれない。
「エイダ、助けて」
「え?」
「起き上がれない」
エイダが笑う。
「二日酔いね」
エイダが私の体を起こす。
「エルを見送る?きっとまだ家に居るわよ」
「…辛い」
「ベランダに行きましょうか」
「気づかれないかな」
「大丈夫よ」
エイダに支えてもらいながら、静かに部屋の戸を開いて、廊下に出る。
しん、と静まり返った廊下を挟んで向かいにある扉を、静かに開く。
まだ地平線にある太陽が、ゆっくりと夜を終わらせていく。
きっと、月が太陽の腕を引いている最中だね。
ベランダの手すりにもたれていると、扉の開く音が聞こえて、エルが出てくるのが見える。
エル。
いってらっしゃい。
待ってるね。
「あ」
ユールに気付かれた。
みんなが、私のところに飛んでくる。
『ふふふ。挨拶しなくて良かったのぉ?』
「うん。すぐに会えるから」
『リリー。エイダと離れてはいけないぞ』
メラニー。
『エルが悲しむようなことをしてはいけない』
バニラ。
『危険なことぉ、しないでねぇ?』
ユール。
『もう、みんな心配性ね。リリー、エルは私たちが守るから安心してちょうだい』
ナターシャ。
『じゃあねぇ、リリー』
『あら?ジオは…』
『ナターシャ、行くぞ』
「うん。気を付けて」
ジオを残して皆が行ってしまう。
ナターシャは新しい精霊だから、知らないんだよね、エルのこと。
ほかの皆は、私がフラーダリーのように死なないか心配してるんだろう。
ジオは?
『リリー。ずっと、聞きたいことがあったんだ』
「何?」
『リリーは本当にエルのことが好きなのー?』
「え…?」
『最初にリリーと話したかったことはね、なんでエルを振ったのかってことだよ』
「あ…」
そうか。あの日。マリーと出かけた日は、エルに告白された次の日だったっけ。
『だって、リリーはエルのことを好きだったんだろー?』
「あの後、私がエルに告白したの、聞いてなかったの?」
『あの日はねー、エルの傍に居たのはバニラだけ。オイラたちがエルのところに帰ったのは、夜だったんだ』
本当に、王都に居る間って、みんな自由行動なんだ。
あ。もしかして。あの日の夜、エルが窓辺に居たのって、出かけていた精霊たちを迎えてたから?
『後でバニラから教えてもらったけどねー。…エルが最初に告白した時は断っておいて、あの時は受け入れたのって、どういう意味があるのー?』
あぁ、そうか。
私の行動って、変だよね。
「私、エルのことを信じてなかったんだ。エルがどれだけまっすぐ私のことを考えてくれているか。エルがどれだけ私を愛してくれているのか」
『人間らしいんじゃない。何も信じられないなんてー』
返す言葉がない。
「それに、私は気付いてなかったんだ。私がどれだけ、自分の運命から逃げていたのか。どれだけエルを一人にしていたか」
『そうだね。人間はいつも勝手だ。どれだけエルが尽くしても、エルに見返りなんて一つもくれないもんねー』
胸が痛い。
私は、エルを傷つけたのに。
それでも、エルは私と一緒に居たいと願ってくれた。
エル。ごめんなさい。
エルの気持ちを一つも理解しようとしなくて。
「でもね。私は、エルがどれだけ私を愛してくれているか知ることができたの」
『どうしてー?』
「エルの周囲の人たちの話を聞いて、エルを知ることができたから。エルがどれだけ強い想いで私を愛しているのか」
『…リリーはさぁ。エルの言葉より、他の連中の言葉を信じたってことー?』
「エルは色んな人から愛されてるよ。自分のことって、自分じゃわからないみたいに、近くに居ればいるほど、相手のことって見えなくなるの。でも、離れたり、間に人を挟んだりすることで、見えることもあるんだよ」
『わかんないな。エルは、いつも本当の気持ちでリリーに言葉を伝えて来たのに。何がわかんなかったの?』
「説明、難しいな。私がどれだけ弱い人間か話さなきゃいけない」
私が勘違いしてきたことや、私がわかっていなかったこと。
自分に自信がなかったことや、エルをちゃんと理解しようとしなかったこと。
『どうせ、精霊には人間の愛情なんてわからないって言うんだろー?』
「そんなことないよ。ジオはエルが好きだから傍に居るんだよね?私もエルが好きだから傍に居る。同じだよ」
『リリーはエルを捨てたじゃないか』
「捨てた?」
『エルの願いは、リリーと一緒に居ることだ。ポラリスの予言程度でエルを捨てるんじゃないか』
「違うよ。私はエルの考えを変えたいの。エルを救いたいから一緒に行かないの」
『救いたい?』
「今までエルは大切なものを失い続けてきた。だから、大切な人を失うのがエルのせいじゃないって証明したいの」
『え?』
「え?…そうなの、リリー?」
「だって、エルは何もかも自分のせいにしてる。違うのに。エルは何も悪くないのに。私がエルと一緒に行かないことが、フラーダリーと同じ状況だってわかってるよ。だから、エルが私を連れて行きたかったんだって」
「そうね。傍に居れば、エルは必ずあなたを守れるわ」
「でもね、それじゃだめなの。エルに守られてるだけじゃ、エルはずっと、過去のことを苦しまなくちゃいけない。フラーダリーが死んだのはエルのせいじゃないってことを証明するには、離れていても私が死なないって証明するしかない。だから私は行かないの」
「あなた…、その意味、わかっているの?」
「だって、そうでしょ?私、一度エルの考えを変えてるんだよ」
エルは私が守るって。認めさせたから。
「だからもう一度、変えられると思う」
「そんなこともあったわね…」
『リリー。オイラ、ちょっと反省するよ』
「え?」
『リリーもクロライーナの連中と同じだって思ってた』
「…え?」
『エルを利用するだけして捨てるんだって』
「どういうこと?」
『リリー。オイラは、人間が大嫌いだ。でも、リリーは信用するよ。エルを裏切らないって。…話したかったのはそれだけ。エルを愛してくれてありがとう』
「待って、ジオ。クロライーナで何があったの」
『知りたいー?』
「知りたい」
『なら、砂漠に行ってごらん。そこで、レイリスという砂の精霊を探すんだ』
「レイリス?」
「レイリス?」
『エルが作ったお墓を知ってる精霊だよー』
「お墓…」
もしかして、そのお墓にもエルは自分の名前を刻んでる?
『あいつはふらふらしてるから、探すの大変かもしれないけどねー。あ。オイラの友達のロアって闇の精霊が居るんだ。ロアならきっと、クロライーナの近くにいるんじゃないかなー?』
「ロア。…うん。ありがとう」
『ただし、覚悟するんだよー』
「覚悟?」
『人間がどれだけ醜い生き物か、どうして精霊戦争が起こったのか知ることになる。エルを愛した精霊は皆人間が嫌いだ。砂漠に行くなら、気を付けて行くんだよー』
「うん。ありがとう、ジオ」
『それじゃあねー』
ジオが私の前から飛び立とうとして、一回転して戻ってくる。
『それから、リリーは気付いてないと思うけどさー。エルは一月は帰らないからねー?』
「えっ?」
『オイラが地図を見た感じだと、陸路で山道だからね。それぐらいかかるよー。じゃあねー』
ベランダから身を乗り出して、ジオが飛んでいく方角を見る。
もう、エルの姿は見えない。
「あぁ…」
手すりにつかまって、脱力する。
「一月も、かかるの」
「リリー、まさか、気づいてなかったの?」
「エルはそんなこと、一言も言わなかったよ」
「言わないでしょうね。リリーが一緒に行くって言っていれば、説明してくれたんじゃないかしら」
あぁ、そうだった。
いつも、目的地が決まってから、地図を使って説明してくれていたっけ。
「エイダ、クロライーナに行こう」
知りたい。
クロライーナで何があったのか。
エルはクロライーナの奇跡と呼ばれていた。
クロライーナの人はエルを利用するだけして、捨てた…?
「砂漠は危険よ」
「一月も待ってられな…」
言葉を続けようとしたところで、盛大にくしゃみをしてしまう。
「大変。そういえばリリーは寝間着一枚だったわね」
「うん」
勢いをつけて立ちあがったところで、眩暈がしてうずくまる。
「リリー、あなた、二日酔いなのよ。無理しないで」
そういえば、アリシアと飲んだ次の日って全然起きられなかったな。
エイダに支えられながら、部屋に戻る。
「ルイスに頼めば二日酔いに効く薬をくれるんじゃないかしら?」
「うん」
身支度を整えて、サイドテーブルを見ると、眼鏡が置いてある。
なんで私の眼鏡、ここに置いてあるんだっけ…?
眼鏡をかける。
あ。思い出した。
昨日、エルにかけて、そのままずっと…。
エル、いつ外したんだろう。
少なくとも、私が起きている間はずっとかけてた気がする。
かけっぱなしで寝た?そんなことないよね。
あぁ、でも、一度かけっぱなしで寝ちゃったことがあるから、わからないな。
壁に手を付きながら階下へ降りる。
店側の戸が開いてる。
店に入ると、ルイスがカウンターに突っ伏して寝ていた。
「ルイス?」
びくっ、と体を動かして、ルイスがこちらを見る。
その動きで、ルイスにかかっていたブランケットが下に落ちる。
「リリーシア?…エルは」
「行ったみたい」
「…そっか」
ルイス、会えなかったのかな。
落ちたブランケットを拾い上げる。
「リリーシア、これ、見て」
空のコーヒーカップの横に置いてあったメモを、ルイスが私に渡す。
メモには。
「家族でいてくれてありがとう。必ず帰る。それから、リリーは…、飲酒禁止?」
「だってさ。昨日、何があったの?」
「えっと…」
だいたい思い出せるんだけど、思い出せないこともあるような。
「エルが、ありがとうなんて。初めてだな」
「え?」
「ほら。エルは何でも自分でできるし、いつも感謝される方だから。誰かにありがとうって言うの、聞いたことがないよ」
そう、だっけ?
普通にありがとうって、言ってなかったかな…?
あぁ。頭痛が辛くて、考えられない。
「リリーシア、二日酔い?」
「うん…」
「症状は?」
「ふらふらして、頭が痛くて、気持ち悪くて、だるい」
「あぁ、うん。典型的な二日酔いだね。待ってて。良く利く薬があるよ」
ルイスがそう言って、棚から薬を取ってくる。
「一気に飲んで大丈夫だよ」
瓶の薬を一息に飲む。
思ったよりも、味は美味しかった。
「美味しく感じた?」
「うん」
「酔っぱらってる人には美味しく感じるらしいよ」
「そうなの?」
「冗談だよ」
「冗談なの?」
ルイスが笑う。
あぁ、きっと。
イリスが傍に居たら、突っ込むんだろうな…。
ちょっと寂しいかも。
「昼には良くなってるよ」
「うん…」
「コーヒーでも飲む?」
「え?」
「エルは、二日酔いの時はコーヒーばっかり飲むよ」
そうじゃなくても、いつも飲んでる気がするけれど。
「飲んだことないの」
「え?」
「コーヒー、飲んだことないの」
「そういえば、見たことないね、リリーシアがコーヒー飲んでるの。飲んでみる?」
「飲んでみる」
ルイスと一緒に台所に行く。
「座ってて」
ルイスが慣れた手つきでサイフォンをセットして、コーヒーを淹れる。
「一日にどれぐらい淹れるの?」
「僕は二杯ぐらいにするけどね。コーヒーは神経を興奮させる作用もあるから、飲み過ぎは体に悪いんだ」
「体に悪いの?」
「薬と同じだよ。量を加減すれば良い付き合いができる。紅茶だって同じだよ。あれにも神経を興奮させる作用がある」
「紅茶は飲むと落ち着くよ」
「エルも、コーヒーを飲むと落ち着くって言うんじゃないかな」
なんとなく、わかったかも。
あぁ、サイフォンって、いつ見ても面白い。
液体が吸い上げられて、違うものになって戻ってくる。
「はい、どうぞ」
ルイスが私のカップにコーヒーを注ぐ。
そして、自分のにも。
「一度にどれぐらい作れるの?」
「これは二杯用。一杯用と三杯用もあるよ」
「エルはコーヒーが好きだね」
香りは好きなんだけど。
湯気を立ち上らせる黒い飲み物を一口、口に含む。
酸味と苦み。でも、少し甘くも感じる。
「美味しい」
「気に入って良かった。これはエルの好きなブレンドだからね」
「好きなブレンド?」
「いろんな組み合わせがあるんだよ。コーヒー豆は、産地によって色んな種類がある。豆の焙煎の方法でも味は変わるからね」
紅茶も産地によって全く味や香りが違う。
組み合わせを楽しんだりするのは、コーヒーも同じなんだな。
「ところで、どうして眼鏡かけてるの?」
「え?っと…」
特に意味はないんだけど。
「エルに似合ってるって言われたの?」
逆なんだけど…。
「おはよう、ルイス、リリー。二人とも早起きね」
「おはよう、キャロル」
「おはよう、キャロル。エルから伝言だよ」
ルイスが、さっきのメモをキャロルに渡す。
キャロルはそれを見ると、私に抱き着く。
「リリー、ありがとう」
「え?」
「こんなの、初めて」
キャロル、泣いてる?
「キャロル…?」
「リリーシア。君は、君が思ってる以上にエルに影響を与えているんだよ」
「え?」
「シャルロが言ってたんだ。エルにとっての家族って、精霊なんだって。エルが人間を家族と認めることはないって」
どういうことだろう。
あれ?
そういえば、アレクさん、私がイリスを家族って呼んだ時に、エルと同じって言ってたよね。
それに、ジオだって。
―人間がどれだけ醜い生き物か、どうして精霊戦争が起こったのか。
―エルを愛した精霊は皆人間が嫌いだ。
エルと精霊の関係って…?
「それでも家族になるつもりがあるなら、どんな方法を使ってでも家族にしてやるって言ってくれてね。僕らはそれを了承して、エルの養子になったんだ」
「そうだったんだ…」
「だからね、リリー。嬉しいの。エルが、私たちを家族って呼んでくれて」
キャロルのふわふわの頭を撫でる。
私には、家族にしか見えなかったな。
初めてここに連れて来てもらってからずっと。
お互いのことを理解しあっていて。大切に想いあっていて。
「ルイス、キャロル。言葉にしなくても、きっとエルは二人をずっと家族だと思ってたよ」
「どうして?」
ルイスも不安だったんだ。
「どうしてそう思うの?」
涙をたくさん流しながら、キャロルが私を見上げる。
「私の夢はね、幸せな家庭を築くことなの。…その話しを聞いて、エルが連れて来てくれたのがここなんだよ」
ここは、その願いを叶えられる場所だから。
エルは私をここに連れて来てくれたの。
そうだよね?エル。
だって、ラングリオンの王都はエルの故郷で。
エルの帰る場所は、家族が居るこの家だから。
だってエルは言ったよね。
―ただいま。
って。
※
午後には調子が良くなったけれど、休んでいるように言われてしまった。
キャロルと一緒にガトーショコラを焼いて、暇になった時間はトリオット物語の続きを読む。
いい加減、マリーに返さなきゃ。エルと一緒に居ると読書が捗らなかったから。
夜も遅くになって、ようやくトリオット物語の四巻が読み終わった。
同じ街まで来ていたのに。
彼女は北へ、彼は南へ旅立ってしまった。
いつになったら会えるのかな。
目的は、出会うことなのに。
一緒になることなのに。
どちらかがじっとしていれば会えるんじゃ…。
そんなこと、出来ないね。
私が同じ立場だったら、探しに行くと思う。どこまでも。
どうか。
離れ離れの二人が出会って、幸せになれますように。
『リリー。読み終わったの?』
「うん。面白かった」
『そう。それは良かったわ』
「エイダも読めば良いのに」
『現代文学は苦手だわ』
「銀の棺は面白かったんでしょ?」
『えぇ。もちろん』
「だったら好きだと思うんだけど」
『…ねぇ、リリー。あなたはどんな結末を望むの?』
「結末?トリオット物語の?」
『えぇ』
「二人が幸せになったら良いなって思うよ」
『幸せになることを望むの?』
「だって、彼は彼女をすごく愛していて。死んで、その棺まで遠くに運ばれてしまって、ものすごく辛かったのに。棺を取り返しに東へ行ったら、彼女は本当は生きてるって知って、希望を見つけたんだよ。彼女だってそう。生きていれば愛し合える。だから、二人はお互いを求めて旅を続けていられるんだよ」
『一度死んだ人間が蘇るなんて』
「斬新だよね。死が二人を分けたのに、その死を乗り越えて求め合っているなんて」
『斬新かしら』
「エイダ、読んだことあるの?」
『…リリーがエルに内容を話したじゃない』
「あぁ、そうだったね。でもね、最新刊、ちょっと変わったところがあったの」
『どんなこと?』
「今までより、表情の描写が増えたような気がする。彼って、こんなに笑う人だったかなって思って」
『そうなの?』
「うん。後は、彼女ってこんなに気が弱い人だったかなって思う」
『気が弱い?』
「なんとなくだけど。彼に会えないことをあんなに悩むなんて、らしくないなって思ったの。今まで絶対会う!って感じで旅をして来たのに。もうこのまま一生会えないかも、なんて。でも、次のお話の伏線なのかな。次こそは会えるかもしれないって言う」
『そうかしら』
だったら、次が最終巻になってしまうけれど。
「会いたいのに会えないのは、辛いもの」
その気持ちがわかる。
まだ、エルが居なくなって一日も経っていないのに。
『エルに会いたい?』
「会いたい…」
『それってどんな気持ちなの?』
どんな気持ちだろう。
エル。
今、どうしてるのかな。
一緒に行かなくてごめんね。
勝手なことばかりしてごめんなさい。
でも、エルが私の気持ちを信じてくれるから。
本当は一緒に居たいってこと。
私がエルを愛してるってこと。
だから私は、エルの為に絶対死なない。
死なないよ。
あぁ、こんなに私は変わったんだ。
エルと初めて会った時から。
「死ぬって思ってたの。死んでも良いって思ってたの。城を出た直後は」
『魔力集めなんてする気がないんだったわね』
「でもね、オペクァエル山脈で死ぬって思った時に、怖かった。死にたくないって思ったの。…これが、私の本音だったんだって。でも、私はエルが好きで。エルから魔力を奪うなんて考えられなかったし、エル以外とキスをするなんて考えられなかった」
呪いの力を使わなければ帰還できなくて。
力を使うことはできなくて。
「でも、エルは私を救うって。私がどんな存在でも傍に居てくれて。愛してくれた。エルは私の希望なの。私に未来をくれた。…エルはこんなに私にしてくれるのに。私がエルにできることって、こんなことしかないの」
『リリー、そんなことないわ。エルはあなたと一緒に居るだけで幸せよ』
「それは私の方だよ。私は、エルが私を愛してくれるだけで、一緒に居てくれるだけで幸せなの。…だから、離れていると辛い。会いたいって思う。近くに居たい。声を聞きたい。触れ合いたい。一つになりたいって」
『一つになりたい?』
「エルのすべてを受け入れたいと思うし、私のすべてを受け入れて欲しい」
こういうの、エルには絶対言えないな。
『肉体がある限り一つにはなれないわ』
精霊は肉体がないから、魂で触れ合えるのかな。
「きっと、同じことを考えてる時が一つになってる時じゃないかな」
『同じこと?』
「うん。信じあって、愛し合ってる瞬間」
『それは、言葉に出さなくてもわかるの?』
「きっと。同じ気持ちになれたと思うの」
だから、今、私は愛を信じることに迷わない。
そうだよね。エル。




