30
「ポラリス?」
どうして、三番隊の武器保管庫なんかに居るの?
「リリーシア。どうしても伝えたいことがある」
「うん」
「お前が勝てば、お前は、エルロックの運命を変えられる」
「え?」
それって…。
「それが良いか悪いかは語れない」
他人の運命を語ってはいけないから?
「お前が勝ったら、エルロックに教えてやると良いだろう」
それだけ言うと、ポラリスは去る。
運命を変えられる?
運命って、人の生き方そのものなんだよね?
それを変えるってことは。エルの考え方を変えられるってこと?
それとも、エルがエルじゃなくなるってこと?
…だめ。
迷っていたらエルに勝てない。
勝つことだけを考えるんだ。
手になじむ演習用の片手剣を一本選んで、訓練場へ行く。
「え…」
『うわぁ、人がいっぱいだね』
訓練場の周囲を埋め尽くすほどの人。
「どうしよう、恥ずかしい」
『何言ってるんだよ。ここで勝負するって言ったのはリリーだろ』
「でも…」
『あ、あれ!アレクじゃないか』
あんなに精霊を連れてる人って、アレクさんしか居ないよね。
―言葉は実行しなければ意味がない。
「勝たなきゃ」
絶対に負けられない。
ガラハドさんと話しているエルの元へ走る。
「エル、片手剣、これで良い?」
「あぁ。なんでも良いぜ」
エルが持っているレイピアも、演習用のものだ。
「エルも、練習用の使うの?」
「当然だろ」
演習用の武器は、刃が落とされていて、斬れない。
…大丈夫かな。イリデッセンスじゃなくて。
「また、折れたりしないかな」
「折れても、気を抜くなよ。その辺は、審判の判断が絶対だ」
「わかった」
「じゃあ、そろそろ始めてくれ」
訓練場の中央に並ぶ。
「負けないよ」
片手剣を構える。
「かかってこい」
エルがレイピアを構える。
「はじめっ!」
走って、エルを斬る。
いつもと同じパターン。エルはレイピアで受け流すから、ここは、剣に頼らずに足で蹴る。
けれど、ばれてる。私の蹴りをエルが跳躍してかわす。…その高さじゃ私の剣は避けきれないはず。片手剣で斬ると、エルが私の剣をレイピアで突き、大きく飛ぶ。
これは風の魔法。
想定より二歩多く踏み込んでエルのレイピアを斬り上げ、がら空きになった胴体に片手剣を伸ばす…、けれど。
エルがレイピアのガードで私の攻撃を受け、目の前から移動する。
左。
これはエルの移動距離が大きすぎて、今から片手剣を振っても届かない。
呼吸を整えて。
狙いを定めてエルのレイピアに剣を当て、鍔迫り合いに持ち込む。
力では、きっと私の方が上だから。
あ、れ?
「!」
エルが、レイピアを引いた瞬間、体を起こそうとしたのに、片手剣がレイピアに引っ張られてバランスを崩しかける。けど、そのまま勢いをつけてエルを薙ぎ払う。
今のも魔法だったの?…なんて、難しいことを。
私の攻撃はかわされ、エルが私に向かってレイピアを突く。
初めて攻撃された。
片手剣を振り上げてはじき、隙を狙って振り下ろす。
その剣先はレイピアで受け流されて、そのまま地面に誘導される。
振り上げようとしたところで、私の剣がエルに蹴られる。
まずい。
レイピアが私の胴に当たる…。
だめ。
剣の柄で受け止めて、レイピアを押し返す。
エルはそのまま後退する。さっきより大きく移動した。
三歩踏み込みながら剣を突き刺す。
まっすぐエルを狙った片手剣は、レイピアに叩きつけられて剣先が下に向く。
エルが、今度は私の右手へ。
視線だけでレイピアを追って、剣を振り上げると、また、鍔迫り合いに。
「くっ」
このまま押し通したい。けれど、そんなことはさせてくれないだろう。
次はどんな手で?さっきの、引っ張られる魔法は警戒しておこう。
あ。
この、残像のような揺れ。
視認したところで、エルのレイピアが動く。エルはもうここには居ない。
攻撃される。
感覚だけで避けると、私が居た場所にレイピアが突き刺さる。
冷や汗。
そのまま右足に体重を乗せて、エルの左側へ行き、片手剣で斬る。
行ける。
そう、思ったのに。
エルがレイピアを軽く浮かせて、持ち手を逆手に変え、片手剣の攻撃を受け止める。
あぁ、こんなのって。
「エル、かっこいい」
なんて、鮮やかな切り返しなの。
「何、言ってるんだよ」
エルが眉をひそめて、レイピアの持ち手をいつも通りに戻す。
「すごく、楽しい」
私の言葉に、エルが笑う。
大好き。
だから、負けない。
剣を下に構える。
薙ぎ払うと、エルが跳躍する。予想通り。
一回転して、もう一度薙ぎ払う。あぁ、もっと高く飛べるんだね。
エルに向かって剣を伸ばす。
エルのレイピアが私の片手剣を落とそうとするのを避ける。何度も同じのは効かないよ。
エルは私の攻撃を避けながら私の肩に手を突くと、私の頭上で宙返り。
空中を舞うエルのレイピアに向かって片手剣を伸ばすと、エルがレイピアで受け止める。
眩暈。
予想もできない角度でエルが地上に降りる。
真右。
「キスしても良い?」
「だ、だめ」
酷い。
思いきりエルに向かって剣を振り上げるけれど、当たるわけがない。
エルが背中合わせに移動して、私の左手に。
レイピアの動きを目で追って、片手剣をそれに当てる。
「エルの、ばか!」
しないでって言ったのに!
「あ」
鍔迫り合いになっていたレイピアが、砕ける。
だめ…。
力を入れ過ぎたせいで、バランスが…。
負けた。
……?
片手剣を、エルに向かって振ってみると、エルが折れたレイピアで受け止めて、風の魔法で後退する。
「迷うな、リリー」
エルが折れたレイピアを、左手で逆手に構える。
警告。
一歩で移動できる距離じゃない。エルがあっさり私の懐に入ってきて、折れたレイピアで…。
本能的に、剣で防御する。その剣をエルが蹴って、更にレイピアが私の胴体を…。
危険。
間一髪、避けながら素早く一回転し、片手剣をそのままエルの腹部めがけて、薙ぎ払う。
嘘だ。
「エル!」
エルが私の攻撃で吹き飛ぶ。
そして、そのまま、地面に落ちる。
魔法で受け身も取らずに。
「勝者、リリーシア!」
ガラハド隊長の声と、歓声。
違う、違うよ。こんなの。
倒れてるエルの傍まで行く。
「どうして?」
「何が」
エルに手を差し伸べる。
エルは私の手を取って、起き上がる。
「どうして、負けたの?」
「…勝った奴の言うセリフじゃないぜ」
「でも」
続きを言いかけたところで。
「わっ」
人の波にのまれる。
「リリーシアさん!おめでとうございます!」
「やってくれると思ってました!」
「かっこよかったです!」
「あ、あのっ」
エル、
「胴上げしようぜ」
「ほら」
「せーの」
持ち上げられて、宙を舞う。
待って、私、勝った気分じゃないの。
こんなの…。
「あ、あの…」
ひとしきり空を舞ったところで、ようやく降ろされて地面に膝をつく。
「やったな、リリーシア」
「隊長さん…。でも…」
「勝負の条件に乗っ取って、お前は善戦し、勝ったんだ。誇りに思え」
ガラハドさんが笑う。
絶対、気づいてるのに。それでも勝ったって言ってくれるんだ。
「はい」
ガラハドさんに手を引いてもらって立ち上がる。
「ほら、お前ら!昼休みは終わるぞ!」
エルの傍に行くと、マリーとシャルロさん、カミーユさんが一緒に居る。見に来てたんだ。
「昼休み終わっちゃうわ。急いで戻らないと。…またね、エル、リリー」
「またね、マリー、シャルロさん、カミーユさん」
周囲を見回しても、もう、アレクさんは居ないみたいだった。
エルに会わなくて良かったのかな。
「帰ろう、エル」
「そうだな。じゃあな、ガラハド、世話になったな」
「おぅ。またいつでも来い」
三番隊のみんなに手を振って、訓練場を後にする。
「ねぇ、どうして負けたの?」
「どうしてって、リリーが強かったからだろ」
「違う。私は、あの時油断してた」
「いつのことだ?」
「エルのレイピアが折れたとき」
「あぁ、そうなのか」
「ふざけないで。どうして?」
「…教えてほしいか」
「うん」
「好きだから」
あの時。
絶対に私に攻撃が入るって確信したから。
だから、逆にエルは私へ攻撃できなかったんだ。
たとえ演習用の剣でも、私を傷つけることができない。
エルは、そういう人だって、わかってたのに。
「エル、あの…」
「俺の、自業自得だ」
「そんなの、約束は無効だよ。やり直そう」
「無効じゃない。内容も、全部俺が決めたことだ。俺自身、できないなんて思わなかったんだから。…だから、セルメアには連れて行かない」
「エル…」
ごめんなさい。
「リリーは王都で待っててくれ。なるべく早く帰るから」
「うん」
ごめんなさい。
エルと一緒に家に帰る。
「ただいま」
「ただいま、ルイス」
「おかえり、エル、リリー。…リリーが勝ったんだって?」
「情報が早いな」
「ポラリスが来たんだ」
「何しに来たんだ?」
「リリーに伝言。エルが出発したら店に来いって」
ポラリスは、こうなるって予想つかなかったのかな。
だって、明らかにエルにとって不利な条件だったのに。
「そういえば、リリー。一緒に行きたくない理由って?」
「部屋で話すよ」
「そうだな。…ルイス、明日から出かけるから」
明日?明日、出発しちゃうの?
「うん。薬とか準備しておくよ。…それから、今日は僕とキャロルは出かけるから。戸締りちゃんとしてね」
「あぁ。わかった」
聞かないでいてくれるのかな。
勝ったはずの私が落ち込んでるから。
台所に寄って、マスカテル茶を淹れて、エルの部屋へ。
「ポラリスに、占いをしてもらったんだ」
「だろうな」
ポラリス、エルにも何か言ったのかな。
「最初に占ってもらった時、ポラリスに言われたんだ。呪われてる人間は占えない、って」
「リリスの呪いのこと、言ったのか?」
見透かされてるみたいだった。
「言ってない。でも、こうも言われたんだ。近いうちに解けるから、解けたらまた来るように、って。…それで、実際に呪いが解けた」
「あいつは、気味が悪いほど色んなものが見えるからな」
「それで、この前マリーと一緒に行った時、運命の岐路に居るって言われたんだ」
「運命の岐路?」
「うん。南に行ってはいけない、って」
「…つまり、セルメアには行くなって?」
「そう。行けば、すべてを失うって」
それが、私の受けた予言。
「なんで言わなかったんだ?」
本当のことは言えない。
「ポラリスが、エルは占いを信じないって言ってたから。…私がエルに勝ったら、エルに伝えてほしいって頼まれていたことがある」
「ポラリスから?」
「うん。私が勝てば、私は、エルの運命を変えられるって。…良いことなのか、悪いことなのかわからない。ポラリスは教えてくれなかったから」
でもあれ、勝ったって思っていいのかな。
「リリー」
エルが私の肩を掴む。
「うん?」
エルが、私の瞳をまっすぐに見つめる。
「リリーは、俺の希望だよ。迷わないで。ずっと一緒に居て。俺が好きなのはリリーだけだし、俺はリリーから愛されたい」
「エル…?」
私が、エルの希望?
あ、の。
そんな言葉。
私がもらっても、良いの?
エルが私をきつく抱きしめる。
そして、唇を私につける。
あぁ、くらくらする。
「エル、まだ、昼間だよ」
「だから?」
「明るいよ」
「そうだな」
「恥ずかしい」
「じゃあ、次に俺が何ていうか当ててみて」
―恥ずかしがっていいよ。
あぁ、どうしてわかっちゃったんだろう。
「エルの、ばか」
抵抗できないのに。
「ねえ、エル。痛かった?」
「ん?」
「吹き飛ばされたとき」
「覚えてないな」
「魔法、使わなかったね」
「そうだったかな」
「そうだよ」
わざと使わなかったの?
レイピアが折れた後の、エルの攻撃。
怖かったな。
ぞくぞくした。
「また、一緒に戦ってくれる?」
「本気か?」
「うん。楽しかった」
やっぱり、エルは、もっと強い。
レイピアはエルにとって盾。
たぶん本当は…。
「気が向いたらな」
「ありがとう」
いつか、本気で戦ってくれないかな。
それでもやっぱり、私に攻撃を当てることはしないんだろうね。
※
「リリー、出かけよう」
「え?」
出かける?今から?
暗い夜道をエルと歩いて、一軒のお店へ。
お店の名前は…、ベルベット?
薄暗い店内に入る。
「エルロックか」
「あぁ。久しぶり」
変わった雰囲気の場所。
大きなピアノが置いてある。
エルと並んで、カウンターの、少し高い椅子に座る。
目の前では、店員さんが丁寧にグラスを磨いている。
「腹減った。何かあるか?」
「うちに食べに来るのはお前ぐらいだよ…。賄いで良いな。お嬢さんも食べるかい?」
「はい」
グラスを上に吊るすと、その人は奥へ入って行く。
「ここは?」
「バーだよ。酒を飲むところ」
エルが頬杖をついて私を見る。
「この前、マリーたちと集まったのとは、雰囲気が違うね」
店内が薄暗いのは開店前だから?じゃないよね。
「あそこは、居酒屋。酒をメインに提供する食事処」
ええと、ここは食べ物を食べるところじゃない?
けれど、奥から戻ってきた店員さんは私とエルの前に食事を並べる。
魚の蒸し料理にテリーヌ、パスタ。
「何にする?」
「カルヴァドス」
お酒かな。
「良い選択だ」
黄金色をしたお酒がグラスに注がれる。
「乾杯」
「乾杯」
エルのグラスに、私のグラスを合わせる。
どんな味がするのかな。
あ、これ…。
「おいしい」
リンゴの香り。
「リリーが好きそうだと思った」
「うん」
「菓子にも使ってみたら良い」
「あぁ。良いかもしれない」
きっと、ケーキに良い香りが付くだろう。
「あら、エル。お久しぶりね」
「キアラ。久しぶり」
紫色のイブニングドレスを着た女の人がエルの頬に触れる。
「ちっとも来てくれないんだもの。寂しかったわ。今日は私の歌を聴きに来てくれたのよね?」
「あぁ。いつものやつ、頼むよ」
「まかせて。エルの為に歌うわ」
どういう、関係なのかな。
「ふふふ。可愛い子猫ちゃん。この子が噂の恋人ね」
キアラさんが私に顔を近づける。
薄い碧い瞳は、何を考えているのかわからない。敵視はされていないみたいだけど。
キスされそうなほど顔を寄せられて、身を引く。
「取って食うなよ」
「あら。可愛い」
キアラさんはエルに向かって笑うと、ピアノの方へ。
「綺麗な人だね」
「リリーの方が綺麗だよ」
エルがそう言って、私にキスをする。
「もう」
こんな場所で。
「照れてる?」
エルから目線をずらして、カルヴァドスを飲む。
あんなに綺麗な人から口説かれてるのに。本当に、私でいいのかな。エルの好きな人。
音が。
ピアノの音が聞こえて、ピアノの方を見ると、キアラさんがピアノを弾いている。
なんてタイトルだっけ、これ。
扉を開けて、だっけ?
「エル、その子に負けたんじゃなかったのか?」
「良く知ってるな」
「王都中の噂だ」
「…みんな、暇人だな」
店員さんが食事を下げて、違うお酒をエルに渡す。
「お嬢さんは?」
「何か、甘い奴。あぁ、シュバリエにしようか」
「シュバリエ?」
それって、確か騎士って意味じゃなかったかな。
「カクテル。…知らないか」
「知らない。さっきのも?」
「あれは蒸留酒の一種。混ぜものじゃないよ」
ええと…?
店員さんがやっているみたいに、色んなものを混ぜたのがカクテル?
…あ。これって。
「可愛い!」
イチゴのお酒なんだ。
グラスにイチゴも飾ってあって、素敵。
一口飲む。
「うん。おいし…」
言いかけたところで、エルが私の口にイチゴを入れる。
あ…。
これって。
「リリーシア。…リリーって呼んでも良い?」
エルが笑う。
あぁ、もう。
「エル、覚えてたんだ」
「だってまだ、あれから一月ぐらいしか…」
今日は、ベリエの十九日だよ、エル。
「ちょうど、一月なのか」
「うん」
「気づいてたのか」
だって私の誕生日はポアソンの十九日。
エルは知らないことだけど。
「うん。でも、会ってまだ一月な気がしないね」
「そうだな…」
その間。ずっと私はエルのことが好きだった。
そして、エルを知りたいと思った。
まだまだ、知らないことはたくさんある。
お酒に詳しいのも、初めて知ったな。
「エルは、なんでも詳しいね」
「詳しい?」
「お酒は、ロマーノしか飲んだことがない」
「俺はここで働いてたんだよ」
それも、初めて知ること。
「それに、ロマーノなんて飲んだことがない」
「そうなの?」
「手に入ったら飲みたいけどな。ロマーノワインっていうのはワインの最高峰で、その中でも、美しいピンク色をしたロマーノ・ベリル・ロゼっていうのは、幻のワインって呼ばれてるんだぞ」
「知らなかった」
「だろうな」
そんなに高級なお酒だったんだ。
アリシア、教えてくれれば良かったのに。
「シュバリエは気に入ったか?」
「うん。でも、色んなの飲んでみたい」
「そうだな…」
「おすすめがあるよ」
そう言って、店員さんが新しいカクテルを作る。
グラスに注がれたのは、チョコレート?
そのグラスに、オランジュピールが添えられる。
「どうぞ。高貴な君、という名のカクテルだよ」
色んな名前があるんだな。
高貴な人って言うと、アレクさんを思い出すな。
「おいしそう」
あぁ、甘くて美味しい。
やっぱりチョコレート。
あぁ…。
なんだか、すごく楽しくなってきたかも。
『リリー、大丈夫?』
「うん?」
『アリシアと飲んだ後、覚えてる?』
「うーん?」
あの後?
『リリー、あの高級ワインを何本開けたか知ってる?』
「ん…?」
あの後は、ちゃんと自分の部屋に帰って寝たよ?
グラスのオランジュピールを口に入れる。
「大丈夫か?リリー」
エルにキスをする。
どうしてエルは、そんなに心配性なの。
私は全然平気なのに。
いつになったら、私をまともに見てくれるの。
あなたは私を守ることしか考えない。
そんなのだめ。
対等じゃなくちゃ。
「エル」
私はあなたの考えを変えるよ。
そして、一緒に幸せになるの。
「エルの運命がどんなものでも、壊れたら、また新しくやり直せるかな?」
だから、私をずっと傍に置いてね。
「リリーは強いな」
「強いのは、エルだよ」
変なエル。
私を守って、救い続けてるのに。
「迷いを断ち切れたのも、自分の足で歩けるようになったのも、エルのおかげだよ」
だから私は今、エルを救いたいと願う。
「俺の勝手な欲求だ」
「違うよ。私の希望」
どうしてそんなに自信がないの。
私がこんなに好きなのに。
「次は何にしようかな」
「…ちょっと待ってろ。マスター借りるぜ」
エルが作ってくれるのかな。
エルの手元を眺める。
そうだ。
持っていた眼鏡を、エルにかける。
「え?」
「似合う」
「これはリリーのだろ」
「いいの」
エルは眼鏡をかけ直して、私にグラスを渡す。
「どうぞ、お姫様」
お姫様。
「これはなんていうの?」
「内緒」
変わった名前のカクテル。
「ありがとう」
エルはどうして、私にお姫様って言うのかな。
今まで、何回言われただろう。
初めて会った時にも言われたっけ。
私みたいなのをお姫様なんて。
変わった人。
「エル、乾杯」
「乾杯」
あれ。今流れてるこの曲。
知っている。
「愛することができる限り、ずっと愛す」
「え?」
あれ?違うのかな。
「そういう名前の曲だよね?」
「あぁ…」
本当に。素敵な名前。
「愛することができる限り、ずっと愛すよ」
「あなたを愛することだけを考えて私は生きる」
もともと歌曲だったから。
詩がある。
「次は何を作ってくれるの?」
エルが慣れた手つきでカクテルを作る。
眼鏡越しに見る睫毛が好き。
少し視線を落としている感じが良いの。
とても好き。
「桜の君」
桜って、この前見た花だ。
綺麗だったな。あのピンク色。
また一緒に見たい。
「…エルと出会って世界が変わった」
「リリー」
「エル、私はエルを…」
ぐらり、と、視界がゆがむ。
「飲み過ぎだ」
「うん…?」
「そろそろ出よう。水、飲めるか?」
「うん」
あぁ、冷たくて、染み込む。
あれ?
エルが持っているあれは、なんていうカクテルなんだろう。
「ん…」
口の中に入ってくる味が。
エルと混ざって、とても甘い。
「くらくらする…」
「帰ろう」
あぁ、美味しかった。
「うん」
良く晴れた空。
星が出ていて綺麗。
ポルトペスタでも一緒に星を見たね。
あの時は悲しかったけれど、今は楽しくて、最高に気分が良い。
くるくると空を見上げながら回っていると、倒れそうになる私をエルが捕まえて、抱き上げる。
「見て、綺麗だよ」
空を指さす。
「綺麗だな」
エルの首に腕を回して、キスをする。
「リリー、前が見えない」
あぁそっか。
エルの耳に口を寄せる。
エル。いっぱいキスしたい。
「…もう少し、我慢して」
「できない」
エルが私にキスをする。
離れようとする唇を追う。
「もっと。…あ」
これ、魔法のロープだ。
「意地悪」
「帰ったらいっぱいするよ」
「待てない」
「…我儘だな」
エルが笑う。
「行くよ」
一人にしないで。
「一緒に来て」
「だめ」
行けない。
「我儘だな」
エルが楽しそう。
我儘言ってるのに、変な人。
「本当のこと、聞かせて」
本当のこと?
「もっと聞きたい」
何を?
「我儘言って」
いつも、言ってると思うんだけどな。
エル。キスして。
エルが、私にキスをする。
エル。
離れたくない。
このままずっと抱きしめて。
このままずっとキスをしていて。
このままずっと繋がっていたいの。
キスをしていても合間に言葉を交わすことはできるよ。
だから。
やめないで。
「やめないよ」
一緒に居て。
「一緒に居るよ」
離れないで。
「離れないよ」
行かないで。
「行かせて」
「矛盾してる」
「してないよ」
「どこにも行かないで」
「行くよ。もう決めたことだ」
「一緒に居たい」
「なら、一緒に行こう」
「行かない」
「困ったな」
困るの?
「説得する方法が思いつかない」
説得してたの?
「行っても良い?」
「行かないで」
「選んで」
え?
「一緒に行くか、待ってるか」
選ぶなんて無理。
「じゃあ、置いて行く」
ごめんなさい、エル。
一緒に行きたいよ。
行きたいけれど、それじゃだめなの。
愛してる。
「今は、一緒に行って」
「どこに?」
「すぐにわかるよ」
一緒に行けるなら、どこへでも行きたい。
愛しいエル。
私を求めて。
もっと愛して。
「ほかの人には、しないでね」
「しないよ」
「エル、愛してる」
「愛してる、リリー」
待ってるよ。
だから何も心配しないで。
全部、覚えていたいのに。
起きた時、どこまで覚えていられるかな。




