表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編
23/46

30

「ポラリス?」

 どうして、三番隊の武器保管庫なんかに居るの?

「リリーシア。どうしても伝えたいことがある」

「うん」

「お前が勝てば、お前は、エルロックの運命を変えられる」

「え?」

 それって…。

「それが良いか悪いかは語れない」

 他人の運命を語ってはいけないから?

「お前が勝ったら、エルロックに教えてやると良いだろう」

 それだけ言うと、ポラリスは去る。

 運命を変えられる?

 運命って、人の生き方そのものなんだよね?

 それを変えるってことは。エルの考え方を変えられるってこと?

 それとも、エルがエルじゃなくなるってこと?

 …だめ。

 迷っていたらエルに勝てない。

 勝つことだけを考えるんだ。

 手になじむ演習用の片手剣を一本選んで、訓練場へ行く。

「え…」

『うわぁ、人がいっぱいだね』

 訓練場の周囲を埋め尽くすほどの人。

「どうしよう、恥ずかしい」

『何言ってるんだよ。ここで勝負するって言ったのはリリーだろ』

「でも…」

『あ、あれ!アレクじゃないか』

 あんなに精霊を連れてる人って、アレクさんしか居ないよね。

―言葉は実行しなければ意味がない。

「勝たなきゃ」

 絶対に負けられない。

 ガラハドさんと話しているエルの元へ走る。

「エル、片手剣、これで良い?」

「あぁ。なんでも良いぜ」

 エルが持っているレイピアも、演習用のものだ。

「エルも、練習用の使うの?」

「当然だろ」

 演習用の武器は、刃が落とされていて、斬れない。

 …大丈夫かな。イリデッセンスじゃなくて。

「また、折れたりしないかな」

「折れても、気を抜くなよ。その辺は、審判の判断が絶対だ」

「わかった」

「じゃあ、そろそろ始めてくれ」

 訓練場の中央に並ぶ。

「負けないよ」

 片手剣を構える。

「かかってこい」

 エルがレイピアを構える。

「はじめっ!」

 走って、エルを斬る。

 いつもと同じパターン。エルはレイピアで受け流すから、ここは、剣に頼らずに足で蹴る。

 けれど、ばれてる。私の蹴りをエルが跳躍してかわす。…その高さじゃ私の剣は避けきれないはず。片手剣で斬ると、エルが私の剣をレイピアで突き、大きく飛ぶ。

 これは風の魔法。

 想定より二歩多く踏み込んでエルのレイピアを斬り上げ、がら空きになった胴体に片手剣を伸ばす…、けれど。

 エルがレイピアのガードで私の攻撃を受け、目の前から移動する。

 左。

 これはエルの移動距離が大きすぎて、今から片手剣を振っても届かない。

 呼吸を整えて。

 狙いを定めてエルのレイピアに剣を当て、鍔迫り合いに持ち込む。

 力では、きっと私の方が上だから。

 あ、れ?

「!」

 エルが、レイピアを引いた瞬間、体を起こそうとしたのに、片手剣がレイピアに引っ張られてバランスを崩しかける。けど、そのまま勢いをつけてエルを薙ぎ払う。

 今のも魔法だったの?…なんて、難しいことを。

 私の攻撃はかわされ、エルが私に向かってレイピアを突く。

 初めて攻撃された。

 片手剣を振り上げてはじき、隙を狙って振り下ろす。

 その剣先はレイピアで受け流されて、そのまま地面に誘導される。

 振り上げようとしたところで、私の剣がエルに蹴られる。

 まずい。

 レイピアが私の胴に当たる…。

 だめ。

 剣の柄で受け止めて、レイピアを押し返す。

 エルはそのまま後退する。さっきより大きく移動した。

 三歩踏み込みながら剣を突き刺す。

 まっすぐエルを狙った片手剣は、レイピアに叩きつけられて剣先が下に向く。

 エルが、今度は私の右手へ。

 視線だけでレイピアを追って、剣を振り上げると、また、鍔迫り合いに。

「くっ」

 このまま押し通したい。けれど、そんなことはさせてくれないだろう。

 次はどんな手で?さっきの、引っ張られる魔法は警戒しておこう。

 あ。

 この、残像のような揺れ。

 視認したところで、エルのレイピアが動く。エルはもうここには居ない。

 攻撃される。

 感覚だけで避けると、私が居た場所にレイピアが突き刺さる。

 冷や汗。

 そのまま右足に体重を乗せて、エルの左側へ行き、片手剣で斬る。

 行ける。

 そう、思ったのに。

 エルがレイピアを軽く浮かせて、持ち手を逆手に変え、片手剣の攻撃を受け止める。

 あぁ、こんなのって。

「エル、かっこいい」

 なんて、鮮やかな切り返しなの。

「何、言ってるんだよ」

 エルが眉をひそめて、レイピアの持ち手をいつも通りに戻す。

「すごく、楽しい」

 私の言葉に、エルが笑う。

 大好き。

 だから、負けない。

 剣を下に構える。

 薙ぎ払うと、エルが跳躍する。予想通り。

 一回転して、もう一度薙ぎ払う。あぁ、もっと高く飛べるんだね。

 エルに向かって剣を伸ばす。

 エルのレイピアが私の片手剣を落とそうとするのを避ける。何度も同じのは効かないよ。

 エルは私の攻撃を避けながら私の肩に手を突くと、私の頭上で宙返り。

 空中を舞うエルのレイピアに向かって片手剣を伸ばすと、エルがレイピアで受け止める。

 眩暈。

 予想もできない角度でエルが地上に降りる。

 真右。

「キスしても良い?」

「だ、だめ」

 酷い。

 思いきりエルに向かって剣を振り上げるけれど、当たるわけがない。

 エルが背中合わせに移動して、私の左手に。

 レイピアの動きを目で追って、片手剣をそれに当てる。

「エルの、ばか!」

 しないでって言ったのに!

「あ」

 鍔迫り合いになっていたレイピアが、砕ける。

 だめ…。

 力を入れ過ぎたせいで、バランスが…。

 負けた。

 ……?

 片手剣を、エルに向かって振ってみると、エルが折れたレイピアで受け止めて、風の魔法で後退する。

「迷うな、リリー」

 エルが折れたレイピアを、左手で逆手に構える。

 警告。

 一歩で移動できる距離じゃない。エルがあっさり私の懐に入ってきて、折れたレイピアで…。

 本能的に、剣で防御する。その剣をエルが蹴って、更にレイピアが私の胴体を…。

 危険。

 間一髪、避けながら素早く一回転し、片手剣をそのままエルの腹部めがけて、薙ぎ払う。

 嘘だ。

「エル!」

 エルが私の攻撃で吹き飛ぶ。

 そして、そのまま、地面に落ちる。

 魔法で受け身も取らずに。

「勝者、リリーシア!」

 ガラハド隊長の声と、歓声。

 違う、違うよ。こんなの。

 倒れてるエルの傍まで行く。

「どうして?」

「何が」

 エルに手を差し伸べる。

 エルは私の手を取って、起き上がる。

「どうして、負けたの?」

「…勝った奴の言うセリフじゃないぜ」

「でも」

 続きを言いかけたところで。

「わっ」

 人の波にのまれる。

「リリーシアさん!おめでとうございます!」

「やってくれると思ってました!」

「かっこよかったです!」

「あ、あのっ」

 エル、

「胴上げしようぜ」

「ほら」

「せーの」

 持ち上げられて、宙を舞う。

 待って、私、勝った気分じゃないの。

 こんなの…。

「あ、あの…」

 ひとしきり空を舞ったところで、ようやく降ろされて地面に膝をつく。

「やったな、リリーシア」

「隊長さん…。でも…」

「勝負の条件に乗っ取って、お前は善戦し、勝ったんだ。誇りに思え」

 ガラハドさんが笑う。

 絶対、気づいてるのに。それでも勝ったって言ってくれるんだ。

「はい」

 ガラハドさんに手を引いてもらって立ち上がる。

「ほら、お前ら!昼休みは終わるぞ!」

 エルの傍に行くと、マリーとシャルロさん、カミーユさんが一緒に居る。見に来てたんだ。

「昼休み終わっちゃうわ。急いで戻らないと。…またね、エル、リリー」

「またね、マリー、シャルロさん、カミーユさん」

 周囲を見回しても、もう、アレクさんは居ないみたいだった。

 エルに会わなくて良かったのかな。

「帰ろう、エル」

「そうだな。じゃあな、ガラハド、世話になったな」

「おぅ。またいつでも来い」

 三番隊のみんなに手を振って、訓練場を後にする。

「ねぇ、どうして負けたの?」

「どうしてって、リリーが強かったからだろ」

「違う。私は、あの時油断してた」

「いつのことだ?」

「エルのレイピアが折れたとき」

「あぁ、そうなのか」

「ふざけないで。どうして?」

「…教えてほしいか」

「うん」

「好きだから」

 あの時。

 絶対に私に攻撃が入るって確信したから。

 だから、逆にエルは私へ攻撃できなかったんだ。

 たとえ演習用の剣でも、私を傷つけることができない。

 エルは、そういう人だって、わかってたのに。

「エル、あの…」

「俺の、自業自得だ」

「そんなの、約束は無効だよ。やり直そう」

「無効じゃない。内容も、全部俺が決めたことだ。俺自身、できないなんて思わなかったんだから。…だから、セルメアには連れて行かない」

「エル…」

 ごめんなさい。

「リリーは王都で待っててくれ。なるべく早く帰るから」

「うん」

 ごめんなさい。


 エルと一緒に家に帰る。

「ただいま」

「ただいま、ルイス」

「おかえり、エル、リリー。…リリーが勝ったんだって?」

「情報が早いな」

「ポラリスが来たんだ」

「何しに来たんだ?」

「リリーに伝言。エルが出発したら店に来いって」

 ポラリスは、こうなるって予想つかなかったのかな。

 だって、明らかにエルにとって不利な条件だったのに。

「そういえば、リリー。一緒に行きたくない理由って?」

「部屋で話すよ」

「そうだな。…ルイス、明日から出かけるから」

 明日?明日、出発しちゃうの?

「うん。薬とか準備しておくよ。…それから、今日は僕とキャロルは出かけるから。戸締りちゃんとしてね」

「あぁ。わかった」

 聞かないでいてくれるのかな。

 勝ったはずの私が落ち込んでるから。


 台所に寄って、マスカテル茶を淹れて、エルの部屋へ。

「ポラリスに、占いをしてもらったんだ」

「だろうな」

 ポラリス、エルにも何か言ったのかな。

「最初に占ってもらった時、ポラリスに言われたんだ。呪われてる人間は占えない、って」

「リリスの呪いのこと、言ったのか?」

 見透かされてるみたいだった。

「言ってない。でも、こうも言われたんだ。近いうちに解けるから、解けたらまた来るように、って。…それで、実際に呪いが解けた」

「あいつは、気味が悪いほど色んなものが見えるからな」

「それで、この前マリーと一緒に行った時、運命の岐路に居るって言われたんだ」

「運命の岐路?」

「うん。南に行ってはいけない、って」

「…つまり、セルメアには行くなって?」

「そう。行けば、すべてを失うって」

 それが、私の受けた予言。

「なんで言わなかったんだ?」

 本当のことは言えない。

「ポラリスが、エルは占いを信じないって言ってたから。…私がエルに勝ったら、エルに伝えてほしいって頼まれていたことがある」

「ポラリスから?」

「うん。私が勝てば、私は、エルの運命を変えられるって。…良いことなのか、悪いことなのかわからない。ポラリスは教えてくれなかったから」

 でもあれ、勝ったって思っていいのかな。

「リリー」

 エルが私の肩を掴む。

「うん?」

 エルが、私の瞳をまっすぐに見つめる。

「リリーは、俺の希望だよ。迷わないで。ずっと一緒に居て。俺が好きなのはリリーだけだし、俺はリリーから愛されたい」

「エル…?」

 私が、エルの希望?

 あ、の。

 そんな言葉。

 私がもらっても、良いの?

 エルが私をきつく抱きしめる。

 そして、唇を私につける。

 あぁ、くらくらする。

「エル、まだ、昼間だよ」

「だから?」

「明るいよ」

「そうだな」

「恥ずかしい」

「じゃあ、次に俺が何ていうか当ててみて」

―恥ずかしがっていいよ。

 あぁ、どうしてわかっちゃったんだろう。

「エルの、ばか」

 抵抗できないのに。

「ねえ、エル。痛かった?」

「ん?」

「吹き飛ばされたとき」

「覚えてないな」

「魔法、使わなかったね」

「そうだったかな」

「そうだよ」

 わざと使わなかったの?

 レイピアが折れた後の、エルの攻撃。

 怖かったな。

 ぞくぞくした。

「また、一緒に戦ってくれる?」

「本気か?」

「うん。楽しかった」

 やっぱり、エルは、もっと強い。

 レイピアはエルにとって盾。

 たぶん本当は…。

「気が向いたらな」

「ありがとう」

 いつか、本気で戦ってくれないかな。

 それでもやっぱり、私に攻撃を当てることはしないんだろうね。

 

 ※


「リリー、出かけよう」

「え?」

 出かける?今から?


 暗い夜道をエルと歩いて、一軒のお店へ。

 お店の名前は…、ベルベット?

 薄暗い店内に入る。

「エルロックか」

「あぁ。久しぶり」

 変わった雰囲気の場所。

 大きなピアノが置いてある。

 エルと並んで、カウンターの、少し高い椅子に座る。

 目の前では、店員さんが丁寧にグラスを磨いている。

「腹減った。何かあるか?」

「うちに食べに来るのはお前ぐらいだよ…。賄いで良いな。お嬢さんも食べるかい?」

「はい」

 グラスを上に吊るすと、その人は奥へ入って行く。

「ここは?」

「バーだよ。酒を飲むところ」

 エルが頬杖をついて私を見る。

「この前、マリーたちと集まったのとは、雰囲気が違うね」

 店内が薄暗いのは開店前だから?じゃないよね。

「あそこは、居酒屋。酒をメインに提供する食事処」

 ええと、ここは食べ物を食べるところじゃない?

 けれど、奥から戻ってきた店員さんは私とエルの前に食事を並べる。

 魚の蒸し料理にテリーヌ、パスタ。

「何にする?」

「カルヴァドス」

 お酒かな。

「良い選択だ」

 黄金色をしたお酒がグラスに注がれる。

「乾杯」

「乾杯」

 エルのグラスに、私のグラスを合わせる。

 どんな味がするのかな。

 あ、これ…。

「おいしい」

 リンゴの香り。

「リリーが好きそうだと思った」

「うん」

「菓子にも使ってみたら良い」

「あぁ。良いかもしれない」

 きっと、ケーキに良い香りが付くだろう。

「あら、エル。お久しぶりね」

「キアラ。久しぶり」

 紫色のイブニングドレスを着た女の人がエルの頬に触れる。

「ちっとも来てくれないんだもの。寂しかったわ。今日は私の歌を聴きに来てくれたのよね?」

「あぁ。いつものやつ、頼むよ」

「まかせて。エルの為に歌うわ」

 どういう、関係なのかな。

「ふふふ。可愛い子猫ちゃん。この子が噂の恋人ね」

 キアラさんが私に顔を近づける。

 薄い碧い瞳は、何を考えているのかわからない。敵視はされていないみたいだけど。

 キスされそうなほど顔を寄せられて、身を引く。

「取って食うなよ」

「あら。可愛い」

 キアラさんはエルに向かって笑うと、ピアノの方へ。

「綺麗な人だね」

「リリーの方が綺麗だよ」

 エルがそう言って、私にキスをする。

「もう」

 こんな場所で。

「照れてる?」

 エルから目線をずらして、カルヴァドスを飲む。

 あんなに綺麗な人から口説かれてるのに。本当に、私でいいのかな。エルの好きな人。

 音が。

 ピアノの音が聞こえて、ピアノの方を見ると、キアラさんがピアノを弾いている。

 なんてタイトルだっけ、これ。

 扉を開けて、だっけ?

「エル、その子に負けたんじゃなかったのか?」

「良く知ってるな」

「王都中の噂だ」

「…みんな、暇人だな」

 店員さんが食事を下げて、違うお酒をエルに渡す。

「お嬢さんは?」

「何か、甘い奴。あぁ、シュバリエにしようか」

「シュバリエ?」

 それって、確か騎士って意味じゃなかったかな。

「カクテル。…知らないか」

「知らない。さっきのも?」

「あれは蒸留酒の一種。混ぜものじゃないよ」

 ええと…?

 店員さんがやっているみたいに、色んなものを混ぜたのがカクテル?

 …あ。これって。

「可愛い!」

 イチゴのお酒なんだ。

 グラスにイチゴも飾ってあって、素敵。

 一口飲む。

「うん。おいし…」

 言いかけたところで、エルが私の口にイチゴを入れる。

 あ…。

 これって。

「リリーシア。…リリーって呼んでも良い?」

 エルが笑う。

 あぁ、もう。

「エル、覚えてたんだ」

「だってまだ、あれから一月ぐらいしか…」

 今日は、ベリエの十九日だよ、エル。

「ちょうど、一月なのか」

「うん」

「気づいてたのか」

 だって私の誕生日はポアソンの十九日。

 エルは知らないことだけど。

「うん。でも、会ってまだ一月な気がしないね」

「そうだな…」

 その間。ずっと私はエルのことが好きだった。

 そして、エルを知りたいと思った。

 まだまだ、知らないことはたくさんある。

 お酒に詳しいのも、初めて知ったな。

「エルは、なんでも詳しいね」

「詳しい?」

「お酒は、ロマーノしか飲んだことがない」

「俺はここで働いてたんだよ」

 それも、初めて知ること。

「それに、ロマーノなんて飲んだことがない」

「そうなの?」

「手に入ったら飲みたいけどな。ロマーノワインっていうのはワインの最高峰で、その中でも、美しいピンク色をしたロマーノ・ベリル・ロゼっていうのは、幻のワインって呼ばれてるんだぞ」

「知らなかった」

「だろうな」

 そんなに高級なお酒だったんだ。

 アリシア、教えてくれれば良かったのに。

「シュバリエは気に入ったか?」

「うん。でも、色んなの飲んでみたい」

「そうだな…」

「おすすめがあるよ」

 そう言って、店員さんが新しいカクテルを作る。

 グラスに注がれたのは、チョコレート?

 そのグラスに、オランジュピールが添えられる。

「どうぞ。高貴な君、という名のカクテルだよ」

 色んな名前があるんだな。

 高貴な人って言うと、アレクさんを思い出すな。

「おいしそう」

 あぁ、甘くて美味しい。

 やっぱりチョコレート。

 あぁ…。

 なんだか、すごく楽しくなってきたかも。

『リリー、大丈夫?』

「うん?」

『アリシアと飲んだ後、覚えてる?』

「うーん?」

 あの後?

『リリー、あの高級ワインを何本開けたか知ってる?』

「ん…?」

 あの後は、ちゃんと自分の部屋に帰って寝たよ?

 グラスのオランジュピールを口に入れる。

「大丈夫か?リリー」

 エルにキスをする。

 どうしてエルは、そんなに心配性なの。

 私は全然平気なのに。

 いつになったら、私をまともに見てくれるの。

 あなたは私を守ることしか考えない。

 そんなのだめ。

 対等じゃなくちゃ。

「エル」

 私はあなたの考えを変えるよ。

 そして、一緒に幸せになるの。

「エルの運命がどんなものでも、壊れたら、また新しくやり直せるかな?」

 だから、私をずっと傍に置いてね。

「リリーは強いな」

「強いのは、エルだよ」

 変なエル。

 私を守って、救い続けてるのに。

「迷いを断ち切れたのも、自分の足で歩けるようになったのも、エルのおかげだよ」

 だから私は今、エルを救いたいと願う。

「俺の勝手な欲求だ」

「違うよ。私の希望」

 どうしてそんなに自信がないの。

 私がこんなに好きなのに。

「次は何にしようかな」

「…ちょっと待ってろ。マスター借りるぜ」

 エルが作ってくれるのかな。

 エルの手元を眺める。

 そうだ。

 持っていた眼鏡を、エルにかける。

「え?」

「似合う」

「これはリリーのだろ」

「いいの」

 エルは眼鏡をかけ直して、私にグラスを渡す。

「どうぞ、お姫様」

 お姫様。

「これはなんていうの?」

「内緒」

 変わった名前のカクテル。

「ありがとう」

 エルはどうして、私にお姫様って言うのかな。

 今まで、何回言われただろう。

 初めて会った時にも言われたっけ。

 私みたいなのをお姫様なんて。

 変わった人。

「エル、乾杯」

「乾杯」

 あれ。今流れてるこの曲。

 知っている。

「愛することができる限り、ずっと愛す」

「え?」

 あれ?違うのかな。

「そういう名前の曲だよね?」

「あぁ…」

 本当に。素敵な名前。

「愛することができる限り、ずっと愛すよ」

「あなたを愛することだけを考えて私は生きる」

 もともと歌曲だったから。

 詩がある。

「次は何を作ってくれるの?」

 エルが慣れた手つきでカクテルを作る。

 眼鏡越しに見る睫毛が好き。

 少し視線を落としている感じが良いの。

 とても好き。

「桜の君」

 桜って、この前見た花だ。

 綺麗だったな。あのピンク色。

 また一緒に見たい。

「…エルと出会って世界が変わった」

「リリー」

「エル、私はエルを…」

 ぐらり、と、視界がゆがむ。

「飲み過ぎだ」

「うん…?」

「そろそろ出よう。水、飲めるか?」

「うん」

 あぁ、冷たくて、染み込む。

 あれ?

 エルが持っているあれは、なんていうカクテルなんだろう。

「ん…」

 口の中に入ってくる味が。

 エルと混ざって、とても甘い。

「くらくらする…」

「帰ろう」

 あぁ、美味しかった。

「うん」

 良く晴れた空。

 星が出ていて綺麗。

 ポルトペスタでも一緒に星を見たね。

 あの時は悲しかったけれど、今は楽しくて、最高に気分が良い。

 くるくると空を見上げながら回っていると、倒れそうになる私をエルが捕まえて、抱き上げる。

「見て、綺麗だよ」

 空を指さす。

「綺麗だな」

 エルの首に腕を回して、キスをする。

「リリー、前が見えない」

 あぁそっか。

 エルの耳に口を寄せる。

 エル。いっぱいキスしたい。

「…もう少し、我慢して」

「できない」

 エルが私にキスをする。

 離れようとする唇を追う。

「もっと。…あ」

 これ、魔法のロープだ。

「意地悪」

「帰ったらいっぱいするよ」

「待てない」

「…我儘だな」

 エルが笑う。

「行くよ」

 一人にしないで。

「一緒に来て」

「だめ」

 行けない。

「我儘だな」

 エルが楽しそう。

 我儘言ってるのに、変な人。

「本当のこと、聞かせて」

 本当のこと?

「もっと聞きたい」

 何を?

「我儘言って」

 いつも、言ってると思うんだけどな。

 エル。キスして。

 エルが、私にキスをする。

 エル。

 離れたくない。

 このままずっと抱きしめて。

 このままずっとキスをしていて。

 このままずっと繋がっていたいの。

 キスをしていても合間に言葉を交わすことはできるよ。

 だから。

 やめないで。

「やめないよ」

 一緒に居て。

「一緒に居るよ」

 離れないで。

「離れないよ」

 行かないで。

「行かせて」

「矛盾してる」

「してないよ」

「どこにも行かないで」

「行くよ。もう決めたことだ」

「一緒に居たい」

「なら、一緒に行こう」

「行かない」

「困ったな」

 困るの?

「説得する方法が思いつかない」

 説得してたの?

「行っても良い?」

「行かないで」

「選んで」

 え?

「一緒に行くか、待ってるか」

 選ぶなんて無理。

「じゃあ、置いて行く」

 ごめんなさい、エル。

 一緒に行きたいよ。

 行きたいけれど、それじゃだめなの。

 愛してる。

「今は、一緒に行って」

「どこに?」

「すぐにわかるよ」

 一緒に行けるなら、どこへでも行きたい。

 愛しいエル。

 私を求めて。

 もっと愛して。

 

「ほかの人には、しないでね」

「しないよ」

「エル、愛してる」

「愛してる、リリー」

 待ってるよ。

 だから何も心配しないで。

 全部、覚えていたいのに。

 起きた時、どこまで覚えていられるかな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ