28
「それじゃあ、鍛冶屋に行ってくるね」
朝食を食べ終えてすぐに立ち上がる。
「もう、行くのか?」
「早く作らなきゃ」
「リリー、張り切ってるね」
『エル、私もリリーと行くわね』
エイダ。
「あぁ」
「リリーシア、怪我しないように、気を付けてね」
「ありがとう。…いってきます」
エイダと一緒に外に出る。
早く完成させて、エルに勝つために特訓しなくちゃ。
三番隊の隊長さんなら、私の稽古に付き合ってくれるかな。
『リリー、アラシッドの鍛冶屋、どこにあるか覚えています?』
「あ」
『しっかりしてよ、リリー』
職人通りのどこかにあるのは知ってるんだけど…。
『あそこよ』
エイダが指で示した先。
「あれ?あんなに近かったっけ」
エルの家から一ブロックしか離れていない。
『リリーの方向音痴は、いつになったら直るんだろうね』
「ちゃんと道を覚えたら迷わないよ」
こんなに近かったら、次は迷わず来れる。
「おはようございます」
扉を開く。
職人さんの朝って、早い。
もう、溶鉱炉に火が入っている。
「おう、元気になったのか、お嬢ちゃん」
「はい」
「サンドリヨンまで。お前、暇なのか?」
えっ。
いつの間にか顕現しているエイダが隣に居る。
「私はこの子が気に入ってるんだもの。この子がどんな剣を作るのか、興味があるわ」
「そうだな。お前も鍛冶屋の端くれなら、興味あるだろうな」
「え?」
『リリー。エイダは炎の精霊なんだよ。人間に鍛冶を教えたのは炎の精霊だ』
「あ、そっか…」
『あぁ、熱い。ボク、入口の方に居るからね』
イリスは氷の精霊だから…。
確かに、ここは熱いよね。
「さぁ、あなたの手腕を見せてちょうだい」
「…その前に、ちょっと実験的に短剣を作ってみるよ」
「短剣?」
「うん。星屑の量を調整したいから。イメージ通りの硬度になるか、自信がなくて」
「そう」
「とりあえず、試しに十種類ぐらいの合金を作ってみる。それで短剣を作ってみて、良い感じの組み合わせを探そうと思う」
「あぁ、そういうこと」
「うん。強度の違うプラチナ鉱石を重ね合わせれば、きっと丈夫なレイピアも作れると思うんだ」
「ほぅ。面白いな。何か手伝うか?」
「アラシッドさん。…私の剣の手入れをお願いできませんか」
「ルミエールの剣の?」
「私には、まだ師匠の剣の手入れなんてできなくて」
「そりゃ光栄だが…」
「削った粉を使いたいんです」
「レイピアに混ぜるのか?」
「ガードの装飾の加工に使います」
「レイピアのガードね…」
「あの装飾が使い物にならないと、レイピアと呼べない」
「わかったよ。あぁ、そういやぁ、エルロックが重心をもう少し剣先寄りにしてくれって言ってたぞ」
「え?」
「ほら。試作品を作ってただろ。昨日、あれを振り回してたんだよ」
入り口に立てかけてあるのは、私が一昨日作ったシルバーのレイピアだ。
あれ、軽くするつもりなかったから、かなり重たいと思うんだけど。
「他に、何か言ってましたか?」
「いや。それだけだ」
じゃあ、長さはあのままで問題ないのかな。
やっぱり、レイピア以上の重さの剣も振れるんじゃないか。
なんでレイピアにこだわるのかな。
戦うなら、エルに向いているはずの片手剣はたくさんあるのに。
…だめ。鍛冶をやるときは集中しなきゃ。
集中して、鉱物と向き合わなければ。
私は、赤い色が好きなのかもしれない。
鉱物が熱せられ、その本来の姿で煌めくこの色が好き。
炎を上げないのに、燃え上がるような輝きを放つこれは、まさに魂の色。
そもそも魂とは。
世界の創世の物語で語られる存在。
最も根源的な神、オー。すべての魂の始まりにして、すべての魂が帰る場所。
世界が始まった瞬間、境界の神にして剣の神でもある、リンが、オーを切り裂き、分割した。
リンはオーを何度も切り裂き、そこから世界と数多の神が生まれたのだ。
最初に生まれたのが、生まれ続ける神と死に続ける神。
二つの神の存在によって、時間という概念ができ、生と死ができた。
生まれ続ける神のいる場所が、私たちのいる世界。そして死に続ける神のいる世界が、死者の世界。
そして、その神を筆頭に、広がり続ける神と、吸収し続ける神。運動する神と停止する神。温度を上げる神と、温度を下げる神。溶ける神と、固まる神が生まれていき、神から精霊が生まれたのだ。
やがて、命を作る植物と、命を食べる動物が生まれ、命を繋ぐ男性と、命を育む女性が生まれる。
すべて、根源的な神、オーの力を宿すもの。
だから、生きているものすべてに魂が宿っている。
そして、魂は必ず二つで一つの形をとる。この二つは、常に一つになろうと引かれあう存在。
そのため、世界はこの二つが一つにならないように、常に引き離している。
すべての生き物の魂の片割れは死者の世界にあるのだ。だから生き物は死ぬと魂が死者の世界へ行く。そして、今まで死んでいた片割れが、こちらの世界に戻ってくると。
二つの魂が一つになることはない。もともと一つだった魂が一つに戻ると、魂は完全な姿を取り戻し、世界の始まり、オーに帰ると言われているからだ。
いずれ帰る場所。
それは、世界の終りであり、始まり。
「…できた」
「リリー…。あなたは天才だわ」
誰も、このレイピアが七層もの、プラチナと星屑の合金でできているなんて思わないだろう。
「ついでに、余った材料で短剣を作ろうかな」
レイピアの余った材料で短剣を打つ。
試作品はどれも、強度の実験に耐えられなかった。
よし。これも、上手く行った。
「ほら、ルミエールの剣から出た粉、ここに置いておくぞ」
「ありがとうございます」
器用な加工は苦手だけど。
エイダが居るせいか、本当に金属が素直に言うことを聞いてくれる。
あぁ。集中し過ぎて。疲れた…。
「できたのか?」
「…後は、ヤスリで磨けば完成です」
「見せてくれ」
アラシッドさんにレイピアを渡し、入り口近くのベンチに腰掛ける。
『リリー。すごい集中力だったね』
「…うん」
イリスが私の額に手を当てる。
何故か、ひんやり感じる。
顕現していない精霊なんて、触れられないのに。
「リリー、口を開けて」
エイダに言われるまま、口を開く。
「甘い」
ドロップ?
「リリーは甘いものが好きだから」
「ありがとう」
舌の上で、丸いドロップを転がす。
あぁ、これ。イチゴの味がする。
美味しい。
「この剣はなんて名前なの?」
『リリー、もう剣に名前付けたの?』
―イリデッセンス。
あぁ、エル。それってすごく良い。
七色の輝きを秘めた剣なんて素敵でしょ?
「イリデッセンス」
『おー』
「素敵な名前ね」
「こっちの短剣にも名前があるの?」
「…カーネリアン」
『カーネリアンって、赤い宝石だろ?』
「いいの」
だって、エルとおそろいの素材なら、エルの瞳の名前をもらっても、良いよね。
「リリー。短剣を借りても良い?」
「うん」
エイダに短剣を渡すと、エイダがそれを持って行く。
何をするのか見たいけれど…。
『リリー、大丈夫?』
「うん…」
『ボク、もう限界なんだけど。外に出てて良い?』
「うん。終わったら呼ぶよ」
イリスが窓から外に出ていく。
ずっと、ここに居るだけでも辛かったはずなのに。
私だって熱を持ってるから、イリスには熱かったはずなのにな。
イリスは優しい。
ありがとう、イリス。
…集中して、休もう。
飴が溶けきるまでの間。
エル、何をしてるかな。
レイピア、喜んでくれると良いけれど。
あぁ、コーヒーのお菓子。いつ作れるかな?
だめだな。全然、喜ぶようなことしてあげられない。
ごめんなさい、エル。
わがままで。
何もしてあげられなくて。
「リリー、どうぞ」
エイダが私に短剣を渡す。
「あれ…?」
短剣の刃の部分に、赤い宝石がついている。
「プレゼント」
「この石って…」
「赤い石が必要なんでしょう?」
エイダがウインクする。
「ありがとう」
古い短剣を抜いて、エイダから受け取った新しい短剣を腰の鞘に納める。
「早くレイピアを仕上げて、エルのところに持って行こう」
甘いものを食べて元気が出てきた。
「元気なお嬢ちゃんだな。これだけの仕事をしておいて、まだ体力があるのかい」
「早くエルに持っていきたいから。…これ、引き取ってもらえますか」
「あぁ、構わないぜ」
古い剣は、鍛冶屋か武具店でしか引き取ってくれないはず。
「ほらよ、剣には必ず相棒が必要だろう」
アラシッドさんが、私にくれたのは…。
「鞘?」
「あぁ。せっかく良い剣なんだ。良い鞘が必要だろう」
「ありがとうございます」
「ルミエールの剣の手入れをさせてもらえたんだ。礼なんて要らない。うちの若いのも良い勉強になったからな」
アラシッドさんが快活に笑う。
あぁ、職人さんを見ていると、師匠を思い出す。
元気にしてるのかな、城の皆…。
※
完成したレイピアを持って家に帰ると、エルは三番隊の宿舎に居るとルイスが教えてくれた。
エル、三番隊のところで何やってるんだろう。
イリスを呼んで、エイダに案内してもらいながら宿舎の訓練場に行く。
と。エルが、三番隊の人たちと稽古をしてる。
『あいつ、なんでもできるんだな』
『私も、エルが剣で戦ってるのを見るのは初めてですよ』
エルの回りで倒れている人って、みんな、エルが相手にしたんだよね?
「…なんだよ、もうおしまいか?有翼の三番隊の名が、聞いてあきれるぜ」
「お前魔法使いだろ?」
「なんでそんなに強いんだよ」
「ばーか。俺が本格的に魔法使うようになったのは二年前だぜ」
『私と契約してからってことですね』
『それまでは剣士だったのか?』
『そんな素振り、ありませんけど』
「隊長、聞いてないっすよ」
「心配するな。お前らが相手にしてるのは魔法剣士だ。十分戦えていたぞ」
魔法剣士。
おそらく、戦いにおけるセンスなんだろうな。
魔法を剣術に応用するなんて簡単なことじゃない。
「俺が本気で魔法使ってたら、こんなもんじゃすまないぜ」
どうしよう、勝てるかな。
だめ。勝たなくちゃ。
「エル!」
声をかけると、エルがこちらを見る。
「リリー」
入り口の近くに居る隊長さんの側へ行って、頭を下げる。
「こんにちは、隊長さん」
「あぁ。こんにちは。その剣は、エルロックのか?」
「はい」
「もうできたのか?」
「うん」
私と隊長さんの側まで来たエルに、レイピアを渡す。
「使ってみて。自信はあるけど、使い心地が悪かったら、また作り直すから」
エルが鞘を腰につけて、レイピアを抜く。
「軽い」
エルがレイピアを眺めた後、私に向かって微笑む。
「よし。リリー、相手してくれ」
「え?」
「それでいいよ」
それって。リュヌリアン?
「危ないよ」
「危なくなったら魔法を使うから平気だ」
エルは砂時計を出して隊長に向かって投げる。
「ガラハド、時間計ってくれ。体力が持たないから、タイムリミットは、この砂時計が落ちるまで」
私、戦うって返事してないのに。
エルは先に訓練場の中央に向かって歩いて行ってしまう。
「当てるよ」
私もエルについて行く。
「かかってこい」
エルが、構える。相変わらず、変わった構え方。
間合いを取って、私もリュヌリアンを抜く。
あの構え。エルはどんな攻撃でも受け流せるから、初撃は絶対、攻撃が通らないんだろうな。
「はじめっ!」
隊長の声と同時に、飛ぶ。
大きく振り下ろした剣を、エルがレイピアで受け止める。
「!」
嘘。
絶対、受け流すと思ってたのに。
「良い剣だ」
エルが笑う。
「良かった」
結構、本気で力入れて斬ったんだけどな。
笑える余裕があるなんて。
一歩下がって、リュヌリアンを振り降ろす。
やっぱり、受け流された。ここまでは想定済み。
前のようには、剣を誘導させない。
力の方向を変えてエルに斬りかかると、今度はレイピアで受け止められる。
違う。
これも、受け流されてる。まるで遊ばれてるみたいだ。
これなら!力を込めて振り下ろすと、今度は避けられる。
…ばればれか。
私の左手に回ったエルを、薙ぎ払う。が、今度はその剣先をレイピアで突かれる。そのまま薙ぎ払ったけれど、レイピアで突かれたせいで少し遅れた私の動作を後目に、エルは大きく逃げている。
これ、風の魔法で下がってるのかな。一歩で下がれる距離じゃない。
でも、リュヌリアンなら届くかも。
踏み込んで剣で突く。
あ…。伸ばしたリュヌリアンの剣先がエルのレイピアのガードに捕まり、振り落とされそうになる。
落とさせない。持ち直して、エルの体を薙ぎ払う。
攻撃が綺麗に入った。はず、なのに…?
「え?」
斬った感触がない。
それに、エルも居ない。
違う。斬ってないんだ。今のも魔法?
「よそ見するなよ」
左。
エルが私の耳元でささやいて、私の耳に…。
「!」
馬鹿!
左手から背後に向かって思い切りリュヌリアンを回すけれど、当然ながらエルは居ない。
あぁ、笑ってる。
からかわれてる。
遊ばれてる。
酷い。
エルを追いかけて、斬りつけるけど、エルは私の攻撃をレイピアで受け流しながら後退する。
エルの苦手な角度がわからない。
上から緩やかな角度でリュヌリアンを振り降ろすと、エルは私の攻撃を避けて、私の上へ飛ぶ。
エルを追って剣を振り上げる。エルはその剣先にレイピアを当てて、更に遠くに飛ぶと、軽い足取りで着地する。
「そこまで!」
隊長さんの声が訓練場に響く。
リュヌリアンを鞘に納める。
…悔しい。
エルが私に右手を差し伸べる。
「ありがとう。リリー」
その手を握り返す。
「エルは強い。リュヌリアンでも勝てないなんて」
「勝たせるつもり、ないからな」
「明後日までに、もっと強くなるよ」
今のままじゃ勝てない。
「隊長さん」
エルと一緒に、隊長さんのところへ。
「面白いもの見せてもらったな」
隊長さんが時間を計っていた砂時計をエルに渡す。
「隊長さん。私、もっと強くなりたい」
「あぁ、鍛えてやるよ」
良かった。
「は?」
「私、どうしてもエルに勝たなければいけないの」
「なら、俺がこいつに勝てるように鍛えてやる」
「待てよ、おっさん。余計なことすんな」
「何だ?悪餓鬼小僧が。困ることでもあるのか?」
悪餓鬼小僧?
「ある」
「ほぅ。残念ながら、俺にはない。それじゃあ、リリーシア。俺が稽古をつけてやる」
「はい!」
隊長さんに稽古をつけてもらえば、きっと。
エルの動きについて行けるはず。
「リリー、稽古は後だ」
「え?」
「昼が先」
「あ、そっか」
もう、お昼の時間だったんだ。
…言われてみれば、おなかすいてるかも。
「隊長さん、午後に来ますね」
「おぅ、待ってるぞ」
エルが出した右手を繋ぎ、エルについて歩く。
ずっと、当たり前のように繋いでいるけど。
やっぱり手を繋ぐと嬉しい。
「どこ行きたい?」
「どこでもいいよ」
ラングリオンで、エルとのんびりするのって初めてかも。
この前はレイピア探しで、のんびりなんてできなかったし。
「今はベリエか…」
エルが呟く。
今日はベリエの十七日だ。
「エル?」
「行きたいところがある。サンドイッチでも買っていこう」
「うん」
サンドイッチを買って、エルが連れて来てくれたのは。
お城?
「エルロック様。今日はどのような御用で?」
「ピクニックだよ」
エルの言葉に、門番さんが笑う。
「そうでしたか。どうぞ。まだ見頃ですよ」
え?ピクニックしに来るような場所じゃないよね?
「あの、エル、」
「ん?」
「お城って簡単に入れるの?」
「庭ぐらいなら、誰でも入れるよ」
「そうなの?」
エルに手を引かれて中に入る。
雄大なお城。
広い道を歩いて、右へ曲がる。
「休日は一般に開放されてる」
「今日は平日だよ」
「そうだったかな」
さっき、自分で言ってなかったかな。
なんで庭に入れるんだろう。
頼めば誰でも入れるのかな。
「ほら」
エルに言われて顔を上げると、そこは…。
「わぁ…」
一面、鮮やかなピンク色。
ふわふわした可愛らしい花がたくさん木の枝についている。
「あれ、何ていう木?」
「桜だよ」
「初めて見る」
「綺麗だろ。…ベリエの、ほんの短い間にしか咲かないんだ」
「そうなの?」
「ラングリオンに着いてすぐ来れば良かったな。きっと満開だったのに」
これで、満開じゃないんだ。
「十分綺麗だよ」
「来年はグラム湖に桜を見に行こう。満開になったら、ここよりずっと綺麗だ」
「うん」
グラム湖。
あそこにも、桜がいっぱい咲くのかな。
「あっちにベンチがあるから、そこで食べよう」
エルに連れられて、ベンチに座る。
あぁ、良い眺め。
なんて綺麗で、幻想的な光景なんだろう。
「エルは桜が好きなの?」
「そうだな…。時期が難しいからな。桜を見ると春が来たって思うよ」
相変わらず、人の話を聞かないんだから。
「好きか聞いてるのに」
「好きだよ」
そう言って、エルが私の頬にキスをする。
「あ、の…」
そういう意味じゃ、なくって。
エルの笑い声が聞こえる。
すぐからかうんだから。
「エル!」
聞いたことのない声が、上から聞こえる。
「アレク」
上を見上げると…。
お城のバルコニーの上に、金髪碧眼の男の人がいる。
「え…」
何、あれ?
精霊が…、少なくとも、彼の周囲に十人は居る。
種類も豊富だ。
たくさんの精霊が、まるでその人を守るように。
「久しぶりじゃないか。何やってるんだい」
「見て分かんないのかよ」
「上においで」
「デートの邪魔をするな」
えっ。これ、デートなの?
「それは悪かったね」
そう、だよね。
「じゃあ、下に行こうか」
「忙しいんだろ」
「羽ペンは届いたよ」
「次はなんだ?」
この会話の流れ。これって会話として成立してるのかな。
とても追いつけない。
「そうだね。琥珀なんてどうだい」
「琥珀ぐらい、ラングリオンでも買えるだろう」
「マーメイドの鱗と呼ばれる琥珀があるらしいよ」
「リリー、知ってるか?」
「え?」
マーメイドの鱗って。あれのことだよね。
「うん。石の中にひびがある琥珀のことだよ。中のひびが光を受けて輝くんだ。…前に、グラン・リューのところで見た化石もそう。化石になる過程で入る特別なひび。外部から加わった力では決してできない煌めきだから、とても貴重な琥珀だよ」
「博識だね、リリーシア」
「え?」
なんで、名前知ってるの。
でも、王都ではみんな、私のこと知ってるみたいだったよね…。
「それでブローチでも作ろうと思ってるんだ」
「わかったよ。探してくる」
この人の頼み、聞くんだ。
「ありがとう。それじゃあ、ごゆっくり」
手を振ってその人は行ってしまう。
身なりのきちんとした人だったけど。
「今の、誰?」
「知り合い」
「お城の中にも知り合いがいるの?」
「魔法部隊の駐屯所は、あの塔だ」
そう言って、エルが遠くにある塔を指さす。
魔法部隊の人なのかな。
エルより精霊を連れている人なんて初めて見た。
「そうなんだ。…今の人、なんだかエルに似てるね」
「似てる?」
「うん。なんでかな」
容姿が似てるわけじゃないんだけど。
雰囲気が。
『話しを聞かないところじゃない?』
「あぁ、そうかも」
さっきの会話、すごく変なのに成立していた。
「何て名前の人なの?」
「アレクシス」
『えっ』
「…言うなよ、イリス」
「イリス、知ってるの?」
『黙秘するよ』
有名な人?
※
三番隊宿舎の訓練場でガラハド隊長に稽古に付き合ってもらった後。
夕方にエルが迎えに来てくれて、一緒に帰る。
「どこに行ってたの?」
「魔法部隊の宿舎だよ。昼に教えた塔」
「そっか」
魔法部隊の訓練に参加したのかな。
「明日も行くのか?」
「もちろん」
エルがため息をつく。
「そんなに俺に勝ちたいのか?もう、十分強いのに」
「本気で言ってる?」
「あぁ」
「だって、全然攻撃を当てられないのに」
「当たるつもりがないからだ」
「レイピアの受け流しだって、難しい」
「レイピアは護身用の剣だ。人を斬るためのものじゃない」
そうか。
だから、エルはレイピアを使うんだ。
人を傷つけないために。
あれ?
「エルはずっと、レイピアを使ってたの?魔法を使うまで」
魔法を本格的に使うようになったのは、エイダと会ってからだよね?
「レイピアと短剣」
「片手剣は?」
「使わないよ。養成所の初等部では片手剣が必修だったけど。中等部以降は自由に選べたから」
あぁ。だから、片手剣とレイピアが物置にあったんだ。
「短剣も?」
「旅をするには必需品だ」
そういえば、エルはいつも腰の後ろに短剣を持っている。
私も持っているけれど。
短剣は一本あると便利なのだ。
狭い場所での戦闘に使えるし、護身用にもなるし、ちょっと物を切るときなんかにも使える。
…あれ?
エルが短剣を使ったのって、ポルトペスタの貧困区で私が襲われた後。
確か、あの時…。
「どうした?ぼーっとして」
「え?…うん。大丈夫だよ」
「調子悪かったりしないか?」
「しないよ」
もうすっかり元気なのにな。
※
「可愛い」
耳に、キスされる。
あぁ、一緒に戦った時にもされたっけ。
「今度は、戦ってる時にキスなんてしないで」
「なんで?」
どうして、聞くのかな。
「だって…」
「集中が途切れる?」
「うん」
「じゃあ、負けそうになったらキスすればいいか」
「だめ、」
もう、どうしてそうなの。
エルの、ばか。
「やめてほしい?」
「やめないで」
エルの体に腕を絡める。
もっとたくさん、して欲しい。
エル。
愛しくて愛しくてたまらない。




