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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
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 マントを羽織り、フードを被ると、城の出口へ急ぐ。

『ちゃんと荷物持った?忘れ物ない?』

 自分と契約している精霊の声が聞こえる。

「大丈夫だよ、イリス」

 生まれた時から一緒に居るこの精霊は、とにかく心配性だ。

 そもそも、これから三年間旅に出るというのに、持って行ける荷物なんて限られる。

 できる限り、最小の荷物で。

 そして、誰にも見つからないように気を付けながら、約束の場所を目指す。

「リリーシア様、こちらです」

 女王の娘になってから、ずっと傍に居てくれた魔法使いが私の手を引く。

「ソニア、ありがとう」

 転移の魔法陣が起動する。

 この城を自由に移動するための手段。

 城の中に存在する街、女王の娘の住む区画、魔法使いの住む区画、そして、女王の間に続く部屋。それらはすべて完全に断絶されていて、移動の手段は転移の魔法陣だけ。

 魔法使いであるソニアの力で、魔法陣はすぐに起動した。

 移動した先は、私が初めて行く場所。

「少々お待ちください」

 ソニアは私を置いて、少し先まで走って周囲をうかがうと、走って戻ってくる。

「こちらへ」

 案内に従って、ソニアと向かった先。

 これが、城の外に出られる、唯一の転移の魔法陣。

 ソニアと一緒に魔法陣に乗ると、ソニアが魔法陣を起動する。

 そして。

「あぁ、ここが…」

 空気が全然違う。鳥のさえずりも、風の流れも…。

 これが、城の外。

 ずっと、憧れ続けた場所。

 私が三年間過ごす場所。

「お急ぎください」

「うん」

 ソニアについて、急いでその場を離れる。

「教育係は、テオドールという者です」

「そこまで調べたの?」

「本名を名乗るとも限りません。どうか、お気をつけて。私がお供できるのはここまでです」

「ありがとう、ソニア」

 今まで。私を支えてくれて。

「リリーシア様。どうか、ご帰還くださいね」

「さよならだ」

 ソニアを抱きしめる。

「リリーシア様…」

「今までありがとう」

 ソニアを離して、走る。まっすぐ走れば、城下町だ。

 ごめんなさい。ソニア。

 私は、帰るつもりはないんだ。


 城下街。ここってどの辺かな。城の出口は、城下町の東の方って言っていたけど…。

『リリー。テオドールって知ってるの?』

「知らないよ」

『だよね…。教育係に、知ってる奴を選ぶわけないよねー』

 教育係。

 先に修行に出発した、二番目の女王の娘・アリシアの情報だと、修行に出発した直後、偶然を装って近づいてきて、しばらく旅をサポートしてくれるらしい。

 そして、呪いによって手に入れた力の最初の受け手になるのだ。

「まずは、どうやって逃げるか、だよね」

 どうしようかな。捕まらなければ良いだけなんだけど。

『えっ。ノープランなの?』

 教育係に捕まれば、城に居るのと変わらない。

 私はもう自由なんだ。

 呪いの力を使う気だってない。

 だって。呪いの力を行使する方法は、相手とキスすること。

 好きでもない人となんて絶対嫌だ。

 最初にキスする人は、私が好きになった人が良い。

「確か、アリシアは、暴漢に襲われて、剣を抜いて戦ってたら、魔法使いが助けてくれたんだよね」

『そうそう。それで意気投合して旅に出発、さ』

 半月ほどでアリシアは旅に慣れて、相手は城の人間であることをばらし、呪いの受け手になったと言っていた。

『騒ぎを起こせば、すぐに見つかっちゃうよ』

 だから、アリシアの手紙には、王都では戦うな、助ける口実を与えるな、と書いてあった。

「大丈夫だよ。メルが私のふりをしていてくれるから、まだ城を出たって気づかれてないと思う」

『本当、リリーのやってることって、スレスレなことばっかりだからね。女王の命令に逆らったらやばいってわかるだろ』

「逆らってないよ。だって、今日は出発の日で外に出るのは問題ないし、出発の挨拶は義務じゃない。メルに私のふりをしてもらってるのだって、遊びの延長だ」

 ただ、メルの髪型を変えただけ。

 私と同じように、高いところで二つに結んだツインテールに。

『朝ご飯だって食べずに出て来たじゃないか。メルとの最後の食事だったのに』

 それは、メルもわかってたんじゃないかな。だから昨日の内に誕生日おめでとうって言ってくれたんだ。

『で?どうするの。早く王都を出ないと、すぐに追いつかれるよ』

「それはわかってるけど。出口ってどこかな?」

『出口って、王都の門のこと?』

「そう…」

 どんっ、と、肩がぶつかる。

「あっ」

『あ』

 この、絵にかいたような展開は。

「おう、嬢ちゃん。俺にぶつかるたぁ、良い度胸してるじゃねーか」

 反射的に、自分が背負う剣に手をかける。

『リリー。戦っちゃだめだ。逃げるよ』

 イリスの声に、剣から手を離して走り出す。

「待て!」

 逃げなきゃ。

 …追いかけてくる。

「どっちに逃げれば良い?」

『ええと、とりあえず、人の多いところを通って行ったら?』

「うん」

 どうしよう。ここ、どこ?

「ごめんなさい」

 さっきから、人にぶつかってばかりで、上手く前に進めている気がしない。

 追いかけてくる気配を引き離してる感じもない。

 誰かに助けを求める?

 でもそれが、城の人間だったら?

『リリー、追いつかれちゃうよ』

 魔法使い特有の光。

 あちこちに見える光は、どれも城の人間と同じに見えて。

 どうしよう。

 頼れそうな人を探せない。

 …あれ?

 何?あの、強い光。

 初めて見る。

 赤い…。

『あ』

 ぶつかる、と思った時には、ぶつかっていた。

「いってぇ」

 赤い光。なんてすごい魔力。

 城にもたくさん魔法使いはいたけれど、こんな輝き、見たことがない。

「助けて」

 私の声に、金髪の魔法使いが振り返って。

 濃い紅の瞳と目が合う。

 あ…。

 その瞳に、吸い込まれる。

 どうしよう…?

「…ったく」

 何かが地面にぶつかって割れる音がしたかと思うと、辺りに煙が立ち込めた。

「来い」

 驚いている間もなく、左手を引かれる。

 そして、一緒に走る。

 …助けてくれたんだ。

「ありがとう」

 こんなに人がいっぱいいるのに、誰にもぶつからずに走れるなんてすごい。

 さっきよりも数倍早く、移動してる。

「この辺まで来れば大丈夫だろ」

 ここは、さっきの場所とどれぐらい離れているんだろう。

 賑わい方が似てるから分からない。

「じゃあ、気を付けてな」

 去ろうとする、彼の腕をつかむ。

「待って」

 この人に、頼んでみる?

「なんだよ。礼ならいらないぜ」

「違う。…その、助けてほしい」

「助けてやっただろ?」

「私を、守ってほしい」

「守ってほしい、って…」

 彼が私を見る。

 なんて、強い魔力なんだろう。こんな赤い力。見たことがない。

 それに、見たこともない濃い紅色の瞳。

 吸い込まれそう。

 あれ?どきどきする…?

「そういうことは、冒険者ギルドにでも依頼しな」

『ギルドはまずいよ』

 わかってる。絶対に城の人間を紹介されるってことぐらい。

 待って。行かないで。

 見失わなうように、追いかける。

「あなたじゃないと、だめなんだ」

『え?ちょっと、リリー?』

「私の名前はリリーシア。リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ」

『馬鹿!』

「貴族なら、よけいに信頼できる筋を頼んだ方がいい」

 良かった。私の名前を聞いても、全然驚かない。

「この国の人間じゃないんだね?」

「俺は旅人だ」

「なら、尚更だ。助けて。明日までには、この街を出たい」

『リリー、何言ってるんだ!一度助けてもらったからって!』

 だって。もう一度、その瞳をちゃんと見て、知りたい。

『エル、尾けられているわ』

「え?」

 イリスみたいに、少しぼやけて聞こえる声。

 周囲を見回しても、声の主らしき精霊の姿はない。

「さっきの連中か…」

「今の声、誰?」

 どこに居るの?

 空の上に居る精霊の声じゃないよね。あんなに高いところに居る精霊の声が聞こえると思えない。

「気が変わった。こっちに来い」

「え?」

 また、左手を引かれる。

 今度は歩いて。

 相変わらず、人にぶつからずに歩けるんだな。

 何に、尾けられているんだろう。

 さっきの連中って、私を追いかけてきた人たち?

 執拗に私を追ってるってことは、やっぱり城の関係者だったのかな。

『リリー、気を付けて』

 人通りが少ないところに出る。

「うん」

 敵意を持った人の気配。周囲を見回すと、五人ぐらいの人間が居る。

 これぐらいなら戦える。けど、戦ったら…。

「女一人捕まえるのに、男五人か?」

 私の手を掴んだまま、彼が言う。

「大人しく渡しな」

「面倒だから、手加減しないぜ」

 私と彼の周囲を、炎が囲む。

 見たことのない、赤い揺らめきの魔法。

「魔法使いか!」

「くそ、動けないぞ」

 彼が集めた炎を放つと、男たちは火だるまになって燃える。

 炎の魔法使い?

 っていうか、こんなに燃やされたら、死んじゃうんじゃ…。

「なにも、殺さなくても…」

「これぐらいじゃ死なないだろ」

 死なないの?

「だって、燃えてる」

「魔法、初めて見るのか?」

「こういうのは」

 彼が、困ったような顔をする。

 魔法は見たことがある。けれど、炎の魔法を見るのは初めてだ。

 この国には炎の精霊は居ないって聞いたから。

 これぐらいじゃ死なないって言われても、どれぐらいのダメージなのかわからない。

「エイダ、これで全部か?」

『まだ居るようですけど。こっちには来ませんね』

 エイダ。

 さっき聞こえた声の主。

 彼が契約している精霊に違いない。

「おい!隠れてるのはわかってるんだぞ!出てこい!」

 周囲を探る。

 どこだろう。どこに居る?

 魔法使いの光が多すぎて、難しい。どれも似たような光で。

 そいつが、アリシアが言っていた城の人間。ソニアが調べてくれた情報では、テオドールに違いない。

『去ったようですね』

「メラニー、追尾してくれ」

『了解』

「わっ」

 彼から出てきた黒い影を、反射的に避ける。

『リリー、どうせ触れないんだから驚かないでよ』

 そうだった。

 今の精霊、透けてるから、顕現していない。

「とりあえず、こっちに来い」

 また、手を引かれる。

 この人、私と手を繋ぐのに抵抗ないのかな。

 嫌ではないんだけど…。

 男の人と女の人が手を繋ぐのって、それなりの関係じゃないと、しないんじゃなかったっけ?それとも、私が持ってる知識は城の外では役に立たない?

 最新の本を取り寄せて読んでいたのにな。

「お前、精霊が見えるのか?」

「え?」

 何を言っているんだろう。

 これだけの魔力を持っておきながら。

「精霊なら、いっぱいいるじゃないか」

 上を見上げると、氷の精霊と光の精霊が踊っているのが見える。

「さっきは、あなたの体の中から出てきたからびっくりしただけで…」

「お前、いったい何者だ?」

 あぁ。そういえば。この国の人じゃないから、名前を言っても気づかないのか。

「私は女王の娘だ。現グラシアル女王の名はブランシュだよ。気づかなかったの?」

 ブランシュ。

 私と血の繋がっていない女王。

 絶対に逆らえない相手。

『もう。何でもかんでもしゃべっちゃうんだから』

 気が付くと、賑やかな通りに戻ってきていた。

「いい匂い」

『おー。食べ物の市場なんて、城にはなかったね』

「そういえば、朝から何も食べていないんだ」

 あぁ。おなかすいたかも…。

 こんなに色んなものが売っているなんて。

「ねぇ、普段どんなものを食べているの」

「お姫様なら、城に帰った方が良いんじゃないか?」

 え?今、なんて?

「お、姫様?」

 私を見て、お姫様なんて。

 鎧にガントレット装備で、大剣を持っているのに。

 全然、物語に登場するようなお姫様なんかじゃないのに。

「この国は他の国とは少し違った構造をしてるんだ。お姫様なんて、言われたことがない」

 素敵なドレスを着て、いつか出会う王子様を夢見ながらお城で暮らす、お姫様。

 それは、私も憧れる存在。

 私は、お姫様とはほど遠いところに居る。

「それに、城の外に出るのは今日が初めてで、これから三年間帰れない」

 今の私では、城に入ることができない。三年以内に必ず帰還しなければならないのに。

 あの城には物理的な出入り口は全くない。移動方法はすべて転移の魔法陣。

 許可を受けた魔法使いしか出入りができないんだから、私には絶対に入れないのだ。

 私が城に入るためには、私に与えられた試練の扉を魔法で破壊するしかないのだけど…。

「あ。あれは何?…旅をするなら体力のつくものを食べた方が良いのかな。そういえば、魔法使いって変わったものを食べるんだっけ?今日は何を食べる予定だったの?」

「俺はだいたいファストフードで済ませるけど…」

「ファストフード?」

 聞いたことのない食べ物。

「じゃあ、それにしよう。どれ?」

「いらっしゃい、可愛いお嬢さん。リコリスはいかが?」

「シナモンロールがありますよー」

「栄養満点!ミートボールのスープはこちらですよ」

 あぁ、どれも美味しそう。

 ファストフードってどれかな…。

 おなか、すいた。

「そこのツインテールのお嬢さん。サンドイッチはどうだい?」

「サンドイッチ?」

「ハムと卵のサンドイッチ。サービスするよ」

 ハムとゆで卵が、薄切りのパンに挟まっている。

「おいしそう」

「一つ三十ルーク…、いや、二十五ルークでどうだい?」

「ルーク?」

 ルークって、もしかして、お金の単位?

『あらら。城と違うんだね』

「旅人かい?」

「えっと」

 これから旅をする予定ではあるんだけど。

 お金…。

「これで、買えますか?」

 持っていた金貨を出すと、相手は困ったような顔をする。

「えっ?金貨?もっと細かい奴ないの?」

「うーん。持ってこなかったんだ」

『えっ』

 荷物を、できる限り減らしたかったから。

「って言われても、お嬢さん。うちで金貨出されてもねぇ。それ本物?」

 これ、使えない?

「それ、いくらだ」

 あ。

「二十五ルークだぜ」

「じゃあ二つ」

「あいよ」

「ほら、いくぞ」

「あ…」

 私の腕にサンドイッチを押し付け、彼が私の腕を引く。

 また、助けられた。

「あの、」

「あのなぁ、こんな露店で金貨を見せびらかす馬鹿がどこに居るんだよ」

「これって、お金じゃないの?」

 使えると思ってた。

「いや、もういい。それは出すな」

 これが使えないと、困るな。

「ねぇ、ファストフードってどれのこと?」

「それだよそれ」

「これ?これはハムと卵のサンドイッチって。…あ、」

 あれは、イチゴのタルトだ。

「いらっしゃいませー。今が旬!イチゴのタルトはいかがですか?」

「ねぇ、見て、可愛い!」

 細工のされたイチゴが乗ったタルト。

「どうぞー」

 近くで見ると、もっと可愛い。

 作れるかな。

 不器用だから、こんな風に可愛く作れるかはわからない。

「あーもう」

「ありがとうございました」

 店員が彼に向かって言う。

 また、買ってくれた?

「ありがとう」

 …あ。初めて笑った。

「あっちの広場で食おうぜ」

「うん」

 大事に、持って行こう。

『リリー、もしかしなくても、金貨しか持ってこなかったの?』

「うん」

『リリーが天然だってこと、忘れてたよ』

 天然?

『どこかで金貨を崩さないとね。っていうか、リリー。餌付けされないでよ?騙されてるかもしれないんだから』

「そうかな」

『だって、こんなに親切な人間が居るわけないだろ』

「え?」

『本当、甘いものに目がないんだから』

「ごめん」

 じゃあ、この人は城の人間かもしれないってこと?

『エル、知っています?』

 精霊、エイダの声。

 エルって、名前?

「何を?」

 精霊が呼ぶ名前なんだから、テオドールではなさそうだよね。

『フェ、って私たちの言葉で、四番目って意味ですよ』

 フェ?私の名前の?

「そうなんだ」

『あら、知らなかったんですか?』

「私は、そういうのは学ばなかったから」

 きっと、アリシアなら知っているんだろうな。

『それと、私の言葉が聞こえるって、特殊なことですよ』

「え?」

『私は、炎の精霊エイダ。エルと契約した精霊だから、姿を現していない状態では、エルとしか会話できないのよ』

 姿を現していない。つまり、顕現していない状態では、会話できない?

「そうなの?」

「そうだよ」

『そうだよ!』

 エルの声と、イリスの声が重なる。

『エル、失敗した』

「わっ」

 また、さっきの黒い影だ。私を追っている城の人間を、追いかけて行った…。

「失敗した?」

『途中で魔法を使われて、撒かれた』

 魔法使い。

 間違いない。私を追ってる相手。

 その魔法使いこそが、私が、逃げるべき相手だ。

「そうか」

『そこの娘。驚かせてすまなかった』

「大丈夫。条件反射というか…。その、今は触れられない状態っていうのはわかっているんだけど…」

 人間の体からいきなり精霊が出てくるっていうのは驚く。

 城の魔法使いは皆、精霊を外に出していたし。

 城の外では、みんな体の中に入れてるのかな。

 覚えておかないと。

『面白い子ね』

 面白い?私のこと?

「広場に着いたぜ」

「あ」

 ここが王都の広場?

 広場から真っ直ぐ伸びた大通りの先には、大きな白銀の城が見える。

 これが、外側から見たプレザーブ城。私が十八年間過ごした城の姿なんだ。

 なんて大きくて、綺麗なお城なんだろう。物語にでも出てきそうなお城だ。

 そうだ。オブジェの色は?

 確か、お城を望む広場には、城の中にあるのと同じオブジェがあるはずだ。

 オブジェの色は女王の心を映す。

 私が城の人間から逃げ回っていること、怒ってなきゃ良いけど…。

「良かった」

「何が?」

 オブジェは、今朝城の中で見たのと同じ色。

 祝福の白。

「あれは、旅立ちの祝福の色なんだ」

 つまり、女王の怒りには触れていない。

 怒った色なんて見たことないけど。

「女王って、全く城から出てきたりしないのか?」

「出られないんだ」

「出られない?」

「女王となった瞬間から、女王はこの国の礎。その力を国のためにそそぐ。あの城は、そのための装置なんだ」

 だから、女王は、女王の間から一歩たりとも出てこないし、資格のない者は入れない。

「食べて良い?」

 エルにタルトを見せる。

 絶対おいしいと思う。これ。

「いいよ」

 でも、どうしようかな。

 どうやったら半分にできるだろう。

「どうした?」

「半分に割ろうとすると、真ん中のイチゴが…。どうすればいい?」

 私がそう言うと、エルは爆笑する。

「え?」

 笑い事じゃないんだけど…。

 でも、笑うと、本当に柔らかい表情をする人。

 あぁ。その顔。好きかも。

「俺は要らないから、食えよ。ほら」

 タルトの上に乗ったイチゴを、エルが私の口に入れる。

 あ、あの、それは…。

 好きな小説の一文を思い出す。

―彼が、私の口にイチゴを入れて、初めて名前を呼んでくれた。

 反則だよ、こんなの。どうしよう、どうしよう。ドキドキする。

 これって。

『リリー。大丈夫?』

 手を繋いだし、助けてもらったし、こんなことまでされて。

 だって、そういうのって。

 こんな、いかにもな展開って!

 あぁ、もう、わかっててやってるのかな、この人!

イチゴの味が、わからない。

「リリーシア?」

 あぁ。とどめを刺された。

「あのっ」

 顔を上げて、エルを見る。

「リリーでいいから」

 顔、きっと赤い。

 うつむいて、飾りの亡くなったタルトを食べる。

 まだ、ドキドキしてる。

 こんなの、初めて。

 ドキドキして、苦しくて。

 この人に、恋をしよう。

 あれ?もう、恋してる?

 あぁ、そうだ。そうとしか思えない。息もできないぐらい、ドキドキして。

 体が熱くて。

 落ちついて。

 落ちつかなきゃ。

 ばれちゃう。

 落ちついて…。

 深呼吸。

 お願い。落ちついて、私。

「どこか、ゆっくり話をできるところに行こう。話したいことがあるんだ」

「話したいこと?」

「そう」

 あぁ、顔を見ることもできない。

「私は、あなたに助けてほしい」

 私の目的。

 一つ目は、教育係から逃げること。

 二つ目は…。

 あなただけが叶えられること。

「だから、説明するよ。でも、あんまり人のいるところでは話したくないんだ。その、どこまでが一般の話なのか分からなくて」

「じゃあ、俺の宿に来いよ」

「わかった」


 ※


 似たような店、似たような賑わい。

 今、街のどの辺りに居るのかな。

 城の中にある街も広かったけれど、ここも相当広い。確か、城の屋根に上ってみたときの感覚だと、三、四倍ぐらいだったっけ。

「ここだ」

 エルに案内されて、宿に入る。

 階段を上った奥の部屋が、エルの部屋らしい。

 ベッドが二つに、ロッカー、テーブルと一対の椅子。

 荷物がないから、誰かと一緒に泊まっているわけではなさそうだ。

「ここには長く居るの?」

「三日ぐらいかな。…座れよ」

 ベッドの上に座る。本当に、何もない部屋。

「メラニー」

『了解』

 追尾を依頼してた精霊を顕現させて、エルが何か指示をする。

「闇の精霊、だよね?」

「あぁ。博識だな」

「似たようなのを見たことがあるから」

「城の中で?」

「うん。結構色んなのが居たよ。でも、炎の精霊はいなかった」

 だから、炎の魔法を見るのは初めてだ。

「今のは、顕現させてるんだよね?」

「あぁ」

「さっきは、顕現してなかったよね?」

 違いはなんなんだろう?

「精霊自身が魔法を使うには顕現してないと無理だからな。精霊にやってもらった方が早い魔法と、俺が媒体になった方が楽な魔法があるんだよ。たとえば…、ほら」

 エルが指先に炎を灯す。

「こういった単純な魔法は俺がやった方が早いし、今みたいに扉に監視やトラップを仕掛ける魔法は、ちょっと複雑だから、やってもらったほうが早い」

「そうなんだ」

 話しを聞かれないように?私が追われているから?

気を使ってくれているのかな。

「魔法っていうのは、契約してる精霊とのつながりの強さにも依るけど」

 そう言って、エルがもう一方のベッドに座る。

「あぁ、それは聞いたことがある。人間は精霊と契約するにあたり、必ず相互の理解を深め…」

 魔法学の授業を思い出す。

「共存共栄のために律しなければならない。…って、教科書の丸暗記じゃないか」

 エルが笑う。

 本当に、良く笑う人なんだな。

「違うの?」

「リリー、魔法使えるんだよな?」

「使えないよ」

「え?」

「精霊とは契約しているけど、私は魔法を使えないよ」

「な、んで?」

 そんなに、驚くことかな。

 確かに私は、魔法使いの素質を持っている。

 魔法を使うためには、精霊と共鳴し、対話し、契約しなければならない。つまり、精霊が見えて話せるならば、後は、精霊の力を借りて魔法を使えるようにお願いするだけなのだ。

 契約とは、精霊の力を引き出せる代わりに、精霊が欲しがるもの、魔力を渡すこと。

「私が契約してるのは、生まれてすぐに契約した精霊だけだよ」

「え?」

「それ以外の精霊とは契約してない」

「使い方を知らないだけだろ?」

「使うために必要なものがないんだ」

「契約できてるなら、条件は揃ってるはずだ」

 これは、言っても大丈夫なことなのかな。

「私には、魔力が無い」

 正確には、魔法が使えるだけの魔力がない。

 生きているのにギリギリな分しか。

「魔力が?魔力なんて全ての人間が持ってる」

「それは…、その…」

 魔力。自然の命の力。

 精霊の寿命でもあるその力は、精霊は自然から補給できないというのに、人間はいつでも自然から補給することができる。

 それを利用して行われるのが精霊との契約。

 だから、魔力がない人間なんていない、というのは正しい。

 けど、私は。

「わかったよ。お前は精霊が見えて、声も聞こえる。でも、魔法は使えない。そういうことなんだろ?」

 頷く。

「で?そろそろ本題に入ろうぜ。助けてほしいって話し」

「うん。…うまく、説明できるかわからないけど」

「じゃあ、質問に答えろ」

「わかった」

「俺が知りたいのは、何から助けるのか、どうして俺なのか。この二つだ」

 説明、できるかな。それ。

「たぶん、私を追っているのは、城の人間」

「城の人間?なんで、城の人間がお前を?だって、女王はお前の旅立ちを祝福してるんだろ?」

「その…」

 教育係の話しをすると、修行の目的とか、呪いの話しとかもしなくちゃいけないのかな…。

 どう、説明しよう。

「そういう、人もいるんだ」

「王族のゴタゴタか?」

「そう、そんな感じ」

 あぁ。きっと、嘘だってばれてる。

 女王国に王族なんてない。

 怒るかな。

「で、そいつらから逃げればいいわけか?」

 怒らないの?気づいてない?

 そんなことないよね。さっきだって、言いたくないことを強制的に言わせようとしなかった。

 聞かないでいてくれるのだろう。

 たぶん、エルが居てくれれば逃げ切れると思う。

 教育係が私に声をかけるタイミングは、もうないはずだから。

 だから、一つ目の目的は、ほとんど達成されていると言って良い。

 王都を出るまで一緒に行動してくれれば、それで目的は達成される。

 でも。もう一つは。

「実は、お願いがあって」

「お願い?」

「一緒に連れて行ってほしい」

『えっ』

「どこに?」

「あなたの行くところに」

『リリー、まさか、こいつのこと好きなの?』

 うん。

 私の二つ目の目的。

 城の外に出たら、恋をしたい。

 だって、こんな気持ちになったの初めて。

 出会ったのは、偶然じゃないよ。

「俺がこれからどこに行くのか、知ってるのか?」

「知らないけど、あなたになら頼める」

「なんで俺なんだ?行きたい場所があるなら、仲間を探しているのなら、それこそ冒険者ギルドに行った方が良いだろ」

 また、ギルド。

「それはできない。だって、ギルドに頼めば、城の人間が必ず来る」

「それと、見ず知らずの俺に頼むのと、どっちが安全かわからないのか?」

『自分で何言ってるのかわかってるのかな。見ず知らずで怪しいのはリリーの方なのにね』

 確かに、そうかも。

『わかったよ、リリー。どうせリリーみたいな方向音痴が一人でどこかへ行くなんて無理なんだ。こいつは親切そうだし、どうにか説得しよう』

 ありがとう、イリス。

『で?なんて説得するの?告白でもする?』

 しないよ!

『しないだろうけど』

 たまに、不安になる。

 声に出さなきゃ、私の言葉はイリスに伝わらないはずなのに、心が読まれてるんじゃないかって。

 でも、私がエルのこと好きなのは気付いてないみたいだった。

 だったら、エルも気づいてないよね。

 じゃあ、とりあえず出会ったところから説明すればいいかな。

 出会ったのが偶然じゃないって。

「あなたは強い魔法使いだ。こんなに強い力、初めて見たんだ。だから…」

「え?」

 エルが眉をひそめる。

 私、何か変なこと、言った?

『あぁ、もう。何でも唐突すぎ!』

 唐突?

『だからさぁ、リリー、君はほかの人間と違うんだよ?』

 頭の上に、顕現したイリスが乗る。

「イリス」

 イリスが顕現するなんて。珍しい。

「なんだ?氷の精霊か?」

『このボクが顕現してあげたんだから、感謝してくれよ、魔法使い』

「なんだよ、低級の精霊が」

 低級?イリスが?

 そう、なのかな。今は魔力が全然ない状態だからかもしれない。

『なんだと、かわいげのない小僧だな!氷漬けにしてやるぞ!』

「やるのか?」

「待って」

 イリスのしっぽを掴む。

『うにゃー』

 どうしてそんなに攻撃的なの。話しが違うよ、イリス。

 うなだれるイリスを、腕に抱える。

『尻尾はやめてよぅ』

「ごめんごめん」

 つい、鳴き声が可愛くてしっぽを掴んでしまう。

「話しの続きをしろ」

『それは、魔法使い!お前がボクたちに協力してくれたら教えてやるよ』

「話しの前提が間違ってるぞ。協力してほしかったら、情報を隠さずに出せ」

『嫌だね!女王の秘密を、そう簡単に言うもんか。協力することが前提だ!』

 初めて会うのに、息がぴったり。

 仲が良いな。

 私よりも、イリスがエルを気に入ったんじゃないの?

「精霊の声が聞こえたり、姿が見えることだけじゃないのか?」

『そんなのは些細なことだよ』

「魔法が使えないこと?」

『お前みたいな田舎者に教えてやるもんか!』

「おい!」

 田舎?

「田舎者?田舎って、のどかな場所?」

 精霊って、そういう自然に溢れた場所の方がいっぱい居るから?

『リリー…』

 イリスが呆れたようにため息をつく。

 ちょっと、違ったのかな。

『コホンっ!』

 わざとらしい咳払いをすると、イリスは腕から飛び立つ。

『いいかい。女王の娘の特徴ってのはね、一つ、魔法への耐性がとても高い!二つ、魔力が目に見える!三つ、子供が産めない!だよ!』

 イリス。

 それ、言っても良いのかな。

 特に、三つ目は言わないで欲しかった。

 っていうか、魔力を溜めることができないって項目が抜けてる。

 私は生まれつき、魔力を溜められない。それは、女王の娘の素質を持っているから。

『って、あああ!聞いたな、魔法使い!』

 あれ?なんか、眩暈が…。

「お前が勝手にしゃべったんだろ」

『気に食わないやつだ!決闘だ!』

「いい度胸してるじゃねーか」

 エルが左手に杖を構える。

 待って。イリス。イリスに魔法なんて使われたら、死んじゃう。

「イリス、疲れる…」

 ここが、城の外だから?

 イリスが顕現すると、たぶん魔力が奪われるんだ。

 イリスにも、使える魔力なんてほとんどないから。

 ベッドにうつぶせになる。

『えぇ?寝ちゃうの?寝るなら鎧を脱ぎなよ!』

 あぁ、そうだった。

 もう、着替えを手伝ってくれる人はいないんだ。

 起き上がってベッドに腰掛けると、ブーツとガントレット、鎧を脱ぐ。

「お、おい」

「何?」

「話しは終わってないぞ」

「うん…?」

 シャツを脱いで肌着になる。

 うん、お日様の匂いがする、良い布団。

「いや、そうじゃなくって…」

『ねぇ、リリー。こいつの名前聞いてないよ』

「エルロックだ」

 エルロック。

 あぁ、ようやく、名前…。


 ※


 目を開くと、薄暗い場所に居た。

 ここ、どこだっけ…?

 まっすぐ、視線の先で、本を読んでいる人が目に入る。

 そうだ、寝てしまったんだ。

 あれ?眼鏡かけてる?

 睫毛、長いな。綺麗な横顔。

 濃い紅の瞳。もう一度、ちゃんと見られるかな。

 吸い込まれそうになった、あの感覚。ずっと見つめていたら、どうなるんだろう。

 エルが、魔法でランプに火を灯す。

 炎の魔法って便利。

 あ。名前。ちゃんと聞いたのに。

 ええと…。

「エル?」

「ん?」

「あの、えっと。名前…」

「あぁ、エルでいい。エルロック・クラニス」

 エルロック・クラニス。

 起き上がって、エルの正面に向き直る。

「眼鏡かけてたっけ?」

「本を読むときにはな」

 そっか。うん。本を読む時だけ。

「腹減っただろ?夕飯食いに行くぞ」

「うん」

「…ちゃんと、着替えて来いよ?」

「あ、うん」

 そうだった。

 肌着のまま、寝てたんだ。

 先に部屋を出るエルを見送る。

『リリー。はしたない』

「うん。気を付ける…」

 肌着で寝てたんだ…。

 しかも、男の人の目の前で脱いで。

『エルが良い人で良かったね。襲われても文句言えないよ?こんなの。言っておくけど、リリーが襲われたって、命の危険でもない限り、今のボクじゃ助けられないんだからね?』

「うん。わかってるよ」

『こんなんで、旅ができるの?』

「大丈夫だよ。なんとかなる」

『リリーは本当に暢気なんだから』

「だって、上手く教育係を巻けたよ」

『そうかなぁ』

「そうだよ。イリスは心配し過ぎ」

 鎧は着なくても良いだろう。

 身支度を整えて、部屋を出る。

 階下に降りると、宿の女将さんが私に声をかけた。

「すまないけど、これをエルロックの卓に持ってってくれるかい?ラガーは一緒に居るポールのだからね」

「はい。わかりました」

 ラガーって何かな?こんな匂いの飲み物、知らないな。

 女将さんからトレイを受け取り、エルのところに行く。エルの前に座っているのが、ポールさんだろう。

 あの人も魔法使い。

 本当に、外って魔法使いが多い。

「エル、食事、置いても良い?」

 エルが頷いたのを確認して、食事を並べる。

 それから、ポールさんの前にラガーを。

 すると、ポールさんは小さく口笛を鳴らしして、私の手を取る。

 なんだろう?

「なんて可憐なお嬢さんなんだ。俺は情報屋のポール。今度、見晴らしのいいカフェにでも…、いてっ」

 エルがポールさんの頭を叩いて、ポールさんが私の手を離す。

 手を繋ぐのって、城の外では日常的なことなのかな。

 …苦手だ。

「そいつは俺の連れだ」

「なんだよ、デートに誘うぐらい良いだろ?」

 デート?

 デートって、初対面の人とするの?

「だめだ」

「なんだい、ポール。また振られたのかい?」

「女将さん」

 女将さんが私の食事を並べて、椅子を引いてくれる。

「さ、座りな」

「ありがとう。いただきます」

 おいしそう。

 城でも、こういうのは食べたことがある。

 この魚は、近海で取れた巨大魚だろう。甘辛い味付け。

 素朴な味で美味しい。

 料理を食べていると、ポールさんが椅子を持って隣に来る。

「お嬢さん、お名前は?」

「え?私?」

「そうそう」

「私の名前は、リリーシア・イリス…」

 言いかけたところで、口に何かが突っ込まれる。

「むぐっ」

 甘辛く味付けられた魚。

「こんな得体の知れない奴に名乗らなくて良い」

 そうだ。

 外の人間に名前を言うのって、城に居る間は禁止されてた。

 あれ?でも、修行の間は良いんだっけ?

 エルにもう名乗っちゃったけど。私の身に何も起こってないってことは、大丈夫なのかな。

「得体の知れない、はないだろー?ちゃんと職業も言ったじゃないか」

 情報屋。

 きっと情報を集める人なんだろうけど。

 この人は、魔法使いだ。城でも見慣れた光を持っているし。

「情報屋、って魔法使いの職業の一種?」

「…いや、俺は魔法なんて使えないから、情報屋なんてけちな商売やってるんだよ」

 あれ?

 光を持っていても、魔法が使えない?

 でも、外の人は精霊を体の中に隠してるから、分からないな。

「ポール、こいつは俺の預かりものだ。変な情報吹き込むなよ」

「預かりもの?」

 預かりもの、ってどういうことだろう。預かられてる?

『どうしたの、リリー』

「私は、預かりもの?」

『あんまり深く考えないほうが良いよ。あと、無暗に名乗らないこと。名前も、ブランシュまで言ったら、女王の娘だってばれちゃうからね。身分証にだって、リリーシア・イリスしか書いてなかっただろ?』

 そういえば、身分証を発行してもらっていたんだっけ。

 確認してない。

『リリー。確認してないね?』

 イリスの溜息が頭に響く。

『忘れてきてないよね?身分証を忘れたら、どこにも行けないよ』

「それは、大丈夫」

 持ってきたもののリストぐらい、頭に入っている。

 ただ。城の中と外がこんなに違うなんて、予想外。

 使っている通貨だって違うし、知らない食べ物もあるし、ポールさんが飲んでる、ラガーだって何か分からない。

「エル、」

「なんだ?」

「私もこれ、飲んで良い?」

 ポールさんのラガーを指すと、エルは眉をひそめる。

「リリーシアさん。ここに来たならクアシスワインがおすすめだぜ。俺が奢ってやろうか?」

「やめとけ」

「なんだよ、エル。良いだろ?」

「ワインってことは、お酒?」

「あぁ」

 じゃあ、ラガーもお酒?

 お酒か。アリシアが旅に出るときに、一緒に飲んだっけ。

「ロマーノなら飲んだことがある」

「それって、ロマーノ・ガラ、とか?」

「いや、違ったな。名前は忘れたけど、きれいなピンク色だった」

 何故か、ポールさんの顔が青ざめる。

 言っちゃいけないことだった?

「エル。どこのお姫様だよ」

 お姫様?…どういう、意味?

「だから手を出すなって言ってるだろ」

「へいへい」

 ポールさんは肩をすくめる。

 あぁ、意味の分からないことばかり。

 常識が通用しない。

 上手く会話さえできないなんて。

 これからどうすればいいんだろう…。

「ポール、調べてほしいことがある」

「どうせすぐに出発だろ?明日までにできる仕事か?」

 エルは、まだ忙しいのかな。

 食事を下げて、女将さんのところへ持っていく。

「おや、ありがとう」

「美味しかったです」

「口に合って良かったわ。あなたは、エルロックの恋人なの?」

「え?」

 恋人なんて。

 どうしたら、そんな風に見えるのかな。

「ほら、留学するわけでもなく、あんな若い人が来るのって珍しいじゃない。何か、大切な用事があるのかと思ってね」

 そういえば、エルは旅人だっけ。どこから来たのかな。

 確か、グラシアルに魔法使いが多く訪れるのは、勉強が一番の理由のはず。

 あぁ。だから、魔法使いばかり見かけるのか。

「エルとは、今日、初めて会ったんです」

「あら、そうなの?」

「はい」

「でも、今日はうちに泊まっていくんでしょ?」

 あ。そうだ、すっかり忘れてた。

 泊まって良いのかな。

「女将さん、こいつにツケといてくれよ」

 ポールさんの声に振り返ると、エルが軽く手を挙げる。

「何か必要なものがあったら言って頂戴ね」

「…はい」

 良いのかな。

「リリー、部屋に戻るぞ」

「話し、終わったの?」

「あぁ」

「…それじゃあ」

 言って、女将さんに頭を下げる。

「はいはい。ゆっくりしていってね」

「はい」


 ※


 あぁ。疲れた。

 ベッドの上に倒れる。

 この先、大丈夫かな。

「大丈夫か?」

「エル…」

「ん?」

「どうすればいいかわからない。城と外が、こんなに違うと思わなかった」

「そりゃ、違うだろうさ」

 エルは、わかってない。

「城の中にも、ここと同じように、街があるんだ。広場があって、市場があって。売ってるものは多少違うけど…」

 街として機能を果たすだけのものは、一通りそろっている。

 七歳の時。今の女王が即位して、女王の娘に選定されるまでは、そこが私の生活の場だったから。

「街って、人の規模が違うだろ」

「人口がどれぐらいかわからないけど。広さは、この城下町の四分の一ぐらいかな。街では買い物もできたし、宿もあったよ。私の装備も、街の鍛冶屋でそろえたんだ」

 鎧とガントレットにブーツ。それから、私の剣・リュヌリアンも。

「城の外と交流している人間もいる?」

「うん。魔法使いは城から出られるよ」

 逆に、魔法使いしか、出られないのだけど。

「通貨は?」

「金貨、銀貨、銅貨と、蓮貨」

「共通通貨だ」

 知っている。

 だから、金貨は使えると思ってたのに。

「この国はルークって呼ばれる通貨を使ってるけど」

 ルーク。お昼に聞いた通貨単位。

「うん。だから、金貨さえ持っていれば良いと思って、金貨だけ持ってきたんだ」

「間違ってないが、市場なんかでは金貨は使えない。額が大きすぎて取り扱えないんだよ。せめて、銅貨や蓮貨に崩さないと」

「そうなのか」

 金貨が使えないわけじゃないらしい。

「良かった。城の中のことも、役に立つんだね」

 街には、必要のないはずの宿泊施設まであったんだから。

 女王の娘になってから、部屋に帰りそびれた時にたまに使っていたけれど。

 女王の間、女王の娘の住む場所、魔法使いの住む場所、そして街は違う区画にあって、魔法使いに転移の魔法陣を使ってもらわないと行き来できない。

 あれ?でも、城の中にあった宿と、ここは随分雰囲気が違う。

 一階をレストランにしているところは同じだけど、部屋割りや雰囲気が違う。

「外の宿って、もっと治安が悪いイメージだった」

「治安が悪い場所もある。一番安価な部屋っていうのは、他人同士で使うことを前提にした大部屋だ。ベッドがないとこだってある。俺はたいてい個室を取ってるけど。…あとは宿の経営方針によるかな。ここは長期滞在者向けで、いわゆる雑魚寝部屋はない。シャワーを浴びてきたかったら行って来いよ」

「え?あるの?」

 それは、旅をするなら、あきらめていたことだ。

「行ってくる」

 タオル、借りられるかな。

『リリー。大事なこと忘れてない?』

「あ」

 大事な話し。途中で寝ちゃったから、返事を聞いてない。

 部屋から出る前に、振り返ってエルを見る。

「なんだよ?」

「エル、私と一緒に、旅をして欲しいんだけど、良い?」

 説明、しなくちゃ。

「私、まだ一人でこの国を出る自信がない。でも、城の人間は嫌だ。だから、私のことを助けてくれる人を探してたんだ」

 これが、一つ目の目的。

 二つ目の目的は、どう説明したらいいかな。

 城の外に出たら、したかったこと。

 恋愛小説で読んだような、恋がしたくて。

 でも、そんなこと考える前に、好きになってた。

 でも。そんなこと言えない。

 理由。…さっきの続き。

「さっきも言ったけど、私、あなたみたいにすごい魔力を持っている人を初めて見た」

 出会ったのは偶然じゃないの。

「私は、魔法を使える人のことを良く知りたい」

 あなたのことを、もっと知りたい。

「あなたじゃないと、だめなんだ」

 なんだか、告白してるみたい。

 好きなんて、絶対言えないのに。

「明日、ポールに教えてもらった街に行く予定だから、あとで見ておけよ」

 エルが、地図をテーブルの上に置く。

 それは旅を一緒にしてくれるってこと?

 それとも、王都から出るまで一緒に居てくれるってこと?

「…うん、わかった」

 どっちなのかな。

 でも、これ以上、話していられない。

 胸が、ドキドキしていて。


 ※


 シャワーを浴びて部屋に戻ると、エルがもう寝ていた。

 机の上には、地図と、明かりのついたランプ。

 ランプ、つけておいてくれたんだ。

『この辺りの地図だね』

「うん」

『リリー、今どこに居るかわかってる?』

「それぐらい、わかるよ」

 地図を見る。

 王都、グラシアル。

「ここ」

『正解。…なんか、難しい場所に行こうとしてるね』

「難しい場所?」

『だって、目印になるようなものがほとんどないじゃん、この地図』

「この線にそって行けば良いんじゃないの?」

 地図には、目的地に向かって線が書いてある。

 王都から東の山の中へ。アユノトという村を通って、さらに東にある洞窟が示されている。

『そんな線が、実際にあると思ってるの?リリーは方向音痴なんだから、全く違うところに行って遭難するのが落ちだよ』

「遭難?」

『大丈夫ですよ、リリーシア』

「エイダ」

『エルがついているから、迷わずに行けます』

『お前、やっぱりエルと上位契約か』

「上位契約?」

『あなたもそうでしょう?イリス』

『リリー、習っただろ』

「ええと…」

 精霊と契約する方法だよね。

「確か、精霊と契約するのは、平等な立場じゃできないってやつだよね。人間に対して、精霊は必ず下位契約を結ぶ。つまり、人間が上位の立場になる」

『その通りです』

『なんでだか覚えてる?』

「上位の立場の契約者は、下位の精霊を使役できる代わりに、下位の精霊を守らなければならない。精霊が上位になる契約を結ぶと、精霊が人間を守らなくてはならないから、通常、上位契約は結ばない」

『正解』

「ってことは、エイダは、エルを守護してるの?」

『はい』

「なんだか意外。そういう契約って、一般じゃないって習った気がする」

 上位契約は特殊な契約。

 下位契約と違って、精霊が力を貸す代わりに求めるものが、魔力だとは限らない。

『えぇ。特殊です。ないって思っていて構いませんよ』

「エイダがそうなのに?」

『私は、人間と下位契約をするには力が大きすぎるんです』

 そう言って、エイダが姿を現す。

「綺麗」

 人の姿をした精霊。

 そんな精霊、城にだっていない。

 相当力の強い精霊じゃないと、人間の姿になんてなれない。

「ね?」

「うん。わかるよ。人知を超えた存在と契約すると、悪魔になるって」

 強すぎる力は、人間には毒になるらしい。

 だから、上位契約を?そこまで、精霊が人間に執着することってあるのかな。

 エイダは姿を隠す。きっと、エルの体に戻ったんだろう。

『リリーもそろそろ寝たら?』

「うん」

 ランプの灯りを消して、ベッドに入る。

『おやすみ、リリー』

「おやすみ…、あ」

 そうだ、城じゃないから、今日から…。

「イリス、顕現して?」

『嫌だよ』

「意地悪」

『顕現したら、リリーから力を奪っちゃうって、わかっただろ?…もう、一人で眠れるだろ。良い大人なんだから』

「そうだけど…」

 あぁ。持ってくれば良かった。でも、絶対に持ち歩ける大きさじゃない。

 枕を抱く。

 違う。全然違う。

 抱き心地が違う。

「……」

 どうしよう。

 眠れない。

 だめなんだ。眠れないと、悪いことばかり考えちゃう。

 良くない。

 まだ、外に出て一日目。

 修行も試練も放棄して、呪いの力を使うことなく、過ごすって。

 自由に考えて、自由に生きるって。

 そう決めて出てきた。

 女王に逆らうって。

 でも。

 イーシャは、とうとう帰らなかった。

 一番目の女王の娘、ディーリシア。

 強くて優しかった、みんなのまとめ役。

 私が出発する前に、修行の期間を終えて、帰ってくるはずだった。

 待っても、待っても、帰ってこなかった。

 どこか知らないところで、死んでいるに違いなかった。

 女王が殺しているに違いなかった。

 イーシャ。

 女王の命令は絶対。

 紅のローブの言葉も絶対。

 三年後に帰らなかったら、私も、同じ道を。

 怖い。

 女王に逆らうって決めたのに。

 呪いの力なんて使わないって。残りの時間を自由に生きるって。

 本当に、三年間も生かしていてくれるのかな。

 その考え自体が、女王に逆らっているのに。

 この考えが気づかれた時点で、殺されるかもしれない。

 息苦しくて。

 体を起こす。

『大丈夫?』

「うん…」

 あぁ、泣いてたんだ。

 涙を拭う。

 眠れない。

 変な時間に寝たせいかな。

『リリー。不安なの?』

「不安じゃないよ。もう、決めたことだから」

 決めたんだ。

 私は帰らない。

 迷わないで。

 だって、好きな人が居るのに。

 ベッドから出てエルの傍に行く。

 無防備すぎるよ、エル。

 私が、どんなに危険な力を持っているかも知らないのに。

 エルの頬に触れる。

「ん…」

 起こした?

 離そうとする手を、掴まれる。

「あ…」

 どうしよう。

「エル、一緒に居て良い?」

 好きな人と三年間過ごせるなら。

 たとえ死んでも後悔しない。

「いいよ」

 手が離れる。

 今、本当に言った?

 頬をつっついても、反応はなかった。

 寝言?

『リリー、エルを起こす気?』

「今、いいよって言った?」

『言ったみたいだけど…』

 エルの布団に入って、エルを後ろから抱きしめる。

『リリー。本気?』

「うん」

 あったかい。

 落ちつく。

『リリー、何やってるんだよ…』

 気持ち良い。

 これなら、眠れるかも…。



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