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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編
19/46

26

「あの…」

 三軒目の鍛冶屋。

「おう、どうした」

「鍛冶の道具を借りたいんですけど」

「はぁ?何言ってるんだ。ここは子供の遊び場じゃないんだぞ。帰りな!」

 あぁ、また、門前払い。

『リリー、あなた、鍛冶ができるの?』

「エイダ」

 エイダが指輪から現れる。

「本当に面白い子ね」

「あの…」

「この姿の時は、サンドリヨンって呼んでね」

 そう言ってエイダはウインクする。

「うん」

「こっちへいらっしゃい。知ってる鍛冶屋があるのよ」

 エイダの案内で、鍛冶屋に入る。

「こんにちは、アラシッド」

「サンドリヨンじゃないか。どうした」

「お願いがあって来たの」

「お願いだぁ?」

「この子に、鍛冶の道具を貸してくれない?」

「はぁ?…何言ってるんだ」

「礼ならするわ」

「おいおい、道具は職人の命だぞ。いくら金を積まれたって、できないものはできない」

「冷たいのね。それなら、ここに灯る炎をすべて消すわよ」

「なんだって?…全く強引な奴だな。わかったよ、話しぐらい聞いてやる」

「ですってよ、リリー」

「ありがとう、サンドリヨン」

 良かった。

 初めて門前払いされなかった。

「あの、ここで、レイピアを作りたいんです」

「レイピア?材料は」

「プラチナ鉱石と星屑を持ってきました」

「…はぁ?」

「軽くて丈夫なのを作りたくて」

「おい、プラチナ鉱石でレイピアを作るなんて」

「可能です」

「あのなぁ、素人にはわからないかもしれないが、プラチナ鉱石っていうのは案外脆いんだ。上手く鍛えなければ、片手剣だって作るのは難しい」

「もともと装飾品向けの素材であり、その最たる特徴は軽さである。鍛冶においては、重量系の武具を軽く作る素材として使われることが多く、その組成から、平たい剣や大きな剣を作ることには向いている。しかし、分厚い剣や細い剣を作るのにはかなりの技術が必要とされる。副素材を混入することにより、加工しやすくなるが、副素材の量が増えれば増えるほど、プラチナ鉱石自体の強度が劣化する。他の素材に比べて副素材の混入による劣化が激しいのも、プラチナ鉱石の特徴である」

『流石、リリー。興味のあることは完璧だね』

「満点だな」

「作らせてくれる?」

「言ってることが違うだろ。プラチナ鉱石でレイピアは作れない。…わかってるだろ。副素材の混入量が増えれば増えるほど、強度は劣化する。俺の予想だと、シルバー程度の強度しか期待できないぞ」

「最も軽くて硬いレイピアを作るには、プラチナ鉱石を使うしかない」

「言うほど楽な作業じゃない。…お前、師匠は誰だ」

 たぶん、城の人間の名前なんて知らないと思うけど。

「ルミエール」

「は…?」

 鍛冶をしていた人、全員の手が止まる。

「まぁ、そうなの?リリー」

「え?…うん」

「ルミエールって。にわかには信じがたいな」

「そんなに有名な人なの?」

「剣を扱うもので知らないものは居ない」

 確かに師匠の作った剣は素晴らしいけれど。

「まさか、嬢ちゃんが背負ってるのは」

「…これ?」

 リュヌリアンを抜いて、見せる。

「これ、ルミエールの作品なのか?」

「うん」

 師匠が私のために作ってくれたもの。

 鍛冶屋の職人さんたちが集まってくる。

「これは…、すごいな」

「ルミエールの?」

「何でできてるんだ?素材がわからないな」

「重い」

「変わった形だ」

「先端が曲がっているのに両刃?」

 リュヌリアン。

 名前を付けたのは私だけど。

 本当か嘘か知らないけれど、師匠は、本物の月の石を使っている、と言っていた。

「あの…」

 道具、貸してくれるかな。

「あぁ、悪かった」

 職人さんたち、しばらくリュヌリアンを解放してくれないんだろうな。

「ルミエールはどこに居るんだ?彼は謎の職人なんだ」

「えっと…」

 プレザーブ城に居るなんて、言えないよね。

「あら、アラシッド。名工ルミエールは謎の職人。その居場所を簡単に話すわけないじゃない」

「そうだったな。悪かった」

「で?リリーに貸してくれるのかしら?」

「そうだな。ルミエールの弟子ということは信じても良いだろう。しかし、それならば少々お手並み拝見だ。何か打ってみろ」

「えっと…。じゃあ、レイピアを」

 エルの為に作るレイピアを、試作してみよう。

「ここにあるものは好きに使って良い」

「はい」

 それじゃあ、このシルバーにしようかな。

「何か手伝いましょうか?」

「うーん。…火傷しないように、見ててくれる?」

「ふふふ。あなた、おっちょこちょいだものね」

「おっちょこちょい?」

「ラングリオンの方言よ」

 どういう意味かな。

「あ、そうだ。サンドリヨン、チーズタルトは好き?」

「…ごめんなさい、私はそういうのは、ちょっと」

『精霊がものを食べられるわけないだろ』

「食べられないことはないんだけど」

『味覚がないんだから』

 あ、そっか…。

 エイダがあまりにも人間っぽいから。

「これ、皆さんで召し上がってください」

 昨日焼いたチーズタルト。

 マリーに会えたらあげようと思って、いくつか持ってきていたのだ。

「おお。美味そうだな。どこの店のだ?」

「昨日焼いたんです」

「手作り?…器用なんだな」

 器用?

『リリーが器用なんて』

「器用なんて、初めて言われました」

「美味いな。良い嫁さんになる」

「え?」

「女の子って言うのは、好きな相手の為に菓子を作るんだろう?」

「えっと…」

 エル、ごめんなさい。

 エルは好きじゃないよね、甘いの…。

 頑張ってレイピア作るから、許して。


 ※


 陽が落ちてきた。

「リリー。今日は良いものを見せてもらったわ」

「うん。ありがとう、サンドリヨン。…あ、エル、今度はセルメアに行くって言っていたけど、聞いた?」

「セルメア?エルが?」

「うん。でも、詳しい報告が来てからって。…エルは、私の姉のディーリシアを探してくれてる。彼女がセルメアに居るらしいんだ」

「そう。それなら、報告が上がり次第出発するつもりね」

 確かに。

 エルのことだから、急に明日出発する、とか言い出しそう。

 そして皆、それを許しちゃうんだろうな。

「今日は私も帰るわ」

「エル、エイダが居ないこと知ってるの?」

「さぁ、どうかしらね。王都では、みんなばらばらに行動してるから」

 確かに。エルの傍を平気で離れてるよね、みんな。

 王都は安全だから、良いのかもしれないけど。…あれ。でも、亜精霊の時…。

「亜精霊と戦った時は、どこに居たの?」

「あなたの指輪を通して、あなたが危険だってすぐにわかったわ。だから、エルを呼びに行ったの。…私がこの姿で戦いに参加するわけにもいかなかったから」

「指輪、私が持ってていいのかな」

「持っていて。エルは、あなたが死ぬぐらいなら自分が死ぬことを選ぶわ」

 どうして…。

 そこまで、してくれるの。

「あら。もう閉店してる」

 エルのお店が閉まってる。

「まだ陽が落ちてないのにね」

 お店はいつも、陽が落ちるまで開けてるのに。どうしたんだろう。

『鍵、持っています?』

「うん」

 もらっていて良かった。

 鍵を開けて中に入る。

「おかえり、リリー」

 あれ?エル?

「ただいま」

 脚立に座って、棚に薬を並べているエルのところに、エイダが戻る。

 本当に、気づいてないんだな。

「薬の補充?手伝うよ」

「わかるのか?」

「うん。エルが研究室に引きこもってる間に、ルイスからいろいろ教わったから」

「…そうか。じゃあ、頼む」

「私はこっちの棚をやるよ」

 エルの反対側の棚を眺める。

 …あれ?

「たくさん、お客さん来たの?」

 こんなに薬が減ってるの、私が来てから初めてだ。

「面倒だから、早めに店じまいしたんだよ」

 そんなに混んでたの?

「だから、まだ陽が落ちてないのに準備中の札がかかってたんだ」

 もしかして、エルが店番やってたのかな。

 ルイスは今日、エルに教わったレシピを作るって言っていたし。

 キャロルは昨日焼いたチーズタルトをみんなに配ると言っていた。

「鍛冶屋はどうだった?」

「うん。道具も作業場も貸してくれるって。その代り、今日は鍛冶の手伝いをしてきたんだ」

「手伝い?」

「うん。学ぶことが多かったから、勉強させてもらったのかな。私、剣しか打ったことなかったけど、色々やらせてもらったんだ」

「へぇ。すごいじゃないか」

 そのおかげで、遅くなってしまったのだけど。

 明日は、エルのレイピアを作らせてもらえるだろう。

「エル、この薬なんだけど…」

「どうした?」

 ルイスの声がして振り返る。

「リリーシア、おかえり」

「ただいま、ルイス」

 一日中、研究室に居たのかな。

 キャロルがエルみたいにならないか心配するのもわかるかも。

「上手く、エルの見本みたいな色にならないんだ」

「あぁ、これで良いんだよ」

「良いの?」

「薬を火にかけるとき…」

 エル、先生みたい。

 本当に面倒見が良い人だと思っていたけど。

 聞かれたことにはいつも、必ず答えてくれたよね。

 魔法のこと、通貨のこと、宿のこと、魔力の集中、道の歩き方、ギルドの話し、貧困区の話し。

 エルが知らないのは、恋物語ぐらい。

「わかった。やってみる」

 うん。薬の補充完了。

 ルイスが部屋を出ていくのを見ながら、エルのところに行ってメモを見せる。

「エル、足りない薬、書き出しておいたよ」

「もう終わったのか?」

「うん。そっちも手伝おうか?」

「いや、もう終わるよ」

 いくつか薬を棚に入れて、私からメモを受け取ると、エルは脚立を下りる。

「ちょっと多めに作っておかないとな…」

 セルメアに行くつもりだからかな。

 そういえば、このお店って。お客さんの入り方がばらばらだけど…。

「エルは、薬屋さんで生活してるの?」

「ん?」

「金銭感覚が、良くわからない」

「あぁ。そうだな…、一生生活に困らないぐらいの金ならあるよ」

「そうなの?」

 じゃあ、薬屋さんなんてする必要がない?

「ちょっとした賞金をもらって」

「じゃあ、薬屋は趣味なの?」

「趣味?…薬屋は、俺の夢でもあったから」

「夢?」

「そう。魔術師養成所では、魔法使いと錬金術師を育てるんだけど、俺はずっと錬金術の勉強をしてきた。俺はもともと砂漠の出身だったし、王都で生計を立てる為には、仕事をしなきゃいけないだろ?」

 頼れる家族が誰もいなかったから?

「研究所は?」

「王都の錬金研究所にも、魔法研究所にも、所属するつもりはなかったよ。そうすれば、魔法部隊に入れるし」

「魔法部隊は、兵役なのに?」

「あぁ。俺の世話をしてくれていた人が設立したものだから」

 魔法部隊は、フラーダリーが設立したもの?

 そんなに新しいものなの?

「って言っても、卒業直後は成人してなかったから、配属は予備部隊だったけどな」

「え?何歳で卒業したの?成人って十八歳だよね?」

「いや、ラングリオンでは十九だ。卒業した時、俺は十七歳だったんだよ」

 十七歳。

 国境戦争の時、エルは成人していなかったんだ。

 だから、エルはフラーダリーと一緒に、戦地へ行けなかった?

「魔法部隊って…。もし、戦争が起こらなかったら、エルは…、あの人と、平和に薬屋をしてたのかな」

 だってエルは、フラーダリーと一緒に居るために、研究所に入らなかったんだ。

「誰に聞いたんだ?」

 あ。

「マリーだな」

 マリー、ごめん。

「結婚の約束をしてた」

 え?

「ずっと一緒に居ると思ってた」

 エルが唇を噛む。

 こんな顔、初めて見た。

「けれど、死に目にも会えなかった」

 あぁ。本当に大切な人だから。

 愛してるから。

 今もずっと…。

「忘れられないんだね」

「あぁ。一生忘れない。ずっと、後悔し続ける」

 マリー。

 エルはまだ、フラーダリーを想い続けてる。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい?なんでリリーが謝るんだ?」

「思い出させてしまって」

「最期以外は、良い思い出ばかりだよ」

 そう言って、エルが笑う。

 私は、フラーダリーと一緒に居るエルを知らない。

 エルを幸せにしていた人…。

「俺はリリーを守りたいんだ」

「え?」

「もう、二度と後悔したくないから」

 どうして、私?

「私は。だって、修行の期間を過ぎれば、」

「約束しただろ?ずっと一緒に居てくれるって」

「でも、」

「じゃあ、こうしよう。俺の夢は、好きな人を幸せにすること」

 エル。

 どうして、私に向かって言うの。

 だって、エルは。

 フラーダリーのことを愛してる。

「私は、あの人の代わりにはなれないよ」

「代わり?俺がいつ、代わりって言った?」

「だって、忘れられないって」

「過去は戻らない。死んだ人間は帰ってこないよ。フラーダリーの魂は、もうここにはないんだ。あるのは思い出だけ。俺は、フラーダリーを求めているわけじゃない」

「でも…」

「リリー。俺が求めてるのは、リリーだよ」

「え?」

 エル…?

「もう、誰かを大切に思うなんて、好きになることなんてしないって。また失うってわかってるから。…ずっとそう思ってた」

―あいつは、それでも君を選んだんだよ。

―エルは絶対に君を救う。

 え…。

「リリー、愛してる」

―あいつは馬鹿なんだよ。

―迷わないし、一度決めたら貫き通す。

―君を愛すと決めたなら、尚更だ。

 あ、の…。

「無理なんだ。もう、愛さないことなんて。リリーを愛さないで生きるなんて」

―だって、リリーにしか頼めないのよ。

―エルが好きなのはリリーなんだもの。

 あぁ…。

「エル…」

 一番、わかってないのは、私だったんだ。

 エルの気持ちを。

 どこまでも真っ直ぐに私を見てくれているのに。

 いいの?エル。

「私は、エルを苦しめるだけだよ」

「リリー?」

「また、エルが後悔するようなことになるよ」

「そうならない方法を探してる」

「うん。知ってる」

「知ってる?」

「エルが、優しいこと」

「俺は優しくなんてない」

 こんなに優しい人を、私はほかに知らないよ。

「エル、私は幸せだよ」

「もっと幸せにするよ」

 あぁ、わかってない。

「エルを好きになって、幸せなんだ」

 こんなに私を愛してくれる人を、愛せて。

「リリー?」

「エル。ずっと、好きだった。初めて会った日から、ずっと」

 あなただけを見ていた。

「一緒に居ればいるほど、どんどん好きになった。好きだって言われて、すごく嬉しかった」

 そして、苦しかった。

「でも、言えなかった。エルのこと、知れば知るほど。私は、死ぬかもしれない。一緒にいられない私じゃダメだって。私が、エルを幸せにしてあげることはできないって」

「リリー」

 ずっと、悩み続けてた。

 ずっと、エルの気持ちなんて考えてなかった。

 私は自分のことばかりで。

 逃げ続けてた。

 エルがこんなに私を好きで、一生懸命でいてくれているのに。

 私は、私の問題を自分で解決できないからって。

「出会わなければ良かった、って思った」

「リリー、」

「でも、過去は戻らない。今、私がこうして悩んでいるのも、エルと出会ったからなんだ」

 もう、迷わない。

「だから、エル。私も戦う」

 エルがどれだけ私を愛してくれているか、わかるから。

 今までずっと、私を救うためにエルが一人で頑張ってくれていたから。

「方法はわからない。でも私は、私の運命と戦う。女王に、逆らう」

 もう、一人になんてさせない。

「エル。私はエルを幸せにできる人間になりたい。…私はエルが好きだ。愛してる」

 少し背伸びをして、エルの唇に、口づける。

 エルがそれに応えてくれる。

 こんなの、初めてだ。

 こんな気持ち。

 愛しくて。

 幸せで。

 こんなにも、愛されている。

 心臓が痛いほど波打っていて。

 息ができないくらい苦しくて。

 エル。

 ありがとう。

 好きになってくれて。

 なんて、幸せなんだろう。

「エル、リリー、ごはんできたよ!」

 キャロルの声が聞こえて、慌ててエルから離れる。

「二人とも、こんな暗がりで、何やってるの?」

 あ…。いつの間に、こんなに暗くなってたんだろう。

「えっと、」

「今行くよ」

「うん。…ルイスー!」

 キャロルが出ていく。

 あぁ、まだドキドキしてる。

 どう、しよう。

「行くか」

「顔、赤くないかな」

「どうかな」

 エルが私の手を取って歩き出す。

 あれ?私、エルに、キスした?

「座って座って~。今日はポトフよ。…リリー、風邪?なんだか顔が赤いわ」

「大丈夫」

 あぁ、違うの。心配しないで。

「寒気はない?ポトフであったまってね」

「ありがとう」

 エルが引いてくれた椅子に座る。

『リリー。おめでとう』

 イリス…。

『呪い、解けたんじゃない?』

「え?」

『ボク、魔力を吸収した感じしなかったよ』

「今日はポトフか」

 ルイス。

「課題は終わったのか?」

「一通りは。でも、まだちょっと自信ない奴があるよ。操作が難しい」

「ここに書いてあるレシピも教えるから」

 エルの魔力は…。わからない。エイダが居ると、どれぐらい減ってるかなんて。

『まぁ、ボクの感覚だけだし、本当に呪いが解けたかどうかはエルに聞かないとなんとも言えないけど』

 そうだよね。エルは魔力を奪われてる本人なんだから。

 でも、エルはリリスの呪いを解く方法知ってたの?

『エルはリリスの呪いを解く方法は知らないみたいだよ』

「え…?」

 どういう意味?

 それでも、呪いが解けた?

「リリーシア、後で渡したいものがあるから、研究室に来てくれる?」

 ルイス。

「うん。わかった」

「エルには内緒だよ」

「内緒なら俺の前で話すなよ」

 エルが笑って、ルイスの髪をくしゃくしゃと撫でる。


 ※


 シャワーを浴びて、寝る準備をしてから研究室へ。

 エルの前では渡したくないから、こっそり来てって言われたけれど。

 エルにばれてるのに、意味あるのかな。

「リリーシア、協力してくれる?…これを、エルに飲ませたいんだ」

 なんだろう。ピンク色の薬?

「ちょっとした仕返し。エルはいつも、勝手すぎるからね。たまには痛い目に合わせようと思って」

「飲んでも大丈夫なの?」

「もちろん。カミーユから教わった薬だから、間違いはないよ」

 カミーユさんのレシピ?

「リリーシアも飲んでみる?」

 ルイスが薬をコップに移す。

「一口ぐらいなら、きっと大丈夫」

 コップに入った液体を飲む。

「…ほろ苦い?」

 何が入ってるのかさっぱりわからないけど、薬の味とは違う気がする。

 甘い感じもするし。

 苦い感じもする。

「飲んだらどうなるの?」

「酔っぱらった感じになる、かな?」

 エル、酔っぱらうのかな。

 私が一口飲んで平気だから、この量で酔っぱらうなんてなさそうだけど?

「じゃあ、エルに持って行こう」

「うん」

 研究室を出ようと振り返ったところで、後ろで、がたっという音がして…。

「わっ」

 液体が、私の頭にかかる。

 振り返ると、ルイスが薬の瓶を割らないように持ちながら、膝をついている。

「大丈夫?ルイス」

「…うん。ちょっと転んだだけ。あぁ、薬をばらまいちゃったな」

 私にかかったのはピンクの薬だったらしい。

 床にもこぼれている。

「リリーシア、これ、エルに渡してもらえる?僕はここの掃除をしなきゃ」

「手伝うよ」

「床を拭くだけだから平気」

 そう言ってルイスは、半分ほどになった薬を私に持たせると、棚からタオルを出して私の頭にかぶせる。

「ごめんね、リリーシア」

「大丈夫だよ」

「じゃあ、薬はお願い」

「うん。わかった」

 いたずらなんて。

 ルイスも子供っぽいこと考えるんだな。ちょっと意外かも。



 薬を持って、部屋へ。

「これ、エルに渡してって」

 窓際に居るエルに薬を渡す。

「なんだ?この薬」

 エルは知らない薬なんだ。

「どうしたんだ、その頭」

「ルイスが転んで、その薬をかけられたんだ」

「ルイスが転んだ?」

 エルが薬を少し舐める。

 そして、一口飲む。

 どんな薬かわかるのかな。

「飲んでって言ってたけど、何の薬?」

「教えた覚えもないし、わかんないけど…」

 やっぱり、酔っぱらったりしないよね。

 エルはそれ以上飲まずに、薬を見ながら悩んでる。

 あ。そうだ。

 エルに聞かなきゃ。

「エル」

「ん?」

「キスしてもいい?」

「え?」

 自分からは散々してるのに、今さら驚くことかな。

「もう一度、ちゃんと試してみたい。…私には、どういう感覚かわからないから」

 リリスの呪いが解けたかどうか。

「エルじゃないと、わからないと思うから」

 魔力をたくさん奪われると、エルはいつも脱力してたから、きっと、エルの方がわかるだろう。

 イリスも自信なさそうだったし。

「だから、エル、」

 そこまで言ったところで、抱きしめられて、キスされる。

 え…。

 息が、できない。

 激しくて。

 さっき飲んだ薬の味がする。

 こんなの、初めて。

 エル、そんなにキスしたら…。

「もう、我慢できない」

「っ」

 エルが触れるところが、熱い。

「リリー」

「だ、め」

 エルの目に手を当てる。

「恥ずかしいよ、こんなの…」

 エルが私の手を取って、手の甲に口づける。

 あぁ、もう、手ですら、触れられるだけでくらくらする。

「もっと、見せて」

「恥ずかしい」

「いいよ、いっぱい恥ずかしがって」

 エルの熱で、溶けちゃいそう。

 どうして、触れられるところがこんなに熱いの。

 …あ。

「エル、いたい…」

「初めて?」

「うん」

「力を抜いて」

「だめ…」

「じゃあ、ゆっくり。深呼吸して」

 ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く。

 ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く。

 あぁ、少し、落ちついて来たかも。

 ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く…。

 あ。

 嘘。

「エルっ、」

 エルの吐息が。

 エルの声が。

「リリー」

 エルが、私にキスをする。

「愛してる。リリー」

「エル…」

 離れないで欲しくて、エルの首に腕をからめる。

 …あ、れ?

 こんなにキスしたのに、エルが平気ってことは…。

「あのね、エル」

「ん?」

「私、呪いが解けたんだよね?」

「…あぁ」

 少し考えた後、エルが笑う。

「じゃあ、もう好きなだけできる」

 エルが私にキスをする。

 あぁ、溶けそうなほど、気持ち良い。

 キスされるたびに、辛かったのに。

 今は素直に喜べる。

「でも、なんで呪いが解けたんだ?」

 エルにもわからないのかな。

「私にも、わからない」

 どうしてなんだろう。

 イリスは知ってるみたいだけど、きっと、教えてくれないんだろうな。



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