24
「おかえり、リリー」
「ただいま、ルイス」
「また、遊びに誘うわね」
「うん。送ってくれてありがとう、マリー。いってらっしゃい」
「えぇ。行ってくるわ」
これから仕事に行くマリーに送ってもらって、無事にエルの家に到着。
マリーの所属する魔法研究所は、お城のすぐ近くだから北にある。南側にあるエルの家とは全然逆方向なのに、わざわざ自分で送ってくれたのだ。
王都の景色も大分見慣れてきたし、そろそろ一人でも大丈夫だと思うんだけどな。
「昨日はマリーのところに泊まっていたの?」
「うん。エルは?」
「部屋で寝てるよ。マリーから預かった荷物も、エルの部屋に運んであるから、確認してね」
「ありがとう。…何か手伝う?」
「大丈夫。しばらく店は暇だと思うし」
「暇?」
「依頼の品も全部売り終わったからね。リリーシアは知らないかもしれないけれど、エルは王都一の錬金術師なんだ。エルにしか作れないものは多いんだよ」
「…天才錬金術師?」
「うん。それ、自分で言っちゃうぐらいだからね。あのカミーユですら知らないレシピを知ってるんだ」
「カミーユさんもすごい錬金術師なの?」
「カミーユは錬金術研究所のエースだよ。あの若さで、一チーム任されてるんだ。カミーユが開発した薬だってたくさんあるんだよ。王都で去年蔓延した流行病があってね、その特効薬を一早く作ったのもカミーユなんだ」
「そうなんだ」
そんなすごい人を馬鹿って言っちゃうの、エル。
「あれ?カミーユさんでも作れない薬なの?エルが作るのって」
「らしいね。カミーユが一度挫折したことがあるって言ってたから。材料にそんな特別なものは使ってないはずなんだけど。変わった魔法でも使えるのかな」
変わった魔法?錬金術にも魔法が必要なの?
どうやって作ってるんだろう。
でも、アリシアですら手こずる薬を簡単に作っちゃうんだから、すごい人には違いないんだろうな。
…もしかして、私に船酔い止め薬を作れなかったの、エルにとって相当ショックなことだったのかな。
「というわけだから、今日はのんびりしてていいよ。エルとデートでもして来たら?」
「えっ、と…」
ルイスがくすくす笑う。
「カミーユとシャルロと飲んでたんなら、昼まで起きなさそうだけどね」
あぁ、からかわれてる。
台所に行くと、キャロルがテーブルに向かって本やノートを広げている。
「おはよう、リリー」
「おはよう、キャロル。勉強?」
「うん。王立図書館で、香辛料と料理の本を借りて来たの」
「王立図書館?」
「古今東西の本が集まる、とても大きな図書館よ。お城の近くにあるの。何か調べたいことがあったら行くといいわ」
リリスの呪いを解く方法…。
そんなの簡単に見つからないよね。
「今は大丈夫」
「そっか」
「キャロルは料理が上手だよね」
「ありがとう。私に料理を教えたのはエルなのよ」
そういえば、料理もするって言ってたっけ。
「エルって本当に何でもできるね」
「んー。エルに言わせれば、錬金術も魔法も料理も同じものらしいけど」
「えぇ?」
そうなのかな。どうなんだろう。
「お菓子は作らないのかな」
「エル、甘いもの嫌いだから…」
「そうだよね」
「でもそれ、カミーユのせいなのよ」
「え?どういうこと?」
「昔、さんざん変な薬をエルに飲ませたらしいの。飲んじゃうエルもエルなんだけど」
「…飲んで大丈夫なの?」
「大丈夫なんじゃない?喉の薬って言ってたし」
喉の薬って。風邪薬じゃないよね?
「そうだ、エルにお菓子を作りましょう。リリーが作ったものなら、エルも食べるんじゃないかな?」
「えっ?」
「ほら、ケーキのレシピがいっぱいあるわ。どれにしようかな」
キャロルがレシピ本のページをめくる。
城で作ったのと同じお菓子もたくさん載ってる。
そういえば、エルはコーヒーのお菓子作ってって言っていたっけ。
あれ、どこまで本気なのかな。
「どれが簡単かな」
「これは簡単だと思うよ」
チョコレートの菓子を指さす。
「リリー、お菓子作れるの?」
「えっと…」
「私ね、食べたいのがあるの」
キャロルが、ノートに書き写したレシピを私に見せる。
これは、チーズタルト。
「うん、作ったことあるよ」
「本当?じゃあ、材料買いに行こう!支度してくるから待っててくれる?」
「あ、私も、着替えてくるよ」
「そういえば、リリー、どうして男装なんてしてるの?」
「えっと…」
なんて言えば良いのかな。
「服ならエルの部屋に運んであるわ。支度ができたらお店に来てね」
「うん、わかった」
台所を出て、エルの部屋へ。
薄暗い。
ベッドを覗くと、エルが眠っている。
「エル…」
旅をしてる時の方が、一緒に居る時間長かったな。
でも、離れている方が、エルのことがわかるから不思議。
『本当、王都では滅茶苦茶な生活してるんだな』
「旅をしてる時は、あんなに規則正しかったのにね」
やることもいっぱいで、会わなきゃいけない人もたくさんいるから、忙しいんだろうな。
さてと、着替えよう。
運んであった荷物をほどいて、服を出す。
あぁ、どれも素敵。良い生地だし、可愛い。
『流石、王都のご令嬢。センス良いね』
「うん」
これにしよう。
服を着替える。サイズもぴったり。
体を伸ばして、ひねる。動きやすい。
旅をするにも使えそう。
『ご機嫌だね、リリー』
「うん」
キャロルと買い物も楽しみだな。
※
王都の中央広場まで行き、市場へ。
「おや、キャロルちゃん」
「今日はお菓子の材料を買いに来たのよ」
「ミルクかい?」
「えぇ。バターも。新鮮なのを頂戴ね。リリー、どのチーズが良いのかな」
「んー…、これかな」
「あなたが噂の子かい」
エルってどれだけ有名人なの。
「リリーは有名人ね」
「ガラハド隊長を倒したって有名よ」
そっち?
「えー?そうなの、リリー?」
「あの…。それは、」
だって、あれは反則で。
「強い女の人って憧れるわねぇ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
キャロルが代金を支払う。
「そういえば、ラングリオンの通貨って、なんていうの?」
「ルシュよ。ええと…、金貨一枚は、だいたい三十万ルシュ」
グラシアルとレートが違う。グラシアルは確か、金貨一枚五十万ルークだったよね。
「でも、ラングリオンでの買い物は、共通通貨で十分なんだけどね」
「どうして?」
「ほとんど損をしないから」
「損をしない?」
「たいていの国は、共通通貨で買い物をすると損をするって、エルが言ってたよ?」
「そうなの?」
「うん。あ、卵はあっちで売ってるわ」
『リリーは覚えてないかもしれないけど、ポルトペスタでかなりぼったくられてたんだからね』
「え?」
『金貨一枚=銀貨五十枚、銀貨一枚=銅貨二十枚、銅貨一枚=蓮貨十枚』
知ってるよ、それぐらい。
『ポルトペスタでリリーが買ったパンの合計金額は、七十ルーク。でも、リリーが支払ったのは蓮貨二枚だ』
ええと。共通通貨をルークに直すと、蓮貨は一枚五十ルークだから…。
「そっか、三十ルーク余計に払ってたのか」
『そういうこと。まぁ、良くあることなんだろうね』
そういえば、エルはルークと共通通貨を使い分けてたっけ。
通常の買い物はルークで、宿は共通通貨を使っていた。宿は共通通貨の方が安く泊まれたりするのかな。
「お昼御飯も買って帰ろうか。何か食べたいものある?」
「んー。キャロルは普段、どんなものを食べるの?」
「お昼はパスタを作ることが多いかな。外で食べるなら、ガレットかパンケーキにするけれど」
マリーに連れて行ってもらったのもガレットのお店だったっけ。
クレープガレットのお店はラングリオンのあちこちで見かける。ランチは甘くないガレットを、お茶の時間には甘いクレープを出すお店らしい。
ラングリオンでは、昼から夕方にかけて開きっぱなしにするお店はクレープガレットの店だけ。
たいていのレストランは、ランチの時間が過ぎると、ディナーの仕込みでお店を閉めてしまう。そして、カフェの営業時間は朝食とお茶の時間。お昼は開けないらしい。
たぶん、この国の文化なのだろうけど、ちょっと複雑。
「サンドイッチでも買っていこうか」
「うん」
そう言ってキャロルが案内してくれたサンドイッチ屋さんは、私がイメージしていたのと少し違う。
「いらっしゃい」
「これもサンドイッチなの?」
「うん」
細長いパンに切り込みを入れて、その中にたくさんの野菜と、何かのペーストが入っている。
ペーストの種類はサンドイッチによって違う。たぶん、肉や魚のペーストだろう。
「お嬢さん、この辺の人じゃないのか」
「はい。…グラシアルのサンドイッチは、パンを薄く切って、そこに挟んでたから」
「あぁ、そういうのもあるよね」
「エルロックの奴、そんな遠くから嫁を連れて来たのかよ」
「えっ」
「リリーはエルと結婚してないわよ」
「はいはい。で?今日は何にするんだ?好きな組み合わせがあったら作ってやるよ。今日のお勧めはサルモのリエットだ」
リエットって、このペーストのことだよね。
うん。おいしそう。
「ただいまー」
「ただいま」
家に帰ると、エルが起きていた。
「あ、エル。ようやく起きたの?」
「おかえりキャロル、リリー。どこに行ってきたんだ?」
「市場まで材料を…」
「秘密よ、秘密」
私が言いかけたところで、キャロルが口に指を当てて言う。
「用事がなかったら店番頼めるか?」
「もう、話し聞いてた?」
「それじゃあ、用事が終わってからでいいよ。ルイスに新しいレシピを教えたいから、その間、店番を頼みたいんだ」
「そうなの?…じゃあリリー、明日にしようか?」
「うん。そうだね」
どうして秘密なのかな。
「いいわよ、エル。私とリリーで店番してあげる」
「頼むよ。ルイス、研究室に行くぞ」
「その前に、エル、何か食べたら?」
「…そうだな」
「お昼も買って来たわよ。みんなで食べましょう」
「あぁ」
「看板裏返しておくね」
お昼休みにするのかな。
昼時はどこのお店もお休みだもんね。
「キャロル、何買って来たの?」
「ルイスには教えてあげる。…エルは台所立ち入り禁止ね!」
「え?」
「だってさ。リリーシアとここで待ってて」
ルイスが私の持っていた荷物を持って、キャロルと一緒に台所へ行く。
「キャロルと何するんだ?リリー」
「えっと」
お菓子作りなんだけど。
「内緒?」
キャロルは言いたくないみたいだよね?
「まぁ、いいけど。昨日は楽しかった?」
「うん」
エルは、私がお墓に居たこと、知らないんだよね。
「マリーに色んな所に連れてってもらったよ」
「疲れたんじゃないのか?」
「あの後、お風呂に入って、すぐ寝ちゃった。エルは徹夜してたの?」
「帰ったのは陽が昇るころだったからなぁ…。そうだ、家の鍵、渡してなかったな。ほら」
エルから鍵を受け取る。
あれ?今、自分の荷物から出した?
「エル、持ってなくていいの?」
「その内作るよ。自分の家ぐらい、どこからでも入れるし」
それ、家の構造として大丈夫なのかな。
「なんだかエルと話すの、久しぶりな気がする」
エルの昔の話を聞きすぎたせいかな。
今のエルがすごく遠く感じてしまうのかも。
「昨日、パッセの店では一緒に居たよ」
「うん。そうだったね」
酔っぱらったエルにキスだってされたのに。
「一人でも眠れたのか?」
あ…。
「マリーと一緒に寝たから」
「本当に、一人じゃ眠れないんだな」
そう言って、エルが笑う。
「そんなこと、ないけど…」
それって、エルにとって笑い事なのかな。
前に、毎朝しがみつかれるのはごめんだって言ってたのに。
…聞いてみようかな。
「あの…」
「ん?」
「エルは、どうして…」
扉の開く音。
「エル、リリー、できたよー」
「キャロル」
「もう荷物は片付けたから、台所に来て良いわよ」
「あぁ、わかった。リリー、行くぞ」
「うん」
何を言いかけたか、聞かないのかな。
私が話しにくそうにしてたから?
…エル。
私はエルに甘えてばかり。
エルはどこまでも私を甘やかしてる。
私は、エルに何ができるの?
※
夜。
サイドテーブルのランプを灯して、ベッドの上でマリーから借りたトリオット物語の第四巻を読む。
すれ違いの物語。
愛し合う二人が、いつか出会うことを夢見て旅を続ける。
出会えるのかな本当に。
二人は、お互いの足跡をたどる旅を続けている。
今までどこを旅して、これからどこを目指すのか。
あぁ、でもそれって、今の私に似てるのかも。
エルがどう生きて来たのか、私は知りたいと思ってる。
ジオは私に何を話したかったのかな。
クロライーナの話しも気になる。精霊同士が争った、世界的にも珍しいオアシス都市。
そもそも、砂漠において、オアシス都市とは非戦闘区域に定められた場所だ。
砂漠で水は宝物。人間も動物も、水源では争わない。
なのに、何が起こったのか。
エルは、クロライーナの生き残り。
ってことは、家族はもちろん、一緒に住んでいた人も、すべて失っている?精霊戦争って言うぐらいだから、精霊も居ない?
ジオは精霊戦争には参加してなかったのかな。
でも。
エルは、一度すべて失って、ラングリオンに来て、更にフラーダリーを失ったの?
そんなことって…。
だから、人を大切に想うことを、拒み続けている?
エルの大切な人がみんな、居なくなってしまうから。
扉が開いて、タオルをかぶったエルが部屋に入ってくる。
「エル」
「何読んでるんだ?」
「トリオット物語」
「あぁ、マリーに借りたのか」
「うん」
本にしおりを挟んで閉じると、ベッドに座ったエルの頭をタオルで拭く。
「ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
「…風邪なんて引かないよ」
「もう」
エルの髪の水分を、タオルに吸わせていく。
「髪、伸ばしてるの?」
「あぁ。精霊と契約するのに使うからな」
「まだ、契約するの?」
六人も居るのに。
「どうかな。…ナターシャとは、オペクァエル山脈で会ったばかりだし」
それって、私と会った後?
「そんなに最近だったんだ」
「あぁ。雪の精霊なんて、こっちには居ないからな」
だいたい、拭き取れたかな。
タオルを干して、トリオットの物語の続きを開く
「リリー、今日はキャロルと何するつもりだったんだ?」
お菓子作りのことかな。
「キャロルから口止めされてるんだ」
内緒にして驚かせようって。
「口止め?危ないことじゃないだろうな」
「それは心配しなくて大丈夫」
本当に、心配性なんだから。
「明日、時間があったら、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだ」
「キャロルの約束とかぶらなければ大丈夫」
「朝と昼、どっちが空く?」
お菓子はお茶の時間に合わせて作る予定だ。
「午前中なら」
「じゃあ、午前中。朝食を食べたら付き合ってくれ」
「うん、わかった」
何だろう。どこかに行くのかな。
「リリー」
「うん?」
顔を上げると、エルが私の顎を掴んで、キスをする。
どう、して。
こんなの、避けられない。
「おやすみ」
そのまま脱力して、エルが隣で目を閉じる。
どうして。
キスしたらどうなるかなんて、わかりきってるはずなのに。
「エルの、ばか」




