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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編
17/46

24

「おかえり、リリー」

「ただいま、ルイス」

「また、遊びに誘うわね」

「うん。送ってくれてありがとう、マリー。いってらっしゃい」

「えぇ。行ってくるわ」

 これから仕事に行くマリーに送ってもらって、無事にエルの家に到着。

 マリーの所属する魔法研究所は、お城のすぐ近くだから北にある。南側にあるエルの家とは全然逆方向なのに、わざわざ自分で送ってくれたのだ。

 王都の景色も大分見慣れてきたし、そろそろ一人でも大丈夫だと思うんだけどな。

「昨日はマリーのところに泊まっていたの?」

「うん。エルは?」

「部屋で寝てるよ。マリーから預かった荷物も、エルの部屋に運んであるから、確認してね」

「ありがとう。…何か手伝う?」

「大丈夫。しばらく店は暇だと思うし」

「暇?」

「依頼の品も全部売り終わったからね。リリーシアは知らないかもしれないけれど、エルは王都一の錬金術師なんだ。エルにしか作れないものは多いんだよ」

「…天才錬金術師?」

「うん。それ、自分で言っちゃうぐらいだからね。あのカミーユですら知らないレシピを知ってるんだ」

「カミーユさんもすごい錬金術師なの?」

「カミーユは錬金術研究所のエースだよ。あの若さで、一チーム任されてるんだ。カミーユが開発した薬だってたくさんあるんだよ。王都で去年蔓延した流行病があってね、その特効薬を一早く作ったのもカミーユなんだ」

「そうなんだ」

 そんなすごい人を馬鹿って言っちゃうの、エル。

「あれ?カミーユさんでも作れない薬なの?エルが作るのって」

「らしいね。カミーユが一度挫折したことがあるって言ってたから。材料にそんな特別なものは使ってないはずなんだけど。変わった魔法でも使えるのかな」

 変わった魔法?錬金術にも魔法が必要なの?

 どうやって作ってるんだろう。

 でも、アリシアですら手こずる薬を簡単に作っちゃうんだから、すごい人には違いないんだろうな。

 …もしかして、私に船酔い止め薬を作れなかったの、エルにとって相当ショックなことだったのかな。

「というわけだから、今日はのんびりしてていいよ。エルとデートでもして来たら?」

「えっ、と…」

 ルイスがくすくす笑う。

「カミーユとシャルロと飲んでたんなら、昼まで起きなさそうだけどね」

 あぁ、からかわれてる。


 台所に行くと、キャロルがテーブルに向かって本やノートを広げている。

「おはよう、リリー」

「おはよう、キャロル。勉強?」

「うん。王立図書館で、香辛料と料理の本を借りて来たの」

「王立図書館?」

「古今東西の本が集まる、とても大きな図書館よ。お城の近くにあるの。何か調べたいことがあったら行くといいわ」

 リリスの呪いを解く方法…。

 そんなの簡単に見つからないよね。

「今は大丈夫」

「そっか」

「キャロルは料理が上手だよね」

「ありがとう。私に料理を教えたのはエルなのよ」

 そういえば、料理もするって言ってたっけ。

「エルって本当に何でもできるね」

「んー。エルに言わせれば、錬金術も魔法も料理も同じものらしいけど」

「えぇ?」

 そうなのかな。どうなんだろう。

「お菓子は作らないのかな」

「エル、甘いもの嫌いだから…」

「そうだよね」

「でもそれ、カミーユのせいなのよ」

「え?どういうこと?」

「昔、さんざん変な薬をエルに飲ませたらしいの。飲んじゃうエルもエルなんだけど」

「…飲んで大丈夫なの?」

「大丈夫なんじゃない?喉の薬って言ってたし」

 喉の薬って。風邪薬じゃないよね?

「そうだ、エルにお菓子を作りましょう。リリーが作ったものなら、エルも食べるんじゃないかな?」

「えっ?」

「ほら、ケーキのレシピがいっぱいあるわ。どれにしようかな」

 キャロルがレシピ本のページをめくる。

 城で作ったのと同じお菓子もたくさん載ってる。

 そういえば、エルはコーヒーのお菓子作ってって言っていたっけ。

 あれ、どこまで本気なのかな。

「どれが簡単かな」

「これは簡単だと思うよ」

 チョコレートの菓子を指さす。

「リリー、お菓子作れるの?」

「えっと…」

「私ね、食べたいのがあるの」

 キャロルが、ノートに書き写したレシピを私に見せる。

 これは、チーズタルト。

「うん、作ったことあるよ」

「本当?じゃあ、材料買いに行こう!支度してくるから待っててくれる?」

「あ、私も、着替えてくるよ」

「そういえば、リリー、どうして男装なんてしてるの?」

「えっと…」

 なんて言えば良いのかな。

「服ならエルの部屋に運んであるわ。支度ができたらお店に来てね」

「うん、わかった」

 台所を出て、エルの部屋へ。

 薄暗い。

 ベッドを覗くと、エルが眠っている。

「エル…」

 旅をしてる時の方が、一緒に居る時間長かったな。

 でも、離れている方が、エルのことがわかるから不思議。

『本当、王都では滅茶苦茶な生活してるんだな』

「旅をしてる時は、あんなに規則正しかったのにね」

 やることもいっぱいで、会わなきゃいけない人もたくさんいるから、忙しいんだろうな。

 さてと、着替えよう。

 運んであった荷物をほどいて、服を出す。

 あぁ、どれも素敵。良い生地だし、可愛い。

『流石、王都のご令嬢。センス良いね』

「うん」

 これにしよう。

 服を着替える。サイズもぴったり。

 体を伸ばして、ひねる。動きやすい。

 旅をするにも使えそう。

『ご機嫌だね、リリー』

「うん」

 キャロルと買い物も楽しみだな。


 ※


 王都の中央広場まで行き、市場へ。

「おや、キャロルちゃん」

「今日はお菓子の材料を買いに来たのよ」

「ミルクかい?」

「えぇ。バターも。新鮮なのを頂戴ね。リリー、どのチーズが良いのかな」

「んー…、これかな」

「あなたが噂の子かい」

 エルってどれだけ有名人なの。

「リリーは有名人ね」

「ガラハド隊長を倒したって有名よ」

 そっち?

「えー?そうなの、リリー?」

「あの…。それは、」

 だって、あれは反則で。

「強い女の人って憧れるわねぇ。はい、どうぞ」

「ありがとう」

 キャロルが代金を支払う。

「そういえば、ラングリオンの通貨って、なんていうの?」

「ルシュよ。ええと…、金貨一枚は、だいたい三十万ルシュ」

 グラシアルとレートが違う。グラシアルは確か、金貨一枚五十万ルークだったよね。

「でも、ラングリオンでの買い物は、共通通貨で十分なんだけどね」

「どうして?」

「ほとんど損をしないから」

「損をしない?」

「たいていの国は、共通通貨で買い物をすると損をするって、エルが言ってたよ?」

「そうなの?」

「うん。あ、卵はあっちで売ってるわ」

『リリーは覚えてないかもしれないけど、ポルトペスタでかなりぼったくられてたんだからね』

「え?」

『金貨一枚=銀貨五十枚、銀貨一枚=銅貨二十枚、銅貨一枚=蓮貨十枚』

 知ってるよ、それぐらい。

『ポルトペスタでリリーが買ったパンの合計金額は、七十ルーク。でも、リリーが支払ったのは蓮貨二枚だ』

 ええと。共通通貨をルークに直すと、蓮貨は一枚五十ルークだから…。

「そっか、三十ルーク余計に払ってたのか」

『そういうこと。まぁ、良くあることなんだろうね』

 そういえば、エルはルークと共通通貨を使い分けてたっけ。

 通常の買い物はルークで、宿は共通通貨を使っていた。宿は共通通貨の方が安く泊まれたりするのかな。

「お昼御飯も買って帰ろうか。何か食べたいものある?」

「んー。キャロルは普段、どんなものを食べるの?」

「お昼はパスタを作ることが多いかな。外で食べるなら、ガレットかパンケーキにするけれど」

 マリーに連れて行ってもらったのもガレットのお店だったっけ。

 クレープガレットのお店はラングリオンのあちこちで見かける。ランチは甘くないガレットを、お茶の時間には甘いクレープを出すお店らしい。

 ラングリオンでは、昼から夕方にかけて開きっぱなしにするお店はクレープガレットの店だけ。

 たいていのレストランは、ランチの時間が過ぎると、ディナーの仕込みでお店を閉めてしまう。そして、カフェの営業時間は朝食とお茶の時間。お昼は開けないらしい。

 たぶん、この国の文化なのだろうけど、ちょっと複雑。

「サンドイッチでも買っていこうか」

「うん」

 そう言ってキャロルが案内してくれたサンドイッチ屋さんは、私がイメージしていたのと少し違う。

「いらっしゃい」

「これもサンドイッチなの?」

「うん」

 細長いパンに切り込みを入れて、その中にたくさんの野菜と、何かのペーストが入っている。

 ペーストの種類はサンドイッチによって違う。たぶん、肉や魚のペーストだろう。

「お嬢さん、この辺の人じゃないのか」

「はい。…グラシアルのサンドイッチは、パンを薄く切って、そこに挟んでたから」

「あぁ、そういうのもあるよね」

「エルロックの奴、そんな遠くから嫁を連れて来たのかよ」

「えっ」

「リリーはエルと結婚してないわよ」

「はいはい。で?今日は何にするんだ?好きな組み合わせがあったら作ってやるよ。今日のお勧めはサルモのリエットだ」

 リエットって、このペーストのことだよね。

 うん。おいしそう。



「ただいまー」

「ただいま」

 家に帰ると、エルが起きていた。

「あ、エル。ようやく起きたの?」

「おかえりキャロル、リリー。どこに行ってきたんだ?」

「市場まで材料を…」

「秘密よ、秘密」

 私が言いかけたところで、キャロルが口に指を当てて言う。

「用事がなかったら店番頼めるか?」

「もう、話し聞いてた?」

「それじゃあ、用事が終わってからでいいよ。ルイスに新しいレシピを教えたいから、その間、店番を頼みたいんだ」

「そうなの?…じゃあリリー、明日にしようか?」

「うん。そうだね」

 どうして秘密なのかな。

「いいわよ、エル。私とリリーで店番してあげる」

「頼むよ。ルイス、研究室に行くぞ」

「その前に、エル、何か食べたら?」

「…そうだな」

「お昼も買って来たわよ。みんなで食べましょう」

「あぁ」

「看板裏返しておくね」

 お昼休みにするのかな。

 昼時はどこのお店もお休みだもんね。

「キャロル、何買って来たの?」

「ルイスには教えてあげる。…エルは台所立ち入り禁止ね!」

「え?」

「だってさ。リリーシアとここで待ってて」

 ルイスが私の持っていた荷物を持って、キャロルと一緒に台所へ行く。

「キャロルと何するんだ?リリー」

「えっと」

 お菓子作りなんだけど。

「内緒?」

 キャロルは言いたくないみたいだよね?

「まぁ、いいけど。昨日は楽しかった?」

「うん」

 エルは、私がお墓に居たこと、知らないんだよね。

「マリーに色んな所に連れてってもらったよ」

「疲れたんじゃないのか?」

「あの後、お風呂に入って、すぐ寝ちゃった。エルは徹夜してたの?」

「帰ったのは陽が昇るころだったからなぁ…。そうだ、家の鍵、渡してなかったな。ほら」

 エルから鍵を受け取る。

 あれ?今、自分の荷物から出した?

「エル、持ってなくていいの?」

「その内作るよ。自分の家ぐらい、どこからでも入れるし」

 それ、家の構造として大丈夫なのかな。

「なんだかエルと話すの、久しぶりな気がする」

 エルの昔の話を聞きすぎたせいかな。

 今のエルがすごく遠く感じてしまうのかも。

「昨日、パッセの店では一緒に居たよ」

「うん。そうだったね」

 酔っぱらったエルにキスだってされたのに。

「一人でも眠れたのか?」

 あ…。

「マリーと一緒に寝たから」

「本当に、一人じゃ眠れないんだな」

 そう言って、エルが笑う。

「そんなこと、ないけど…」

 それって、エルにとって笑い事なのかな。

 前に、毎朝しがみつかれるのはごめんだって言ってたのに。

 …聞いてみようかな。

「あの…」

「ん?」

「エルは、どうして…」

 扉の開く音。

「エル、リリー、できたよー」

「キャロル」

「もう荷物は片付けたから、台所に来て良いわよ」

「あぁ、わかった。リリー、行くぞ」

「うん」

 何を言いかけたか、聞かないのかな。

 私が話しにくそうにしてたから?

 …エル。

 私はエルに甘えてばかり。

 エルはどこまでも私を甘やかしてる。

 私は、エルに何ができるの?


 ※


 夜。

 サイドテーブルのランプを灯して、ベッドの上でマリーから借りたトリオット物語の第四巻を読む。

 すれ違いの物語。

 愛し合う二人が、いつか出会うことを夢見て旅を続ける。

 出会えるのかな本当に。

 二人は、お互いの足跡をたどる旅を続けている。

 今までどこを旅して、これからどこを目指すのか。

 あぁ、でもそれって、今の私に似てるのかも。

 エルがどう生きて来たのか、私は知りたいと思ってる。

 ジオは私に何を話したかったのかな。

 クロライーナの話しも気になる。精霊同士が争った、世界的にも珍しいオアシス都市。

 そもそも、砂漠において、オアシス都市とは非戦闘区域に定められた場所だ。

 砂漠で水は宝物。人間も動物も、水源では争わない。

 なのに、何が起こったのか。

 エルは、クロライーナの生き残り。

 ってことは、家族はもちろん、一緒に住んでいた人も、すべて失っている?精霊戦争って言うぐらいだから、精霊も居ない?

 ジオは精霊戦争には参加してなかったのかな。

 でも。

 エルは、一度すべて失って、ラングリオンに来て、更にフラーダリーを失ったの?

 そんなことって…。

 だから、人を大切に想うことを、拒み続けている?

 エルの大切な人がみんな、居なくなってしまうから。

 扉が開いて、タオルをかぶったエルが部屋に入ってくる。

「エル」

「何読んでるんだ?」

「トリオット物語」

「あぁ、マリーに借りたのか」

「うん」

 本にしおりを挟んで閉じると、ベッドに座ったエルの頭をタオルで拭く。

「ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ」

「…風邪なんて引かないよ」

「もう」

 エルの髪の水分を、タオルに吸わせていく。

「髪、伸ばしてるの?」

「あぁ。精霊と契約するのに使うからな」

「まだ、契約するの?」

 六人も居るのに。

「どうかな。…ナターシャとは、オペクァエル山脈で会ったばかりだし」

 それって、私と会った後?

「そんなに最近だったんだ」

「あぁ。雪の精霊なんて、こっちには居ないからな」

 だいたい、拭き取れたかな。

 タオルを干して、トリオットの物語の続きを開く

「リリー、今日はキャロルと何するつもりだったんだ?」

 お菓子作りのことかな。

「キャロルから口止めされてるんだ」

 内緒にして驚かせようって。

「口止め?危ないことじゃないだろうな」

「それは心配しなくて大丈夫」

 本当に、心配性なんだから。

「明日、時間があったら、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだ」

「キャロルの約束とかぶらなければ大丈夫」

「朝と昼、どっちが空く?」

 お菓子はお茶の時間に合わせて作る予定だ。

「午前中なら」

「じゃあ、午前中。朝食を食べたら付き合ってくれ」

「うん、わかった」

 何だろう。どこかに行くのかな。

「リリー」

「うん?」

 顔を上げると、エルが私の顎を掴んで、キスをする。

 どう、して。

 こんなの、避けられない。

「おやすみ」

 そのまま脱力して、エルが隣で目を閉じる。

 どうして。

 キスしたらどうなるかなんて、わかりきってるはずなのに。

「エルの、ばか」



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