21
「えーるっ!いつまで寝てるの!朝ご飯が冷めちゃうよ!」
キャロル…?
「わかったよ、今行く!」
近くでエルの声がして、目が開く。
「あ」
キスしそうなほど、顔が近い。慌てて顔をそらす。
「おはよう、エル」
「おはよう。先に行っててくれ」
「うん、」
急いで部屋を出る。
びっくりした。
『リリー、顔が真っ赤だよ』
まだ、ドキドキしてる。
『自分で言ったんじゃないか、一緒に寝ようって』
「だって…」
『リリー。また、ポルトペスタの時みたいに襲われたって知らないからね。エルにはその権利があるよ』
本当は。
もう一緒に寝なくても大丈夫。
抱きしめるものがなくても眠れる。
怖くないから。
だから、エルに甘えたいと思う私のわがままでしかないんだけど。
イリスは気付いてるのかな。
「何か手伝う?」
「おはよう、リリー。座って」
「おはよう、リリーシア。良く眠れた?」
「おはよう。うん。良く眠れたよ」
勧められた席に着くと、キャロルがスープを出す。
「…おはよう」
エルがあくびをしながらやってきて、椅子に座る。
「おはよう、エル。上に居たの?」
「居たよ。キャロルが呼びに来ただろ」
「僕は知らないよ。キャロル、呼びに行ったの?」
「うん。だって、研究室に居なかったから、部屋かと思って。リリーも一緒よね?」
「うん」
「…エル、荷物、ばらしていいの?」
「あ?あぁ。頼む。土産もいろいろ入ってるから」
「わかった。今日までに頼まれてたの、作った?」
「たぶん」
「サフィールプリュイだよ」
「あぁ。作ったよ。瓶に移し替えておいて。…ごちそうさま」
「え?もう食べないの?」
「あぁ。キャロル、美味かったよ。また腕を上げたな。新しいスパイスも試してみて」
それだけ言って、エルは行ってしまう。
「もうっ。せっかく焼いたパンも手を付けないなんて」
「昨日から、スープしか飲んでないよね?」
「胃にものを入れているだけ奇跡だよ。普段は全く出てこないんだから。ありがとう、リリーシア」
「え?」
「昨日、エルを連れ出してくれて」
「私、何もしてないよ」
ソファーで待ってたら、急にエルがこっちを見たから。
「ねぇ、リリーシア。暇だったら、店を手伝ってくれない?」
「うん。あ、でも、二階の片づけ…」
「大丈夫。私にやらせて!エルが片づけていいって言ったんだから、張り切っちゃう」
そういえば、キャロルは上を片付けたがってたって言ってたっけ。
「力仕事があったら言ってね」
「大丈夫?」
「そういえば、リリーシアは大きな剣を持ってたよね。剣士なの?」
「うん」
「なら、本棚を移動させる時に手伝ってもらおうかな」
「まかせて」
「じゃ、私は上に行くから、ルイス、後片付け宜しくね」
「わかったよ」
キャロルは自分の食器を下げると、台所から出ていく。
「ねぇ、リリーシア、」
「リリーでいいよ」
「いや。響きの良い名前だから、リリーシアって呼ばせて」
「響きが良い?」
そんなの、初めて言われた。
「うん。珍しいし。…リリーシアは、エルのことが好きなの?」
「え?」
えっと…。
「うん。十分わかったよ」
顔が、熱い。
「エルには、言わないで」
「大丈夫。言わないから、安心して」
それ、安心することなのかな。
「エルと一緒に寝てるの?」
「え、っと…」
なんで、知ってるの?
「エルって馬鹿だよね」
「え?」
「応援してるよ」
「え?」
「じゃあ、片づけて、店を開こうか」
「あの…」
「何?」
えっと。私、何を聞かれたんだろう、今。
「朝食の片付け、頼んでもいい?僕は研究室から薬を取ってくるから」
「うん。わかった」
ルイスが部屋から出ていく。
『リリーもわかりやすいよねー』
なんで、あんなに気づかれちゃうんだろう。
私、何も言ってないのに…。
『ぼーっとしてないで早く片づけちゃおう。リリーはお客さんじゃないんだから!』
「あ、うん」
テーブルの上の食器を片づける。
「パンってどこに置いておけばいいのかな」
『ブレッド缶があっちにあるよ』
ブレッド缶にパンを入れて、食器を洗って片づける。
「お皿、どこにしまうのかな」
『うーん。適当にしまうわけにもいかないよね』
とりあえず、同じ種類の皿が並ぶ場所に重ねていく。
「リリーシア、終わった?」
「あ、うん」
「お皿まで片づけてたの?手伝うよ」
ルイスが残りの皿を食器棚にしまう。
「ありがとう」
「じゃあ、店に行こう」
ルイスの後に続いて、店に行く。
「薬を、小瓶に分けていくんだ」
カウンターには、ずらりと薬が並んでいる。
「これ、エルが作ったの?全部」
一日で、作れる量なのかな?これ…。
たとえば、この毒消し薬だって体力も回復できる最高級品だ。アリシアだって、半日かけて作ってたのに。
「そうだよ。…劇薬はないから大丈夫だと思うけど。取り扱いは気を付けてね」
「わかった」
「移し終わったら店の棚に並べるんだ」
『なかなか根気のいる作業だね。リリー、大丈夫?』
「大丈夫だよ」
『薬ってめちゃくちゃ高いんだよ』
「え?」
『落として割ったりしないようにね』
「そんなこと言われたら、落としそう」
イリスが笑う。
「誰と話してるの?精霊?」
「あ、うん」
「そうなんだ。…エルの精霊とも話せるの?」
「うん」
「羨ましいな。僕は精霊とは話せないから」
精霊と会話するには素質が必要だから。
「イリス、出られる?」
でも。顕現している精霊の声なら、誰でも聞くことができる。
「しょうがないな」
イリスが姿を現す。
「精霊?」
「ボクは氷の精霊、イリス。特別に出てやったんだから、感謝しろよ」
「いいの?そんな簡単に姿を見せて。エルの精霊だって、メラニーしか見たことないよ」
「リリーは魔法使えないからいいんだよ。…ま。リリーのこと宜しくな。エルが手を焼くほど、ふらふら居なくなるから、注意してやってよ」
「イリス、酷い」
イリスが顕現を解く。
ルイスが笑う。
「仲が良いんだね」
「うん。いつでも一緒に居るから」
「本当、羨ましいな」
そっか。
ルイスも寂しいんだよね。せっかく家族になったのに、エルが一緒に居ないから。
エル。どうして、一緒に居てあげないの?
※
あぁ。本当に、神経をすり減らす…。
「終わった!」
『あぁ。見てるだけでハラハラするよ』
「ありがとう、リリーシア。それは、こっちの棚に並べてくれる?」
「うん。わかった」
『あ~あ。ルイスとも話せたら楽しいのに』
イリスの声は、ルイスには聞こえない。
顕現していない状態の精霊の声を聞くには、やっぱり魔法使いのセンスがないといけないらしい。
イリスがいくら呼びかけても、ルイスには聞こえない。
精霊はこんなに世界にあふれているのに。
魔法使いという存在が、特殊な存在なのだと。なんでも見えて聞いてしまう自分の力が、本当に特殊なのだと、痛感する。
「それが終わったらお昼にしよう」
「うん」
薬を棚に並べていると、店の扉が開く。
入ってきたのは、黄金の長い髪に、ピンクの瞳の。お姫様みたいな女の人。
『うわぁ、美人だね』
近くに光の精霊が居る。
可愛い子。見ていたら、光の精霊と目が合ってしまう。
「あ…」
『あれ?』
どうしよう。
「いらっしゃい、マリー」
光の精霊が私の目の前まで来る。
「こんにちは、ルイス。…あの子が噂の子?」
『ねぇ、ねぇ、』
光の精霊が私の前で手を振る。
「何?」
『あぁ、やっぱり見えてるんだ』
「どうしたの?ナインシェ」
『あなたがエルの彼女?』
「えっ?…彼女じゃないよ」
『だって、エルが連れて来た女の子なんでしょ?』
「そうだけど…」
『あなたに会いに来たのよ』
「私に?」
「あなた、ナインシェと話してるの?」
「あ…」
さっきのお姫様。
そうだ。精霊と話せるのって、変わったことなのに。
気をつけなきゃ…。
「こんにちは。私はマリアンヌよ」
マリアンヌ。
エルの…。
「ねぇ、ルイス。この子、ちょっと連れてってもいい?」
「いじめない?」
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。ランチに行くだけよ」
「エルに会いに来たんじゃなかったの?」
「帰ったの、昨日でしょ?あきらめてるわよ。それとも呼んできてくれるの?」
「エルはまだ帰ってきてないことになってるよ」
「レティシアに怒られても知らないんだから。さ、行くわよ」
「えっ?」
「自己紹介ぐらいしたら?マリー」
「したじゃない」
「名前知ってるの」
「聞いてなかったわね、あなたの名前は?」
「リリーシア・イリスです」
「そう、リリーシア。よろしくね」
「彼女はエルの友人で、マリアンヌ・ド・オルロワール」
聞いたことがある。
「ラングリオン王国の書記官、オルロワール伯爵…」
『あれ。良く覚えてたね』
「知ってるよ。光の精霊に祝福された、ラングリオンの由緒正しい伯爵家」
『古くからある名家だからね。あのピンクアイは、光の精霊の祝福が濃い家系にしか生まれない。立派なお嬢様だ』
「家の説明なんて結構よ。私はエルの同期なの」
「同期?」
「同じ養成所出身なのよ」
「魔術師養成所?」
「そうよ。昼休みだってそんなにないんだから、行くわよ」
「え、」
マリアンヌが私の手を引いて外に出る。
「いってらっしゃい。リリーシア。気を付けてね」
「いってきます…?」
どうしよう。
ちゃんと帰れるかな。
「ねぇ、グラシアルから来たんでしょう?」
「うん。どうして知ってるの?」
「今回のエルの目的地はグラシアルだもの」
エルもそう言ってたっけ。
「今回の?」
「エルってあちこち行ってるから」
ルイスとキャロルも言っていた。王都にはほとんどいないみたいだって。
「ねぇ、エルの恋人って本当?」
「ち、違うよ」
「違うの?みんなそう言ってるけど」
「みんな?」
「だって、エルが女の子連れて歩くなんて珍しい」
「珍しいの?」
「自分から、誰かの手を引っ張って歩くことなんてないわ」
「え?」
どういうこと?
「ここのお店にしましょう。グラシアルの人なら、コーヒーより紅茶が好きよね?」
「うん。…良い匂い」
あれ?この嗅ぎ慣れた匂い…。
「もしかして、ポリーズ?」
「ご名答。流石、グラシアルの人は違うわね。ごちそうするわ。好きなものを頼んで頂戴」
あぁ。落ち着く…。
「そういえば、エルに茶葉を頼んでたんだった」
「あ。それなら、ポルトペスタで買ってたよ」
「本当?良かった。エルって忘れっぽいから」
「銀の棺も、マリアンヌが頼んでいたんだよね?」
「マリーでいいわよ」
「じゃあ、私もリリーでいいよ」
マリーが笑う。
「なんだか似ているわね」
「似てる?…マリーみたいなお姫様に言われるなんて」
「やめて。そう言われるの、好きじゃないわ」
「だって、本当に物語のお姫様みたい。サンドリヨンのイメージにぴったり」
「いいわね、それ」
サンドリヨン。金髪の美しいお姫様。
ある日、お花を摘みに森へ出かけていたお姫様のサンドリヨンは、狩りに出かけていた王子様と出会い、二人は恋に落ちる。サンドリヨンは自分の履いていたガラスの靴を王子に渡し、再会を約束する。
けれど、帰った王子は、別の娘と結婚させられそうになるのだ。
王子はサンドリヨンから渡されていたガラスの靴を使って、この靴がぴったり合う女性と結婚すると宣言し、国中のあらゆる女性がそれに挑戦した。しかし、ガラスの靴がぴったり合う娘は現れなかった。
とうとう、王様はガラスの靴がぴったり合う女性を探すため、国外へも呼びかけた。そして、サンドリヨンが訪れる。ガラスの靴はサンドリヨンにぴったりとはまり、二人はようやく結ばれたのだ。
「サンドリヨンはお姫様じゃないけど、嬉しいわ」
「え?違うの?」
「だって、サンドリヨンは、魔女だもの」
「え?」
「え、って。リリーの国では、そうなの?」
「うん」
サンドリヨンの物語を、マリーに話す。
「素敵なお話ね、それ。子供向けに誰かが改変したのかしら。ラングリオンの童話でも、そこまで幸せなお話じゃないもの」
「違うの?」
「たぶん、サンドリヨンってこっちの言葉だから、こっちの話しが元だと思うわ。教えてあげる」
マリーが話してくれたサンドリヨンの物語。
ある日、森に出かけた魔女、サンドリヨンは、少年と出会う。少年とサンドリヨンは恋におち、一緒に結ばれることを誓う。
しかし、少年が国の王子であることがわかる。身分違いの恋に悲しむサンドリヨンは、王子にガラスの靴を片方渡す。
サンドリヨンの持つガラスの靴は、魔法の靴。必ず王子をあらゆる災難から守るのだ。
王子は、サンドリヨンを必ず迎えに来ること、ガラスの靴を必ず返しに来ることを誓って、城へ帰る。
サンドリヨンは王子を待ち続けたが、ある日、王子が他国の姫と結婚することを知る。
怒ったサンドリヨンは七日七晩かけて、王国を、山を、森を、川を、すべてを焼き尽くした。
すべてが灰となり、砂と化した世界で、ガラスの靴を手にした王子だけが救われた。
王子が決して、姫との結婚を望まず、サンドリヨンへの愛を貫いていたことを知ったサンドリヨンは、王子を許す。
王子がサンドリヨンにガラスの靴を返し、サンドリヨンがガラスの靴を履くと、すべてが元に戻り、世界が再生した。
二人は結ばれ、二人の愛によって国は救われ、皆幸せになる。
「…っていうのが、ラングリオンの子供向けの物語よ」
「まだ、原作があるの?」
「そうよ」
すべてが砂になった世界で、サンドリヨンが魔法の靴に守られた王子に出会う、までは同じ。
けれど。サンドリヨンは王子の愛を知り、その罪に耐え切れず、もう片方のガラスの靴を脱いで自らも燃え尽きて灰になってしまう。
王子がその灰を集め、ガラスの靴にかけると、ガラスの靴から水が湧き、それがオアシスになった。
「これは、ラングリオンの東に広がる砂漠のお話しよ。サンドリヨンは、ラングリオンの東を砂漠に変えた魔法使いなの」
「そうだったんだ。…ごめんなさい。知らなくて」
「いいのよ。私の一番好きな話しだもの。知ってる?ラングリオンでは、ヴェルソの一日、男性が女性に、ガラスの靴をプレゼントするの。相手が好きだったら、その場で履くのよ。嫌いな男だったら、目の前でガラスの靴を割るの。ロマンチックでしょ?」
「うん…?」
『恐ろしいイベントだな』
結ばれれば、とてもロマンチックだと思うんだけど。
王子様が跪いて、お姫様にガラスの靴を履かせるシーンは、私の憧れだ。
「ねぇ、トリオット物語は知っている?」
「うん。三巻までなら読んだよ」
「あら。最新は四巻よ」
「本当?」
「読みたいなら貸してあげるわ」
「読みたい!」
話の続き、どうなっているんだろう。
「えぇ。明日…、明後日でもいい?」
「うん」
「じゃあ、明後日、十二日に、一緒に遊びましょう」
「え?」
「休みを取るわ」
「休み?」
「私は、王立魔法研究所で働いてるのよ」
そうだ、王立魔術師養成所に通った人って、必ず研究所に所属するんだっけ。
「いいの?ええと…、次の休日は十五日だよね?十五日じゃだめなの?」
「いいのよ。休日なんてどこも混んでて、ゆっくりできないじゃない。…じゃ、約束よ。それまでに、王都で行きたい場所でも考えておいて。どうせエルのことだから、どこにも連れてってもらってないでしょ?」
どこかに連れて行ってもらいたいなんて、考えたこともなかったな。
行きたいところ…。
そうだ。ラングリオンに来たら、知りたいことがたくさんあったんだ。
「あの、教えてもらいたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「黄昏の魔法使いって、知ってる?」
マリーの顔つきが変わる。
「知ってるわ。ラングリオンで知らない人なんていないもの」
「誰か、知っている?」
「知ってるわ」
聞いて、いいのかな。
「エルなの?」
「エルに聞いたの?」
ポリーの言った通り。
やっぱり、黄昏の魔法使いはエルなの?
「エルは、黄昏の魔法使いは架空の人物だって」
「聞きたいのは、それだけ?」
聞いちゃ、まずいことだったのかな。
でも、マリーはエルのことなら何でも知っていそう。
―俺のせいで、誰かが傷つくのは嫌だから。
「エルを守っていた人って、誰?」
マリーが黙る。
『ねぇ、リリー。どうして、あなたがそんなこと知ってるの?』
「知らないから、聞いてるんだ」
『知らないのに、どうして知ってるの?』
「自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だって言ってたから」
『エルが言ったの?』
「うん」
「知りたいなら、教えてあげてもいいわ」
『良いの?マリー』
「でもね、リリー。知ったら後悔するわ」
「後悔?」
「王都では、禁句なのよ」
「禁句?」
「誰にも聞いちゃいけないってこと」
「みんな、知ってることなの?」
「少なくとも、エルの知り合いはみんな知ってるわよ」
なんだろう。怖い。
『なんだろうね。エルの周りの人間がみんな、内緒にしたがることって』
「ねぇ、リリー。どんな話を聞いても、あなたがエルを見る目が変わらないって、約束できる?」
「どういうこと?」
「私がエルに恨まれたくないってこと」
これ、エルに黙って、聞いていいことなのかな。
『リリー。ボクは聞きたいよ』
イリス…。
「約束する」
「これは、エルが最も大切にしていた人の話しよ」
「え…」
最も大切にしていた、人?
「それでも聞く覚悟があるなら、明後日にもう一度聞いて。今はちょっと、時間がないわ」
どうして、過去形なの…?
「そろそろ研究所に戻らなきゃ。リリー、店を出ましょう」
「うん」
それって、もう居ないってこと?
「待って。そっちは出口じゃないわよ」
「え?」
「そっちはテラス。出口はこっち」
マリーについて外に出る。
「それじゃあ、気を付けてね」
「うん。ありがとう、マリー」
歩き出して、しばらくしたところで、腕をつかまれる。
「あの、リリー?これから、エルのところに帰るのよね?」
「うん、そうだけど?」
「エルの家に帰るなら、あっちよ?」
「あ、うん。ありがとう」
「…冗談よ。本当はそっちの道」
「えっ?」
ど、どっち?
「ナインシェ、リリーを案内してあげて」
『はぁい。リリー、こっちよ』
「気を付けてね」
「ありがとう、マリー」
『その方向音痴を直さないと、王都で暮らせないんじゃない?』
少なくとも、エルの家に行く方法だけは身に着けないと。
『君、氷の精霊だよね?』
『そうだよ。名前はイリス』
『氷の精霊なんて初めて見る。ここは暑くないの?』
『この程度で暑いなんて思うわけないだろ』
『口の悪い精霊ね。エルみたい。…あ、リリー、こっちよ』
『お前はエルのこと知ってるのか?』
『もちろん。でも、マリーが言うまで教えられないよ』
『そんなにやばい話なのか?』
『言いたくないことの一つや二つ、誰にだってあると思うな。君もそうでしょ?』
『そりゃそうだ』
言いたくないこと、か…。
帰って、ルイスの手伝いをしていたら一日が過ぎる。
キャロルに言われて本棚を一つエルの部屋に移動したけれど。
きっと、エルは気付かないんだろうな。
「リリーシア、エルを呼んできてくれる?」
「気づいてくれるかな」
「今朝のスープ以外、何も食べてないんだ」
「え?」
「危ないって、自覚あるのかな」
「どういうこと?」
「エルが、強い精霊と契約してるのは知ってる?」
エイダのこと?
「うん」
「ポラリスが言ってたんだ。ちゃんと食べないと、人間でいられなくなるって」
「え?…どういうこと?」
「僕も詳しいことは知らないんだ。リリーシアにもわからない?」
「イリス、わかる?」
『…やばいな、エル』
え?
『エイダってそんなに強い精霊なのか?』
どういう、意味?
研究室に入る。
「エル、」
服の裾を引く。
もう一回。
「リリー?」
「エル、もう寝よう」
「…あぁ。もう、そんな時間か」
エルが持っていた道具を置く。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫」
大丈夫じゃ、ないよ。
「ルイスが心配してたよ」
エルが部屋の外に出る。
なんだか、ふらふらしてる?
「終わった?エル」
ルイスが怒ってる。
「確認しておいてくれ」
「夕食は?」
「要らない」
「キャロルが泣くよ」
「…明日、食べるよ」
そのまま、エルが行ってしまう。
「いつも、あんな感じなの?」
「うん。…無理やり食べさせたりもするんだけど。たぶん、食べてないことすら、忘れてると思うよ。エルのこと、お願い」
「うん」
エルの後を追う。二階に上がって、部屋へ。
「エル、大丈夫?」
手を引いて、ベッドの上に座らせる。
「エル」
「ん…」
どこ、見てるの?
エルの肩を揺らす。
「本当に、大丈夫?」
エルの頬に触れると、ようやく、エルが私に視線を向ける。
そして、私を抱きしめる。
「エル、変だよ」
何か、喋って。
そう言おうとした時。
「どうして…」
エルの力が抜ける。
慌てて、その体を抱きしめる。
なんで、そんな状態でキスなんてするの?
「リリー」
「どうして?…どうしよう、イリス」
『大丈夫だよ。そんなに魔力を奪ったわけじゃない。眠ってるだけだ』
なんで、こんなことするの?
私が無防備すぎるから?
「イリス。私、ここに居て良いのかな」
エルから魔力を奪ってしまうのは、何回目なんだろう。
『何言ってるんだよ。それはエルが決めたことだろ?』
どうして、エル。
「私が、エルにできることって何だろう」
『…さぁ。なんだろうね』




